30 コールマン・ズ・グロウス③
コールマンの過去。28~31まで続きます。30と31は同日連続更新をします。
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それから時が過ぎ、コールマンは十七歳の高校生になっていた。
八王子区千人町にあるマンション「コーポマルコ」。
高校に向かう準備をしている。テーブルでは後藤が携帯端末でニュースを見ていた。
後藤は両親を失い身寄りのないコールマンを引きとった。後藤の話だと、彼は日本大災害前から超人に覚醒し、政府に雇われ諜報活動や暗殺を請け負う工作員をしていた。そして、犬目町にはライフウェーブ製薬の事故を察知した政府の依頼を受けて現れたのだ。
後藤はコールマンを引き取ると八王子区に拠点を据えて仕事をするようになった。その合間に後藤はコールマンに超人としての気の使い方を教え、普通の学校にも通わせた。三年前、後藤は工作員の活動を引退しバーを開店した。
「いってきます」
「待て、弁当忘れてるぞ」
後藤がテーブルの上を指差す。風呂敷に包まれた弁当が置いてあった。後藤が毎朝、弁当を作ってくれている。
「あっ!?」
スクールバッグに弁当を詰め込んだ。
「忘れたら昼が食えないぞ。気をつけろ」
「いつもありがとう」
そう言うとスクールバッグを肩にかけ、勢い良くドアを開けた。コールマンはここまで育ててくれた後藤を親のように慕うようになり尊敬していた。
階段を駆け下りて駐輪場に向かう。颯爽と自転車に跨る。
コールマンは軽くペダルを漕ぐ。風を切って走ってはいるが常人のスピードに留めていた。気の制御方法を身につけているので能力を抑えることができた。
超人の力を多用することはないが、裏では自らの力を磨いていた。過去の出来事が脳裏に焼き付いているのか、いつかこの力が役に立つという予感があった。
コールマンの漕ぐ自転車が拓新高校の前で止まった。校門からは自転車を押して中に入った。
「おはようー」
後ろからキミコが声をかけてきた。
「おはよう」
笑顔で答える。キミコとはいつも登校のタイミングが合う。
あの事件の後、ユウは市外に引っ越し、加林家や能垣は各々別の学校に行っていた。キミコだけは同じ高校に通い、クラスは違うものの変わらず仲が良い。
キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン
昼休み。チャイムが鳴ると同時にコールマンは弁当を持って席を立った。廊下に出て、人の流れを避けるように歩く。
向かう先は決まっていた。端の教室。そのまま中を覗く。
「キミコ」
軽く声をかけると、奥の席から顔が上がった。
「あ、ジェシーちゃん。来た」
キミコが手を振る。
「隣いい?」
「いいに決まってるじゃん」
コールマンは頷いて、キミコの席の隣に椅子を引いた。弁当を広げる。教室は賑やかで、他愛のない会話や笑い声が飛び交っている。
「今日のご飯は?」
「きっと普通だよ」
コールマンは弁当の蓋を開け、中を覗いた。キミコが覗き込んでくる。
ふりかけのかかった白ご飯が大半で仕切りにおかずの卵焼き、ハンバーグ、副菜にはブロッコリーとミニトマト。いつもの組み合わせだ。
「本当だ。でも後藤さんは偉いよね!ちゃんと手作りで。うちのはほら」
キミコが弁当を見せてきた。唐揚げ、グラタンコロッケといった冷凍食品が規則的に並んでいる。
「まっ、仕方ないけどね」
コールマンはハンバーグを箸でちぎって口に入れた。手作り独特の粗さはあるがいつもの美味しい味だ。
「ねぇ見て、今日の私の髪、ちょっと巻いてきたんだけど」
キミコが唐揚げを頬張りながら言った。
「え、ほんとだ。気づかなかった」
「気づいてよそこは」
「だって朝バタバタしててさ」
「まったく」
特別な話題はないのに時間だけがゆるく流れていった。
「でもさ」
キミコが箸を止めずに続ける。
「こうやって来てくれるの、なんかいいよね」
「そう?」
「うん。なんとなく安心する」
