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ハチオウジギア  作者: ティーマン
シーズン1 Part1
28/31

28 コールマン・ズ・グロウス①

コールマンの過去。28~31まで続きます。





 三鷹区にある圧尊寺。曇り空は低く垂れこめ、風のない湿った空気が墓地の静けさを重くしている。


 コールマンは汗でまとわりつくシアートップスの裾を引っ張る。


 隣にいる米山が首にかけたタオルで汗を拭き、その奥の後藤はポロシャツ姿でじっとしている。コールマンたち三人は「大貫家之墓」と彫られた墓石の前に並んで立っていた。


 後藤が線香に火をつける。火は一瞬だけ強く燃え、すぐに細く静かな煙へと変わる。コールマンはその煙が揺れ、空へ溶けていくの見ていた。


「もう二年経つのね」


 誰に向けたものでもない。


「無茶ばかりしてたからなぁ」


 米山が小さく鼻で笑うような息を漏らす。


「リトルグレイの時もそう。正義感で踏み込み過ぎたのね」


「そうだったな。でも、大貫はリトルグレイに拷問され、殺されたのに俺たちのことを割らなかった」


 憤る米山がタオルを握り締める。]


「ここにいる誰よりも良い人だった」


 墓石に視線を落とす。コールマンは手に持った花束を置く。


「奴は自らの意思で正義の為に進んで狂師になった」


 後藤が墓石を見つめたまま呟いた。


 コールマンは大貫を思い出していた。彼は弟の娘を超人に殺された。コールマンたち狂師はその恨みを晴らす。大貫はあくまで弟に付き添う遺族だったが、ふいに超人へと覚醒する。そして、後藤に超人の罪を許せないと直訴し狂師となった。被害者に寄り添い、曲がったことが嫌いだった。コールマンは後藤に視線を向けた。


「狂師を始めてから大貫、金古さん、山畑さん・・・・・・仲間が三人も死んだのね」


「仕方のないことだ。奴らは自らの意思で狂師になった。それに狂師を続けるなら私たちもいずれ死ぬ」


 淡々と言う後藤だがどこか寂しい眼をしている。コールマンはそこに彼の老いを一段と感じた。ふと後藤と会った時のことが痛みを伴う記憶として蘇った。あれは今から十八年前だった。





 八王子区犬目町にあるコールマン診療所。六歳になるジャネット・コールマンは四年前に医師である両親に連れられてアメリカから日本へと移住してきた。


 コールマンの両親は死の年に日本が復興支援に尽力してくれたことに報いるべく、日本大災害の人道支援隊に志願し、医療面で支援をした。そのまま、被災地でも被害の大きかった八王子でコールマン診療所を開業して住むようになっていた。


「うん、今日も体調良いですね」


 父親のジャックが慣れない日本語で対応している声が聞こえてきた。コールマンは診察室のドアに耳をつけて声を聞くのが好きだった。


「コールマン先生のお陰で身体を壊しても安心ですよ」


「やめてください。病気や怪我しないのが一番です」


 コールマンはさらにドアに耳をつける。


「こら、ジェシー、仕事場に来ちゃだめじゃない」


 コールマンが振り向くと母親のロリーが窘めた。


「だって、パパの診察が気になって」


「ダメって言ってるでしょ、遊びじゃないんだから・・・・・・すみませんね」


 ロリーが周りの患者に言っている間にコールマンは診療所の外に行った。


 診療所はゴルフコース跡地に新たに建てられた住宅街にある。八王子市は壊滅状態から復興が進められていたが郊外の所々にまだ廃墟が見えた。


 その中をコールマンが駆けていった。ゴォウ、轟音がするので上を見上げる。資材を積んだ飛行ドローンが飛んでいる。ドローンには「フシモリ」のマークが付いていた。


「ジェシーちゃん」


 同じ小学校に通う女子の伊薔薇いばらユウが声をかけてきた。ユウのポニーテールが揺れている。ユウの周りには女子の山中キミコ、男子の加林家かばやしやムイ、能垣のうがきザエモンというコールマンが通う小学校の同級生もいた。彼らは外国人のコールマンと普通に接してくれた。


「ユウちゃん」


「みんなで遊んでるの。来なよ」


「うん」


 コールマンはユウたちのもとへと向かう。


「何やってたの?」


「ユウが面白いものを見つけたから、みんなで行こうって話ししてたの」


 ユウが得意気に言った。


「なんだかわからないけど、楽しそう」


「でしょう! 行こう」


 ユウを先頭に五人は連れだって、住宅街を進んでいった。ブロロロロ、コールマンたちの横を装甲車が通り抜ける。治安の悪化しているハチオウジ市の警備業務を委託された民間軍事会社の車両だ。


