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太陽を抱く君へ  作者: 雛子
第4章 兄

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失態

 十七になった妹は、兄から見てもそれなりに美しい娘に育った。

 白さを称えた健康的な肌に、母に似た鼻筋や血色の良い唇。長い睫毛の下で淡褐色の瞳を輝かせ、ゆるく波打つ茶色がかった黒髪は肩下まで伸びている。

 数年前まで少年のような平坦な身体つきでいずれは男になるのではないかと思っていたが、曲線を伴った女らしい姿に成長した。


 自分が相手にしている女たちと比べても、その美しさは秀でていた。

 母に似たのが功を奏した、とも言える。

 黙っていれば、透明感のある柔らかな印象で、テーベの都で美人と名高いヘルネイトとはまた違った雰囲気をまとっている。

 父からの言いつけでほぼ街に出ることはなかったが、街に出たとなれば誰もが一度は振り返るような容姿だ。テーベに住んでいたなら、テーベに住まう貴族の男たちから求婚が絶えないくらいだろう。

 実際噂を聞きつけた神官の仲間から、妹のことを聞かれたことが何度かあった。


「お前に似ているなら、相当な美人なんだろうな」


 と、よく言われるものだから、いつも鼻で笑って返していた。


「黙っていれば、の話だ」


 妹が黙って人形のように大人しくしているならば。そしてそこらの男子よりも武術が出来て学があることが露見しなければ、妹の嫁ぎ先はおそらく引く手あまただった。


 しかし、大事に育てられてきた妹はテーベから遠く離れたムノをほぼ離れたことがなく、人前に出たこともない。勉学や武術などを好む変わり者の令嬢という噂も同時に広がっていたためか、興味を持つ男が自分に話を聞きに来たことは何度かあっても、実際に求婚の話を聞いたことがなかった。

 ただ、求婚の話を聞かないのは、娘を可愛がる父が、求婚を断っているとも母から聞いたことがあった。

 妹がどこに嫁ぐかは、父にとって、そして家にとって、大事な手段になり得たからだ。


 どちらにしろ、美しさがあっても中身は妹のままで変わっていない。そこが最たる問題だった。

 誰かの妻になったとして、この癖の強い変わり者の妹が扱える男がいるとは到底思えなかった。妹が話しだした途端に、美人という盾が崩れ去って普通の男は手に負えないと諦めるだろう。

 むしろ妹には独り身でいてくれた方が我が一族のためになるのではないかと考えるくらいだった。



 そんな妹がある日、「美しき谷の祭り」を理由にテーベへ行きたいと言い出した。

 ただでさえ年頃になり、噂が絶えない妹が都に出てきたらどうなるか。王宮に仕える貴族の男が、美しいという噂だけに翻弄されて、初対面の俺に妹のことを聞いてくる始末だというのに。

 そんな多くの人目に晒されて、変わり者という噂が撤回されるとは思えない。また別の悪い噂が広まる原因を作るに決まっている。

 しかし、俺がどれだけ反対しても、結局は末娘が可愛くて仕方ない父は妹を連れて行くことにした。

 兄アネンによれば父が考えていた縁談相手とも顔合わせできるかもしれない、という魂胆もあったようだ。

 その時、妹には決まりつつある縁談があったのだ。



 テーベに連れられて、祭りも無事に終えた妹が問題を起こしたのは、その翌日のことだった。

 テーベの街に抜け出すことは想像に難くなかったが、そこで父が毛嫌いしている民衆の出し物に参加していたという。それも男たちを打ち負かして勝ち進んでいたというのだから開いた口が塞がらない。じゃじゃ馬にも程がある。剣術すら神聖なものだと考える父に見つかるとは考えなかったのか。


「あの阿呆が」


 そう言い捨てることしかできない。

 兄から知らせを聞き、そのまま神殿の隅で頭を抱えていたら、父親について神殿まで来ていたヘルネイトに鼻で笑われたのは癪だった。


「ねえ、アイ。あなたの妹、どんな変人なのよ」


 隣に座っていた彼女が声を立てて笑い始めた。

 夕陽が射し込む中で、彼女の肌は橙に染まっている。


「女なのに剣なんて握って、テーベの民衆に混じっていたって、野蛮すぎない?本当に貴族の娘?」


 ティイより二つ年上で、王子と同い年のヘルネイトは、美しき谷の祭りで初めて会ったティイのことが無性に気になって仕方が無いらしく、俺に付きまとって何度も妹について尋ねてきていた。正直うんざりしている。


