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太陽を抱く君へ  作者: 雛子
第4章 兄

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報告

 時を少し遡る──。


 日課の儀式が粗方済み、最高神官や高官たちが去っていった後の神殿は、香の煙がこれでもかと立ち込めている。この光景は案外好きだ。

 「美しき谷の祭り」を数日後に控え、その日の忙しさを思った。それなりに神に仕えるという職は自分に合っているようにも思えるが、祭典となると比較にならない忙しさで目が回りそうになる。今年のこの祭典も無事に過ごせれば良いが。


 一日も終わりだと息を吐きながら、遠くから一人の男をなんとなしに眺めていた。

 テーベに居を構え、貴族の身分を持ち、年はティイと同じ。身長は高くなく、落ちくぼんだ小さな目元が印象的だ。偉そうに周りの神官見習いたちに何やら指図している。兄アネンからの話だと、あの男がティイの縁談の相手だという。


 彼の父親は最高神官の右腕とされる人物で、時間神官の長を務めており、最高神官から数えて上から三つ目の位にいた。所謂重鎮である。自分にとってはよく知る人物だ。最高神官に認められるだけあって、仕事もでき、神官たちの人望も厚い。嫌いな人ではない。


 ただ、息子はとなると話は別だ。

 息子は神殿の中では下っ端で、神官見習いである。故に選ばれて最年少で最高神官の側近となった自分とはほぼ接点がない。つまり、17にもなって神官見習いでしかないというのは、あまり仕事ができる人間ではないということだ。

 それに加えて、様子を窺っていれば、父親の位の高さの上で踏ん反り返っている印象を受けた。虎の威を借る狐という言葉をまさに体現している。おそらく神官になれたのも、父親の縁故によるものに違いないだろう。


 縁談は相手の父親から、父イウヤに申し込まれたと聞いた。神官の重鎮からの依頼に、父も満更ではないという。

 神官側の重鎮と繋がることで、神官側全体との繋がりを強くするのが、おそらく今回の縁談の目的だ。だが父は、この息子の実態を知っているのだろうか。

 まだ縁談も決まっていないうちから、その息子が「軍事司令官イウヤの娘を嫁にもらうことになった」と周りに吹聴しているのも気に食わなかった。

 だが、妹の縁談に関して父に異議を唱えるのもそれはそれで面倒だった。

 そもそも、父が一族のために最良としたものであるのならば何も言えない。

 だが、あれが義理の弟になると思うと、それはそれで不愉快だった。

 

 彼をじっと眺めていたら、その小さな目と視線が合った気がして、不意に目を反らし、そのまま神殿を出た。夕暮れから夜に変わる空の色を仰いだ。





「イウヤ殿のご子息、アイ殿とお見受けする」


 ついに声をかけられたのは、「美しき谷の祭り」の当日だった。

 儀式だらけで忙しいというのに、この男は悠長に着飾って恭しくこちらへやってきた。本当に仕事をやらない男だな、と苛立ちが募る。

 神官の位としては、自分の方が上であるのだから、こんな初対面も同然な男から声をかけられる筋合いはないのだが、「いかにも」と返事をしたのは、ティイの縁談の相手だと分かっていたからだ。


「明日、妹君にお会いする。あなたに似ているのならば、妹君はさぞや美しいのだろうな」


 下衆な言い方だと一瞥する。前置きもなく、第一声がそれとは。敬語もないとすると、自分はこちらと同等だと思っているのかとさらに腹立たしさが拭えなくなる。


「あなたとは義理の兄弟となる。よろしく」


 何がよろしくだ。気色悪い。まだ縁談の段階で、話がまとまったわけでもないだろうに。

 この男は妹の他の噂を知らないのだろうか。

 その能天気さには、最早鼻で笑うことしかできない。


「妹があなたの手に負えれば良いが」


 そうとだけ答えると、怪訝そうな表情の彼を置いて、最高神官の側近として祭壇に上がった。

 彼の見習いの位ではここまで登ることができない。お前とこちらでは身分も位も違うのだ。気安く話しかけるなという、こちらの意図があの能天気な男に伝わったかは定かではない。


 しかし、ティイが祭りの翌日にこの男と会うことはなかった。

 妹は剣術の試合で勝ち進んでいたところを、縁談相手と父イウヤに見つかり、結局縁談は白紙に戻ったという。




* * * * *



 テーベでの事件後からひと月が経った頃、父の怒りを買った妹はもう二度とテーベに行くことはないと思っていたのだが、どういう訳か月に一度開かれる「王の宴」に父と共に王宮へ招待されたと聞いて耳を疑った。

