衝動
森を抜け、ベルノアへ戻る途中。
夕暮れが近づき、辺りは虫の声に包まれ、木々の影が長く伸びていた。
「報告したら、今日は休めるな」
レオが大袈裟に伸びをする。
リュシアンは頷く。
「異変の規模は想定より大きい。早めに伝えるべきだ」
その時空気が一変する。
ザリッ、と背後で砂を踏む音。
ルカの視線が鋭く動く。
「来るぞ」
茂みを押し分けて現れたのは、禍々しい魔力を帯びた大型の魔獣だった。
森で遭遇した個体よりも一回り大きい。
四肢は異様に発達し、牙からは淡い紫の光が滲んでいる。
「……っ!強いぞこれ」
レオが剣を抜く。
「長引かせるな」
ルカの低い声。
ヴァルが地を蹴り、双剣が風を切る。
リュシアンが前に出て盾を構え、魔獣を正面から受け止める。
衝撃が地面に伝わり、土が弾ける。
「関節が弱点です!」
後方からセリスが叫ぶ。
魔獣の動きを分析しながら、魔力の流れを探る。
だが次の瞬間。
魔獣の尾が大きく振り抜かれた。
リュシアンの防御がわずかに遅れる。
死角だった。
その軌道に気づいたセリスが、反射的に飛び出した。
「危ない!」
盾を持たないまま、リュシアンの前へ。
セリスは目を固く瞑った。
だが——
リュシアンが咄嗟に身体をひねり、伸ばした手でセリスを庇うように抱き寄せた。
代わりにその一撃を背中で受ける。
鈍い音が森に響いた。
「っ……!」
衝撃で二人が地面に転がる。
時間が止ままたようだった。
血の気が引いたヴァルの視界が狭まる。
リュシアンの背中に血が滲み、その腕の中にセリスがいた。
脳裏によぎる。
——失う。と……
背筋が凍り、気づけば前に出ていた。
「どけ」
低い声。
双剣の握りが普段より深く、鋭く変わった。
魔獣の懐へ滑り込む。
一閃。
二閃。
恐怖を押し殺した、異様な静けさの力強い斬撃。
「ヴァル、深追いするな!」
ルカの声が震える。
だが止まれない。
「何で前に出た!?」
叫びながら斬る。
その声は、怒りというより——
焦りに近かった。
誰に向けた言葉なのか、本人にも分からない。
魔獣が暴れ、爪がヴァルの頬を掠める。
血がスローモーションのように宙を舞う。
その一瞬の隙を、レオが逃さない。
魔力を込めた一撃。
魔獣は大きく揺れ、やがて崩れ落ちた。
静寂の中、荒い呼吸だけが残る。
ヴァルの手がカタカタと震えている。
振り向くとリュシアンが座り込んでいる。
背中から血が滲んでいた。
その隣で、
セリスが青ざめている。
「……大丈夫だ」
心配させまいと呼吸を整えながら、リュシアンが静かに言う。
セリスの声が震える。
「私のせいです……」
ヴァルの胸が締めつけられる。
「……なんで前に出た?」
今度ははっきりと、セリスへ向かって。
その場の空気が凍る。
セリスは目を見開いた。
「リュシアンさんが危険だったので——」
「指示を待て!」
自分でも驚くほど声が荒々しく制御できない。
レオが戸惑う。
リュシアンもわずかに目を伏せる。
ルカは何も言わない。
ヴァルの横顔を見ている。
その横顔にあるのは怒りではない。
恐怖だ。
セリスは俯く。
「……申し訳ありません。
私の軽率な行動で、リュシアンさんに怪我を……」
声が小さくなる。
「私の実力不足です」
その言葉に、ヴァルは何も返せない。
違う。
責めたいわけじゃない。
ただ——
いなくなるかもしれないと思っただけで、心が凍った。
ヴァルはズキズキと痛む頬の傷を、左手で乱暴に拭い去った。
ルカが静かに言う。
「話は街に戻ってからだ。まず治療、な?」
その声で、ようやく全員が動き出した。
読んでいただきありがとうございました。評価いただけると励みになります。
毎週金曜日21時頃更新予定です。
よろしくお願いいたします。




