57 ティーン・アーソニスト②
高尾木高校の放火魔。56~58まで続きます。
◆
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
最後の授業が終わり鐘が鳴るや服田は兼田と共に教室を出ると花壇に向かった。黒焦げの花壇の周りには規制線が張られて、近づけないようになっていた。
「燃え上がるのを見た甘野の話だと花壇が一瞬にして炎に包まれて燃え尽きたらしい。燃える前に周囲には五人くらい生徒がいたけど、誰も花壇に触れてはいなかったようだ」
「なんでこんなことをしたんだろう」
「考えられるのは承認欲求、愉快犯という所か」
「これが初めてなのか? それとも今までにも同じことをしていたのか?」
「そこだな、でも、放火事件なんて言っちゃ悪いけどハチオウジではどこでもあるし、調べるにしても難しいかもな」
「周辺の事件から調べるしかないんじゃないか、それか……」
服田は周囲を見渡して一点に指を向けた。指の先にはちょうど花壇の方向に向けられて、街灯の上に設置された監視カメラがあった。
「あの監視カメラで映された映像が見られれば何かわかるかも」
「監視カメラか……高校の監視カメラねぇ、どこかで流出してたような……」
兼田が考えを巡らせるように一点を見つめたかと思うとニヤリと笑った。
「監視カメラの映像見れるかもな」
「そんなことできるのか?」
「ちょっと当たってみる。服田は周辺で起きた放火事件を調べてくれないか? 俺は監視カメラを何とかしてみる」
「ああ、でも何とかって」
「いいから、いいから、それで調べようぜ」
兼田は服田の肩を叩いて、帰るように促した。服田は自転車を飛ばして家に帰るとさっそく自室に入り、PCを立ち上げた。
犯罪マニアが集う闇サイト「ニッポンハンザイ」にアクセスした。通報された犯罪だけでなく、目撃した犯罪も書き込むことが出来るので信憑性には劣るが超常犯罪も書き込まれることもありウォッチしていた。
ジャンルを放火に設定、自然発火は除外されて放火の疑いがある事件が表示された。今回の件を考えると自然発火として処理されてることもあるがとりあえず出来ることをやるつもりだ。さらに地域をハチオウジ市八王子区に絞り込み半年間のデータを検索した。
「うわぁ」と膨大な検索結果に思わず呟いた。データを眺めながら、情報を頭で整理した。今回の花壇の例を考えるともしかしたら、まだ人が死ぬようなことはしていないのかもしれない。誰かが住んでいる家ではなく、且つ死傷者もいないという条件で再度検索。それでもまだまだ、膨大な件数であった。
服田はデータをダウンロードして、携帯端末に送信。それを地図アプリにインストールすると地図に事件を表示させ、そのうえでじっくりと事件の詳細を確認していった。
「いってきます」
服田は眠い目を擦りながら、家を出た。花壇が燃えた日から八日経った。サイトの調べではそれらしいことは分からず、ただイタズラに時間が過ぎるだけであった。兼田も同じで監視カメラに盗撮目的でハッキングしているサイトをジアドーアでダイブして探しているがまだ、見つからない。
服田は自転車を漕ぎ進めると橋を渡り、校門を通り抜け、校門横にある守衛室の警備員に挨拶、自転車置き場に向かった。自転車を止めて、リュックを担ぎ校舎に向けて歩きだした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
背後から叫び声が聞こえ、思わず振りかえると自転車置き場に止めてある誰かの自転車が炎上していた。周辺には二人の生徒が驚きの目で見ている。服田はすぐさま炎上している自転車に向かった。
炎は自転車を包むように燃えて、自転車のフレームがへし折れ、溶けて形が崩れていく。炎が自転車置き場のルーフをも焦がして広がりを見せるかと思われた時、炎は自然と弱まり、完全に消えた。
服田は一瞬、目の前で起きた光景に放心したが警戒するように周囲へと目を走らせた。炎を見つめる男子生徒は口をパクパクさせたまま、呆然としており、もう一人の女子生徒の顔は見えないが身体は震えていた。
「どうした!」守衛室から警備員が駆け出してくると近くにいた男子生徒に問いかけた。
「あ……あ……突然、自転車が燃え上がってそれで」
「わかった」
警備員は携帯端末を取り出すとどこかに連絡している。服田は現場を見るために自転車置き場に近づくと校舎に向かうセミロングの女子生徒とすれ違った。無意識に横目で女子生徒を見ると身体は震えているものの、表情が引きつっているのか笑みを浮かべているように見えた。
服田は燃えカスになった自転車を見つめた。元の形を留めずに真っ黒な塊となり、モクモクと煙が出ている。周囲にじょじょに人だかりができ、警備員が再びやってくると生徒を追い散らすようにして怒鳴っている。服田は後ろ髪を引かれながらも現場を後にした。服田はそのまま走って、教室に入るやすぐに兼田のもとに向かった。