 いつも宴に招待されるのは父のみで、時々アネンや俺が付き添いで参列していたが、何故妹が呼ばれたのか見当もつかない。

 父は王家からの招待を無下にはできず、妹をつれて宴に参加した。それを皮切りに妹は毎月のように招待され、父は「王族に娘が気に入られたのだ」と喜んだ。

 ただ、それも奇妙な話で、王は病床に臥せっていて、最初の宴の短時間しか姿を現さなかったという。王子も姿を現していないとなると、気に入られる隙もないように思えた。

 では誰が、ティイを宴に招待しているのか。


 宴の席に毎月のように呼ばれるティイは、特に問題を起こすこともなく、宰相ラモーゼの娘タニイと友人となり、ムノからテーベを訪れる際には宰相宅を訪れて必ず二人で話し込んでいるという。あの出戻りで風変わりな令嬢と仲良くなるとは、やはり妹も変人なのだと思い知った気分だった。




「アイ」


 俺の部屋に入るなり、兄が少し深刻そうな顔で俺を呼んだ。兄は時折、父が所有するテーベの屋敷に赴き、兄弟で情報交換する時間を設けていた。ちょうど今日の夕暮れがその日だった。


「王宮内で、タニイ以外に仲良い女官がいるらしい。お前は誰だか知らないか」


 こちらが訝しげに眉根を寄せると、アネンは詳しく事情を話し始めた。

 ティイが毎月繰り返し参加する王の宴で、馴染みの女官が出来たというのだ。宴の最初だけ父と参加し、父に断りを入れて広間を出て、宴が終わるまでどこかで会っているのだという。父は王宮に知り合いができるのは良いことだとそこまで気にしていないらしい。

 逆にアネンは気になってタニイに尋ねたが、「毎回宴に参加しているわけではないから分からない。気が向いたらティイに聞いてみる」とだけ言われ、ティイ自身に聞けば「とても楽しい方で、いろいろと教えてくれる。心配することはない」と言ってあしらわれてしまうという。


「兄上は王子の側近だろう。王宮の女官ならば、そちらから何か探れないのか」


 提案したが、「自分には女事は難しい」と兄は肩を竦めた。

 確かに、容姿もそれなりで、生まれも申し分なく、物腰柔らかく聡明な兄は女たちの目を引くが、女を相手にすることに関しては驚くくらいに才能がない。だからこそ父は兄にはすぐに所帯を持たせ、次男である自分には所帯を持てともいわず自由にさせている。俺が多くの女と関係を持っていても、父は何も言わない。そこから得られる情報が殊更に多く、父の利となっていたからだ。


「それに、殿下は宴に参加されていないからな……」


 王子の側近となれば、王子が出ない宴に顔を出すわけにもいかないかと納得する。

 王子が参加していないことに関しては、毎回宴の翌日にヘルネイトが「これでもかと着飾っていくのに王子は一度も現れない」と怒り心頭でこちらに文句を垂れ流すのが聞かされる羽目になっていたから知ってはいた。


「王宮の女性に関してはお前の方が人脈が広いだろう。少し気になる。探してもらえないだろうか」


 兄の言い草に思わず笑ってしまう。

 複数の女のもとに自分が通っているのは事実だ。だが。


「兄上、俺だって関係を持つ女は自分で選別している。ティイと仲良くなるような変わった女を相手にすると思うか?冗談も大概にしてくれ」


 兄は苦笑したが、出来ないことはないと周りから言わしめる兄に「どうか頼む」と頼られるのは悪い気がしなかった。


「やれるだけはやってみる」

 

 実際あの妹と気が合うとはどんな女なのか気になった。

 自分が関係を持つ女たちの中に、宴に参加している令嬢もいたため、そちらにそれとなく尋ねてみたり、宴の席での話から誰かを絞ろうと思ったが、あまり情報は得られない。こちらに気がありそうな女官を呼んで探らせてみたものの、これといった成果はなかった。

 王の宴であるならば、招待された者の行動範囲はかなり限られ、警備も厳しい。それだというのに、皆分からないと首を振る。ここまで何も掴めないとなると誰かが隠しているようでもあるが、王宮に疎いティイや一介の女官がどうこうできることでもないだろう。


「そうか……とりあえず、ティイも楽しんでいるようだし、今はそっとしておくのもいいのかもしれない」


 後日俺から報告を受けた兄は悩まし気にそう告げた。仕方がないといった様子ではある。

 不思議な話だが、これといった問題が浮上していないとなると、アネンが懸念するほど問題視しなくてもよいのではないかと結論づいて、その日は解散となった。




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