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死の末路から逃れる、たった一つの道程           ――― 取り換えられた令嬢は怯まず。  作者: 龍槍 椀
第七章 取り換えられた令嬢は怯まず。

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エルデの賭け事 ③ ― エストラーデ王后陛下 ―

 

「キンバレー王国、王国が太陽にして、英邁たる ゴッラード=ベルフィーニ=アントン=エバンシル=キンバレー国王陛下が唯一にして、キンバレー王国 至高の座に燦然と輝く ブリリア=エストラーデ=クランバルト=バレンシア=キンバレー 王后陛下の足下に参じましたのは、 ゴッラード=ベルフィーニ=アントン=エバンシル=キンバレー国王陛下が第一の藩屏であり、深く陛下より信任を受け宰相職に任じられし ウィル=トルナド=デ=フェルデン侯爵閣下により、御身内に『養育子(はぐくみ)』として、受け入れらし エルデ=エルディ=ファス=フェルデン に御座います。 御足下に参じまして、御尊顔を拝する栄誉を授けられました事、深く感謝を申し上げます」



 ガッチガチの淑女の礼(カーテシー)を捧げ、王后陛下の御尊顔を拝する。 キンバレー王国の至高の(きざはし)に存在する玉座に着席を許された、高貴で権能に満ち満ちたその御姿は、ありていに言えば、普段は絶対に御目に掛かれない貴種の女性。


 ―――― 王后陛下 ―――


 キンバレー王国 ゴッラード=ベルフィーニ=アントン=エバンシル=キンバレー国王陛下の唯一にして、この国の女性貴族達の総纏め役。 王后陛下の身振り一つで、大公家の子女でもあっさりと、社交界から消え失せる程の権力を掌握されておられる方。


 失礼があっては、即座に首を落とされても不思議では無い程の緊張感が漂っているのも又、王家という至高の存在の在り方でも有るのよ。 それにね、王后様の視線は、強く強く私に注がれているのよ。


 何故そのように強く見詰められているのか、理由は判らない。


 私の権能や、権限を知ってか、それとも私が、王后陛下の《大いなる期待》を一身に受けられた次代の国王たるを切望され嘱望されている、第一王子 ゴットフリート=デルフィーニ=ベルタ=ロドリーゴ=キンバレー殿下に対し、明らかに敵対した為か。 いやいや、アレは、そういった意味では無く、無茶な横車を押そうとされたので、苦言を呈した迄ですよ?


 いわば、忠言。


 王后陛下の宸襟に何が渦巻いているのかは、窺い知る事は出来ないけれど、極めて居心地が悪いのよ。 口上も終わった。 後は、王后陛下よりの御言葉を待つだけなのだけれど、不自然な程、長い沈黙を保たれているの。


 周囲が騒めき始めるのも時間の問題ね。 ギリギリの間を開けて、周囲が騒めきで不穏な空気が流れる直前、王后陛下はやっと言葉を紡がれたの。



「フェルデンが娘、エルデ=エルディ=ファス=フェルデン。 よくぞ参った。 嬉しく思う。 この茶会は、『披露目』であろう。 他家の者達と十分なる交流を望む。 また、この場はわたくしの私的な茶会と云う側面もある。 よって、そなたに直言の許可を与えるものとする。 楽しんで参れ」


「お気遣い、誠に有難く存じ上げます。 王后陛下に於かれましても、御心安らかに御茶会をお楽しみ頂ける様、フェルデンが娘として精一杯 勤めさせていただきます」


「良い。 楽しんで欲しい」


「有難き幸せ」



 貴族的な定型句とはいえ、コレを滞る事無く口に出来たのは重畳。 一時はどうなるかと思ったけれど、何とかなったわ。 うん、コレで御前を辞しても問題は無い。 侯爵夫人と正令嬢様と一緒に一旦下がり、指定はされて居ないけれど、用意されていた沢山の茶席の一つに腰を下ろす事になったの。


 周囲はフェルデン家の傍系、連枝、家門の方々で固められている。 


 まるで、誰にも接触はさせないと云う、そんな強固な意思まで感じるのよ。 なんでよ…… 王宮まで連れて来られて、拒否できない状況を作り上げられて、それで隔離? 茶会でのお話は、もっと、こう…… 柔らかいモノと相場は決まっているじゃない。


 リッチェルが領で、辺境の夫人達との『お話合い』した時は、非礼な言動さえしなければ、比較的自由に御話しをする事だって出来たはずよ? なんなの、これ? 皆様、一言も言葉を発せず、彫像のように固まっておられるのよ。


