21 エクスポーズ・ザ・ディスガイズ③
◆
夕暮れ、街の輪郭が茜色に染まる頃、キョウコは吉冬の周囲を探ると、帰りに日野駅のスーパー「たなか」で夕飯を買い、店から外に出た。
キョウコは矢迷値に仇討ちを依頼した後もいつもと変わらず憎悪に支配されていた。矢迷値から実行犯がわかりそうだという報告も受けていた。そして、吉冬から命を狙われる危険性もあるので吉冬には勝手に接触しないように言われていた。
それでも何かをせずにはいられなかったキョウコは吉冬の会社近くに行ってみたり、田善の周囲を探っていた。
店の外では夕食の買い出しに来た同世代の女性やサラリーマン、学校帰りの学生が行きかっていた。ふと背後の空気が、突然ひんやりと変わる。風はないのに、看板がかすかに揺れ、鉄骨が軋む低い音が響いた。
「何なの・・・・・・」
キョウコは立ち止まり、店の看板を見上げた。「食品の店 たなか」と書かれた看板がまるで意思を持つかのように、わずかに宙に浮いた。
時間がゆっくり歪む。夕光が眩しく、眼に刺さる。キョウコの胸は、息子の死を思い出す痛みで締め付けられた。これがただの事故ではない、と直感が告げた。
看板が落ちる。鋼鉄の冷たい響き。キョウコは後ずさるが、足がもつれ、路面に倒れ込む。
「キュウキ、ごめんなさい」
声はかすれ、夕闇に溶けていく。
身体に重力以上の力がかかる。まるで空間そのものが彼女を押しつぶすように、看板はゆっくり、しかし確実に迫る。
目に浮かぶのは、息子の笑顔と、夕陽の輝き。哀しみと怒りが一瞬混ざり、胸を締め付ける。そして、暗闇と虚無に包まれた。
◆
日野区中央公園、中央に木がある円状ベンチにコールマンは座っていた。田善を倒すことに疑問はない、それでも湧き出るやりきれなさを髪に挿していたペンを触ることで押し殺した。気配がして振り向くと高取がやってきて隣に腰掛けた。
「コールマンさん、一つ良いですか? なぜミーティングの時、ターゲットを変えて欲しいと言ったんです?」
隣に座る高取が前方の遊んでいる子どもを見ながら問いかけた。コールマンは一瞬、考えてから呟いた。
「・・・・・・そうね。これは私の狂師としての覚悟なの」
「おい」
コールマンは声の方に視線を向けると、資料を抱えた米山が前に立っていた。
「俺の調査と五次安の情報である程度向こうの情報が探れた、資料だ」
そう言うと米山はコールマンと高取にA4の封筒を渡した。コールマンは早速、封筒を開くと中から紙の束がのぞいていた。
「私の方も彼らの周辺を探って、ポイントを押さえたわ」
コールマンは資料を見ながら呟いた。横で高取が頷く。
「新聞記者の情報も当たりましたよ」
「実行犯だが条部ハセオという契約社員の可能性が高い。経歴を見るとこいつが勤めている会社で同様の事件過去が起きている。恐らく苦情処理のプロだろうな」そう言うと米山は首に巻いたタオルで顔の汗を拭いた。
「苦情処理ですか・・・・・・」
高取が眉をしかめた。
「コールマン、社長の方は外土ハントというボディーガードがいる。注意すべきはこいつだな」
「わかったわ」
プルルルルルル、米山の携帯端末が鳴った。
「はい・・・・・・」
コールマンの見る前で米山の表情が強張る。
「・・・・・・わかりました」
そう呟くと米山が携帯端末を切った。
「どうしたの?」
「部同さんが看板の落下事故で死んだ。いや・・・・・・殺された」
「!?」
コールマンは天を仰いだ。
「ふざけるな!」高取が隣で叫んだ。
「どうするんです? 依頼人が死んだらここで辞めるとは言わないでしょうね?」
高取が声を荒らげてコールマンと米山を交互に睨み付けるのが見えた。
「当たり前だ。半金貰っている、最後まで完遂する」
米山が怒気を含ませて言った。
「・・・・・・その通りよ」
天を仰いでいたコールマンは正面を向くと無表情に言った。やはり、田善は自分の手で始末する相手だと覚悟を決めた。
◆
日野区の一角に畑が広がっている。夕暮れ時、家も畑も影になっていた。夕日が水蒸気で揺れている。
