25 ザ・ディセプション・オブ・ザ・セイナール教会①
セイナール教会との戦い。25~27まで続きます。
◆
昭島区緑町の住宅街に「セイナール教会」がある。
「セイナール!」
教会の中では牧師服を着た教団長、銅田モチが叫んだ。老年で細身の身体からは想像もできない大声であった。銅田が眼鏡の奥から鋭い眼差しで信者を見据えた。
「セイナール!!」
「セイナール!!」
新野ヒトエは三十人程の信者と共に復唱した。ヒトエは熱狂的に復唱する度に心地良さと安心感を抱いた。
「私に従えばどんな困難からも救われる! 救われないのはまだ、私に身を委ねてないからだ! さぁ、もっと私に身を委ねなさい!」
銅田が叫ぶと教団長代理の上素斗ムウが脇から進み出た。
「さぁ、教団長からありがたいお話しにあったようにもっと献金をすれば困難から救われます!」
四角い顔に笑顔を浮かべ、上素斗が白い箱を前に置く。信者達が次々と札束の入った封筒を箱に入れていく。ヒトエもそれに習い、十万円の入った封筒を箱に入れた。
ヒトエは教会を出ると同じ昭島区にある昭島区立病院へと向かった。十二歳になる娘のシヤに会う為だ。シヤは重病で入院していた。
「シヤの好きな漫画買ってきたよ」
ヒトエはシヤの枕元に本の入った袋を置いた。
「ありがとう」
薬の副作用で坊主頭になったシヤが笑顔で笑った。ヒトエもつられて笑う。
「これ握って、セイナール様にお祈りを捧げなさい」
ヒトエが金の十字架を取り出しシヤに握らせた。シヤは目を閉じる。
「セイナール、セイナール、セイナール」
ヒトエとシヤは目を閉じて唱え続ける。
「セイナール、セイナール、セイナール」
ヒトエは相部屋になっている他の患者からの視線を感じたが無心に唱え続けた。
「また、教会に金を渡したのか!」
帰宅したタダノリがヒトエを怒鳴った。
「シヤを治すには奇跡の力が必要なの! あなた、シヤが大切じゃないの!?」
ヒトエは反論する。タダノリはセイナール教会に懐疑的であり、寄付について納得していないのだ。
「そんなことあるわけないだろ! もっと良い治療が受けられるように必死に働いてるんだ! それを無駄に使って!」
「医療じゃ治るかわからない! セイナールの下さる奇跡の力しか治せないの、その為にもっと教会に尽くさないといけないの!」
「勝手にしろ!」
そう言い捨てるとタダノリは自分の部屋に向かった。ヒトエも自分の部屋に閉じ籠るとセイナールに祈りを捧げた。
「セイナール、セイナール、セイナール・・・・・・」
無理解なタダノリに腹を立てながらもヒトエは必死に祈った。
セイナール教会に入信したのは一年前であった。隣家に住む綱木ノマエにシヤの件で相談するとセイナール教会に勧誘され、教会に行くことになった。
そこで銅田が多くの人々が見守る前で信者を浮き上がらせた。ヒトエは驚きで震えた、銅田は主であるセイナールの奇跡だと言い、銅田に従えば主が力を与えてくれるという。この力があればシヤを治せると確信しヒトエは入信した。
それまでのヒトエは夫のタダノリが生活費と入院費を稼ぐ為に遅くまで仕事をしており、看病疲れと孤独で不安だった。入信してからは他の信者達が共感して涙を流してくれた。いつしか教会はヒトエの救いになっていた。
■
『・・・・・・この爆破テロにより死者八名、十二名が重軽傷を負いました。続いてのニュースです。狂牛丼ホールディングの新商品発表会が行われました。発表会では・・・・・・』
日曜の朝。リビングでヒトエはソファーに座りながらテレビでニュースを見ていた。仕事で疲れたのかタダノリはまだ寝ている。すると携帯端末から着信音が鳴り響いた。病院からの連絡であったのでヒトエは急いで通話ボタンを押した。
「新野です」
「昭島区立病院の缶野です! シヤちゃんの容態が急変しました! 至急病院まで来てください!」
「!?」
ヒトエは頭が真っ白になると電話を切り上げ、すぐさまタダノリと共に病院へと向かった。昭島区立病院にはタダノリの車で十分程で着いた。ICUでヒトエとタダノリは機器に繋がれている意識の無いシヤを見守っていた。医師の話しでは突如容態が急変し、今は落ち着いたが予断を許さないという。
「シヤ」
ヒトエとタダノリは互いに手を握り、シヤの無事を祈った。
翌日、タダノリは有給を使い病院に付き添ってくれた。ヒトエは必要なものを買うと言い、病院の外に出た。実はヒトエは綱木から連絡があり、この急変のことを電話で相談していた。良い方法があると教えてくれた為、買い物を適当に済ませて、セイナール教会に向かった。教会の敷地は広く、壁に覆われた中庭の先に礼拝堂と教団幹部のオフィスがある。ヒトエはオフィスに向かった。