「見たか? さっきの車。格好良いな」


 加林家や能垣が話し合っているのが聞こえる。


「あんなの何が良いの?」


 キミコが呆れながら、コールマンとユウに同意を求めて目を向けた。


「ユウも興味ない」


「私は少しあるかな・・・・・・」


「ジェシーちゃん、変わってる」


 ユウが首を傾げた。道の先にある林の中に青いプレハブの倉庫が見えてきた。以前ユウと遊んだ時にこの倉庫を見ていた。


「あそこよ。昨日、この倉庫を見たらね、鎖が外れていることに気付いたの。中に段ボールがいっぱいあって。箱を開けたら、お菓子とか食べ物のようなものが入ってたの」


 ユウが得意げに先頭を歩いて倉庫に近づいた。ユウが扉の取手を引く。軋む音がして扉が開いた。


 ユウの後ろからコールマンは中を覗く。暗い倉庫内に段ボールの山が見えた。


「みんなで山分けよ」


 ユウが笑顔で振り向いた。コールマンたちは倉庫の中に入っていった。手前に開いた段ボールがあった。コールマンは中を見ると乾パンと書かれた筒状の箱や袋麺が入っていた。コールマンは袋麺を手に取った。


「これってもしかして、災害が起きた時に届けられたものじゃない」


「ジェシーの言う通りだ。見ろよ」


 加林家が段ボールの側面に書かれた国際連合のマークを指差した。


「そっかー、でも全然使われてないし私たちのものにしよーよ」


「良いね」


 ユウとキミコがはしゃぐ。


「でも、 おかしくないか。なんで扉の鎖が外れてるんだろ」


 能垣が何気なく言うとコールマンも考え出した。


「そうね。私が前、見たときは閉まってたし」


「う・・・・・・う・・・・・・」


「!?」


 倉庫の奥から呻き声が聞こえた。皆、一斉に奥を見つめた。


「何か声が聞こえなかったか?」


「ムイ君。俺も聞こえた」


「ユウも」


「私も聞こえた」


 皆が口々に言う間にコールマンは黙って奥に進んでいった。


「ジェシーちゃん! 危ないよ」


 ユウが心配する声が響く。それでもコールマンは好奇心に勝てず、壁のように積まれた段ボールの道を進む。


「う・・・・・・」


 近くで声が聞こえる。コールマンは声が聞こえた方にある段ボールの裏を覗き込む。


「あっ!?」


 コールマンは段ボールの影に壁に背中をあずけて苦しげに座る男がいた。細身の中年だ。 身体は全身傷だらけで応急処置は済ませていたがそれでも苦しげに呻いていた。


「みんな! 大変!」


 コールマンが大声をあげるとユウたちが近づいてきた。コールマンは携帯端末でロリーに連絡をとった。


『どうしたの、ジェシー』


「ママ、大変なの。大怪我をした人がいて」


『わかった。すぐに行くから待っててね。場所はどこ?』


「仮設住宅の外れにある倉庫」


 コールマンは場所をロリーに話すと倒れた男の症状について詳しく伝えた。ユウたちも固唾を飲んで見守っている。


 しばらく経つとコールマンの両親が到着し、傷だらけの男を診療所へと運んでいった。





 コールマンはベッドに寝ている男を見ていた。倉庫で見つけた男だ。


 男は診療所に運ばれるとすぐさま、ジャックによって簡易的な手術を行い、命を取り留めた。それから一日が経つ。


「ジェシー、夕飯だぞ」


 男を見守るコールマンの後ろからジャックが声をかけた。


「わかった」


 ジャックに促されてコールマンは診療所から住居へと移った。


「わー」


 コールマンはテーブルにつくと歓声をあげた。テーブルの上にはコールマンの好きなマルゲリータピザがあった。


「今日はピザーダで出前をとったの」


 ロリーがサラダやサイドメニューをテーブルに置いた。ロリーが席につくとジャックがクリスチャンの祈りを始めた。


「天におられる私たちの父よ、皆が聖とされますように、みくにが来ますように御心が天に行われる通り、地にも行われますように。私たちの日ごとの糧を今日もお与え下さい。私たちの罪をお許し下さい私たちも人を許します。私たちを誘惑に陥らせ得ず悪からお救い下さい。アーメン」


 終わるとそれぞれにピザを取り分けて食べ始めた。


「あの人助かるの?」


「大丈夫だ。身体中に怪我をしているが回復力が並ではないみたいでな。意識もすぐに回復するだろう。それにしても良いことをしたなジェシー」


 ジャックが微笑みかけた。コールマンは誇らしげに頷く。


「私もパパやママみたいに人を助ける仕事がしたい」


「ジェシー、私たちは医者としてできることをやっているだけだよ。それに私たちだけでも人は救えない。田善さんのようにこの診療所を支援してくれる人や私たちを受け入れてくれ地域の人達がいて成り立っているんだ。皆で助けあっていることを忘れちゃいけない」