 それは侯爵夫人や御嬢様も同じ。


 華やいだ雰囲気の他のテーブルとは一線を画する程に、私が付いたテーブルはシンと静まり返っているのよ。 訳が分からない。 マリー様が小さく言葉無き会話で私に状況を説明して下さった。 ええ、小さくね。



 ” 此処に集いし皆は、フェルデンが系譜に連なる者達。 が、言わずもがなその心根は兄上に着いた者達の家系に属する者。 よって、御姉様に対し思う所有りなのです。 冷ややかな視線が物語ります。 そして、更なる不作法がフェルデンの勘気に触れる事も又、理解しているのです。 よって、感情と行動が相反し固まっているのかと推察します ”


 ” なるほど。 では、わたくしは今のままで宜しいのでしょうか? ”


 ” エルディ。 フェルデン侯爵令嬢として威厳を以て対処なさい。 もう直ぐ、全ては反転する。 どの様なモノでも、この王国に於いて国王陛下の藩屏たるを心に刻む者ならば、頭を垂れざるを得ない至高の方がおいでです ”


 ” はい、侯爵夫人。 承りました ”



 あちゃ~~ そう云う事か。 権柄づくの対応を見せる者達に、有無を言わせない様にこの場に出席を求められたか侯爵夫人は…… ややもすると、纏まりを欠く行動に出る御連枝達を、一気に御纏めになる所存なのですね。 王后陛下の態度で、私が王家に認められている者だと、そう認識させると。


 認識する事によって、様々な悪しき噂を払拭…… というよりも糊塗し、認識を改めさせる動機にすると云う事なのね。 それでも尚、何かしら思う事があれば、反逆者…… 大逆の罪に問う事が出来るし、それが故に家門を滅する事もまた視野に入るって事なのね。


 流石にそれはどうかと思うのだけど、御当主様方ではなく、その妻女や御息女に対し意思表示を示す事によって、大きく太く長い楔を打ち込まれると云う事ね。 機会をあげるから、よく考えて行動しなさいと云う、恩情の賜物……


 いや、貴族って…… 貴族社会って…… これだから、怖いのよ。


 ――――


周囲のテーブルを廻っておられた王后陛下が最後に足を運ばれたのが、私達が座るテーブルだった。 全員が起立し首を垂れる。


「良い、楽にせよ。 和気藹々の歓談…… とは行かぬようだな、侯爵夫人」

「お恥ずかしくあります陛下」

「よい、では借り受けるぞ」

「御意に」


王后陛下の女官様の声無き声で、私が促される。 ” 王后陛下に御付下さい。 ” まぁ、そうなるわよね。 視線は上げず、衣擦れの音を頼りに王后陛下の後に付いてゆく。 行く先はどうも、後宮奥の私的空間と思しき場所。 何だかなぁ~


白大理石と思しき石の巨大な扉を通り抜けると、背後で重々しく閉じる音が聞こえた。 もう、逃げ出す事も出来やしない。 沈黙と共に歩む靴音だけが回廊に広がる。 斜めに入る日の光が窓枠の影を格子状に深紅の絨毯の上に投掛けていた。 あらゆる装飾が金色に煌めき、此処が本当に後宮最奥である事を主張している。


なまじの者では足を踏み入れる事など出来ぬ場所。 二十七回の過去の記憶の中でも、この場所は無かった。 想う事さえ不敬に当たるやもしれぬ方のご家族がお住まいに成る場所なのだ。 前世では入ろうなどと思う訳は無い。 そのくらいの分別は前世でも有ったのよ。 だから、畏れが身体を縛り付けて来る。 このままでは…… このままでは、私の心が折れてしまう。


咄嗟に、本来の私が顔を擡げる。 そう…… 仮初の私では無く、本来の私。 エルデが顔を上げ始めたのよ。 第三位修道女、エル。 それが私。 神の御手先であり、神意を具現化する者。 癒しと再生を「聖女が力」で顕現させる者。 着用しているのは、侯爵令嬢の身嗜み。 しかし、意識は神官のモノにすり替わった。


気が付けば、首から不可視のストラ(斎戒のストラ)が掛かっている。 無意識に聖櫃(アーク)から出したか…… いや、多分エルダースクロールの二柱の精霊様がお掛けに成ったのだろう。 意識が第三位修道女となり、神意を受ける存在となったのだと理解できた。