「すみません。祈りの聖水を頂きたいのですが」
ヒトエは受付の女性に告げるとオフィスの中にある応接室に通された。応接でソファーに座り、待っているとドアが開き、上素斗と長い白髪に眼鏡をかけた老人、下北チヤアチが入ってきた。下北も教団幹部の一人だ。
「これは新野さん、祈りの聖水を欲しいのですか?」
上素斗が穏やかに問いかけた。
「私の娘が危篤なんです・・・・・・綱木さんから秘法である祈りの聖水のことを聞いて。それを使えば娘が治るかもしれないって」
ヒトエは涙ながらに訴えると上素斗は悲しげな表情で頷いた。
「そうですか・・・・・・いいでしょう。娘さんの病は完全に治します。しかし、これを使うには教団にさらに身を委ねなければなりません。まず、聖水の使用に三〇〇万円を寄付してください。さらに月々一〇〇万円の寄付頂き、高層信者になれば聖水を毎月一瓶お渡します。その覚悟はおありですか?」
「!?・・・・・・」
ヒトエはその金額に驚き、絶句した。
「それだけセイナールの代理である銅田様に奉仕しなければ大きな奇跡は起こせないのです」
「そんな・・・・・・私はどうすれば・・・・・・」
ヒトエは俯き、頭を抱えた。
「大丈夫です。一つ私から提案があります。今回の聖水の使用で今の危篤状態を治しましょう。それを見て、高層信者の件を考えてはいかがですか? もし、すぐにお金が用意できなければ信用の置ける金融業者がいますので融資してくれるはずです。そうすれば、すぐに手続きができます」
ヒトエは顔をあげると涙が溢れ落ちた。
「ありがとうございます!」
「これで決まりです。今からすぐに業者を呼びますのでお待ちください。お金を借りて私たちに寄付できたら、この下北が聖水を持ち、ヒトエさんと一緒に娘さんの元に向かいます」
上素斗がそう言うと隣の下北が頭を下げた。三〇〇万円は頑張ればなんとかなる、これでシヤが救われる、ヒトエは祈るような気持ちで業者を待った。
手続きを済ませたヒトエは下北と共に病院へと向かった。病院では医師の反対を押し切って下北を親族と偽り、ICUの中に入出させるとちょうど仕事が終わったタダノリと出くわした。
「誰だそいつは!」
「シヤを治せる人よ! 邪魔しないで! 下北さんお願いします」
ヒトエはタダノリを押さえて、下北に言った。
「わかりました」
下北は寝ているシヤに近づき懐から小さな小瓶に入った聖水を取り出し、振りかける。
「おい! 何を!?」
下北は手を痙攣したように聖水を振りかけていく。
「!?」
ヒトエは目を見張った。シヤの目が少しづつ開いていった。
「シヤーー!!」
ヒトエとタダノリはシヤの側まで駆け寄り、手を握った。
「・・・・・・ママ・・・・・・パパ・・・・・・」
シヤが弱々しく呟いた。
「そうだよ! 良かった! 良かった!」
ヒトエとタダノリは涙を流してシヤの手を握りしめた。下北は脇からその光景を見ている。
その内、室内に医師と看護師も駆けつけてきた。
「信じられない・・・・・・」
医師が呟く声がヒトエに聞こえた。
「あなた、どこかでお会いしませんでしたか?」
女性看護師が下北の顔を見て問いかけた。
「私も以前、通院してましたので・・・・・・」
下北がボソッと呟く声が聞こえた。ヒトエはシヤに意識を向け、喜びの声をあげた。
病院の待合室でヒトエは聖水と下北のことをタダノリに話した。
「なんだって!? 三〇〇万借金をした!? なんで俺に相談しない!?」
「あなたは賛成してくれた? でもそのお陰でシヤは意識を取り戻したのよ! あなたも見たでしょ!」
「それは・・・・・・」
タダノリは何も言えないのかそれきり俯いて黙っていた。ヒトエの横で下北が頷くと、
「ご主人の見たのは奇跡です。さらにすごい奇跡を我々なら娘さんに起こすことができるのです。じっくり考えてみてください」
そう言い、下北が立ち去った。
■
三日後、タダノリは仕事から帰ってくると深刻な顔で話しがある、とダイニングにヒトエを呼んだ。
「ヒトエ・・・・・・あの下北が来て、聖水を振りかけたからって治るか? 下北を看護師も前に見ているといっていることを考えるとシヤの容態が急変したのはあいつらの仕業じゃないか? 普段電話してこない綱木さんから電話があったのもグルだったんじゃないか?」
タダノリが言うとヒトエは怒りで目の前が真っ赤になった。
