50 群馬・ホステージ・レスキュー・オペレーション①
青龍会の人質救出作戦。50~55まで続きます。
◆
ハチオウジ市警本庁舎。内藤セイイチはエレベーターで上層階に向かっていた。
内藤はエレベーターを三十五階で降り、長い廊下を歩いていく。「副本部長室」というプレートが掲げられたドアをノックした。
「内藤です」そう言うとドアが自動で開いた。奥にあるデスクに制服姿の男が座っている。男は白髪混じりで眼鏡をかけており、鋭い眼をしていた。
「こちらに来たまえ」
「はい」
男の呼びかけで内藤はデスクの前まで来ると腰の後ろで手を組む。内藤の前にいる男は谷元イキト、ハチオウジ市警の副本部長である。
「どうされましたか?」
内藤が笑顔で応じる。谷元は怜悧な視線を内藤に向けた。
「辛斗マキオの件は良くやってくれた。例のオープンキャンパスと繋がりを持っていると自供したようだな」
「はい、最初は話していたのですが、なぜか今は口を噤んでます。現在は検察に送致していつも通り、特別検察官に修正罪状を作成してもらっている所です。このまま、特定機密統制法のもとで非公開でスピード結審になるでしょう。拘置所が勝負ですね。ここで吐かせます。オープンキャンパスという組織については輪郭も、何もわかってないですから、何とかします」
「頼む。さっそくで悪いが次の案件に取り掛かってくれたまえ」
「はい、どのような事件です?」
「今回は市外の群馬だ。わかる通り危険な任務だ」
「ほぉ」
「特務公安部の中で君たちが一番頼りになる。酷使してしまって、すまないとは思っているがね」
「わかっていますよ。その為の青龍会です」
「うむ……群馬県川場村で大河コウジロウ議員の乗るヘリが墜落した。生存の確認は取れている。大河議員を救出してもらいたい」
「川場村……ワンゴッドのテリトリーですね」
群馬県は日本大災害後復興が遅れており、未だに反政府組織ワンゴッドを筆頭に犯罪組織が占拠している地域が多数ある。住民は彼らの支配下にあり武器製造や麻薬密造といった違法な労働に従事させられている。さらに犯罪組織同士による抗争と警察による奪還作戦で群馬は戦場と化していた。各々配下に超人やサイボーグ改造された兵士を有している。
「そうだ、議員は超人対策にも好意的だ。恩を売っておきたい。できるかね」
「任せてください」
「期待している。今後の為に少しでも特殊戦術室の名を挙げておきたい」
「わかっていますよ」
内藤は笑顔で頷いた。
◆
朝の食卓、茂期シュウジは食事を終えて湯飲みで緑茶を飲みながら新聞を読んでいた。目の前で妻のヒロコと一人息子のモジオが朝食を食べている。茂期は新聞記事にある「カツラ連続殺人事件」に目を落とした。
「ふん」
記事の内容を読み鼻で笑った。記事には辛斗マキオが若者の頭部を鋭利な刃物で切り裂き、カツラを作っていたと書かれている。青龍会と協力関係にある特別検察官がでっちあげたカバーストーリーだ。超人の能力で殺害されてることは隠蔽されていた。
「まぁ良い……こいつはドキュン行きだ」
ドキュンとは超人専用の厳重警戒区画が設けられた独君刑務所の別称である。犯罪増加により司法制度改正、結審が迅速に行われるようになった。これにより受刑者が急増し刑務所が各地に新設された。その一つで東京湾内の人工島「独君」に建てられた巨大な刑務所が独君刑務所である。
モジオは食べ終わったのか箸を置くと携帯端末でゲームを始めた。ヒロコがそれを咎めた。
「モジオ早く食べ終わって学校に行く支度をしなさい!」
「わかったよ」
中学一年生になるモジオが学校に行く準備をする為に席を立とうとした。その時、茂期がモジオを睨み付けた。
「モジオ、挨拶はどうした?」
「ごちそうさま」
不機嫌そうにモジオが言って席を立つ。茂期は再び新聞に目を落とす。「群馬内乱の激化」という見出しが目につく。
「大河議員の件は非公表か……不足ないねぇ」
議員を救うことができれば青龍会の地位、ひいては自分の地位が上がる。茂期は自らの能力発揮できる場所を常に求めた。
「あなた、どうしたんです? 何か良いことでもありました?」
「ヒロコ、臨時ボーナスが入るかもしれん。期待していろ」
「……あなた」
ヒロコが不安そうな顔をした。茂期は機密である青龍会の件は勿論、捜査課時代や閑職に追いやられた交通課時代の話もしたことがない。それでもヒロコは危険な仕事に従事していることは察しているようだ。
