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ハチオウジギア  作者: ティーマン
シーズン1 Part1
32/47

32 エネミー・エンカウンター①

狂師に迫る新たな敵。32~36まで続きます





 八王子区散田町、黒木開戸緑地くろきかいとりょくち風谷かぜたにナオコは暗い夜道を歩いて自宅に向かっていた。拓新高校たくしんこうこうテニス部の激しい練習が終わり疲労困憊だ。さらに部活の先輩からも叱責されたことで気落ちしていた。


 ナオコは肩を落として歩いていると前から足音が響いた。小太りの男の影がこちらに向かって歩いている。男の姿は暗い為はっきりとは見えなかった。ナオコは最近、女子高生が殺された事件を思い出し、警戒して脇に寄る。ナオコが横目で見ていると小太りの男が街灯の下まで近づいたことで姿がはっきりと見えた。


「!?」


 男は裸にブリーフのみを履き、手袋を嵌めていた。目だし帽を被っている為、顔はわからない。ナオコは恐怖を感じ、身体が硬直した。


「こんな可愛い子はいないよ~」


 男はそう言うとナオコに向かって駆けよってきた。


「キャァァァァァァーー」


 叫ぶことで硬直が解けた。すぐさま、男に背を向けて走りだす。


 しかし、ガシッ、背後から男に口を押さえられた。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 男の息づかいが耳に聞こえる。


「やめて!」


 口を塞がれ、声がくぐもる。


「大丈夫~」


 そう言うや男は雑木林にナオコを引きずりこんだ。


「痛い!」


 林の中程でナオコは地面に転がされた。ブリーフ姿の男が見下ろす。


「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……ハァァァァァァァァァァァ」


 ブリーフの中央が光り輝いた。カッ、光が満ちていく。


「うわっ」


 思わず手で目を覆う。


「ちゃんと見て~」


 ねっとりした声が聞こえて、ググググググ、何かが蠢く。手の隙間からそれが見えた。


「あ……あ……」


 目の前の光景に絶句した。


 ジャラン、グググググ、男の股間から黄金に輝く触手が生えて蠢いていたのだ。金属状の蛇腹をした触手は、先端が錐のように鋭い。ゆうに一メートルはあるだろう。錐のような先端がナオコに向いた。男の目が笑顔で細くなる。


「これが俺のヒュドラーだぁぁぁぁぁ!」


 ジャラジャラ、金属が擦り合うような音を立てて、触手がナオコに向けて伸びる。


 ジャリュ! 触手が目の前に迫った。


「キャァァァァァァァァァ」


 触手がナオコの口に勢い良く突きこまれた。


「うっ!?」


 ナオコは触手を掴みなんとか抜き出そうとするが容赦なく内部へと入っていく。


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」


 男が雄叫びをあげる。ナオコの身体から力がじょじょに無くなっていく。


「う……う……」


 ナオコの意識が薄れ始める。耳には男の歓喜の雄叫びが聞こえるが何もできない。


「たすけ……」


 ナオコの意識が途絶え、目の前が真っ黒になった。





「お前が俺を殺したんだよぉぉぉ……」


 高取は暗い闇の中にいた。周りから怨嗟の声が響いている。足に違和感を感じ、下を見ると頭の無い多木たきが足を掴んでいた。さらに背後からは何者かが高取の首を絞めてくる。


「よくも、よくも……」


 振り向くと緒竜おりゅうワリコが血だらけの顔を近づけてきた。前から両腕のない接者せっしゃがよろめいている。自らが殺した無数の死者が高取を取り囲んでいた。


「痛い……痛い……」


「お前のせいでぇぇぇ」


「人殺し」


 死者たちの呟きが身動きのとれない高取を圧倒する。


「ぐ……ぐ……消えな!」


 高取は死者に向かって叫んだ。


 突如、地面から黒い影が生えて、人型になった。


「!?」


 黒い影は黒いフードの男、リトルグレイになり、高取に顔を近づけてきた。フードの中は真っ黒で顔はわからない。


「死んでもらいます」


 リトルグレイが人指し指を高取の額に当てた。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 光が満ち目の前が真っ白になった。


