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ハチオウジギア  作者: ティーマン
シーズン1 Part2
79/80

79 ザ・スレイング・オブ・殿付⑨

シーズン1最終局面 戦いの終わりと蠢く者たち



◆



 寒々とした曇り空の下、黒い墓標のような巨大なビルが屹立していた。巨大なビルの最上部に「フシモリ」と社名がペイントされている。

 

 フシモリ本社ビル、経営推進役員室のプレートがある部屋ではリーゼント風パーマの古矢田《こやた》クリントが厳しい顔でディスプレイを見ていた。ディスプレイには黒バックに緑で「SOUNDONLY」と表示されたワイプが八個表示されている。


「はい、殿付の死、これは我々、フシモリへの挑戦であり、看過できない」


 古矢田がディスプレイに向かって話しかけた。殿付ブシユが殺されたことでエイトプリンスの緊急会議が開催されていた。


「はい、亜久山《あくやま》のチームが目下調査中ということだな?」


 ワイプが点滅し、亜久山ジュウケンが発言した。


『そうだ。ワシの所で現場を調べておるが……相当な死闘があったようじゃ。痕跡を見るに殿付は複数名と戦っている。普通に考えるとじゃな、直近の聖石エンジンの破壊作戦、それに現場が静岡となると伊藤インダストリーによる報復と見ることができる。もちろん、あらゆる可能性があるから予断はせんがな。それと殿付の携帯端末にハッキングの痕跡を見つけた、大した情報は引き出せていないだろうが注意が必要じゃ』


「はい、わかっている。どちらにしても誰が犯人なのか? 徹底的に調査する必要がある」


『それにしても、エイトプリンスの攻士を倒す程の敵がいるのは驚きですね。殿付さんは決して弱い超人ではありませんでした。それを複数人とはいえ、倒すなんてゾクゾクしますね。次は誰がやられるんですかね? 古矢田さんだったりして』


 リトルグレイの異名を持つ男が笑顔で言うのに古矢田は顔を顰めた。


「はい、不規則発言はやめろ」


『わかっていますよ』


 リトルグレイが悪びれもせずに笑いながら言った、その時、鎖藤《さとう》コウナガのワイプが点滅した。

『殿付さんの死は非常に残念です。貴重な人材であり、悲しくもあります。しかしながら、我々は計画を粛々と進めていく必要があります。殿付さんの役割は大変でしょうが、古矢田さん、あなたが引き継いでください』


「はい、わかりました。早速、関係各位に通達致します。シドーの人選は殿付がある程度、まとめていたので私の方で最終的に確定させて運用します。それと王腰《おうこし》からも報告があったように体制が整ったので、大々的に行動させたいと思います」


『頼みますよ、ここからが勝負です。第一歩が始まります。ですから、殿付さんを害した者もこの際、利用してください』


「はい、そうします」


 古矢田が緊張した面持ちで言うとリトルグレイの忍び笑いが聞こえた。


『そう都合良くいきますかねぇ、面白いことになりそうですね。それではですね、私も殿付さんを殺した方について独自に動いてみますよ。もちろん、亜久山さんの邪魔になるようなことはしないのであしからず』


「はい、勝手にしろ。だが、わかったことはちゃんと報告するんだ。良いな?」


『当然ですよ。でも、久々に楽しくなりそうでワクワクします』


 リトルグレイのおどけた声が室内に響いた。



◆



 ネオン煌めくハチオウジの夜。


『……午前〇時頃、伊豆山中でブカツドーの役員を務める殿付さんの乗っていた自動車が崖下に落下し炎上、殿付さんの死亡が確認されました。殿付さんはブカツドー静岡支店に訪問した帰りに……』


 カラオケ棺の巨大モニターから、殿付の死を伝えるニュースが流れていた。街ゆく人々はニュースの内容を気に掛ける様子も無く、誰も足を止めない。繁華街に目を向けると普段の憂さを晴らすように酔いどれサラリーマンたちがふらふらと歩いてた。ふいにサラリーマンの一人が壁に手をつくと盛大に嘔吐した。


 雑踏の地面を走る数匹の鼠がサラリーマンの吐瀉物というご馳走に群がった。ありつけなかった一匹の鼠が離脱して地面を駆け抜け、ダクトを辿ってヤキ屋の店内へと侵入した。


 ヤキ屋の店内ではヨレヨレのスーツを着た生気のない男が虚ろな表情でカウンターに座っている。男はタブレットを操作して牛丼と味噌汁のセットを選択すると携帯端末をスキャナーにかざして決済した。


『ご注文ありがとうございました』


 電子音が響き、男の目線より上にある二つのダクトから丼ぶりとお椀がカウンターに落ち、続いて先ほどの鼠がお椀に下り立った。さらにダクトからご飯の塊、牛肉とタマネギが雑に丼ぶりに落ちて牛丼が完成した。同時に隣のダクトから味噌汁が注がれると鼠が驚いてお椀の中でもがくも、じょじょに温度に慣れて汁を啜りだした。


 男は携帯端末を見ながら、慣れた手つきで牛丼をかき込んだ。味噌汁を満足するまで啜った鼠は男が気づく前に味噌汁から抜け出して、味噌汁を垂らしながらカウンターを駆けていく。男は携帯端末を見ながら味噌汁を口にした。



◆



 窓越しにヤキ屋でサラリーマンが鼠の浸かった後の味噌汁を飲む光景を見ていた高取は吐き気と苦痛に顔を歪める。


「酷いですね」そう呟くと肩を竦めて、痛みと寒さを噛み殺して歩きだした。殿付との死闘で傷ついた身体は超人の回復力を持ってしても癒えておらず、歩く度に痛みが波のように押し寄せた。