自然と顔が上がり視線が前を向く。 




   ―――  カシャン




石突が大理石の上に敷かれた深紅の絨毯の上に置かれる音がした。 気が付けば、左手に聖杖を持っている。 意識が無いと云う事は、そうせよと云う精霊様方の思召しなのだろう。 この場に来たと云う偶然は、今この時精霊様の御意思に依る必然と変化したのだ。


つまり、精霊様方の御意思。 ひいてはこの世界を司る神様の御意思と成る。


エルディからエルデに、そして、エルに変化する私。 周囲の女官様方が息を飲まれる。 王后陛下の後に続く、一人の女性神官。 貴族では無い、神官が故に頭は垂れず、歩みはしっかりとした物へと変化する。 荒野を歩む修道女のそれに変遷したのよ。


 ピタリと王后陛下の歩みが止まり、ゆったりと振り向かれる。 窓からの光を受けられた王后陛下がキラキラと光り輝いておられた。 表情は変わらないが、面白げな感情を抱かれた雰囲気を感じる。 ゆったりとした美しい御声が、私に対して紡がれる。


「身に纏う『気』が変わったな。 それが本来の貴女なのだな」

「左様に御座います、王后陛下。 察しますに、”わたくし”では無く、第三位修道女たる私を御所望なので御座いましょう。 精霊様方の思召しに御座います」

「成程…… 陛下の仰る通りだと認識した。 行く先はもう少し先。 宜しいか、神聖聖女エル」

「承りました。 御同行いたします。 癒しを必要とされる方を御呼びに成っておられるのですね」

「判っていたか…… 侯爵夫人にも伝えてはいなかったが…… 見透かされていたか」

「御宸襟に憂いが有ると。 侯爵夫人御自身では払う事の出来ない、重く深い憂いが有ると。 そう仰っておいででした。 この度のお目見えににて、わたくしを個人的に呼ばれるとは思っておりました。 しかし、それは、侯爵令嬢としてのわたくしでは無く、神聖聖女としてのわたくしであると…… そうでは無いかと予感はありました」

「なかなかに読みが深い。 エルデが読みか、それとも精霊様方の思召しか。 どちらも有るな。 さて、お喋りは彼方で続きを…… 行くぞ」

「御意に」


高貴なる方の後に続き、豪華な廊下を歩む。 一歩一歩と前に進む。 王者の歩みは緩やかで威厳があり、そして何よりも美しい。 私はまるで魅了されたかのように、陛下の後姿を見つめ続け歩みを進めていたの。


―――――


其処は後宮最奥の空中庭園。 地上から遥か上層に在りながらも、芝生が広がり、老木迄生い茂る贅を尽くした空間だったの。 中央に真白の ガゼボが一つ。 周囲からは人払いが既に行われているのか、人の気配すら無い。 が、それは見せかけなのは瞬時に理解出来たのよ。


だって、魂の存在を感知してしまったから。 


茂みや周囲を巡る回廊の柱の影、そして老木の樹上にも居るわよね。 あれが、王家の影の人達ね。 良い仕事をしていると思うわ。 普通なら…… 只人ならば、高度な隠密の教育を受けた方でも、感知するのは至難の業よ。 ええ、以前の私ならば関知する事も出来なかった筈。


でも、姉妹巻の巻物から英知を受けた私だからね。 感知する事は出来るのよ。 直接魂を感知できるのだもの、隠形も隠遁も私の前では無意味となるわ。 だけど、それを気取らせてはならない。 何時ものように、いたって平穏に…… と、心に留め置くの。 


ガゼボの中に一人の人影が佇んでいる。 シンプルだけど豪奢なドレスを纏う方。 そして、なにより、この場所に足を運ばれて、陛下を御待ちできる資格を持つ方。 つまりは、お受けに連なる資格を持った女性と言う事。 今は…… 一人しか思い浮かばないわ。


――― カルディア=カーリレード=バルン=グレッチェンド公爵令嬢 ―――


そうとしか思えなかったし、そう在るべきだと思ったの。 陛下の行く歩みは真っすぐに ガゼボへと向かう。 佇んでおられた御令嬢が深々とカーテシーを捧げられたの。


「待たせた。 カーリ 着席を許す。 茶も冷めたか。 誰ぞ差し替えをせよ」


 ふわりと姿を表す後宮の王后陛下付きの高級女官様。 気配すら消しておられるのは、この場が王族にとって、大切な私的空間だからに相違ないのだろうな。 私は ガゼボの中には入らず、その入り口の一段低い場所に立つ。