「ハァ、ハァ、ハァ」


 高取はベッドから身体を起こす。汗だくになっている。


「夢……ですか」


 手で顔の汗を拭った。ベッドサイドの時計を見ると針は午前三時を指していた。


 それから朝まで眠れずにいた。出勤時間が近づいたので、洗面所に行く。鏡には無精髭と落ち窪んだ目と隈のある疲れた顔が映る。高取は頭を掻きむしって身なりを整えた。


 ブゥゥゥーン、エンジン音を響かせながら原付で走っている。半袖シャツと腕のアームカバーが風に揺れてはためいた。遠くから銃声と怒号が聞こえてくる。また、どこかで事件でも起きたのだろう。


 高取は流れる風景を見てふと思った。カヨコを失って半年以上が経つ。通勤で見える風景はその前と何も変わらず、職場も、人々も変わらない。ただ、高取だけはカヨコを失って、超人になり、人殺しとなった。風景も職場も人々も前までは自らもその一部であると思っていたが、今はそこから浮いた異物であるとしか思えない。高取は虚しい思いを感じながら高尾木高校に着いた。


「おはようございます」


 原付を降りると生徒たちが元気よく声をかけてきた。夏休みが近づき、生徒たちも生き生きとしている。


「おはようございます」


 頭を軽く下げて応じると職員室へと向かった。席に着くと職員室がやけに騒がしい。


「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」


 斜め前の田島がPCから顔をあげた。


「すみません。寝不足でして……それより何かあったんですか?」


「ああ、今度は隣の拓新高校で女生徒が死んだ。下校中、急激に衰弱して死んだらしい。いわゆる、超常犯罪ではないかと言われている。うちの生徒にも危険が及ぶんじゃないかと朝から話していたんだ」


「たしかに前にもあった同じ死に方ですね、一体……んっ?」


 携帯端末にメッセージが届いていた。


「どうした?」


 田島が尋ねた。


「いえ、知り合いから連絡がありましてね。すみません」


「とりあえず、担任から受け持ちのクラスに注意喚起を行うようにするとさ。生徒たちも不安だろうから高取先生もケアを頼む」


「わかりました」


 そう言い携帯端末を見る。メールは五次安からだ。情報が入ったので今夜会いたいと書いてある。筧について何か情報がわかったのだろう。リトルグレイに繋がる糸口が見つかるかもしれない。



 キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコン、午前の授業が終わった。


 高取は簡単に昼ご飯を済ませると自販機でブラックの缶コーヒーを買った。タブを押し上げてコーヒーを飲む。


「缶コーヒーのブラックは何度飲んでも不味いですね……」


 飲みながら渡り廊下まで向かい、柱に身体を預けて校庭を眺めていた。その後ろを何人もの生徒が通り抜けていく。


「聞いた? 女子生徒がまた殺されたって」


「怖っ、でも、殺人も強盗も多すぎてどうでも良いけど、同じ学生だと怖いよねー」


「巻き込まれたくないしね」


「おーい、ゴーストGOのレベルどんなもん」


「レベル二十を越えたけど、きついね」


「超常犯を殺している奴らがいるってか」


「そうとしか思えないんだ」


 高取はその言葉に反応し、振り返る。二年の服田と兼田が歩きながら話していた。


「殺されているのが大した奴らじゃないから知られてないようだけど……」


「服田、お前もオカルトに興味持ちだして良かったよ。教えてくれないか? 俺も調べてみるよ」


 詳しく話しを聞こうとしているのか兼田が尋ねた。


 渡り廊下を通りすぎていく二人を高取は見つめふと思う。もしかしたら、屋井村との戦いを見ていたのは服田ではないか? そこから超人や超常事件に興味を持ったのではないか? 可能性として頭に入れることにした。