「おう! ようやく……」
「また、起きたんだ、それも俺の目の前で! 今度は自転車が燃やされた!」
「おお! すごいな! どうだった?」
「ものすごい炎が自転車を包んで、あっと言う間に黒焦げでぐずぐずになってた! それなのにすぐに炎が消えたんだ、やっぱり普通じゃない! こんなのあり得ない!」
服田は興奮してまくし立てると兼田も目を光らせた。
「ハハハ、だろ! やっぱり超人の仕業だ! そうだ、これを見てみろよ」
兼田が携帯端末を服田に向けた。服田は興奮を抑えながら携帯端末に目を凝らすと映像が始まり、先日燃えた花壇が俯瞰で映されていた。
「これは……」
「良いから、良いから」
映像には花壇の横を何人かの生徒が通り過ぎる、とその時、花壇から勢い良く炎が吹き出て一瞬で全体を覆った。炎は花壇をぐずぐずに溶けるまで燃やすと一瞬で炎が消え、煙がもうもうと立ち込めた。
「どうやったんだ?」
「世の中には若い学生が大好きな変態がいるだろ? そういうやばい奴らが闇に集って学校にハッキングして監視カメラ映像を見てるんだよ。奴らにしたら学校が管理してるサーバーなんてセキュリティが甘いから映像が抜きたい放題になってる。そこにジアドーアで潜りこんでこの映像を買った、すごいなちゃんと日時指定して一時間単位でアーカイブされてたよ」
「兼田、やったな」
「だろ」兼田が得意気に言った。服田は素直に感心してもう一度画面に目を凝らした。何かの引っかかりを感じる。
「もう一回再生してくれないか」
兼田は要望に応えて映像を最初に戻した。花壇から炎が出ている時、何人かの生徒が驚きながらその光景を見ている。そこに花壇が燃えている異常な光景だけでなく何かの違和感があるがそれがわからない。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
授業の開始を告げる鐘が鳴ったので服田はしぶしぶ自席に戻った。
◆
マホは職員室で明日の準備をしていた。外はすっかり暗くなり、職員室に残っている教師もマホを含め、数人しかいなかった。マホは伸びをすると首を回して肩を揉み、身体をほぐした。授業の疲れだけでなく再び、小火事件が起こった為、生徒への対応もあり余計に疲れが溜まっていた。
「帰れそうか?」横に座る田島が声をかけてきた。
「はい、大丈夫です」
「無理はするなよ。とはいえ、こんな小火騒ぎなんて他の学校じゃ普通だ、他の高校に行くこともあるんだから慣れておくことだな」
「そうですよね。八王子区ですからね……」
「にしてもだ、この一件は何か、きな臭いな。ただの小火じゃないことは確かだし、教頭の動きも気になる。今まで何度も不可解なイタズラがあったが、たまに今回みたいに教頭が積極的に乗り出すことがある」
「たしかに言われてみればそうですね。教頭は何かを知ってるんですか?」
「さぁな、でも、金持ちの生徒が犯人で揉み消してるのかもしれないとかかもな。教頭は金持ちの保護者に気に入られることを第一にしているのは間違いない、色々、賄賂もらっている噂もあるからな」
「何か……」
「がっかりしたか? でも、そんな中でも俺たちにできるのは生徒をしっかり指導することだけだ。今のハチオウジ、日本はろくでもない環境だが、少しでも生徒たちがまともな大人になるように俺たちが支えるんだ」
「そうですね! 私もその為に教師になったんです、もっと頑張ります」
「その意気だ、後、あんまり遅くまで残るなよ」
「はい、予定があるので、もう少しだけやって帰ります」
マホはそう言うと再び、授業の準備に取り掛かった。数十分後、ようやく一区切りつくとマホは学校を後にした。西八王子駅まで歩いて、電車に乗るとハチオウジ駅で降り、改札を出る。
「お疲れ!」
改札前で待っていた恋人の場頭トラチがマホに声を掛けた。
「ごめんね、ちょっと待たせちゃったね」
「大丈夫、お店には言ってるから、行こう」
場頭はマホの手を握ると人混みの中を進んでいった。駅に直結しているデッキ、マルベリーブリッジを真っ直ぐ過ぎて、階段を下り、巨大な桑並木通りを歩いていく。頭上には巨大なビル群と輝くネオン看板が所々に掲げられていた。
場頭に連れられてマホは大通りから脇道に入った。脇道には「鮨 ぺろぺろ」、「硝子納豆 本店」、「フロッグハンバーグ」といった高級料理店が並んでいた。
「トラチ君、どうしたのこんな高級街に」
「最近、マホが疲れてる感じがしたから美味しいもの食べてリフレッシュして欲しくてさ」
場頭はそう言うと「たれに蟲」というネオン看板が掲げられた店の暖簾をくぐり、中に入った。奥から和装をした中年女性の店員が出迎えてきた。
「ようこそ、お越しくださいました」
「二名で予約していた場頭です」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
