48 神駄・ズ・ジョブ③
シーズン1後半開始。神駄目線の話。46~49まで続きます。
月・金の週2回投稿となります。
◆
夕暮れの新宿区。カフェやブランド品店が並ぶ通りには人が溢れている。その通りを曲がると小さな路地があり、ここに美容院オーケーラウンドはひっそりと佇んでいた。
「あっざいました」
老年に差し掛かった男がカットを終えて店から出た客にお辞儀をしている。お辞儀をした男は辛斗マキオ、オーケーラウンドの店主である。
辛斗はカエルのような顔でニタリと笑った。扉に「休憩中」という看板を掲げると辛斗は店の床に落ちている髪を拾うと臭いを嗅ぎ、手で感触を確かめる。
「彼も良いですね……」
辛斗は店の奥にある事務所へと向かう。事務所の本棚の前に立つと本を取り出す。空いた空間にはボタンがある。それを押すと本棚が横に動き、地下室へと続く階段が現れた。辛斗はゆっくりと階段を降りていく。
地下室は十畳程の広さでその壁には様々なカツラがフックに吊るされている。奥に作業机があり、机の上にカツラが五つ置かれていた。
「もう一つ追加できるぞ」
辛斗がカツラを愛おしそうに見つめた。五つのカツラは良く見ると毛の根本に肌が見える。この五つのカツラは辛斗が美容院を訪れた客の中で理想の髪質を持つ者を殺して切り取って作ったカツラである。
辛斗は人の髪を見ると皮を剥いで被りたくなる衝動を持っており、美容師になり客の髪を集めてカツラを作ることで慰めていた。しかし、超人の力が覚醒したことで人の髪を皮ごと剥いでも罪にならないと気付いたことで犯行を開始した。
殺害に利用するのは人工毛髪を使い、客の髪で作ったカツラは快楽の為に使っていた。
辛斗は頭に着けている人工毛髪のカツラを外して机に置く。するとつるりと光る頭頂部が露になった。
小桧山から作ったカツラを頭に被る。
「あ……あ……あ……」
辛斗の全身を快楽が貫いた。
ジリリリリリリ、机の黒い固定電話が鳴った。辛斗は快楽の世界から覚めると受話器を持った。
「はい」
『契約早々だべが、青龍会から捜査の手が伸び始めている。全力でサポートするべが気を抜かないようにしろ』
「えっ!? わかりました。あっざいます」
『最悪の時は逃走ルートを活用してくれ』
「では、宜しくお願いします」
受話器を置いた。以前、情報屋から超人犯を庇護するネットワーク「オープンキャンパス」を知り、仲介を頼んだ。オープンキャンパスに加入すると犯罪の隠蔽、資金援助を受けることができる。代わりにオープンキャンパスの指示で闇の仕事をこなさなければならない。それが役に立ったようだ。
しかし、青龍会に目をつけたならすぐにでも逃げなければならない、内心の動揺を抑えて段取りを考えようとした。
ピーンポーン
店の入口にあるカメラ付きインターホンが鳴った。辛斗は階段を上がり事務所に戻るとカメラに映る映像を見る。そこに額が広く目の細い初老の男が立っていた。男は警察手帳を掲げた。嫌な予感がする。
『ハチオウジ市警の内藤と申します。お話を聞かせてください』
「わかりました」
オープンキャンパスからの連絡を考えると自らの犯行がバレた可能性がある。さっき、連絡をもらったばかりでどうすれば良いのだ、対応の遅さに憤りを覚えた。
こうなれば最悪、突破口を切り開き、用意された逃走ルートを活用すると覚悟を決める。辛斗は小桧山から作ったものを外し、人工毛髪のカツラをはめた。
そして、小桧山を含め五つのカツラを手に取るとスーツの内側やサイドのポケットに仕舞い入口へと向かった。
裏口の扉を開いた辛斗は笑顔で内藤を見つめた。内藤も笑顔で応じ警察手帳を再び掲げる。
