51 群馬・ホステージ・レスキュー・オペレーション②
◆
群馬県川場村のかつて文化会館だった建物に武装した兵士が出入りしていた。鬼念事業団はこの建物を根城にしている。
「わらわのもとに一刻も早く大河を連れてきなさい!」
壇上の上にいる十二単を着た虫唾山アキミが長い髪を振りながらヒステリックにがなりたてている。
その横で後退した額の男が大礼服についた埃を払う。アキミが大礼服の男、虫唾山キタヒトに振り向き話すように促した。
「殿下、お願いします」
アキミが後ろに下がると虫唾山が頷いて前に進み出て左右を見渡した。
「麿じゃ」
そう言うと壇上の下にいる二十人近い兵士が大きく拳を掲げた。虫唾山はそれを手で制す。
「今、日本を支配しているのは軟弱な政府でおじゃる。我らワンゴッドが日本にいる超人、サイボーグ兵士を中心に軍を作り、政府を転覆させるんじゃ。そして、他国の干渉する隙をなくし、新政府を樹立するぞよ! その為にはまず今回のチャンスを活かすことが肝要! 大河を捕らえた者には一〇〇万支給しちゃるぞ!」
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
兵士たちから大きな歓声が挙がった。
「良い声じゃのう。それでは皆の探索範囲を区分けしてしんぜよう」
そう言うと虫唾山は兵士たちの持ち場を編成し直して伝えた。その時、兵士たちの後ろにいるサングラスをかけ口髭を生やした小肥りの男、亜出カズオが虫唾山にアイコンタクトを送っている。何かあったらしい。
「……それでは皆の者、持ち場に戻って励むのじゃぞ」
歓声が挙がると虫唾山は満足そうに頷き壇上を後にした。
事務室へと戻ると亜出と茶髪の老年、又苛コウジが煙草を吸いながら待っていた。虫唾山に気付いた又苛が煙草を消して近づいてきた。
「麿じゃ、何かあったでおじゃるか?」
「同志から連絡があった。大河の痕跡を見つけたようだ」
「これは重畳」
「すぐに確保すべきかと」
「わかっておじゃる!」
「しっかりしてたもれ!」
入口からアキミが入るなり怒鳴った。
「妃殿下、落ち着きたもれ、大河が見つかりそうでおじゃる」
虫唾山はアキミにそう言うと腰からサーベルを抜いて天に掲げた。
「さぁ、麿と共に大河を手に入れ、邪悪な賊を討伐しようぞ!」
◆
ローター音を響かせながらハチオウジ市警の大型ヘリHO215が立川飛行場から飛び立って十分が経過した。
機内にいる神駄は仮面と強化服を装着し席に着くと作戦の大枠を思い返していた。
ヘリはこのまま群馬に入り川場村に隣接する沼田市のヘリポートに着陸。そのまま装甲車で萩室の潜入ポイントに行き、そこからは徒歩で山間部へと入っていく。茂期を先頭に奥倉、林符、最後部に神駄という陣形で大河コウジロウの持つ携帯端末から発せられる位置情報を頼りに進む。装甲車からノリコはサポート、内藤は指揮をとる。
「ワンゴッドとやり合うのは久しぶりだねぇ」
「そうですね、でも、私たちの方が強い」
「局地戦はねぇ」
「わかってます、それでも対応できるのは私たちくらいしかいない」
茂期とミフミの話す声が聞こえる。ローター音が大きいにも関わらず仮面の通信機能でクリアに声が聞こえた。神駄も彼らの意見に頷いた。
「林符の言う通りだ。超人の犯罪が公式にできないからか、圧力でどこの警察も俺たちのような部隊は飼い殺しかまともに活用させてもらえない。奴ら超人の犯罪者はやりたい放題だ」
「神駄、たまには良いこと言うねぇ。どこかの圧力ねぇ……そのお陰で私はこの様だよ……」
茂期が皮肉な笑みを浮かべた。
「……俺もだ」
それまで黙っていた奥倉が呟いた。
「超人……皆、奴らに運命を狂わされたんだ」
神駄は仮面の中で歯ぎしりした。茂期が神駄の方に顔を向ける。
「そうさねぇ、だから奴らを狩るんだ。そうすれば……ふっ、私にとっては出世の階段も開ける」
「出世はどうでも良いが奴らを狩るというのは賛同するよ」
神駄が言った。茂期は笑い、ミフミも奥倉も頷く。それ以外の内藤は寝ており、ノリコはPCを操作しており会話に入ってこなかった。
『皆さん、着陸の準備ができました』
パイロットの声が機内に響いた。窓から外を眺めるとそこには森と共に朽ち果てたビルと民家が見えた。民家の横をキリンが歩いているのが見える。復興が遅れて荒廃しただけでなく、災害でサファリパークから逃げ出した動物が野生化していた。
「ふふ、ようこそ群馬に」
茂期がおどけて言った。
■
神駄たちはヘリから群馬県警の装甲車に乗り換えて移動していた。装甲車が悪路を暫く走るとようやく目的地に着いた。
