70 独君・ジェイル③
独君拘置所での聴取。68~70まで続きます。
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拘置所内にあるガラス張りの休憩室。
神駄は窓際に立ち、夕日で煌めく海を見ながら煙草に火をつけ、一服した。隣にあるベンチではノリコが座り、カフェオレの缶コーヒーを飲みながらPCを操作していた。
「看守の人、協力してくれて良かった。良い演技してた」
「ああ、彼らもくだらない圧力にうんざりしてるんだろう。とりあえず辛斗からはある程度の情報を得られた」
「オープンキャンパスの内亜に情報屋の外海、裸紀伊、一気に登場人物が増えたね」
神駄は頷いて煙草をゆっくりと吸い、煙を吐き出した。窓から見える海が煙で霞んだ。
「公には俺たちがどれだけ脅しても辛斗は吐かなかったということにしてあるが……これで巣をつついて大騒ぎが起きるかどうかだな」
「辛斗の監視を怠らないようにしないとね」
「室長が手配してくれているようだ。辛斗自体は死のうがどうなろうが知ったことではないがな」
神駄は本心からそう思っていた。超人の持つ力は悪だ。そのせいでアキコは力に飲み込まれ、自らの意思ですら制御できない状況に陥った。そして、アキコと神駄自身も呪いに蝕まれた。あの日から神駄はこの身を滅ぼしてでも超人を消すと決めた。
「神駄君、また、顔が死んでるよ」
「だからなんだ」
「私は神駄君が何を抱えてるかは知らない。でも、その重みに潰される必要はないよ」
神駄はノリコから視線を逸らし、舌打ちした。ノリコの言葉に救われている自分が許せなかった。それは鳥平民でたまに出会う高取や内藤にも同じように救われている気持ちを抱くたびに思う感情だ。神駄は自らは救われる資格がない、呪いと共に生きねばならない、そう強く念じた。
「どうだろうな……」そう呟くと灰皿に煙草を押し付けた。
「それよりもオープンキャンパスをどうするかだ。信頼できる会員からも情報を聞いてみる」
「そうだね。私もジアドーアに潜って調べてみる」
「しかし、フシモリや伊藤インダストリーの奴らとも別か……クズが多すぎる」
神駄は海の向こう側に見える東京の巨大なビル群を睨みつけた。
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ハチオウジ市あきる野区にある日本家屋。その一室で神駄は柱に寄りかかり神妙な面持ちで作業を見つめていた。
辛斗から得た情報を報告した神駄は暇を見つけて黒仮面や群馬で酷使した「凶悪魔」のメンテナンスの為にこの場所に来ていた。
神駄の見守る中、畳敷きの部屋で若い男が八足台に載せた刀、「凶悪魔」の束に細長い布を巻いていた。布にはびっしりと漢字が書かれている。
「これで大丈夫やな」
グッ、男が布をきつく縛ることで布が柄巻のようになった。
「いつもすまないな」
「気にせんでええ」
この若い端正な顔立ちをした男の名は忌名セント。鬼討師と呼ばれる退魔専門の呪術師であり、超人ではなくれっきとした人間だ。
「だいぶ力が増大しとるようだな。呪符を食い破るくらいに禍々しさが増しとる。身体は大丈夫か?」
「大丈夫だ。まだまだこいつには活躍してもらわなければならないからな。それより、あんたこそ最近働きすぎじゃないか?」
「特異事象から皆を守る為やもっと戦う必要がある」
セントが疲れを振り払うように答えた。
特務公安部では特異事象、いわゆる死者の気、霊による被害についても管轄している。特異事象については特異事象調査課が対応しており、セントは協力となる。Gチャンの形見である凶悪魔は強力な武器だが、呪物でもあるので呪術的に抑える為に内藤にセントを紹介された。セントは特殊戦術室に呪術的なアドバイスをすることもあり、神駄の素性も知っている。
「あんたと同じだ。俺も超人を倒しつづけなければならない」
「気をつけるんやな。前に言ったが僕の見立てではこの刀は超人を殺す為に打たれたものや。お前の力を食い尽くしても超人を殺したいようやからな」
セントが刀を鞘に入れて差し出した。
「望む所だ」
神駄は受け取ると、刀の禍々しさを自身に取り込むように見つめた。
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バヂバヂ、路地裏で電光掲示板のネオンが音を立てている。その路地裏を神駄ミチオは白いスーツの上に黒のロングコートという出で立ちで煙草を吸いながら歩いていた。