「どういったご用件でしょうか?」
「どうも、辛斗さんですね。立て続けに若い男性が頭を切り裂かれて殺害される事件がありまして」
内藤が笑顔で事件を説明した。こちらは恐れを抱いたような表情を作って内藤に応じる。
「それは怖いですね……」
「ええ、それで被害者が皆さんこの美容院に通ってることが判明したんです。それでお話を伺えればと」
「そんな偶然があるもんなんですね……で聞きたいこととは?」
「それじゃあ、お伺いします。辛斗さん、あなたが犯人ですね」
「何を証拠にそんなことを?」
「知っていますよ。あなたは超人ですよね?」
「超人? 何のことです?」
「私の考えではあなたはカツラを自在に操る能力を使い若い男の頭頂部を切り裂いた。事務所に頭頂部があるんじゃないですか? 見せてください」
「訳のわからないことを言わないでください。証拠でもあるんですか? こちらが訴えたって良いんですよ」
内藤がこちらを細い目でじっと見つめた。
「構いませんよ、そんな脅しは我々、青龍会には通用しません。五件の殺人容疑で逮捕します」
そう言うなり内藤は手錠を取り出そうとした。瞬時に頭を働かせて判断を下す。
「残念です!」
辛斗は素早く内藤に右蹴りを放った。超人の力で蹴られれば人間はただでは済まない。
「!?」
ガッ、内藤が素早く無駄のない動きで左手を掲げ、右蹴りを受け止めた。
「もう一度言います。逮捕します。わかった?」
言葉に呼応するかのように横から人影が走り寄ってきた。
「皆さん! 辛斗マキオを確保してください!」
内藤が叫ぶ。辛斗はこの状況に今まで感じたことのない恐怖を覚えた。
◆
ハチオウジ市警と書かれた四輪駆動の装甲ワゴン車「バスケーブ」が新宿への道を疾走している。
広い後部座席に神駄は座っていた。上半身は身体にフィットした薄く黒い強化服を着て、防刃防弾加工の白いレザーパンツを履いている。横には同じ材質の白いレザージャケットと白いホームベースのような仮面が置いてある。仮面の色から神駄の作戦時に用いるコードネームは「ホワイト」と名乗っている。
「さてどうでるかねぇ~辛斗さんはよ」
斜め前に座る茂期が黒い強化装甲服の上に青いロングコートを着込みながら言った。横に神駄と同型の青い仮面が置いてある。「ブルー」それが茂期のコードネームだ。
茂期の横に座る奥倉は黒い強化服と緑の籠手を嵌め、無言で佇んでいる。すでに緑の仮面を被っていた。奥倉のコードネームは「グリーン」。
神駄の隣ではミフミが黒い強化服の上に黄色い装甲を取り付けている所だ。横には黄色の仮面が置いてある。ミフミのコードネームは「イエロー」。
ノリコは前方でサポートの為にPCを操作していた。彼女のコードネームと電脳空間ジアドーアのIDは「ピンク」。室員への情報と分析、通信の整理を一手に捌いている。
スピーカーから内藤の声が聞こえてきた。
『これより辛斗の店に行きます。各員準備をお願いします』
神駄は強化装甲服を馴染ませるように身体を伸ばした。この強化装甲は薄型軽量複合装甲であり、関節可動域を妨げず生身の動きを維持することができる。昔から安心できる習慣で腹部を白い晒で巻いた。
白いジャケットを羽織り、仮面を被った。仮面が強化装甲の部分と接続する。
仮面は目出し部分が無く、のっぺりとしているがその下に超精密カメラが装着されていた。仮面の横は耳から後頭部にかけて覆っており、外の音声と無線からの音声を伝える。視界は正面画像の他、周囲の情報とサポートメニューをポップアップで表示。また、放熱、冷却機能の為、額部分から上は解放されていた。
