62 アーチ・エネミー④
エイトプリンスに迫る狂師。59~64まで続きます。
■
南町カンヨウが居酒屋「くあら」のシャッターを下ろしている。高取は電柱に隠れてそれを見つめていた。
南町が崖先と繋がりがあると確信してから高取はコールマンと交代で南町の動向を調べていた。南町が「くあら」を離れて駐車場に行った。数日の監視から考えると恐らく自宅に戻るのだろう。南町は白いセダンタイプの高級車「ラクセス」に乗ると駐車場を後にした。高取は近くに止めてある原付に乗り、南町を追う。
高取は原付のスピードをあげた。風で蛍光色のジャンパーがはためいた。前に見える南町のラクセスは繁華街を走っていた。随所に武装警備員が配置されており、抑え目なネオンと共にレストランやバーが建ち並んでいる。深夜ということもあり人通りは少ない。
ラクセスは繁華街を左折した。いつもの家に向かうルートから外れている。高取は距離をとりながらも同じように左折した。深夜にもかかわらず交通量が多く、見失わないように注意しながら原付を走らせた。
数十分後、目黒区から世田谷区を通り過ぎ、ハチオウジ市狛江区を通過した。さらに先にある調布区へと進んだ。ラクセスは寂れた公園の近くに停車した。
高取はラクセスを追い越し、住宅街の角を曲がった所で原付を止めた。ヘルメットを脱ぎ、座席にしまうと曲がり角から顔を出して様子をうかがった。南町は車内にいるようだ。
数分が経過するとスポーツウェアの男が歩道を走ってきた。男が南町の車の近くまでくると突然、南町が車のドアを開けて外へ飛び出して男を羽交い締めにして公園へと連れていった。
高取は角を曲がり公園へと向かう。公園の周囲を生け垣が覆っており、隙間に顔を近づけた。
公園では南町が男を羽交い締めにしながら隅にある木に向かっていた。南町が男を木に叩きつけると南町が左手を男の顔面に突き出した。すると南町の突如ピンク色に左手が光り、素早く動く男の口を塞いだ。
「エクスポージャー!」
南町の声が響いた。口を塞がれた男のくぐもった悲鳴が聞こえた。
「げぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
男の身体から力が抜け、木に寄りかかった。南町が左手を口からはずした。
「すみません……見れてますかー」
「はい……私は……の鈴木です」
二人の話す声が微かに聞こえてきた。高取は懐から小型カメラを取り出し、動画として残す為に撮影を始めた。
「よろしゅー、それじゃー……について……もらおうかー」
「はい……三木と北野……松原……」
声は微かに途切れ途切れではあるがどうやら南町の能力により男は情報を喋らされているようだ。数分間の間、南町と男のやり取りが続いた。南町は情報を手に入れ満足したのかそのまま公園を後にした。一方、男はその場で放心したように立ち尽くしている。
高取は確信した。南町は超人でありショータンであると。この男の先にエイトプリンス、リトルグレイがいる。
■
「南町は芸能事務所、主にリフューズロックで役員やタレントに女の紹介や麻薬の手配をやっていたことがわかった。じょじょに南町はタレントのスキャンダルで脅すようになり、事務所は南町をヤクザに始末させた。しかし、南町はそこで超人に覚醒し、逆に返り討ち。奴の能力に興味を持ったフシモリがスカウトした。ざっとこんな流れのようだ」
高取はBARヤギのカウンターに腰掛け、米山の報告を聞いていた。
「よし、高取と米山は南町を捕らえろ。こいつから私がエイトプリンスの情報を引き出して始末する。コールマンには崖先の始末を任せる」
後藤がカウンター席の隅で全員を見渡して言った。高取は以前、後藤が毛野中組の組長を拷問し、情報を引き出したことを思い出した。今回の南町はエイトプリンスと繋がっている。
「わかった。崖先をやる前にも揺さぶりをかけて得られる情報は手に入れるわ」
「頼むぞ」
「後藤さんの言う通り、今回は南町を捕らえる必要がある。プランは俺に任せておけ」
米山がカウンター越しから高取に目配せした。
◆
八王子区旭町、エニエアタワービル三十一階の高級料亭「しゃぶしゃぶ能反」。財界や政界の著名人が訪れる有名店である。三十一階のフロア全体が庭園となっており中央に母屋があった。母屋から東西南の三方に廊下が伸びており、各々が離れ座敷に繋がっていた。