「安心しろ、この私は無敵だ」
茂期はヒロコに微笑みかけると湯飲みを持ち、緑茶を飲み干した。熱さが喉を通り抜ける。
◆
林符ミフミは幼稚園の娘、マアヤを連れて実家を訪れた。実家のインターホンを押す。
「ママ、またお仕事?」
「ごめんね。大切なお仕事なの」
刑事としての矜持と、母親としての責任。その二つが、ミフミの中で常にせめぎ合っていた。
マアヤをなだめているとドアが開いた。母親であるヒロコがドアから不安そうな顔を出す。
「ミフミ、あなた」
「悪いけど、しばらく預かってくれない?」
「また、出張かい。長くなるのかい?」
「わからない。でも必要なことなの」
「あんたがやってる仕事の意味は分かってる。多くの人を守る立派な仕事よ。でもね、ミフミ、あなたはあの子を守る存在でもあるのよ」
「分かってる。分かってるの。でも、止まれないのよ」
ミフミは声を荒らげた。
少しでも超人犯罪を減らす、それが信念だ。泣き寝入り、苦しい思いをしている被害者を数え切れない程見てきた。自分が現場に立つことで、誰かの涙をひとつでも減らせるなら、どれほど眠れぬ夜を過ごそうと構わないと思っていた。
「さぁ、おばあちゃんの所にいきなさい」
「……うん。お仕事頑張ってね」
マアヤの頭を撫でて、家の中に促した。
「いってくる。大人しくしてね」
ミフミは実家から踵を返した。
「いってらっしゃい」
後ろからマアヤの声が響く。振り返り寂しそうに微笑むと再び前を向いて歩きだした。
ミフミは仕事が原因で夫と離婚しシングルマザーとしてマアヤを育てている。だが、今もまた仕事によって娘と接する時間も少なくなっていた。
「正義の為……」
そう呟いて思いを振り払った。戦う理由は、マアヤの未来の為でもある、そう思いながら。
◆
ギィー、ギィー、ギィー
奥倉リュウジは自宅のフローリングで一五〇キロのベンチプレスを上げていた。だが、奥倉は汗一つかかずに平然としている。こうやって無心で鍛えている間も、何をやってもあの夜から血の匂いがまとわりついてくる。
仲間が一人、またひとりと、その命が消えていく。あの瞬間から、時間は止まったままだ。
ピピピピ、携帯端末のアラームが思考を切り裂いた。奥倉は立ち上がると脇のテーブルに置いてある携帯端末のアラームを止める。
画面が変わり壁紙にしている自衛隊時代の仲間と写した画像が現れる。
じっと見つめ、携帯端末を掴むと壁際にある金魚の入った水槽の前まで行き、自動餌やり機に餌を多めにあげる。
「万一の時は頼んである、心配するな」
水槽に言うと出勤の準備を始めた。
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「急がなきゃ!」
寝巻きを着た川相ノリコが歯磨きをしながら出勤の準備をしていた。今日は大河議員救出作戦の本部ミーティングが朝から行われる日であった。
急いで着替え、髪を直し、化粧をする。身支度を整え終わると部屋の奥にある電子ロック式の金庫に向かった。暗証番号を入力し、親指近づけ指紋認証をクリアにする。
カチリ、と音がして金庫が開く。中から金属製のアタッシュケースを取り出した。中身は仮想現実ジアドーアに接続する専用デバイス「パソコンブ」である。真実を探す為にずっと戦ってくれた存在だ。
「いくよ、相棒」
ノリコはアタッシュケースを持って軽く叩くと玄関へと向かった。
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ハチオウジ市日野区にあるアパート「鬼瓦荘」。ランニング姿の神駄ミチオは洗面台で顔を洗った。顔を上げる、鏡に目の下に隈が浮き出た無精髭の顔が映っている。
「まだ、生きているのか……か? 超人を一人でも道連れにするまでだ……奴らを……」
虚ろな目をして鏡の自分に語りかける。視線をそらしてタオルで顔を拭いた。Tシャツに着替えて、気持ちを整える為、トレーニングに向かった。
多摩平第一公園。朝日がようやく昇り、辺りが明るくなっている。
中央の広場に、神駄が立っていた。両足を肩幅に開くと、風の流れや鳥のさえずりさえも遮断するように、内側へ意識を沈めていく。
気孔の位置を確認するように呼吸を整えた。吸う息とともに、体の芯から熱が湧き上がり、吐く息で余分な力を外へと追い出す。タイクーの核心は気孔の位置・数・性質を理解し、一瞬だけ気を強制的に解放することである。