神駄は看板に「オデンカン」と書かれた屋台の暖簾を潜った。屋台では坊主頭の若い男が瓶ビールを飲み、おでんを食べている。神駄は若い男、成宇フタキの横に腰を下ろした。
「オヤジ、瓶ビールとおでんの大根、こんにゃくをくれ」
「あいよ」
店主の老人が愛想良く応じた。神駄はくわえていた煙草を灰皿に置くと成宇に視線を向けた。
「神駄さん、お疲れ様です」
「ああ」
店主が瓶ビールとグラスを置くとすかさず成宇は神駄のグラスにビールを注いだ。神駄は成宇とグラスを合わせ、ビールを飲んだ。炭酸と苦みが喉を通り過ぎた。
「大河議員の件、大活躍でしたね」
成宇もグラスのビールを飲んだ。
「所詮はワンゴットの一部を叩いたに過ぎない。群馬の軍事支配は強大だ」
「それでも青龍会の名は売れましたよ」
「それだけだ」
神駄はビールを一口飲み、煙草を吸った。
「できたよ」店主が湯気をたてた深皿に入ったおでんを目の前に置いた。深皿の淵にはたっぷりとからしが付けられており、薄茶の汁に大きな大根、三角のこんにゃくが盛られていた。
「失礼するってんだよ」
背後から女性の声がしたかと思うと成宇の隣に腰を下ろした。成宇の隣に座った熟年女性は髪をショートパーマにして、薄く紫の入ったサングラスを掛け、和服を着ていた。
「どうも、挽歌さん」
成宇が気さくに声を掛けた。熟年女性、挽歌ヤツミは神駄と成宇に目をやり、頭を下げた。神駄も目礼で応じた。
ヤツミはハチオウジ市警の第五機動捜査隊に所属する警部補であるが成宇と同じ会員として特殊戦術室に協力している。
「あたしゃ日本酒が欲しいってんだよ」
「あいよ」
店主はヤツミの前にコップを置くと「多摩殺し」と書かれた一升瓶から日本酒を注いだ。ヤツミがコップを掲げると神駄は成宇と共にグラスを掲げた。神駄の見ている前でヤツミは日本酒を飲み干すとおかわりを要求した。
「神駄の旦那、世の中どうなってんだい! 少し前だけどねぇ、三鷹で全裸の女性が血を抜かれて殺されたってんだよ、機動捜査隊として最初に現場を確認したあたしゃ、遺体が搬送車に運ばれるまで見守ったってんだよ、そしたらだよ、途中で搬送車が行方不明、警官も遺体も消えたってんだよ! それなのに警察の恥になるから事件を病死扱いで強制終了ってどういうことだい!」
ヤツミがまくし立てるように言うと成宇が話を引き継いだ。
「政治的案件やフシモリでは無さそうだけど似たような出来事を他の県警にいる仲間から聞いてます。その犯人によれば、オープンキャンパスの力を借りたとか」
「俺もオープンキャンパスについて話したいと思っていた所だ。あるルートから情報屋の外海という男がオープンキャンパスと関わりがあることがわかった。何か分かったら教えて欲しい、あくまで内密にな」
成宇とヤツミが頷いた。神駄は二人には悪いと思いながらもオープンキャンパスの内亜ミスヘロ、裸紀伊については機密情報として伏せた。二人は青龍会が秘密裏に調査することが決定している。
「頼むぞ」神駄はそう言うと大根に辛子を付けて箸で半分に切り、口に運んだ。口の中に出汁が染みた大根の旨味と辛子の辛味が口に広がる。そこにビールを流し込んだ。
「それにしても不均本部長は何を考えているんでしょうね。特務公安部の部長を兼任して超常犯罪と戦う谷元副本部長を受け入れながら、一方で政府や巨大企業の圧力で超常犯罪を隠蔽しているなんて」
「上も一枚岩じゃない、本部長が考えてるのは保身だけだ」神駄は成宇に吐き捨てるように言うと煙草を吸った。
「それにしてもだってんだよ! 最近になって益々、超常犯罪が増えてるねぇ、どこまで隠し通すつもりだい? 同僚もぼやいてるよ」
「そうですね、最新兵器やサイボーグ犯罪だけで押し通すには無理がありますよ。確かにサイボーグ犯罪も多いけど……。まぁ、それでもネットでは誰がやっているのか超人や超常犯罪については思ったよりも情報統制されてるようですけどね」
「どうなってんだい」
二人の会話に耳を傾けながら、神駄は煙草の煙を大きく吐き出した。
「まったくだ。ところで、黒仮面について話は聞いてるか?」
「はい、でも本気で動いて無いですね。それにどこから手を付けていけば良いかもわからないから、南町の知人にあたってるくらいです」
「そうか」
「神駄の旦那は黒仮面をどうしたいんだい?」
「決まっている、俺の手で奴らを潰す」そう言うと神駄はグラスのビールを飲み干した。




