22 ハブ・ア・チャット・アット・鳥平民①
高取たちの居酒屋での話。22~24まで続きます。
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西八王子駅西口、居酒屋チェーン「土奈土奈」。
『・・・・・・ハチオウジ市稲城区から神奈川県の川崎に跨がるチーギュウ街と呼ばれるスラム街に住む人々に密着しました。そこは貧富の差により産み出された別世界・・・・・・』
店内の端にあるテレビでニュース番組が流れている。
そのテレビの下にあるテーブル席に四人の男女が座っていた。高取と田島が一方に並んで座り、もう一方には下関マホとベテラン事務員の復本ヒロコが座っている。
「高取先生が飲みに来てくれて嬉しいです」
ビールを一口飲み、マホが言った。高取が新人のマホと飲むのは二回目であった。今日は同性のヒロコがいるからかマホもリラックスしているようだ。
「そういえば高取先生とも久しぶりね。それこそ、下関先生の歓迎会以来ね。高取先生すぐ帰っちゃったけど」
ヒロコがビールを飲みながら話しかけた。
「あの頃は色々ありましたから・・・・・・」
高取は申し訳なさそうな表情をした。
「まぁ、過去のことは良いよ。飲みに付き合ってくれて俺も嬉しいよ」
田島が大袈裟に喜んでいる。高取は無理に笑顔を作った。
「下関先生は仕事に慣れました?」
高取は話題を変えるようにマホに尋ねた。
「緊張と失敗の連続です。でも、田島先生が色々と優しく教えてくれるので本当に助かってます。指導教員が田島先生で良かったです」
マホが頭を軽く下げると田島は手で制した。
「君は努力家だからな。教え甲斐があるよ。生徒からも評判が良いしな」
「ありがとうございます」
話を聞きながら高取は一気に半分までビールを飲み干す。
「相変わらず飲むの早いなあ」
田島が呆れ顔で枝豆をつまんだ。
「これでも弱くなりました」
高取は唐揚げを食べて、再びビールを飲んだ。
「そう言えばずっと聞けなかったんですが、高取先生は何でアームカバーをずっと着けているんですか?」
マホが突っ込むと、ヒロコが吹き出した。
「まぁ、普通そう思うわよね、話してあげれば」
高取は腕をさすり、少し照れながら笑った。
「いや、これ・・・・・・実は教育実習のときに初めて着けたんです」
「教育実習?」マホが首をかしげる。
「そうです。初めて授業をする日で、緊張してたんですけど、アームカバーを巻いたら不思議と落ち着いて、板書もちゃんとできたんです。ただの布なんですけどね」
恐らくは教師だった母がアームカバーをしていたことも関係あるのかもしれない、高取が感慨に浸っているとヒロコが笑いながら突っ込む。
「あなた、ただのに布って、下着も布なんだし、皆、布一枚で守られてるのよ! ってあらやだ、高取先生、乙女にこんな事言わせないでよ」
「復本さんが勝手に言っだだけじゃないですか。あの日からもう手放せなくなって、夏でも暑くても着けてしまうんですよ」
田島が茶化して笑う。
「夏でも着けてるよな、なるほど、高取先生の本体はアームカバーなんじゃないか」
「本体な訳ないです、そこまでのものではありません」高取は否定しながら笑顔を作った。
「でも、教育実習の頃からってことは、もう心の習慣になってるんですね」マホが頷く。
高取はジョッキを軽く掲げた。
「見た目は布ですけど、私にとっては安心感の源なんです。授業中も、休日も、自然と落ち着けるというか」
高取は三人が笑いながら酒を飲むのを見ていた。笑い話に包まれつつも、そこにちょっとした優しさと温かさが混ざっている空間だった。この光景もカヨコが生きていた頃は普通だったが、今や懐かしさを感じる光景であった。
「私の事よりも下関先生のことを聞いてください」
高取が促すとマホは首を振った。
「高取先生のことも知りたいので気にしないでください。私の話なんて・・・・・・そう言えば生徒から最近も色々な話しを教えてくれて、その中で生徒達の間で超人を見たって子がいるんですけど聞いてます?」
「超人ねぇ・・・・・・興味あるわ。どんな話しなの?」