バスケーブが停車。神駄は背後の壁に掛かっている刀「凶悪魔」を手に持った。鞘を背中にある装着口に装着する。カチリと音がした。さらに対超人用ハンドガン「コーポラルパニッシュメント」通称「CPブラスター」を腰のホルスターから取り出し弾倉を確認した。
他の者も仮面を被り、装備を手にした。CPブラスターは全員標準装備だが茂期は薙刀、 奥倉は巨大ハンマー、ミフミはサーブル剣と室員はそれぞれ得意な武器を持っている。
「行くぞぉ。ハッチ開けろ」
茂期の仮面を通した合成音声が聞こえるとバスケーブの後部ドアが自動で開いた。茂期を先頭にミフミ、奥倉、神駄の順で降りていく。外は夕闇の人通りが少ない路地裏であった。表通りの喧騒が聞こえる。
「辛斗の店は隣のブロックだぁ。店に対して私が右、ホワイトが左、イエローが店前方の屋上、グリーンが店の裏口で待機だ」
「了解」
答えると合わせるように奥倉、ミフミも答えた。茂期は経験を買われて副室長として内藤に次ぐ指示役を任されている。そりが合わない茂期だが指示に不満はなかった。
神駄は自分の持ち場へと向かった。暗い通りを走っていく。途中でサラリーマンに会ったが関わりたくないのか慌てて道を引き返していく。隣のブロックへと抜けるとクラブの看板がありその影で待機した。ここからなら辛斗の店に向かった内藤の姿が見渡せる。
仮面の映像に周辺マップが表示され他の三人も持ち場に着いたことがわかる。神駄は仮面から流れる内藤と辛斗との会話のやりとりを聞いていた。突如、辛斗が蹴りを放つと内藤が叫ぶ。
『皆さん! 辛斗マキオを確保してください!』
神駄は看板の影から出て辛斗のもとに駆けていく。
辛斗が内藤から蹴りを引くと前傾姿勢になりお辞儀をした。
「あっざいます!」
そう言うや辛斗の頭頂部から地肌が見え、カツラが浮き上がる。内藤は瞬時に横に伏せて避けた。
「室長!」
神駄は攻撃のモーションであると察知し、腰のホルスターからCPブラスターを引き抜くと浮き上がったカツラに銃口を合わせて引き金を引く。
ガォン! 激しい音が響き銃弾がカツラを弾いた。辛斗がこちらを睨み付ける。
「どーなってるのぉぉぉぉぉぉ」
辛斗が怒鳴った。神駄は走ってきた内藤とすれ違う。
「お前は終わりだ! 辛斗!」
内藤を守るように、辛斗へとCPブラスターの銃口を向ける。辛斗は地面に落ちたカツラに視線を向けるとカツラがひとりでに動きだした。
「うるさぁーい」
ギャルルルルルルルルルルルルルルル
カツラが高速で回転しながら神駄に近づいてくる。神駄はカツラ目掛けて再びCPブラスターを撃った。
ガォン、ガォン、ガォン
高速のカツラは回転し、三発の銃撃にも関わらずスピードが緩まずにこちらに近づいていく。舌打ちをする。ならばと刀の柄に手を伸ばそうとした。その時、
ドシュン!
屋上から飛び降りてきたミフミがサーブル剣を垂直に立ててカツラを貫いた。そのまま着地するとカツラを剣で地面に縫い止める。
「ホワイト、大丈夫?」
「ああ、助かった」
ミフミに礼を言うと辛斗に顔を向ける。奥から近づく茂期が目に入った。
「くっ!?」
茂期が走り寄り、距離を詰めた。両手で持つ薙刀を空中で回転させ切先を辛斗に向ける。
「油断するなよぉ、辛斗」
「!?」
茂期が薙刀で辛斗に突きを入れた。
「アタヅラー!」
その瞬間、辛斗のポケットから三つのカツラがひとりでに飛び出す。ギィン! 激しい音を立て茂期が突き入れた薙刀の刃とカツラが激突、辛斗に到達する前に受けとめた。
「やるねぇ」