神駄はアタッシュケースを持った。中にはハチオウジキラー、HK05ライフルが入っている。後部ドアが開くと内藤を先頭に神駄は室員と共に装甲車から降りた。
神駄は周囲を見渡した。木と木の間にテープが張られ、森に続く道路が封鎖されている。その前にテントが設営されており数人の群馬県警の幹部と刑事、警官が待機している。コウジロウの件は公になっていない為、群馬県警は限られた人員で対応しているようだ。
内藤はテントに行き、県警の幹部と話をしている。テントの刑事や警官の囁く声が聞こえた。彼らは特殊戦術室が珍しいのであろう。
しばらくすると内藤は戻り、封鎖された道路を指差した。
「皆さんはあそこから進んでください。川相君」
「はい」
ノリコは鞄からソフトボール大の金属製球体を取り出した。サポート用ドローン「TGS」である。ノリコはTGSを茂期に渡した。
「川相君がTGSで警戒させますが気を抜かないでください」
頷くと神駄はアタッシュケースを開いた。他の室員も同様にアタッシュケースを開き、HK05を装備している。神駄は予備弾倉の着いたベルトを手に取ると腰に巻いた。ベルトにある右腰背中側のマジッククリップにHK05を吊り下げることができる。背負った刀の位置を調整するとHK05を取り出した。
仮面の側面に着いているボタン押す。視界の右下に地図が表示され自分たち四人の光点が着いている。さらに離れた場所に光点が一つ着いている。これがコウジロウの居場所だ。
「ここから五キロ以上先だねぇ」
神駄と同じように光点を確認したのか茂期が呟いた。神駄は茂期に顔を向けると周りの人々が良く見えた。彼らは青い仮面に薙刀を背負った茂期、黄色の仮面にサーブル剣を腰に差したミフミ、緑の仮面に巨大ハンマーと大きなダッフルバッグを背負った奥倉、そして、白い仮面に刀を背負った神駄自身を奇異な目で見つめている。
「皆さん、準備は良いですね。宜しくお願いします」
内藤が言うと茂期を先頭にして封鎖された道路に向けて歩いていく。奥倉、ミフミが後ろに続き、神駄は最後尾を歩いた。
茂期がテープをくぐって先に進む。後ろを行く神駄もそれに倣った。
道路を歩いていく。道路のアスファルトはひび割れ、ひびからは雑草が生えていた。道路の両側に広がる森からは変わった鳥の声が聞こえる。
しばらくすると先頭を歩く茂期の持つTGSが光るのが見えた。茂期はそれを確認するとTGSを腰に装着した。ノリコとリンクが開始されたのだ。
「山林へと入る。気を引き締めておけよぉ」
前方から仮面で加工された茂期の声が聞こえ、神駄は無言で頷く。
山林の中へと進んでいく、視界にTGSから周囲三十メートルに超音波による索敵の情報が表示されるが怪しいものはない。
神駄はHK05のグリップを握る右手と支えている左手に力をこめて注意深く進んだ。先頭の茂期を筆頭に神駄たちは木々をすり抜けて傾斜のある方面へと歩いていく。索敵情報に木とは違う物体が反応した。神駄は物体の方向にHK05を静かに構えた。
『大丈夫です。鹿です』
ノリコの声が聞こえる。神駄は頷いて構えを緩めた。
神駄と室員たちは傾斜を登り続けていた。その間、土や草を踏みしめて歩く音、鳥の鳴き声、神駄自身が息をする音だけが聞こえ続ける。さらに傾斜はきつくなっていく。地図を見るとコウジロウの光点への道はさらに険しくなるだろう。
山林へ入ってから一時間程、経った。神駄たちは着実にコウジロウの光点へと近づいていた。
「!?」
ふいにコウジロウの光点が動きだし、山の奥へと移動していく。
「ちっ、何かあったのかねぇ」
茂期が言うと神駄は息を飲んだ。不規則な光点の動きから何かが起こったことは間違いない。
茂期が斜面を走りだし、神駄も続いた。地面にある枝やゴミを踏む音を極力立てないで四人は走っていく。
◆
群馬県川場村、樹木に覆われた一軒の半壊した民家がある。民家の壊れた玄関からサングラスをかけた中年が中に入る。男の白いタンクトップは泥で汚れていた。
「議員、安全です」
「そうですか」
サングラスをかけた男の目線の先に汚れたワイシャツを着た若い男、大河コウジロウがいた。コウジロウは腐った畳の上に座り、割れたコップで水を飲んだ。
サングラスをかけたタンクトップの手練ツウがコウジロウの前に胡座で座る。
コウジロウの乗るヘリは避難キャンプを視察後に川場村上空に差し掛かるとワンゴッドの鬼念事業団にロケットランチャーで攻撃され墜落した。パイロットと秘書の二名がその際に死亡。もう一人のボディーガードも鬼念事業団の攻撃で死亡。コウジロウは手練に守られて川場村の中をワンゴッドの手から逃げていた。
昨日は森の奥で銃撃戦の音が聞こえた。どうやら救出にきた群馬県警の特殊部隊が全滅したようだ。