「神聖聖女 エル。 中に入って席に付いて欲しい。 この国の未来に光を置くために。 罪深き王家の古の罪から解放してくれた神聖聖女に対し、礼節を持ち招待したい」

「御意に、陛下」


ガゼボの中に進み、御言葉通りに着席する。 貴族の令嬢では無く、神官としてね。 聖杖は私の膝の上に横にする正位置。 背筋を伸ばし、お二人を見詰める。 貴族的には甚だ失礼に当たるこの所作は、神官的には正解なのよ。 それを見て陛下は、厳し気な表情から優し気な笑みへと表情を変えられたの。


「正しく神官たる者であると、そう証せられるな。 神聖聖女 エル殿」


その言葉の後に声色が沈みこむ。 相当、御宸襟に重き荷を持たれている様に視えたの。 さて、鬼が出るが蛇が出るか。 王族の御宸襟など、伺い知るべきモノでは無いわ。 一介の神官には、あまりにも重き荷となる事は間違いないのだもの。 でもね…… 此処まで来たからには精霊様方の御意思と、光への道を開くためには必要な道程とも云えるのよ。 だから、私は畏れてなどいられないの。 心を沈め、真っ直ぐ前を向く。


静かに、そして、覚悟を決めて陛下の御言葉を待つの。


「我が国の未来。 第一王子たる『デル』が王太子となるべき時、その傍に立つのは『カーリ』しか居らぬ。 見識と知識と知恵。 マナーと語学と数字に秀でた才女でもあるのだ。経験を積まば、王后たる資格を備える者は二人と居ない。これ程に『王后たる素質』を持つ者は、いかな王国広しとはいえ、二人とは居らぬ。 カーリは、幼少の頃よりその荷を背負う覚悟を示し、献身と研鑽にその身を捧げてくれていた。 誰よりも、この私が知っている。 だと云うのに……」


「御身体…… 視力に問題が発生したのですね」


「馬鹿者共が、その事を理由にカーリを妃から排除せよと云うのだ。 後釜に座りたい令嬢共のあさましき事限りないわ。 そして、その最先鋒が例の令嬢よ。デルの覚え目出度きを後ろ盾に、生家であるリッチェルが暗躍を始めておるのよ。外堀を埋め、内堀を空にし、王宮へと迫る権謀術策を躱すには、如何なフェルデンでも荷が重い。 そこでだ……」


「目の診察と、悪化の進行を止める方策か…… 回復を願われるのですね」


「その通りだ。 既に王宮薬師院や宮廷医長にも見せたが芳しくは無い。と、言うよりも、手が無いのだ」


「成程、それで神官をと。 しかし、第三位修道女の手には余る事柄では御座いますね」


「ただの第三位修道女ならばな…… そちも知っている通り、現在の王侯貴族と聖堂教会には深い溝が出来ておるのだ。その為、聖堂教会の医務神官の王城への招聘もまま成らぬのよ。幸いにしてエルは神官にして貴族家令嬢。 ……そして、『お目見え前』と言う事も有り、他の者達の目を韜晦しつつ来てもらう事が可能な、唯一の神官でもある。更に、妾は第三位修道女は隠れ蓑でもある事は承知している。秘匿されてはいるが、そちは『神聖聖女』。かつての王家の罪を昇華せしめた者でもあるのだ。ならばと、国王陛下に直訴し、この場を作る許しを得た」


「御宸襟伺いました事、誠に申し訳ございませんでした。 自身のお役目、承知いたしました」



 軽く頷かれる王后陛下。 そして、視線を カルディア=カーリレード=バルン=グレッチェンド公爵令嬢に向ける。 お話を耳にされて居られるのだけれども、その表情には茫洋とした感情しか浮かんではいない。 どういう事だろう? かつての記憶の中のグレッチェンド公爵令嬢は、もっと溌剌とし凛として清楚な方だった。 こんなにも感情を失った御顔では無かった筈なのだけれど……


 目が…… 視界が塞がれたことによって、此処まで感情を浮かべる事が出来なくなるものなの?


 私の知って居る彼女とは全く違う。 彼女の周囲に一定の妖精の力が取り巻いているけれど、とても弱弱しい。 それは、まるで悲鳴のようにも聞こえるのは何故だろう? 少なくとも、光の妖精ならば、最高位の光の精霊様の眷族で有らせられる筈。 『視覚』を失う様な事柄であれば、絶大な効能を齎すはずの力をお持ちの妖精様がその力を発揮できないのは何故? 


