71 ザ・スレイング・オブ・殿付①
シーズン1最終局面 狂師VSエイトプリンス攻士・殿付
◆
日野区中央公園にある大きな木を取り囲むようにベンチが円を描いている。そこに男が二人隣り合って座っていた。一人はソフト帽にトレンチコート姿の後藤エイショウともう一人は口髭を生やした眼鏡の男、正本ハタシだ。
「早速、動いてくれたようだ、南町を始末したのはあなたたちだね?」
「あなたたちか……情報が早いな」
後藤が無感情に答えると正本がニヤリと笑いかけた。
「我々を誰だと思ってる? さすがと言った所か。当然、エイトプリンスの攻士については情報を得ましたよね?」
「殿付ブシユ」
「フン、殿付か……タイミングが良い相手だ……大源さんからエイトプリンスの攻士を突き止めたら、さらなる支援をするように言われています。もちろん、何かあっても我々はあなた方との関与を否定するし、切り捨てる」
「余計なことは言わなくて良い、殿付を探りたい。殿付について知っている情報を提供して欲しい」
「宜しい、我々が掴んでいる殿付の分析情報、能力、あなた方が使えそうな情報について共有しましょう」
「頼む、所でお前たちはどこまでエイトプリンスについて掴んでいるんだ? リトルグレイの正体も掴んでいるのか」
「残念ながらエイトプリンスについては三割程しか掴んでおらず、リトルグレイの正体も探索中です。我々の情報のほとんどが関連組織や敵対勢力の情報を傍受して得た情報です。あなた方にはそれ以上の情報と攻士の排除を期待しています」
「そうか」
「資料については別の者に送らせます」
「頼む」
「他に得た情報はありませんか?」
「ラン・フォー・ザ・フューチャー計画について知っているか?」
「まさしく、我々も探ってます。超人の世界を作ることらしいですが詳細はわかりません。南町から何か聞き出せましたか?」
「いや、お前が言ったように超人の世界を作る為ということ以外は奴も知らなかった」
「そうですか……奴らを止めないと多くの人が死ぬことになるでしょう。あなたたちの活躍を期待してます」
正本は後藤に不敵な笑みを向け、立ち上がると公園を後にした。後藤は正本の後ろ姿を見送ると携帯端末を取り出して米山のアドレスを選ぶと通話ボタンを押した。
◆
BARヤギの薄暗い店内。高取は後藤が南町から得た情報を聞いていた。
南町自体はエイトプリンス戦闘員「攻生」の下級生であり、殿付ブシユとのパイプしかない。殿付の指令でショータンを運用していた。また、正規配属もされていないことからエイトプリンスに関する情報は限定的であった。
ショータン自体はフシモリを支援する権力者を守る為に冤罪を作りだす駒である。全ては超人の世界支配を目的としたラン・フォー・ザ・フューチャーと呼ばれる計画の一環だ。そして、それは多くの人々を犠牲にする計画であることまでは掴めた。
高取は改めてフシモリの独善的な行動に怒りを感じていた。
「ラン・フォー・ザ・フューチャー計画について詳細を知り、これを食い止めなければならない。その為にまずはこいつだ」
店の天井に吊られたテレビ画面に唇の厚い、暗い眼をした男、殿付ブシユの顔が映し出されていた。
「殿付ブシユ……」
高取は憎しみを込めて呟いた。リトルグレイと同じエイトプリンスの一人に辿り着いたことで復讐に一歩近づいた。
「我々は計画を止める為にもフシモリを支配するエイトプリンスを壊滅に追い込み、鎖藤コウナガを含めて屠る。これはその一歩となる」
高取も隣に座るコールマンと奥の米山も無言で頷いた。
その時、カウンター内にいる後藤が大きく咳をして口を覆った。心配そうにコールマンが声をかけようとするのを制して後藤は続けた。
「自分自身や被害者たちを見てわかったはずだ。目の前の悪夢を消しても別の悪夢は現れ続ける。我々は悪夢の元凶に近づいた。そろそろ元凶と対峙すべき時なのだ。まずはこの殿付ブシユだ」
高取は拳に力を入れた。皆が覚悟を決めたのか重い空気が流れた。
「そうね……いつも通り、殿付の動きを監視して隙と他の攻士の繋がりを探るといった所かしら」
コールマンの言葉を引き取って、米山が話し始めた。
「殿付ブシユ四十五歳、当時の八王子市に生まれて商社に就職していたが日本大災害から一年してフシモリに転職した。家族構成は両親と姉、妻と娘が一人。五年前にブカツドーへ出向。三年前にブカツドーの常務になると共にフシモリの人事部役員に就任している。自宅は八王子区めじろ台。表向きわかっている情報は以上だ」
「大災害後すぐ超人に覚醒してフシモリが引き抜いたということですか……」
「恐らくな」
「米山の情報に補足すると殿付は攻生のスカウトと育成を管轄している。ブカツドーの社長は露院カザンが務めているが実質的には殿付が支配しているのだろう」
「スカウトですか……殿付がフシモリに所属する超人を作りだしているんですね」
「そうだ、だが殿付やエイトプリンスすらも鎖藤の配下に過ぎない」
「鎖藤……ラン・フォー・ザ・フューチャー計画で何を企んでいるんですか? 超人の世界を作るなんて」
高取の質問に後藤は遠い目をしてどこかを見た。
「奴らのやっていることを考えると全ては超人という存在が公になった時にフシモリが支配権を握る為の布石だ。その為には手段を選ばない、道端にいる我々のような虫など踏み潰しても構わないのだろう……」