「そういえばあの子、あの祭の日に他の令嬢たちに強気で言い返してたわ。ムノなんてちっぽけなところにいるから、自分の立場が分かってないんじゃないかしら。令嬢らしさもないし、田舎臭いったらない」


 どうやら初対面のときの印象を語っているようだが、ここまで言われると、いつもは毛嫌いしている妹のことでもさすがに腹が立ってくる。

 他の令嬢たちというのも、どうせこの女が妹にけしかけたに決まっているのだ。

 妹と自分はヘルネイトに匹敵するか、もしくはそれ以上の身分だ。ヘルネイトの取り巻きの令嬢など、足元にも及ばない気高い血筋なのだ。そもそも他の神官の男達とは決して口を利かないヘルネイトが自分とは口を利くのも、この身分があるからだ。

 自分に至っては神官側で働いていて、ヘルネイトの父親の部下だからこそ、今はこういった立場になっているけれども。


「あの子はムノにいた方がお似合いだわ。このテーべには合わないのよ」


 そうやって妹を貶すくせに、適当にあしらってもついてきて、そのまま放置していたら結局は妹の失態を知られる羽目になって今に至る。


「これで分かっただろう。俺の妹は変人なんだ。お前が心配するようなことはない」


 自棄糞で少々ぶっきらぼうに告げたら、彼女は美しい顔を得意げにあげて更に詰め寄ってきた。


「あら、ちゃんと敬語を使って。私はあなたの上司、最高神官の娘なのよ」


 父親を盾にするとは、なんて面倒な女だろう。この女が偉いのではなく、父親が偉いというのに。


「それは申し訳ありませんでした。ヘルネイト殿」


 知り合って6年ほどになる。当たり前のように父親についてきて、好き放題しているこの娘になんの敬意も湧かないが、体裁を保つために軽く謝った。


「いいわ、許してあげる」


 満足そうに彼女は笑う。


「でも私がヘカワセトの側室になったら、もうこんな風に口を聞くことだってできなくなるかもしれないわよ。この私と話せる今をありがたく思いなさい」


 はあ、と適当に返事をした。

 彼女の口ぶりから「自分こそが王子の側室に選ばれる」と信じて疑っていないのが良く分かる。

 改めて彼女の横顔を見た。確かに、テーベ随一の美貌と言われるだけあるのだ。鼻筋はすっと通っていて、目元は大きく華やかだ。化粧がよく映える顔立ちで、小さな口元はつんとしていて少々きつさはあるが、彼女の満ち溢れた自信があってか、立ち振る舞いは堂々として気品がある。


 だが、そんな美貌がありながらまだ側室への話が具体的に上がっていない。

 決まり切っていることならば、王子はもう年頃であり、世継ぎもいないのだから、すぐにでも側室にあげればいいものを、現状そうはなっていない。となると、側室に本当に召し上げられるのかと疑問も出てくるが、それを指摘すると面倒なことになるので彼女には黙っておく。

 ただ、他に自分に匹敵する美貌の持ち主もおらず、国内から側室にあがるならば最高神官の娘と噂されるだけに、ヘルネイトには焦りはないのかも知れない。

 匹敵する美貌といえば、自分の妹も該当しそうだが、今回の失態や妹の性格を思うと側室など夢のまた夢だろう。

 そう考えていたら、彼女にじっと顔を覗きこまれているのに気づいて、眉間に皺を寄せた。


「何か?」


 尋ねれば彼女は美しく唇を引き上げる。


「アイ、あなたも綺麗な顔をしているのだから、女だったら側室に召し上げられたかもしれないわね」


 くだらなすぎることを言われて鼻で嗤って返した。


「それはどうも。残念ながら男で生まれたもので」


 散々周りから言われてきた台詞だ。うんざりする。


「ねえ、それであなたの妹はテーベに来る気はあるのかしら」


 あの失態を聞いても、まだ妹のことを聞こうとするのかと内心驚く。

 妹が王子の側室になり得る存在だとでも思ったのだろうか。この自信に満ちた女が不安に思うほどに、そんなにも妹には可能性があるのだろうか。


「ティイは側室になりたいともなろうとも思っていない。まず王家に興味がない」


 そう告げたら、ヘルネイトは心底安堵した顔をした。


「ならいいわ」


 そこへ最高神官が娘を探してやってきて、低頭する俺の前で、娘に屋敷に帰る旨を告げた。



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