 グレッチェンド公爵令嬢様の御意思は何処にあるのだろう。 強く祈る気持ちや、ある意味欲望と云っても良い『気概』を失われたの? 疾病を快癒する原動力を失ったに等しいのよ。なにが彼女をそこまで追い詰めたの? それが判らない事には、手が出せないわ。


 陛下に目で問いかける。 彼女に対し問診を行っても良いのかと。 軽く頷かれる陛下。 ならば、行動に移すしかない。 だって、私は第三位修道女、病める者に手を差し伸べる事を『課せられた』神聖聖女なのだから……



「わたくしに御手を」


「……はい」



 涼やかな御声。 でも、感情のうねりを感じない、平坦な御声。 これは…… いけない…… 細く真っ白な御手を繋ぎ、脈をとりつつ質問を始める。 奈辺に御心が有るのか。 その御心の中に、快癒を願われる御気持が有るのか。 何を諦めてしまわれたのか。 何を思われ、何が彼女をしてそこまで苦悩させているのか。 薄いベールを幾枚も幾枚も重ねた様な佇まいの彼女の内心を探る。 震える零れる御声には、怖れと悔恨と絶望が滲む。 未来を諦めかけた、高貴なる貴族女性は、今…… その矜持の殻が割れて、哀れなる一人の少女の姿を曝け出しつつあったのよ。何より、驚くべき事は、私の口から漏れる言葉、音に私とは異なる響きが満たされていた。 私であり、私では無い、もっと高位なる方々の、直接的な御言葉…… 神なる音の顕現とも云えるのよ。 それが、私の口から紡がれたの。



「……心の奥底に有る、畏れは何処にありや?」



 それは、私の口調では無く、もっと重く静かで澄み切った声。 私を依代とした、精霊様の御声だ。そうかッ! この御声は『グレッチェンド公爵令嬢様を守護する精霊様』が私を通し、清冽な魂を宿す彼女に直接語り掛けられたんだ。


 まって……


 つまり、私は今、半分精霊様方の世界に存在しているって事? そんな事、人の身で耐えられる事なの? 私自身は…… 別に異常を感じない。 ただ、流れる雲のように…… 揺るぎなく存在しているのが判るのよ。 私の意思はこの場から遠く離れ、私の身体をお渡ししている感じなのかしら。でも意識はしっかりと御側にいるの。 そうよね、それが私の役割であり、第三位修道女な『神聖聖女』の御役目でも有るのよ。 だから『精霊様の御意思』を、全うしましょう。 私を依代とされた高位の方が綴られる言葉を口にする。 響く声音は何処までも荘厳で、慈しみの色を纏っていたわ。



「その身が祈る魂の唄は、我等にとっては喜ばしい限り。 が、その心に憂い有れば、唄に穢れが生じる。話せ。 言葉にする必要はない。 ただ、心に浮かべよ。 さすれば、我等には読み解ける」


「…………」


「そうか、それが汝の憂いか。 その光失いし瞳に、”好意”とは云えぬ処置を成した妖精は排除した。 千々に彼の者の権能を破り。既にこの世界から妖精界へと帰還を命じた。今後、汝を苛む事無し」


「…………」


「視力を失いし汝は、人を纏め率いるには不足と申すか…… それは異な事を…… 汝ほど、人を慈しみ導ける道理を弁えた者は他に無し。 次代を紡ぐ母なる者としても、申し分なし。 人の世に安寧を導ける存在として我等は見ていたのだ。 が、その資格を蒙昧なる人の分際が拒否すると。 愚かな…… 愚昧な者達の在り方とは、なんとも醜悪で在るな。 …………よろしい。 ここに神聖聖女たる者が居る。 彼の者の業を持ち、汝が憂い払わん。 神聖聖女よ、汝が神より受け継し御業を、我が愛し子に振るう事を許可する。 神門を開き、神の世界より神威を用い、我が愛し子の傷を癒せ。 この世に平安を望む、神々の意思である……   


      …………承知いたしました」



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― 新着の感想 ―
王家と聖教のパワーバランスがわからないな 貴族から神官を押し込める程には王国の力が強いが 王家の恥として扱うほど王家に瑕疵があり 大公が危惧するほど教皇は王国を見限る状況の中で 王国に最も密接でデリケ…
ぬぅ、再開に気付くの遅れたとは悔しい…が。 待ってましたーーーーっ!!! いや、もうね、止まったの余りにも悲しくて、三男は完結してから読もうと決意したくらいでして。 けれど一気に未来が光溢れました!…
再開嬉しいです
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