後藤は再び咳をすると目を瞑った。高取はコールマン、米山と共にじっと後藤を見つめている。後藤は不意に寂しげな表情を浮かべた。
「 ……それよりも殿付を始末する段取りをつけたい、殿付について情報を得た。見てくれ」
高取がテレビ画面に目を向けると一軒の豪邸が映しだされた。豪邸の門に二人の黒服の男が立っている。画面が再び変わり、上空からの豪邸の庭を撮影したもので数名の黒服が配置されているのがわかる。
「これが殿付の自宅だ。極めて厳重な警備体制が敷かれている、ここに襲撃をかけることは難しいだろう……だが」
テレビの画面が切り替わり、森の中に聳え立つ巨大な施設が映し出された。
「これは静岡に新たに作られたブカツドーの支社だ。六日後、殿付は支社を視察する予定になっている。この移動を狙って殿付を始末する。自宅や出勤時は家族を守る為にも警備は厳重だが、地方に移動する際は警備は最小限で行われるようだ、そこに隙ができる。奴の始末と他のエイトプリンスの情報を手に入れたい」
後藤はそう言うと十センチ程の黒い長方形を掲げた。先端に携帯端末に繋げられるようなコードが垂れている。
「携帯端末に接続して情報を抜き取る特殊な装置だ。これを殿付の携帯端末に接続する。フシモリの特にエイトプリンスには独自の情報システムがあるようだ。そこからフシモリを潰す情報を手に入れられるかもしれない。これはコールマンに任せたい、殿付を倒した後、セキュリティでシステムが遮断されるまでが勝負だ……もっとも殿付は強敵だ、無事に携帯端末を手にできるかは賭けになるがな」
「任せて」と言いコールマンが頷くのを視界に収めながら高取は疑問を口にした。
「例の安保庁の知り合いの情報ですか?」
「そうだ、奴らはエイトプリンス崩壊に伴うフシモリの混乱に乗じて何かを企んでいる、こちらもそれを利用するまでだ」
後藤はさらに襲撃について判明している情報と手順を説明した。説明を聞きながら高取は攻士である殿付との戦いに緊張を感じていたが先にいるリトルグレイに対する憎悪で抑え込んだ。
◆
昭島区にある民間軍事会社「ブカツドー」。壁に囲われた広い敷地内、グラウンドの奥に無骨な十階建ての本社ビルがある。本社ビルの一室で招雄ショウは八人の同僚と共に椅子に腰掛けた三人の男と向き合っていた。
「おめでとう! 君たちはエイトプリンスの攻生に選ばれた!」
中央に座る目の細い坊主頭の老人、露院カザンが無表情に叫んだ。左横にいる似非原は満足気にその光景を見ていた。
「ありがとうございます!」
招雄と同僚たちは大声で返事をした。
招雄はようやくエイトプリンスの攻生にまで辿りついたことに感慨を覚えていた。ハチオウジ市の底辺で育った招雄は親に虐待を受けていた。生活に耐えられない招雄は中学になると家を出てチーギュウ街へと流れ着いた。チーギュウ街は子どもが生きるには過酷な世界で何度も命の危機を迎えてきた。だが、その中で偶然に超人に覚醒し、似非原に見出だされたことで上流階級に進むチャンスを得たのだ。
「良い返事だー、超人の未来の為に活躍してくれー」
露院の右に座る殿付が九人に力強く語りかけた。
「お前たちはエイトプリンスの下級生として各部署に配属されるー、主に敵対組織への攻撃、防衛の任務が与えられるからしっかり活躍しろー、そうすればさらに上を目指せるんだー」
殿付の言葉に招雄は拳を握りしめた。招雄は横目で曳山ハキムを見た。曳山も前髪の間からのぞく眉のない目で招雄を睨みつけるように見ていた。曳山は招雄と同じ十八歳であるが入社が僅かに早い先輩であり、事ある事に招雄にいちゃもんを付けては小競合いが絶えなかった。
「静岡にあるブカツドーの伊豆支店からも同様にーお前たちと同じく下級生にする者たちを選定しているー。お前たちは来週から浅川にあるフシモリの地下施設に出勤するんだー、そこで再度適正を見極める試験をするー、ここにいる九人と伊豆で選定した下級生たちで競い合うんだー、結果に基づいて配属を決定するー」
「承知しました」
招雄たち九人は目を輝かせて答えると似非原が机に備え付けられた通信装置に向かって何かを呟いた。すると入口から四名の職員が入ってきて同僚に次々とネイビーの四角いケースを手渡していく。職員から招雄もケースを受け取る。ケースは金属製でずしりと重かった。
「これは攻生の戦闘装備、対争服なんだー、これで攻生の仲間入りだー、張りきって頑張ってくれー」
招雄はケースを見つめながら笑みを浮かべた。
「エイトプリンスはフシモリの実行部隊なんだー、お前たちの活躍で未来のフシモリが決まるんだー」
この後、殿付はエイトプリンスの概略について説明を受けてから部屋を後にした。
「おい!」
廊下を歩いていると後ろから曳山が声をかけて来たが招雄は無視した。
「無視するな、こらぁ!」
後ろから曳山が殴りかかる気配を感じて招雄は振り返った。思った通り曳山の拳が迫っていたが招雄は片手で拳を受け止めた。
「何の用だ?」
「お前と一緒に下級生になるのは屈辱だ。お前は絶対に引きずり下ろしてやるからな」
「やめろよ、お互い頑張ろうじゃないか」
招雄が笑顔で答える曳山は怒りに震える顔で招雄の手を振り払った。曳山は唾を吐きかけると踵を返し歩き去った。
招雄はそれを冷たい眼で見た。曳山ごときに関わっている時間はないが今後、曳山は邪魔な存在になる。どこかで始末をつけなければならないと招雄は感じていた。