「でも、パパとママは多くの人を助けたわ」


「もっと救えた命もあったはずだ。ジェシーもこの道を選ぶのなら驕りは禁物だ」


 ジャックが神妙な顔でコールマンに語りかける。


「二人ともこの唐揚げ食べてみて。お隣の三川さんに教えてもらって作ったの」


 ロリーが言うのでコールマンはフォークで唐揚げを刺して口に運んだ。口のなかに肉汁が広がる。


「美味しい!」


 思わず言うとロリーも満足気な顔をした。


 コールマンは日本に来て良かったと思っていた。両親の懸命な姿を見ることができ、友達にも恵まれていた。この幸せがずっと続いて欲しいと願った。



「ここはどこです?」


 意識の戻った男がベッドの背に身体を預けてジャックに言った。コールマンはドアの隙間からその光景を見ていた。


「意識が戻って良かった。ここはコールマン診療所です。私は医師のジャック・コールマン。倉庫の中で傷ついたあなたを娘が発見して私が治療しました。驚異的な回復力で傷が治ったのは幸いです。何があったんです?」


 男は困ったように頭を振る。


「それが・・・・・・思い出せないんです。私にわかるのは自分の名前である志摩洲しまずテイスケとしかわかりません」


「・・・・・・記憶喪失か・・・・・・頭も強く打っていたようだったがまさか・・・・・・」


「私はどうすれば・・・・・・」


「・・・・・・時間が経てば記憶も戻るでしょう。ここで少し休みなさい」


「良いんですか? こんな、よくわからない私を」


「困った時はお互い様です」


「ありがとうございます」


 志摩洲が頭を下げた。頭をあげるとドアの隙間のコールマンを見つめた。


「お嬢さんも私を助けてくれてありがとう」


 ジャックが振り返るとコールマンと目が合う。ジャックが手で招き入れるので部屋に入った。


「助かって良かった。でも記憶がなくなってるなんて・・・・・・」


「君が気にすることじゃない。私も記憶をなんとか戻して恩返しをします」


 志摩洲の整った顔が憂いのある表情になった。それを見たコールマンは一瞬、鼓動が高なったが笑顔で押さえた。





 一週間が経った。志摩洲の身体は驚異的な早さで回復した。それから志摩洲は診療所や仮設住宅の力仕事に協力するようになっていた。


「すみません。志摩洲さんはおるかね?」


「ちょっと待っててね」


 診療所を近くに住む老人、米谷ハルコが訪ね、コールマンは志摩洲の居候する奥の住居に向かった。


「やぁ、ジェシーちゃん」


「志摩洲さん、米谷のおばあちゃんが呼んでるよ」


「わかりました」


 呼び掛けると志摩洲がゆったりと出てきた。志摩洲が笑いかけるとコールマンも笑顔になる。


「すごいね。みんなを助けてる」


「私にできることはこんなことしかないからね」


 志摩洲はハルコと共に外へ出ていくのを見ていると待ち合い室に座る尾羽おばねシズが声をかけてきた。


「まったく、彼には助かるね。これも彼を見つけたジェシーちゃんのお陰だ」


「パパとママが治療したから志摩洲さんが助かったの」


 そう言ったが内心は誇らしかった。コールマンは外へ出るとユウの家に向かった。仮設住宅街を歩いていると志摩洲がハルコの家で木の枝を切る姿が見えた。仮設住宅に住む高齢者の力仕事や雑用を手伝うことで地域に溶け込んでいた。


「志摩洲さん、お茶を用意してるから適当な所で休憩してくださいな」


「ありがとうございます」


 志摩洲が笑顔で答えている。コールマンも笑顔になり、ハルコの家を横目に歩いていった。



 コールマンは床に座ってユウとキミコと共に携帯端末を見ながら取り留めない会話をしていた。キミコがコールマンの肩を叩いた。


「ねぇ、志摩洲さん、大人で優しくて格好良いね」


「うちでもパパとママの手伝いもしてくれるし。記憶が戻ったらどこか行っちゃうのかな・・・・・・」


「仕方ないじゃん、でも何やってる人なんだろう」


 キミコが言うとコールマンは考えこんだ。


「全然思い出せないみたいなんだ・・・・・・。思い出そうとしてるのか、たまに苦しそうに頭を抱えてる時があるんだけど」


「ふーん・・・・・・あっ!?」


 ユウが突然叫んだ。コールマンとキミコが振り向いた。


「どうしたの?」


「ジェシーちゃん、今日ね、町を歩いてたら帽子を被った知らないおじさんがいて、人を探してるみたいだったんだよね」


「!? それって!?」


「もしかしたら、志摩洲さんの知り合いかもね」


 家に帰ったらこの事を志摩洲に話そうと思った。せっかく仲良くなった志摩洲が家を出ることになるのは寂しくなる。ユウが気を利かせるようにしてクッキーを目の前に差し出した。


「何、変な顔してるの? 食べな」


「ありがとう」


 クッキーを口に入れると甘い味が広がるが寂しさは拭えなかった。



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