59 アーチ・エネミー①
エイトプリンスに迫る狂師。59~64まで続きます。
◆
夜の住宅街を一人の男が走っている。男は路地の角を曲がるとブロック塀に身体を寄りかけてカーブミラーに目をやった。
スーツを着たサラリーマンが一人、こちらに歩いてくる姿が映っていた。
男はおもむろに左手を掲げるとピンク色に妖しく光った。あと少しでサラリーマンが男のいるブロック塀にさしかかる。
男が飛び出すとサラリーマンは一瞬、目を見張った。男は素早くピンク色に光る手でサラリーマンの口元を掴んだ。
「うぐぅ!?」
サラリーマンから呻き声が漏れた。サラリーマンは男の腕を振りほどこうとするが突如、手がだらりと垂れた。
男は強い力でサラリーマンの口元を掴みながら、腕を上にあげていく。
「エクスポージャー!!」
男が叫ぶと手の光が増した。
「げぇぇぇぇぇぇ」
サラリーマンの塞がれた口から絶叫が漏れた。男は力を緩めて、口元から手を放した。
ドシャ、サラリーマンが地面に落ちた。するとサラリーマンが横たわりながら口を震わせた。
「えー聞こえますかー」
男は地面に横たわるサラリーマンを見下ろしながら話しかけた。
「すみません、見れてますかー」
「あ……はい、あ……私はリフューズロックのマネジメントをしている反田です」
「よろしゅー」
サラリーマンを見下ろしながら脂ぎった顔をした男はそう言うと不敵な笑みを浮かべた。
◆
深夜の八王子区繁華街。人通りが多い中をサングラスをかけた男がフラフラとしながら歩いている。
「なんで……」
フラフラと歩く男、黒畑オツは思わず呟いた。
黒畑は思い返していた。後輩の若手女優、山田エツと出来心で不倫していたのは事実だ。そして、自らのファンである岡木クウコとも繋がりがあった。
黒畑はクラブで知り合った美容品会社やサロンを経営している崖先リョウタたちとの合コン三昧の日々を過ごしており、人数集めの為にクウコを呼んだことはある。だが、クウコを強姦したのは真っ赤な嘘だ。したとしたら崖先だろう。だが、それを事務所に言った所、黒畑のことは信じるが崖先のことは否定された。崖先はメディアのスポンサー企業で仕事に差し障りがあるからだろう。
黒畑はエツとの不倫という事実により強姦も事実であるように思われ、信用を失いかけていた。こうなればと思い、崖先が真犯人であるという証拠を集めていた。
「えー聞こえますかー」
どこからともなく声が聞こえてきた。
「どこだ!?」
黒畑は周囲を見渡した。かなり大きな声で聞こえたが周りでは黒畑以外気にしていないようだった。
「えー見えてますかー? ショータンです」
「ショータン!?」
黒畑を告発した正体不明のミーチューバーの名前だ。
さらに見渡すがそれらしい人物が見えない。黒畑は尚も周囲を見渡した。ホスト風の若い男が目についた。黒畑は男に向かって突進した。
「お前かー!!」
「なっ!?」
黒畑は若い男に掴みかかった。
「てめぇー何しやがる」
「お前がショータンか? お前が!」
「何言ってんだ! おっさん、頭沸いてんのか!」
「ショータンのせいで……」
瞬間、若い男が黒畑の頬に拳を叩きこんだ。黒畑は衝撃で地面に倒れるとかけていたサングラスが外れた。
「あれ!? お前、黒畑オツか?」
若い男が声をあげると行き交う人々もざわつきはじめる。
「くっ!?」
黒畑は急いでサングラスをかけ直して立ち上がるとその場を逃げるようにして走り出した。ショータンに対する怒りから唇を噛み締めた。
黒畑はわき目も振らずに走り続けた。目的地もわからないまま、細い路地へと入っていった。室外機と蒸気が漂う薄汚い路地であった。
「!?」
蒸気の向こう、五メートル程先に黒い人影が立っていたので足を止めた。
「アホらし。芸能人が偉そーにすな」
「お前は!? その声! ショータンか?」
「せや、男らしく認めたらどうや! そして、潔く死んだらどうや!」
「ふざけるな!」
「たいがいにせぇよ」