「何言ってるの! そんな嘘、言わないで、あなたおかしいわ! シヤを治したのよ、それにそんなことできる訳ないでしょ」
「おかしいのはお前だ! 良く考えろ、先生が言っていただろ、シヤが急変して意識が無くなった原因がわからないって、それに!」
タダノリがテーブルの上に携帯端末を置くと画面には「セイナール被害者の会」のサイトが開かれていた。
そこにはシヤと同じ症状が他の家族でも起きていることが書かれている。それにより借金地獄になり、さらに酷い事態に陥っていたことも書かれていた。
「良いか! 皆、怪我、骨折、違う病気なのに信者の家族が突然、謎の昏睡を起こし、聖水で回復している。皆、その後、高層信者プランに入って借金地獄だ」
ヒトエは信じられない思いでもう一度画面を見る。別の被害者のサイトにも同じことが書かれている。
「こ・・・・・・こんなの、嘘よ! 教会の人や綱木さんがそんなことする訳ないわ!」
「お前が勝手に借金した三〇〇万円も払わなくて良い! 俺が奴らに話しをつけにいく」
そう言うなり、タダノリは外に出ていくと車を走らせた。ヒトエはタダノリの言ったことを信じられず、勝手な言い草に怒りを感じていた。
■
一日経ってもタダノリは出ていったまま、帰ってこない。ヒトエはじょじょに不安になっていた。タダノリに何かあったのでは、彼の言っていたことが本当だったのでは、思考が同じ所をぐるぐると回っていく。
プルルルル、思考を切り裂くように電話が鳴るとヒトエは急いで受話器を持った。
「新野です」
「昭島区警察署の斉田です。大変申し上げにくことなのですが、ご主人のタダノリさんの遺体が発見されました」
「えっ・・・・・・!?」
ヒトエは絶句し、受話器を落とした。タダノリは昭島区の路上で倒れているのを発見された。警察の見解ではビルからの飛び降り自殺とのことだった。死因は固いものに叩きつけられた衝撃による全身複雑骨折、内蔵損傷であった。
しかし、鑑識ではビルからの落下死は位置関係から不自然であると結果が出た。さらに死の当日、タダノリの乗る車がセイナール教会に行っていることが監視カメラ映像から判明し、ヒトエは警察にセイナール教会の件を話した。
警察はセイナール教会に捜査をするはずであったが突如、捜査を中断。自殺として処理された。
タダノリが自殺する理由はないと言うが聞いてもらえず、逆に死の前日に喧嘩したことが原因じゃないかと警察から言われた。
収まりのつかないヒトエはセイナール教会にタダノリが来たはずだと詰め寄るが教会は来ていないの一点張りであった。その件で教会からは神を疑った罪で破門。綱木もヒトエを無視するようになった。
さらに金融業者からは三〇〇万円の返済を迫られ、蓄えから返済を済ませた。
ヒトエは病状が悪化するからと考え、シエにタダノリの死を伝えられずにいた。その病院からはタダノリが亡くなったことで入院費の支払いが難しいと判断され、再三、転院を進められて系列の小さな病院へと半ば強制的に転院させられた。
賃貸のマンションもさらに安いところへと引っ越すと昼は今まで通りスーパーのパートを勤めながら、夜は昭島区の風俗店で勤めることで入院費と生活費をようやく支払えるようになった。
「セイナール、セイナール・・・・・・」
シヤが寝ながら手を組み祈り始めた。
「やめなさい!」
ヒトエが怒鳴るとシヤがビクッ、とし祈りをやめた。
「ごめんね・・・・・・」
げっそりと痩せて目の回りが落ち窪んだヒトエは頭を下げた。
「最近、お祈りもしちゃだめっていうし・・・・・・ママ・・・・・・だい・・・・・・じょうぶ?」
病室でシヤが青白い顔で心配そうにヒトエを見つめた。
「大丈夫よ。ヒトエの方が大変なのに優しいね」
ヒトエは笑顔で頷いた。
「パパも大丈夫? 風邪なんでしょ」
「・・・・・・大丈夫よ。ちゃんと良くなるから」
「良かっ・・・・・・うっ!?」
シヤが突然苦しみだした。
「痛いよ! 痛い、痛い、あぁぁぁぁぁ」
「シヤァァァァーーー!! 誰かぁぁぁぁ!!」
すぐに医師と看護師が駆けつけるとストレッチャーに乗せ、手術室へと連れていった。
ヒトエは待ち合い室に座ると目を瞑り、手を組み祈った。タダノリがいなくり、シヤまでいなくなったらどうしたら良いのか? ヒトエは神でも悪魔でも誰でも良いから、シヤを救って欲しいと心の底から祈っていた。数時間が過ぎ、手術室が開いた。
「新野さん」
医師が近づくと声を掛けた。緑の手術着に血が点々と着いている。
「残念です・・・・・・」
ヒトエの目の前が真っ暗になった。