南の離れ座敷に明かりが灯っている。明かりの中に人影が二つあった。
「よくやったんだー、ご苦労なんだー南町ー、崖先が官庁や警察のVIPとも繋がりがあるおかげで奴らの動きが察知しやすくなったー」
「私を救ってくれはったからには恩があります、損はさせまへん。ここからもっと食い込んで相手の秘密を吐かせてやりますわ」
南町カンヨウは座敷で向かい合って座っている殿付ブシユに頭を下げた。事務所に裏切られ殺されかけたこの身を救ってくれたフシモリに感謝していた。
エイトプリンスの一員として働くことで金を手に入れた。さらにショータンとして世間に影響を与えることによる愉悦、古巣のリフューズロックへの復讐まで行えることで心は満たされていた。今もエイトプリンス攻士の殿付にも直接指示をもらえている。だが、南町はさらに上を目指して幹部となり、思いのままに権力を手に入れたいと思っている。
「良い心がけだー、わかっているなー、お前の能力は貴重だー、これからもっと必要になるー、お前に忠告があるー」
「忠告? 私が何かしはりましたか?」
南町の額からじわりと大量の脂汗が滲んだ。何か間違いをおかしたのか? 南町は自問自答しながら殿付の次の言葉を待った。
「そうじゃないんだー、どうやら最近、フシモリのエージェントや超常犯罪者を闇で殺している奴がいるんだー、お前も万が一狙われたら困るんだー」
「そうでしたか! なら心配あらへんですわ。私の存在は知られてまへん」
「なら、良いんだー」
「それより、殿付さん、ここ、良い酒が入ってますねん」
そう言うと南町は従業員を呼び、脱朝という高級日本酒を頼んだ。
「本題に入ろー、伊藤インダストリーの動きが活発になっているー、奴らの動きを知る人物から情報を引き出して欲しー」
殿付が携帯端末を南町に向けた。そこには一人の男が写っていた。
「すんません、この男は?」
「顧問の佐東オリタだー、伊藤からも信頼の厚い男だー、拷問では口を割らないだろー、お前の出番なんだー、安心しろー、段取りは私がつけるんだー、これが成功したらエイトプリンスの証拠隠滅を主とした部隊に推薦しよー、そうなれば中級生に昇格されるー」
「まかせてください」
南町はそう言うとニヤリと微笑んだ。
■
南町は殿付との会合を終えてエニエアタワービルを後にし、八王子区の繁華街へと向かった。
南町は歩きながら殿付との話を思い返していた。フシモリと伊藤インダストリーは影で企業間抗争を繰り広げていた。圧倒的なフシモリの前にも伊藤インダストリーはハチオウジの利権を手に入れる為に攻勢を強めている。ここで成果を出せばさらに立場が上がる。そう思うと自然と笑みがこぼれていた。
南町は雑居ビルに入るとエレベーターで五階まで昇った。エレベーターを降りると目の前に「ストライク」という看板が掲げられているキャバクラの扉を開けた。かつてストライクの店長、洋余ギジロウを介して女性を芸能関係者にあてがっていた為、洋余とは付き合いが長い。
店のボーイが南町に頭を下げた。
「いらっしゃいませ」
「おー、洋余はおるか?」
「店長ですか? あなたは?」
「なんや! 教育がなっとらんのー、まぁ、ええわ。南町が来たと洋余に伝えてーや」
「かしこまりました」
ボーイは店の奥に向かった。ドンチャカ、ドンチャカ、と店から激しい音が聞こえてきた。
しばらくすると奥から長髪を茶に染めた色黒の男、洋余が現れた。南町は洋余と笑顔で握手した。
「久しぶりっすねー」
「おー、今日は幸先良いことがあったんや! 極上の女をまわしてくれや」
「へー、わかりました。南町さんの頼みとあったら断れないっす。ちょうど良いのが揃ってるし、ちょっと待ってください」
「さすがやな、よろしゅー」
「へへっ、上物を手配しときますね」
「頼むわ! 金はたんまりはずんだるわ」
「ありがとうございまっす! 奥までどうぞ」
南町は洋余の後をついて店の奥へと向かった。
■
南町は店の奥にあるVIPルームで情事を済ませるとほくほく顔で店を後にした。繁華街の外れにある駐車場にとめていたラクセスに乗ると家へと向かった。
南町は深夜の一般道を一五〇キロ超えのスピードで走っていた。流れゆく景色を見て解放感を感じた。
「フハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
これから先のことを思うと自然と大声を出して笑っていた。
ドガァーーーーーン!!