言うやいなや黒い人影が瞬時に黒畑に近づいた。黒い人影が右手を伸ばすのが見える。
「んがっ」
黒い人影の右手が黒畑の口元を真正面から掴んだ。鼻と口を抑えられて息が苦しくなる。
「コールアウト!」
黒い人影が叫ぶと右手が光った。光で目が眩んだ。すると黒畑の意識がじょじょに薄れていった。
風の音が聞こえる。黒畑が目を開けると夜景が見えた。
「!?」
黒畑は驚愕した。恐らく高層ビルであろう、その屋上の縁に立った。一歩進めば下に落ちるだろう。そして、なぜか右手にはハンドスピーカーを持っていた。
「頼むわ」
背後からあの黒い人影の声がすると自らの意思と関係なくハンドスピーカーのスイッチを入れて口に持っていった。
「えー、聞こえてますか? 黒畑オツはファンのクウコさんをレイプしました。本当に申し訳ございませんでした……!?」
黒畑は思ってもない言葉を勝手に話した。止めたくても止められない。
「あ……あ……」
「ほな、さよなら」
背後から声が聞こえると足が勝手に一歩踏みだした。当然、足場はなく黒畑は空中に投げ出された。
「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
叫びながら落下した黒畑はどんどん地面へと近づいていった。極彩色のネオンや高層ビルの窓から顔色の悪いサラリーマンが机に向かっている姿等、高速で落下しているにも関わらず周りの景色がはっきりと視界に入った。
「ハルちゃん」
そう呟いた瞬間、アスファルトが視界いっぱいに広がった。黒畑の全身を衝撃がかけめぐった。そして、暗闇が訪れた。
◆
「オツ君は……たしかに不倫をしてました。事務所のリフューズロックの反田さんに後始末をお願いしたって言ってました」
「その反田という人は?」
「事務所から帰る途中に突然、倒れたんです。今は意識不明です。反田さんの奥さんとは知り合いだから様子を聞くと病院に担ぎ込まれた時は混乱してたけど、意識があり、しきりに男に催眠術をかけられたようにオツ君や取原さんといったタレントのスキャンダルを勝手に話してしまったと言っていたようです」
高級なマンションの一室。米山は矢迷値の偽名を使い、黒畑ハルナと向かいあって話を聞いていた。ダイニングテーブル越しに見えるハルナは憔悴しきっていた。
「オツ君は不倫について本当に謝ってました。オツ君が亡くなったあの日、ようやく崖先がレイプの真犯人だという証拠が見つかりそうだっていってました。ハルちゃんに証明するんだって。そう言って出掛けたのに自分が犯人だって叫んでやっぱり、自殺するなんておかしいですよね、矢迷値さん」
「そうだ、さっき俺が見せたような力を使って反田と黒畑を操った奴がいる」
「私、悔しい。オツ君が亡くなった後、怖い組の人が来て余計なことを言ったら殺すって言われてお金を押し付けられたんです。でも、怖くて受け取ってしまった……」
「仕方ないことだ。だが、このままでは終わりたくないだろ」
「……はい」
米山はハルナを見つめて頷いた。
◆
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
「それでは授業を終わります」
高取は憮然と言った。これから昼休みになるので生徒たちの明るいざわめきが聞こえてきた。
「昨日のショータンの暴露すごかったな」
「まだ、見てないんだよ」
生徒たちが話しているショータンとは動画投稿サイトのミーチューブでゴシップを暴露する正体不明のミーチューバーである。動画では芸能人から政治家、企業の暴露話をSNSのやり取りや画像を交えて語っている。
高取もミーチューブのオススメ動画でピックアップされており数度見たことはあるが興味を持っていなかった。
「生娘シャブ漬け戦略と名付けて、狂牛丼新宿駅前店の店長がMYORを料理に入れてたんだってな」
「MYORって最近流行ってる麻薬だよな……ひでぇな」
「最近、新宿で事件多発してたのはそいつのせいなんじゃないか」