店員に促されて靴を脱ぐとマホは場頭と共に奥の個室へと案内された。個室は掘り炬燵になっており、壁には「衛生管理」と書かれた掛け軸が垂れ下がっていた。
「良い店だろ? 個室居酒屋だけど味は抜群に美味しいらしくてたまに財界の連中も利用してるんだ」
「そうなんだ」
「うちの上司が客に紹介されて行ってみたら、酒もご飯も美味しくてお気に入りになってるみたいでね、良い機会だと思って予約したんだ」
「トラチが勧めるお店はいつも失敗しないからね、楽しみ」
場頭は食品加工会社に勤める営業でマホとは大学の時からの付き合いであった。場頭は職業柄なのか美味しい店を良く知っていた。場頭は手際良く注文を頼み、最初に瓶ビールとグラスが到着した。マホと場頭はお互いにビールを注ぎあった。
「お仕事お疲れ様、乾杯」
「乾杯」
マホは場頭とグラスを重ね、一口飲んだ。学生時代は酒をそれ程美味しいと思わなかったが、仕事に就いてからはその美味しさがじょじょにわかるようになってきた。
「最近、職場はどう?」
「慣れなかったけど、教育係の先輩や他の先生や職員さんとも仲良くなってきたし、生徒たちともやっとコミュニケーションをとれるようになってきたからそこは良いんだけど……」
「そうか……前に言ってた暗くて関わり難い先生とはどうなんだ?」
「高取先生のこと? 前まではそうだったんだけど最近は心を開いてきたのか少しずつ話してくれるようになってきたから大丈夫。まぁ、高取先生は事故で奥さんを亡くしてたからしかたないんだけどね」
「それなら最近疲れてるのは何かあったから?」
「色んなことが日々起きるから、いっぱい、いっぱいになってて……でも新任だから仕方ないよね。今日もだけど、学校でまた小火騒ぎがあったり」
「前もだよな、続いてるな」
「今回も突然大炎上したと思ったら、すぐに鎮火したんだけどね。教頭は自然現象ていうけどそんなことありえない」
「そら、そうだよな」
「だから生徒たちも面白がって、ハイテク兵器によるイタズラだの、それこそ都市伝説の超人の仕業だの、誰それが犯人じゃないかだの、大変。時間が経てばすぐ次の話題にいくとは思うけど、まったく……」
「ごめん、嫌なこと思い出させたね」場頭はマホのグラスにビールを注いだ。
「楽しくやろう」
「うん」
そこから、マホは他愛ない話をしながら酒を飲み、次々と出てくる美味しい料理に舌鼓を打ち、暫し時間を忘れた。
「ごめん、トイレに行ってくるね」
マホはそう言うと席を立ち、引戸を開くと廊下に出た。廊下の壁には「厠はこちら」という文字と矢印が書かれており、指示通りに廊下を進んだ。するとある個室から聞き覚えのある声が聞こえた。
「最後にこの前、お話した件ですが恐らく能力としてはそこそこ使えるかと」
個室の中から聞こえたのは教頭、安司の声であった。
「ふむ、そうかー」
マホの知らない声の主が安司に応えた。
「はい、対象の生徒はもう少しで目星がつきそうです。確認が取れればいつも通り、フシモリに紹介します。事件はうまく隠して処理しますよ」
「炎かー、ありふれてはいるがまだ若いー。若い超人は今後の財産だー」
「全てはフシモリの為です。これからも安司にお任せ頂ければと思います」
「頼むぞー」
そこまで聞いてマホは尿意に負け、トイレへと足早に向かった。トイレの個室に入っている間も安司の発した「能力としては使える」、「対象の生徒」、「フシモリに紹介」、「超人」といった言葉と「炎」という単語がマホの頭を渦巻いた。炎とはあの小火のことだろうか? 安司は一体誰と話していたのだろうか? 超人とはあの都市伝説の存在を指しているのか?
マホはトイレを出ると再び、安司のいる個室の前に向かったが個室の引戸は開かれており、すでにもぬけの殻であった。困惑したまま、席に戻った。
「どうしたんだ?」
「さっき、別の個室から教頭が誰かと話してる声が聞こえて」
「まぁ、この店ならいても不思議じゃないけどな」
「それが炎がどうとか、生徒がどうとか、気になること言ってて……すごい変な事を言ってるのかもしれないけど、もしかしたら超人の生徒が今回の事件を引き起こして、それを教頭はフシモリに紹介しようとしてるとか。そして、その事を隠そうとしている、そんな風な内容だと思う。酔ってたし、トイレ行きたかったから、ちゃんと聞けてないけどね」
「超人? 都市伝説だろ? 疲れてるんだよ。多分、貴重とかと聞き間違いをしたんだよ。ただ、それ以外の事をまとめると今回の小火を起こしたのがマホのところの生徒でどうにかしようとしてるということかな」
「そうなのかなぁ」
「仕切り越しのことだし、多少酔って、疲れもあるから変な聞こえ方をしたんじゃないか」
「うーん」
マホは不可解に思いながらも、サワーを飲んで気持ちを落ち着かせた。




