崩御
ファラオ・メンケペルウラーの崩御は早朝のことだった。
共に過ごしていた夫のもとへ、「王の容体が危うい」と侍医から知らせが届き、夫は口元を引き結んで実父のもとへ向かっていった。ほどなくしてウセルハトから「息を引き取った」と伝えられ、私は一つの時代が終わりを告げたことを悟った。
その知らせは夜明けとともに瞬く間に広がり、 王宮内の雰囲気を一変させた。
それまで婚儀の祝福に満ちていた空気は消え去り、華やかな音楽も笑い声も聞こえない。廊下を行き交う者たちは皆沈んだ面持ちで言葉少なに頭を垂れ、王宮全体が静かな悲しみに包まれていた。
先王の死は衝撃をもたらしたものの、夫をはじめ、皆が覚悟していただけに、思いのほか抵抗なく受け入れられたようだった。
先王の遺体がミイラ作りの行われる清めの家へと送られるのを見届け、悼む空気に包まれる一方で、王の崩御と同時に、王子アメンホテプ・ヘカワセトの即位の準備が始まった。
王位に空白は許されない。国を治める者が不在となれば、人々は不安に駆られ、諸外国にも隙を見せることになるからだ。
神殿では神官たちが新王への神々の加護を祈り、臣下たちは新たな王へ忠誠を誓う。上下エジプトを統べる王の名が神々へ奉告され、王宮のあらゆる場所で即位の儀式が粛々と執り行われていった。
そうして夫は、新たなファラオ・アブマアトラーとなった。
神々へ新たな王の誕生が告げられ、その名を刻んだスカラベが各地へ送られた。
ナイルの流れに沿うように、新たな王の即位は瞬く間に国中へ広がり、人々は新たな時代の訪れを知ったのである。
あの日まで宴で軽装のまま笑っていた人が、今や上下エジプトすべてを治めるただ一人の王となり、そして私もまた、その玉座の隣に立つ王妃となった。
先王メンケペルウラーの遺体がミイラとなって王宮に戻ってきたのは、数十日後のことだった。王の亡骸は、いつか訪れる復活の日に備えて処置を施され、幾重もの麻布に包まれながら来世への旅立ちの支度が整えられていた。
遺体とともに王家の葬送は何日にもわたって厳かに執り行われた。
神殿では香が絶えることなく焚かれ、神官たちは昼夜を問わず祈りを捧げ続ける。王が死後の世界で冥府の王オシリスの裁きを受け、正しき者として永遠の命を授かれるよう願うために。
儀式は続き、神々への供物が絶えることはなかった。
王宮に嫁いで間もない私もまた、王妃として幾度となく儀式へ参列した。
悲しみに沈む間もなく、礼を失することのないよう侍女たちに衣を整えられ、決められた所作を学び、王家の一員として振る舞う。
即位と葬儀のため各国から訪れた使者たちへの応対もまた、新たな王妃である私の務めだった。
神官たちは祈りを捧げ、人々はナイルの西岸へ向かう先王の旅立ちを静かに見送る。
王はオシリスの御前で裁きを受け、永遠の命を得て神々の列へ加わるのだ。
そうして一つの時代は静かに幕を閉じ、新たな時代が始まったのである。
長兄アネンによれば、先王を深く慕っていた父は、今回の崩御でかなり気落ちしていたらしい。それでも葬儀には参列し、最後まで先王を見送ったという。
次兄アイも、神官として葬儀や即位の儀に追われているらしく、しばらく顔を合わせていない。
そして、この国の新たなファラオとなった夫もまた、実父の死を悼む時間さえないほど政務に追われる日々を送っていた。夜になると必ず私のもとを訪ねてくれるものの、二言三言言葉を交わした後には、疲れ切ったように眠りへ落ちてしまう毎日だった。




