33発目 華麗なる夏蓮の可憐な初恋 前編
「夏蓮ちゃんはね、凛堂君に恋をしているのよ!」
「!?」
私は思わず飲んでいたコーヒーを吹き出してしまった。危うく前に座っている命の顔にかけるところだった。その発言をした後、命は私の顔を見たままずっと黙っている。静寂が場を支配する。聞こえるのは店の中に流れるクリスマスソングだけだ。
合同文化祭も無事終わり、季節は完全に冬に入った。今年も残り一ヵ月を切ったある日、私は桜国の野球部員、穂高命に校門の所で呼び止められた。
「話があるの。ちょっと付き合ってくれないかな?」
その発言内容と今の季節を照らし合わせると、誤解を招くぞ。私はそう思いながらも命についていく事にした。私達は商店街にあるちょっとお洒落な喫茶店に入りコーヒーを頼んだ。コーヒーが来るまで命は何もしゃべらなかった。もじもじした様子でどこか挙動不審だ。それはコーヒーが来てからもしばらく続いていたが少しして意を決したように私に向き直ると、まっすぐ私の目を見て冒頭の発言をした。俗に言う、爆弾発言である。それは正確に私の心に直撃し、私の思考を大いに乱した。HQ!HQ!応答せよ!今度は私が挙動不審になる番だった。
「もう一回言ってもらっても……いい?」
「夏蓮ちゃんはね、凛堂君に恋をしているのよ!」
文字通り、一字一句違わずに命は言った。これは一体どういうことだ?
「あの、詳しい話を聞いてもいいかな?」
「うん。あのね……」
命はゆっくりと話し始めた。その話は合同文化祭の直後のことらしい。
~ 桜国高校 屋上 ~
『ねえ夏蓮ちゃん、今の話聞いてた?』
『え?あっ、ごめんなさい。ちょっと、考え事をしていましたわ』
『珍しいね、夏蓮ちゃんがボーっとするなんて。何か心配事でもあるの?相談に乗るよ?』
『え、ええ。まあ……心配事というか……』
『心配事というか?』
『り、凛堂さんのことを少し……』
『凛堂君のこと?』
『ええ。凛堂さんのことを考えていたら、あ、頭がボーっとしてしまって』
『か、夏蓮ちゃん……それって……』
『もう一日中、凛堂さんのことが頭から離れなくて』
『お、落ち着いて夏蓮ちゃん!』
『ああ!あんな……あんな殿方がこの世にいるなんて……私、おかしくなってしまいそうですわ!』
『夏蓮ちゃーーん!どこ行くのーーー!?柵を越えちゃダメーー!人は生身じゃ飛べないよーーー!!』
「……っていう感じだったの。もう危なくて見ていられない」
命は深刻そうな顔で言った。確かに……それは危ない状況ですね。夏蓮お嬢様、随分とハイになってらっしゃる。う~ん、困ったなあ。
「人の色恋に私がどうこう言える権利はないけれど、お願い、凛堂君!夏蓮ちゃんの気持ちに応えてあげて!」
命と別れた後、私は喫茶店に居座りそのまま悩み続けていた。夏蓮の思いは初恋である。間違いない。しかし、その初恋は決して実ることのない恋だ。人類史上、ここまで絶望的な初恋はあるだろうか?私がウェルカムなタイプであったら咲き乱れていたかもしれないが、…………無いな。世の男どもが考えているようなことは、ほとんど無い。小説じゃあるまいし。しかし、どうしたら夏蓮を傷つけずに断れるだろうか?考え続けたが答えは出なかった。
それから数日後、家に帰ろうと下駄箱を開けると一通の封筒が足元に落ちた。
「こ、これは……」
自分でも顔が引きつるのが分かった。その封筒の表面には丁寧な文字で『恋文』と書かれており、裏返すとハートマークのシールで封がされていた。三条夏蓮、とサインまでしてある。私は周りに注意しながらそれを懐にしまうと、脇目も振らず家に帰った。家にたどり着いた私は手紙の封を剥がし読み始めた。
「うへあ……」
変な声が出た。手紙には私に宛てたメッセージが、びっしりと書かれていた。
『凛堂葵様。お元気でしょうか?三条夏蓮です。この度は突然のことで、さぞ驚かれているかと思います。この手紙を書かせていただいた理由はとてもシンプルです。私は貴方に恋心を抱いております。凛堂さんのことを考えると手に何もつかず、食事も喉を通らず、夜も眠れない。そんな心苦しい日々を送っております。この禁断の思いを封じ続けることは不可能と感じ、この手紙をしたためました。もし……もしも私の願いが叶うのなら、私は三条家の家名を捨てることも厭いません。ただ貴方とずっとくっついていたい。貴方をただ見つめていたい。……こんな思いを抱く私はおかしいのでしょうか?人間として間違っているのでしょうか?でも、私の心はもう転がり始めてしまいました。この思いを止めることはできません。こんな私を許して下さい!こんな私を受け止めて下さい!もし、私を受け止めて下さるなら、クリスマスイブの日、この町の外れにある教会の大きなクリスマスツリーの下まで来てください。お待ちしております。貴方の夏蓮。』
どうするよ……これ。夏蓮、完全に暴走モードに入ってるじゃん。生半可な方法じゃ傷つけるだけだぞ……。ああ!私の嘘が人を傷つける!頭を抱えた私はふと、カレンダーに目をやった。クリスマスイブまで三日しかなかった。