「その店長はどうなった?」
「今、行方不明らしい。隠蔽したんじゃないかって話だ。ショータンは闇を暴いてるだけだ。今日はもっとすごいこと暴露するんだって」
「そうなんだ、でも黒畑オツが自殺したのは後味悪かったな……」
「しかたないって。最期は認めてただろ、自殺したってことは本当だったってことだ。ショータンは正しいんだ」
高取は舌打ちして教室を後にした。
下関マホから教頭の安司がフシモリと関連しているかもしれないという話を聞いて以来、苛立ちが消えなかった。マホがたまたま居酒屋で耳にしたという話をまとめると最近、学校で起きた小火事件の犯人は超人の生徒で、安司は犯人の生徒をフシモリに斡旋し事件を揉み消すというものであった。その言葉の通り、小火事件の犯人として門地スイマが捕まった。
高取はマホに対して話は信じるが安司に目をつけられると厄介なのでこの話はしない方が良いということと何かわかったら教えて欲しいと伝えた。マホは話すことができて安心したのかすぐに頷いた。
高取は今朝、昼食の為、狂牛丼の弁当を買っていたのだ。購入したのは豊田の店舗であり関係ないがこのタイミングでショータンの話を聞き、さらに苛立ちを感じながら職員室へと向かった。
「お疲れ様です」
気の無い挨拶と共に職員室の扉を開けて中に入った。教員が各々の席で昼食の用意をしていた。資料を自分の机に置くと職員共用冷蔵庫から牛丼弁当を取り出した。弁当を電子レンジに入れた。
ピコン、携帯端末からメッセージの届いた音がした。高取は携帯端末をズボンから取り出し確認した。後藤エイショウから今夜、集合するようにという連絡であった。狂師の仕事だ。
高取は窓の外の景色を見ながら気を引き締めた。チン、電子レンジの音が鳴ると牛丼を取り出した。自分の席に戻ると牛丼の蓋を開けた。
「浮かない顔だね」
後ろの席に座る田島リキが弁当を食べながら話し掛けてきた。
「いえ、別に。ただ、狂牛丼の件をショータンが暴露したようでしてね」
「高取先生は狂牛丼が好きだったからなぁ。ショータンね……困った奴だよ。真偽不明の情報を流して真実を暴いて正義の味方を気取ってよ。生徒に悪影響だ」
「たしかに。真相なんて誰もわかりませんし、簡単に改竄されます。ようは言ったもの勝ちです」
高取はカヨコを失い、超人に覚醒してからフシモリやライフウェーブといった権力を持つ者たちが真実を葬りさるのを何度も見てきた。ショータンが存在を消されず暴露できるのは問題ない情報か、泳がされているか、裏に何者かがいるのかのどれかだろう。
「言ったもん勝ちとはその通りだな。それに暴露すんなら安司教頭のことを出してくれってんだ」
田島の発言に高取は目を見開く。マホも興味深そうにこちらを見ていた。
「教頭に何か噂でもあるんですか?」
「裏金貰って生徒の入学を斡旋してるっていう噂があるんだ。あいつ、羽振りが良いだろ?」
「それだけですか?」
「いや、どうも生徒の親が八王子区の高級料亭に出入りしている教頭の姿を何度か見て、それで一部の生徒が噂してたんだ」
「なるほど」
興味無さげに言いながらもマホに視線を向けて、頷いた。
高取は弁当の蓋を開けた。付属の紅生姜を牛丼の上にのせ、一口かきこんだ。牛肉とご飯、紅生姜の味が口に広がった。
「美味しそうですね」
田島の隣に座るマホがあえて明るい声で言った。
「ええ、美味しいですよ……変なものが入ってますからね」
「えっ!? 何か入ってるんですか?」
「下関先生はショータンの暴露を見てないんですか?」
「生徒たちは見てるようですが、あんまり興味無くて」
「この牛丼みたいに突然、信じてたものが崩れさることがありますからね」
そう言いながら高取は安司に目線をやった。マホもそちらを見て納得したような表情を浮かべた。
「そうですね……高取先生、ありがとうございます。ショータンですね、見てみます」
高取は再び牛丼をかきこんだ。




