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23発目 ヤンキー、田舎に帰る 前編

 容赦なく照り付ける太陽。断続的に聞こえてくる蝉の鳴き声が山里に夏が来たことを知らせる。日本独特の湿気を含んだ暑さのせいで着ている服が汗でべとつく。電車の窓を開けると少しだけ涼しい風が入ってきた。その風に乗って青臭い香りも漂ってくる。


 私は久しぶりに祖母のいる田舎に帰ってきた。夏休みである。高校に入ってからまだ半年も経っていないが、随分長い間田舎に帰っていない気がした。田舎の方が都会よりも開放感がある。そう、今の私は解放感に浸っていた。日頃、男のふりをして喧嘩やら野球やらに明け暮れていた私は、田舎に帰るに当たってスカートを着用した。プライベートで女の子らしい格好をするのは久しぶりだ。


『間もなく、山崎~、山崎~、終点です。お忘れもの……』


 祖母や昔の知り合い用に買ってきたお土産を両手にぶら下げて私は列車を降りた。誰もいない改札を出た私の目に、たった今出発したばかりのバスが映った。あ~あ、タイミング悪いなあ……。ここのバス、一時間に一本しか来ないんだよな。しょうがないか……バス停のベンチでしばらく休んでいよう。そんなことを考え私がベンチに向かおうとした時、車のクラクションが短く鳴った。私が道路の方を見ると見たことのある赤色の軽自動車が目に入った。


「葵ちゃん!葵ちゃんじゃない!久しぶりね~」

平山(ひらやま)先生!?」


 運転席の窓を開けて声をかけてきたのは、私が中学校に通っていた時の保健医、平山(ひらやま)祐子(ゆうこ)先生だった。エキゾチックな魅力に富んだ女性で男子には憧れの対象だった。しかし、その正体は……


「葵ちゃん、帰ってきてたのね。夏休み?」

「はい。久しぶりに帰ってきました」

「そう!丁度良かったわ!家まで送ってあげる!」

「え!?いや……その……悪いですよ……」

「バス、行っちゃったばかりでしょう?いいから、いいから!」

「う……はい、お手柔らかにお願いします」

「まっかせなさーい!」


 私は観念して助手席に乗る。何でこんなに嫌がるかは、すぐ分かる。


「乗ったわね?よーし、それじゃあレッツゴー!!」


 平山先生はアクセルをベタ踏みした。急速にエンジンの回転数が上がり、体にGがかかる。なんか懐かしいな……この感覚。


「うっはー!!テンション上がってきたーーー!!」


 信号無視も何のその、軽快に飛ばしていく。この人が交通法規を守っているのを見たことがない。自動車学校とか警察とか、仕事してくれ。


「やっぱり、昔を思い出すわね~」

「レディースだった頃ですか?」

「そうね。『魔愚和威閼(まぐわいあ)』の皆は元気かしら?」

「あはは……」


 昔、この人は札付きのワルであった。レディースの総長をやっていた伝説の人間である。そんな人が今は学校の保健医。この人の半生を自伝にしたら、きっと飛ぶように売れるに違いない。


「ホント、人生どうなるか、分かったもんじゃないわね~」


 はい。私も今、身に染みて感じております。空手女子から不良男子への華麗な転身です。色々大変なんですよ、ホント。


「葵ちゃんは体とか壊してない?都会は大変でしょ?」

「幸い、今は大丈夫ですが……、そうですね……」

「どうしたの?」

「ほら、私って空手やってるじゃないですか」

「そうね」

「それで怪我とか絶えないんですよ」

「そうね。女は家を一歩でも出たら、十人の敵がいるって言うものね」


 そんな言葉は聞いたことがない。何それ、修羅の道?


「そんな時に、かかりつけの先生とかいると心強いんですよ」

「転ばぬ先の杖ね」

「私の住んでいる地域で……知ってる人いませんか?できれば、口が固い人で」

「う~ん、そうね~」


 先生は上を向いたまま、考え込んでしまった。先生!運転中ですよ!?トラック!前、トラック来てる!!


「あっ!!そうだわ!」

「きゃっ!」


 何でもないように急ハンドルをきって、トラックをかわす。下手な絶叫マシンより絶叫できる。きゃっ!とか言っちゃったよ。


「居たわ、一人だけ。ちょっと変わった先生だけど」

「……すいません。ちょっとだけ待ってもらえますか?」


 息を整えます。心臓がバクバクしている。


「……はい、大丈夫です。知り合いの方が居られるんですね?」

「ええ。私の先輩で変わり者だけど腕は確かよ」

「その人、紹介していただけませんか?」

「……お見合い?高校卒業してからの方が」

「違いますよ!!医者として、です!」


 平山先生から、その先輩のお医者さんを紹介してもらえることになった。それにしてもこの人、少し天然だよな。今までの話をホンマに聞いていたんか。



 家まで送り届けてもらった私はお礼と共にお土産を渡して先生と別れた。久しぶりの祖母の家だ。私が玄関を叩こうとしたら、右の方から声がかかった。


「お帰りなさい、葵ちゃん」


 祖母である。全然変わらない。半年も経っていないのだから当たり前だが、私は嬉しくてたまらなかった。


「ただいま、おばあちゃん」

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