軽く言って、また食べ始める。コールマンは少しだけ手を止めるが、すぐに何事もなかったように弁当に視線を戻した。
チャイムが鳴る少し前、二人は同時に食べ終える。それが特別なことではないみたいにいつもの昼休みが終わった。
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コールマンはいつものように自転車押して校門の中に入った。
「おはようー」
いつものように後ろからキミコが声をかけてきた。
「おはよう」
「明日のテストやだよねぇ」
「わからないことあったら教えるよ」
「ありがとう、ジェシーちゃん大好き!」
キミコが無邪気に喜んだ。
「わかった、わかった、放課後にキミコの教室でやろう」
「うん、じゃあ、またね」
コールマンはキミコと共に校舎に向かった。午前、午後と授業の時間はあっというまに過ぎた。
夕方の教室は、窓から差し込む光が少しだけ橙に傾いていて、黒板に書かれた落書きが影を伸ばしていた。
コールマンとキミコは机を二つくっつけて、タブレットを広げる。
「ねぇ、ここってなんでこうなるの?」
キミコの声が、静かな教室にやわらかく響いた。
「うーん、だから、この公式に代入するんだよ。途中の計算飛ばしすぎ」
答えてコールマンはタブレットを指し示す。
「えぇー、また計算ミスかぁ。私、計算向いてないのかも」
「そんなことないって。ただのケアレスミス。小学校のときからそうだし」
その言葉に、キミコは「ははっ」と笑って、机に突っ伏した。
「ねぇ、ジェシーちゃんは、小さい頃から変わらないよね。なんかさ、頼りになるっていうか」
「そう?」
「そうだよ。私、たぶん一人だったらとっくに赤点取ってる」
一瞬だけ、教えているコールマンは手を止め、窓の外に視線を逸らした。陽の光が夕焼けに変わる境目で、目の奥に影を落とす。幼いころ、両親を志摩洲に奪われた記憶はふと胸を刺す。でも、その隣で笑う声が、それを日常のざわめきに溶かしてくれる。
「はいはい。じゃあ次の問題いくよ」
「えー! ちょっと休憩しよ? ジュース買ってきていい?」
「まだ二問しかやってないでしょ」
「うぅ、じゃあ解くから、終わったら絶対休憩!」
笑い合う声が、教室に小さく響いて、夕焼けに混ざっていった。この後もコールマンは根気良くキミコに教えていると、ようやく終わりが見えてきた。
「はい、これで終わりね」
コールマンが時計をちらりと見る。もう六時を回っていた。
「やっと終わったぁ、頭がパンパン」
キミコが椅子の背もたれに体を預け、大きく伸びをした。
「いつも思うけど、よくやってるよね。こんな勉強ばっかり」
「別に好きでやってるわけじゃない。ただ必要だから」
「真面目だなぁ、ジェシーちゃん。ねぇ、お祝いしようよ」
コールマンは眉をひそめる。
「お祝い?」
「そう。明日、テスト終了記念しよ。駅前の新しいカフェ行かない? ほら、期間限定のパフェがあるんだって」
「期間限定のカフェ?」
「そう」
「良いね」
コールマンの口元が緩む。
「やった。じゃあ決まりね。明日の放課後」
「キミコは情報がほんとに早いね」
「当たり前じゃん、勉強じゃジェシーちゃんに勝てないけど、甘い物は負けないもん」
「そうだね・・・・・・ねぇ、キミコ、思えば、みんな少しずついなくなっちゃったよね」
「うん」
「転校したり、別の学校に言ったり。小学校の頃から一緒だったのに、気づいたら誰も残ってなくて」
「私も、ちょっと寂しいと思う」
「でも、キミコはずっとここにいる。ずっと変わらずに、私の隣にいてくれる」
「それは、当たり前でしょ」
「当たり前でも、ありがたいなって思うんだ」
キミコはふっと笑い、鞄を肩にかけた。
「じゃ、また明日ね。遅刻しちゃだめだから」
「分かってる」
コールマンはその背中を見送りながら、胸の奥で小さな温かさを感じた。
「ちょっと待ってよ」
コールマンはキミコを追いかけた。夕暮れの光はすでに消え、窓の外は夜の帳が静かに降りていた。