わずかに膝が沈み、背骨が一本の軸のように大地と天を貫いた。
「はっ!」
短く声を放ち、拳が空を裂いた。音が鳴ったわけではない。それでも風が唸り、空気が震えるほどの鋭さだ。続けざまに繰り出される打撃は、一撃ごとに無駄が削ぎ落とされ、まるで研ぎ澄まされた刃が空を舞っているようだった。
汗が一筋、頬を伝う。だが、神駄の表情は微動だにしない。
相手はここにいない。それでも、神駄の中では何百回、何千回と戦いが繰り広げられていた。超人を屠るための戦いが。
やがて、拳が止まり、静寂が戻る。
「今日も、まだ足りないな」
独り言のように呟くと、再び構えを取り直す。その瞳は、もう次の一撃を見据えていた。
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神駄は白いスーツに着替えて外に出た。日差しが眩しい。アパートの階段を降り小道を進むと大通りに出た。左手に日野区立病院を見ながら道を真っ直ぐ歩いた。
朝、豊田駅に通じるこの道は駅に向かうサラリーマンで溢れていた。サラリーマンは一様に疲れた顔をしている。神駄もその中に混じった。
通りにある雑居ビルに「斜浜タイミ霊能事務所」と書かれた看板が目に入り、舌打ちした。
「くそが……」
神駄は毒づいてその雑居ビルを通り過ぎる。霊能力者と呼ばれる死者の気を感じる者も超人として位置付けられている。
死者の気である霊等は超人とは別に特異事象と呼称し、公安の特異事象調査課が対応していた。霊能者や人間ではあるが呪術師も特異事象調査課の管理下に置かれ、協力を仰ぐこともある。斜浜タイミもその一人だ。
仕事として直接関わりはないが超人の存在が近くにあるということで神経が逆立っていた。
とりあえず朝のクレープとコーヒーだ、神駄はそう念じながら駅へと歩いていった。
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ハチオウジ市警本庁舎地下三階、特殊戦術室の室内。神駄は暗い室内で自分のデスクに座って前方スクリーンを見ていた。他の室員も食い入るように見ている。前方スクリーンの横には室長の内藤が立って任務について話していた。
「三日前、大河議員が群馬の避難キャンプへの視察を終えて帰路につく途中、議員の乗ったヘリが墜落しました」
「墜落? ワンゴッドが撃墜したのか?」
神駄が聞くと内藤が頷いた。
「恐らくは……ですがワンゴッドはまだ大河議員を捕らえておりません。携帯端末で一度連絡してきましたがワンゴッドに通信を傍受されるため控えてもらってます」
内藤はスクリーンに現地の航空写真を映した。
「墜落した翌日、群馬県警の特殊部隊が救出に向かいましたが、十五名中二名を残して殺されてます」
「川場村かい……あそこはワンゴッドの中でも有名な鬼念事業団の持ち場だねぇ。精鋭部隊だ」
「茂期君の言う通り、だからこそ我々に白羽の矢が立ったんです」
「ふん、やる気がでるねぇ」
「ところで潜入はどうするんです? 群馬の特殊部隊の件があるから相当警戒してるはずです」
ミフミが尋ねた。
「ごもっともです。川相君」
「はい」
ノリコがPCを素早くタイプした。するとスクリーンに映る川場村の地図が緑のグリッドに変換された。そして、中央に赤い線が引かれた。
「皆さん、この赤い線から上が鬼念事業団の勢力範囲です。潜入ルートについては萩室の山間部が比較的手薄なのでこちら側から試みてください。正直、どのルートも大差ありません。後は川相君にドローンのTGSによる先導と索敵、各種バックアップによりカバーします」
ノリコの隣にいる奥倉が手を挙げた。
「……得物は普通通りで良いんだな」
「はい、但し相手を考えて対超人専用アサルトライフルHK05の携帯を許可します」
「面白いねぇ、奴らに目に物見せてやるかい」
茂期が言うのへ奥倉も頷いた。神駄はそれを無視するように内藤に尋ねた。
「鬼念事業団だが今の人員構成はどうなっているんだ?」
「部隊長は虫唾山キタヒト、副隊長は虫唾山アキミの夫婦に代わりありません。又苛コウジ、亜出カズオといった指名手配犯も加わっています。超人よりもサイボーグ改造者が多いです。総勢で五十人弱といった所です」
「注意すべきは虫唾山の超人夫妻か……」
「さて皆さん、残りはヘリの機内で実施します。各々用意を済ませてください」
その声と共に神駄は立ち上がった。