「手練君、特殊戦術室が向かっているというがどう思いますか?」
「彼らならやってくれるでしょう。室長の内藤は元SSM出身です」
「SSM……サウスサイドマウンテンか」
「そう、あの伝説のGチャンが所属していた傭兵部隊ですよ。そこでタイクーをGチャンより習得してます。その後は公安にスカウトされてそのまま、室長に任命されました」
「しかし、特殊戦術室はたったの六人です」
手練はズボンのポケットから葉巻とライターを取り出し、葉巻に火を着けて吸った。
「議員、この規模の作戦は人数じゃありませんよ。質です。他の室員も内藤が選抜した者たちだ」
「そんなものか」
その時、外から小枝の折れる音がした。
「……議員、少々お待ちを」
そう言うと葉巻を口にくわえたまま、手練は立ち上がるとブーツからナイフを引き抜いた。
コウジロウは手練の後ろ姿を見つめた。ふとすえた臭いに混じって獣臭がした。
手練が立ち止まる。玄関から何かが近づいてきた。午後の日差しが民家を照らし玄関に影を作っている。
唸り声が聞こえた。突如、玄関からオレンジの影が飛び出してきた。
「非常に危険です!」
手練はそう言うや影に向けて蹴りを放つ。影に蹴りが直撃した。影は下駄箱に衝突。影は四足歩行の獣だ。起き上がろうともがく。
「!?」
コウジロウは息を飲み、獣を見つめた。オレンジの体毛に黒い縞をしている。虎だ。
手練はナイフを振りかざして虎の頭部に振り下ろした。ガッ、虎の額にナイフが刺さる。虎が叫ぶ。手練がさらに力を込めてナイフを押し込む。
「ハァァァァァァァァァァァァァ」
虎は大きく唸り声を挙げ、痙攣。そして、動かなくなった。
手練は何事もなかったように振り返った。
「野生化した虎ですな。良い食料が手に入りました」
「さすが……手練君です」
コウジロウはそう言って動かなくなった虎を見つめた。
「!?」
突然、手練が周囲を見渡した。
「どうした!?」
「議員急いで!」
手練が拳銃を手にして森を走る。コウジロウは息を切らしながらついていく。
隠れ家の周囲に人の気配を感じた手練がコウジロウを連れて外へと出た。
「わっ!?」
コウジロウは木の根につまずくと顔から地面に倒れた。口の中に土が入る。手練が振り向いて近づく。コウジロウは身体を起こして木に手をついて立ち上がった。
「大丈夫ですか?」
手練が周囲を見渡しながら気遣う。
「すまな……」
そう言いかけた時、空気が震えるような感覚がした。
「アマイロノォォォォォォォォォォ!!」
ビリビリと鼓膜に響く大音量の叫び声が響いた。コウジロウは耳を押さえて立ちつくす。手練は顔を苦痛に歪めながらも音のする方に拳銃を向けた。
「非常に危険です」
手練が小声で呟く。その時、
ドガガガガガガガガガガガガガガガガガ
耳をつんざくような銃声が聞こえると前に立つ手練が横に吹き飛ばされた。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
手練が叫び声を上げながら斜面を転がり落ちていく。さらに斜面の先にある崖から落ちた。手練の悲鳴が谺した後、潰れたような音がした。
「手練さん!!」
コウジロウが思わず叫ぶ。腰から護身用の拳銃を取り出した。
「!?」
目の前の木立から音がした。木立から迷彩服を着た男が煙の出たライフルを構えていた。男はコウジロウの銃を見て首を振る。さらに背後から迷彩服を着た男たちが十名程姿を現した。
「お前たちは……」
「大河議員、お初にお目にかかる」
迷彩服を着た男たちの間から大礼服を着たのっぺりとした顔の男が歩み寄ってきた。大礼服の男の右にはサングラスをかけた口髭の男、左には老年の男が付き従っている。
「麿は虫唾山キタヒトじゃ、おことには我らのもとに来てもらうぞよ」
コウジロウは護身用に渡された拳銃を握り締めた。それを見た口髭の男が大きく口を開けた。
「ナガイカミヲォォォォォォォォォォ!!」
口髭の男が叫ぶとコウジロウの身体を衝撃波が襲った。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
コウジロウは叫んだ。身体が衝撃波により宙に浮くと背後に吹き飛ばされた。
「がぁぁっ!?」
背後にある木に叩きつけられて、コウジロウの全身を痛みが走る。
「大河議員、堪忍しとくりゃ」
大礼服の男がそう言うと迷彩服の男たちに視線を向けて頷く。
「が……」
コウジロウは薄れゆく意識の中で迷彩服の男が近づいてきて、自分を拘束しているのがわかった。
「連れて行くんじゃ」
「はい!」
コウジロウは意識を失った。