ヒロコがマホに尋ねた。高取はじっとその様子を見ている。屋井村との戦いを目撃した生徒を噂話から探ることができればと思っていた。目撃した生徒に危害が及ぶことを考えるとどうしても知っておきたかった。
「それが・・・・・・黒いフードを着た人がビルの上を飛び回ってたそうです」
「なっ! どこで見たんです!?」
皆の視線が高取に注がれる。
「高取先生、どうしたんだ急に。超人に興味があるなんて知らなかったよ。信じてるのか?」
田島が言うのを無視し、高取はマホを見据えた。彼女は困惑したような表情で話し始めた。
「えっと・・・・・・たしか、北野駅のフシモリ本社辺りで見たみたいです・・・・・・ビルからビルを飛び移るなんて人間に出来ないから超人だと思ったそうで・・・・・・」
「いやいや、違法サイボーグ改造をした奴じゃないのか?」
田島がマホに言うと、ヒロコも同調したように頷く。
「ちょっと失礼します・・・・・・」
そう言うと高取は席を立ち、トイレへと向かった。手洗い場で目の前の鏡を見る。高取の憎悪に歪んだ顔が映し出された。目の下の隈が黒く浮き出て、無精髭も生え始めている。生徒が見た黒いフードはリトルグレイに違いないだろう。洗面台を両手で握りしめるみとピシリ、洗面台に軽くヒビが入ったことで我に戻った。
水で顔を洗うと感情を押し殺し、無理やり笑顔を作ると、席へ戻った。
『・・・・・・続いてプロ野球の結果です。五日、イトーアーマーズは熊本HFドームでハードフラットカイトと対戦し、四対一で勝ちました。イトーは三回・・・・・・』
無理やり意識をテレビに向け、心を落ちつける。
「さっきは怖い顔をしてどうしたんだ?」
田島が尋ねた。
「すみません。超人は信じていないのですが変質者か何かだと生徒達に危険が及ぶと思いましたので・・・・・・。生徒が襲われたら大変ですし、超人の話を聞いたら皆さん、私に教えてくれませんか? 私は非常勤なので非番の日に現れた場所を調べてみますよ」
高取は皆を見ながら提案した。
「わかりました。生徒を守る為にしっかりと行動できるなんて高取先生、すごいです」
マホが感心したように言うとヒロコがマホの肩を叩く。
「前の高取先生が戻ったみたいだな」
田島が笑顔を向けて言った。
「前の私・・・・・・ですか」
「ああ、最近はまぁ当然の事だが、ずっと思い悩んでいる感じだったからな。でも、こういう席にも来てくれるし、生徒の為に動く姿は以前を思い出したようでね」
「過去ばかり見ている訳にはいきませんからね」
高取は気持ちとは裏腹な事を言うと押し殺すようにビールを飲み干した。
「・・・・・・今日は皆、パーッとやろう! 愚痴でもなんでも溜まってるものを吐き出そう!」
田島が陽気に言うとマホもヒロコも声を挙げた。
「だったら、言い出した田島先生からね」
ヒロコが田島を煽った。
「わかった。最近、安司教頭の小言がうるさくて、うるさくて。教頭は自分のこと優秀だと思っているのか俺たちのことを馬鹿にしたように言うのがむかつく! 保護者の目ばっか気にしてんだ!」
田島が叫ぶとヒロコが大きく頷く。
「本当に顔はちょっと良いけど鼻につくのよね、そう思わない高取先生?」
ヒロコは高取に同意を求めた。
「そうですね」
「でしょーー! 下関先生もそうよね?」
「私はまだ、よくわからなくて・・・・・・」
マホが困ったように言うとさらにヒロコが被せる。
「しっかりして、気をつけなさいよ! 教頭は女関係でトラブル起こす顔をしてるわ!」
ヒロコが笑いながら言うとマホは苦笑いをしている。横に座る田島が高取に囁いた。
「たまには良いだろ?」
「ええ、そうですね」
「高取先生とは長いし心配してるんだ。前みたいに何かあったら私に言ってくれよ?」
「ありがとうございます」
高取は作り笑いを田島に向けた。自分のことを心配している田島の気持ちは痛い程わかったがどうにもならないことがある。
「そこ! 何こそこそやってるの!」
ヒロコが高取と田島に大声で言った。
「なんでもないよ! 皆、お酒足りてる?」
田島が陽気に振る舞うのを高取は作り笑いのまま見ていた。