「あら、いらっしゃい」


 スナック愛のホステス、新伝台アヤコが出迎えた。


「こっちだ」


 カウンターの五次安が呼ぶ。高取は隣に腰かけた。


「お二人さん何にする?」


「ボトルのウイスキーでロックを作ってくれ」


 五次安がこちらに顔を向ける。


「何かわかったんですか?」


 高取は単刀直入に問いかけた。


「ああ、面白いことがわかってきた。筧キクオの経歴を洗っていたんだがどうも怪しいところがあってね」


「怪しいところ?」


「筧はハチオウジで生まれ育って、考古学の学者をしている所まではわかっていたが、どうやらあの愛研常識の会にも外部研究員として研究にも従事していたようだ」


 新伝台が高取と五次安の前にウイスキーのロックを置いた。軽く乾杯し、飲むと高取は尋ねた。


「愛研常識の会というと高尾山の遺跡を研究している……あれもフシモリの出資でしたね」


「そこで筧は何かを見つけ、敵対企業に物か情報を流した可能性はあるな」


「フシモリを裏切った」


「恐らくは……そして、見せしめに殺された」


「筧はフシモリの敵対組織と繋がりがあるということですか?」


「フシモリが事件を起こしたのはそこに関係があると睨んでいる」


 高取はウイスキーを呷った。フシモリの目的はどこにあり、なぜカヨコが死ななければならなかったのか。


「高取、このハチオウジは超人の発生率が高いだけでなく、高尾山があることによって世界的な抗争の中心になっているようだ」


「高尾山には何があるんです? 九州にあったような留燃ですか?」


「いや……留燃がある以上の何かがあると俺は睨んでいる。筧の線を追えばそれがわかるかもしれないな」


 五次安が高取に視線を向けず前を見つめて言った。


「男同士の話しは終わった?」


 新伝台が甘い声で五次安に話しかけてきた。


「終わったよ。高取、もう少し飲んでいくだろ?」


「いえ、この一杯を飲んだら帰ります」


「連れないこと言わないでったら」


 新伝台が高取のグラスに新しく水割りを作った。


 高取はため息をつく。





「こんな遅い時間にも来るんだな」


 五次安と別れて鳥平民に入るとカウンターに神駄が座っていた。


「ええ、色々ありましてね、神駄さんもどうしたんですか?」


「仕事で遅くなってな」


 高取はビールをいっきに飲み干す。次に芋焼酎のソーダ割りを頼んだ。二人はぽつりぽつりと話しながら杯を重ねていく。五次安との飲みもあり少し酔いが回ってきた。


「神駄さん、虚しくなる時はありませんか?」


「虚しくなるか……常にだ」


「あなたもですか……」


「だが、それでもやらなければならないことがある。それだけだ」


「私もです……やらなければいけないことがあります……すみません、つまらないことを聞きましたね」


「そうだな。つまらないことだ……」


「虚しいなんて言っても何もなりませんからね」


「ああ、それにあんたが何を抱えていようが俺には関係ない」


「私もです。今は酒を飲みにきただけですからね」


「そうだ。酒を飲んでいる時は虚しさを見ないで済む。ただの逃避なのはわかっているがやめられないな……」


「やめる理由もありませんしね」


 神駄が頷くと芋焼酎のソーダ割りを飲み干す。


「すまない! お代わりをくれ」


 店員が近づいてきた。高取も飲み干す。


「私も下さい」


「それで良い」


 神駄がニヤリとする。


「芋焼酎のソーダ割りになります」


 店員がグラスを運んできた。高取と神駄は同時にグラスを呷る。


「そういえば、何度か店で会いますがお互いに何をしているかも知りませんね」


「そうだな。まぁ、別に知りたくもないし知っても面倒なだけだが……俺はまぁ、役所勤めをしている。碌でもない市民への対応とくだらない資料整理の毎日だ」


「そうですか……私は教員をしています」


「まともな仕事だな。それなのに虚しいか?」


「ええ……言うように色々とありますからね」


「色々ね……間違いない」


「どちらにしても、ここであなたとこうして飲んでいるだけの関係は楽です」


「ああ、互いに利害も何もないからな」


 神駄が高取に視線を向ける。


「明日は休みだ。今日はとことん飲む」


「私もです。付き合いましょう」


 高取はさらにグラスを呷った。



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