「なんだ!?」
衝撃音と共に天井がへこんだ。
ジャキィン! 天井のへこみから金属のような刃が二対突き出した。その刃が南町の左肩を軽く抉り、痛みと共に血が迸った。
「うぎゃぁぁぁ」
南町は痛みでもハンドルを離さず高速で走っているラクセスを制御した。瞬時に襲撃を受けたことを悟り、アクセルを踏み込みながら何とか上にいる襲撃者を振り払おうとした。南町はさらにハンドルを左右に回して蛇行させた。
ズッ、天井の刃が抜けると共にフロントガラスの上から黒い影が覗き込んだ。すると勢い良く二対の刃を突き出した。
ガシャーン! フロントガラスが砕け散った。
南町は右車線に雑木林を確認するとハンドルを右へと急にきった。ラクセスはスリップし、黒い影が吹き飛ばされるのが見えた。車は回転を続けてガードレールを突き破ると雑木林に突っ込んだ。車体の左側面が木に激突しようやく回転を止めると共に南町は頭をハンドルに殴打し、意識が途切れた。
暫くして意識が戻ると衝突で頭は朦朧としたが刃による傷はそれ程でもなかった。右のドアを蹴飛ばし、素早く車外へと躍り出た。
オレンジ色の街灯が照らす車道に人影は見えない。煙を上げているラクセスの周囲を見渡すがそこにも襲撃者の影は見えなかった。南町は力をこめると両手の周囲がピンク色に光った。
府中区のあたりだろうか。相手は自分の帰路を把握し、人気の少ない場所で襲撃を実行してきた。
相手は何者だ? 南町は冷静に状況を考えながら周囲を警戒した。ラクセスから警戒しながら離れて歩道に出ようとジリジリと後ずさった。
「ミスター南町」
雑木林の暗がりから声が聞こえた。南町は声の聞こえた方に視線を向ける。
ザッザッザッ、土と草を踏みしめて黒い人影が近づいてきた。顔の部分が不気味に赤く光っている。
街灯の光に映し出された人影はV字型のシールドが嵌められた黒い仮面を被っていた。黒い特殊スーツを着込み、両腕の黒いアームカバーからは二対ずつ刃が突き出している。
「お前、俺が何もんかわかっとんか?」
「ええ、ミスター南町ことショータンですよね。そして、フシモリのイヌです。黒畑オツを殺したのはあなたですね?」
「ほぉー、そこまでわかってな、復讐か? えー度胸やねぇ、ゴミが! 俺を襲う意味わかっとんか? お前そんな立場ちゃうやろ!」
「復讐ですよ、あなたは殺しすぎた」
「復讐って人の代わりにやっとるんやろ! ただの殺し屋やん。こういう人間をのさばらしている今のハチオウジはぶっ壊さなあかんから、フシモリで頑張ってるんや」
「エイトプリンスとして?」
「!? エイトプリンスまで知っとるってことはお前、伊藤インダストリーか? どちらにしても、とことん叩かなあかん!」
「まぁ良いです……死にな」
黒い仮面の男がそう言うと刃を南町に向けた。