「お兄さん! よってらっしゃいみてらっしゃい! 良い娘に会いたいならストライクだよ! 店長の洋余さんが待ってるよ! ヨーヨさん! ヨーヨさん! ヨーヨさん! が待ってるよ!」


 派手なスーツの客引きがすり寄ってきた。高取は目をそらして足早に雑踏から路地へと入ると奥にある「BARヤギ」に繋がる地下への階段を下りていく。いつものように「CLOSE」の札が掲げられているドアを開けて中に入った。


 暗い店内で後藤はカウンター越しに座るコールマンと米山と話していた。高取は頭を軽く下げるとコールマンの横に腰を下ろした。


「揃ったな、この前はご苦労だった。コールマン早速だが説明してくれ」後藤がそう言うとコールマンはリモコンで天井に吊るされたモニターをつけ、卓上にあるノートPCの映像を映した。


「身体ボロボロなのに入手データ解析をすぐにやらせるなんて無茶を言うわ。でも、ちゃんとやったから」


 コールマンがキーボードを叩くと黒いワイプにグリーンで書かれた文字と数字の羅列が表示された。


「これは何ですか?」高取が思わず呟くとコールマンはにやりと笑い、キーボードをさらに叩いた。


「相手もさすがのもので携帯端末は殿付の生体反応とリンクしていて、生体反応が途絶えると情報は自動消去するようになってたわ。でも、私たちに幸いだったのは場所が静岡ということもあって伊藤インダストリー側の妨害電波もあってかリンクにラグができて、完全消去される前に一部の情報が残った。それを復元したのがこれ……」


 モニターに表示されたワイプの右上に「ラン・フォー・ザ・フューチャー」、上段の中央に「配置組織一覧」と記載されていた。その下には各政府機関、国家安全保障庁、自公党、民衆党といった政党、企業名がバグで空欄を含みながら羅列されており、中段以下は文字化けしている。


「例の計画名があるわ。この配置組織はフシモリの息が掛かった者が入っていると考えて良さそうね。計画に関してはこれを見て」


 コールマンがキーを叩くと新たなワイプが表示された。そこには前と同じように右上に計画名が書いてあり、昨年、ショッピングモール「アオフ越谷」で発生した大量殺人事件や若い女性が血液を吸われて殺された事件等、複数の事件が発生日と共に記されていた。これもバグによる虫食いがある。下に目を移すと先の期日と共に施設名や場所が記載されていた。


「これも意図は不明だけど、どれも過去に発生した超常犯罪で解決しているものもあれば未解決もある。これだけ見るとフシモリが関与した事件に見えるけど、この資料の末尾を見て」


 高取は末尾の文書に目線を向けた。比較的虫食いが少なく、内容としては各種事件の調査、対処、犯人の処分を行う組織「シドー」をエイトプリンス管轄の下で運用、人選は殿付ブシユ、江松《えまつ》ミヤビと虫食いで読めない名前の計三名が担うと記載されていた。


「どうもフシモリの犯行とは思えない。それに江松ミヤビもエイトプリンスの攻士ね。開発部の役員と関連会社の役員も兼任している。フシモリはグループ企業を含めると役員数は千人以上になるわ、この中にいる八人の攻士がエイトプリンスの核になる。南町の話では下級生、中級生は直属の攻士しか把握していないらしいけど、計画を知るには上級生か攻士自体を狙うしかないわね」


「ラン・フォー・ザ・フューチャー計画についての情報はそれくらいでしたか?」


 高取の問いかけにコールマンは首を振ると再びキー叩いた。画面が変わり、日本地図が表示された。東京、山梨、大阪に赤い円が描かれ、横に『TARGET POINT』と記載されていた。


「何かの攻撃目標のようね。赤円の場所を見てみると東京は二十三区、ハチオウジ市、山梨市内、大阪市内が範囲になっている」


「どういうことです? 二十三区は中枢、山梨は伊藤インダストリーがあり、大阪もジャカタネットがあるからわかるのですが、なぜフシモリのあるハチオウジ市も……これが南町が言っていた大きな犠牲ですか?」


「そうだろうな」


 米山が高取の後を継ぐように呟いた。


「聞き出して、阻止すれば良い……江松ミヤビなら知っているはずだ」


 後藤が無感情に言うと、沈黙が流れた。高取は痛みを抑えるようにウイスキーのロックを一口呷りながら考えていた。フシモリの計画を潰し、リトルグレイに辿りつくにはこれから殿付のような化け物と何度も戦い、勝ち続けなければならない、果たしてそんな事が出来るか? 今度は弱気になる自分自身を抑え込む為にウイスキーを一口呷った。出来るかではない、やるしかないのだ。犠牲になる人々の為にも、カヨコと会うことの出来なかった子どもの為にも。


「この戦いで得た情報の一部は安保庁にも共有して、奴らからも情報を引き出す。配置組織には安保庁も入っている。奴らを完全に信用できないが情報は少しでも欲しい」


「鎖藤コウナガを仕留めれば全てわかるのに……遠回りするのは辛いですね」


「奴を倒して済む話ではない。それに警備は尋常じゃない、殿付との戦いで実感した筈だ。周囲には殿付レベルの超人が複数いる、鎖藤自身も強大な力を持つ超人だ、計画の核になるものを掴んで潰すしかない」


 後藤が諭すように言うと、米山が皮肉な微笑みを浮かべた。


「しかも、誰も頼れないときた。俺たちだけでやるしかないんだな」


「それでもやるんです」高取はウイスキーを飲み干して言った。



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