高取は黒い仮面を装着し、畑の横にあるコンクリートの台座に腰かけて、夕日を眺めていた。そろそろだ、調査内容によれば条部ハセオが買い出しを終え、家に戻る為にこの道を通る頃だ。
ガラガラガラ、金属のカート音を押す音が聞こえる。高取が目をやると畑の一本道を買い物袋を入れたカートを押しながら黒い人影がゆっくりと歩いてきた。カートを押しているのはリュックを背負った若い男、条部だ。高取は台座から腰を上げると畑の一本道に向けて歩みを進めた。
「!?」
条部は首を傾げて立ち止まった。道の真ん中に立ちはだかる高取に気づいたのだろう。高取はちょうど夕日を背負う位置におり、逆に条部は正面から夕日を浴び、全身をオレンジ色に照らしだしていた。
「ミスター条部」
高取は吐き捨てるように言った。
「なんだ、お前?」条部が理解が追い付かないような顔をして言った。
「吉冬の犬として罪のない多くの人を殺しましたね」
条部の殺気が増した。畑の一本道で高取と条部がお互いに黒い影となって向き合った。
「人を馬鹿にしたものはいつか・・・・・・しっぺ返しをくらう!」
ジャキィン! ジャキィン!
金属音と共に両腕に着けているアームカバーの袖から二対の刃が突き出た。刃が夕日に照らされて真っ赤に輝いている。
「ふん、罪がないものか、企業の利益を損なうことは罪だ! だから、俺が問題を解決しているだけだ!」
「この状況で問題を解決・・・・・・できますか。あなたの能力は物を落下させることが得意なようですね。あなたの帰り道でここだけは落下させるものが少ない。どうします?」
高取が言うと条部はカートを強く握った。
「だまれ! 陰キャ落下!!」
条部がカートを振り上げた。袋が次々と地面に落ちていく。そして、軽くなったカートを高取に向かって投げつけた。放物線を描き、スピードをあげたカートが殺到する。
高取は条部がカートを投げると同時に真っ直ぐに走り出した。カートが眼前にくるも右の刃で振り払う。
ガキィン! 金属のカートと刃がぶつかり、音を立てると横の道に落ちた。
ガシャーン! 拉げて反転したカートが勝手に起き上がった。
「まだまだ! 陰キャ落下!!」
条部の叫びでカートが軽く上に持ち上がるとバウンドし、空中に舞った。カートが再び高取に迫る。
「そうきますか」
高取は走りながら、空中のカートを一瞥する。カートの落下を予測し、斜めにジャンプした。
地面にカートが落下し、再びバウンドする前に高取が上からカートを押さえつけるように着地した。
「なっ!?」
同時に高取は着地の反動を利用して、条部へと大きくジャンプする。着地の衝撃でカートが折れ曲がった。宙を舞う高取の半身が夕日に照らされ、赤黒い影となった。
「ここまでです」
条部の前に着地すると一気に駆けて距離を詰めた。条部はバックステップで距離を引き離すと再び、カートを動かすべく力を入れようした。そうはさせじと高取は駆けながら右拳を握り締め、腕を後ろに引く。条部の驚愕した顔が目の前に迫った。高取は彼の右横を駆け抜ける瞬間、足を踏み込み右の刃を振り払った。
「ぬっ!?」
ジャキィィーーン!
刃が一閃して、肉を断つ感触と共に条部の右脇腹を斬り裂いた。
「死にな!」
高取は条部の右横を駆け抜けた後、振り向き残心した。
「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
条部の脇腹から夥しい量の血が吹き出し、茜空に舞った。条部が高取の背後で倒れ伏せた。
一本道には黒い影になった高取だけが立っていた。
◆
夕暮れ時の八王子区下恩方町。黒い車が人気のない細い道を走っている。両側には林がある。
黒い仮面を装着したコールマンは黒い車を追うように林の中を走っていた。
「はぁ!」
コールマンは気合いを入れ、林の中から車に向かって飛びかかった。
ドォン! と音を立ててコールマンは黒い車のボンネットの上に着地。
運転手の外土ハントと後部座席の田善が驚愕しているのが見えた。
コールマンは仮面からペンを素早く引き抜いた。
「ボールペンソード!!」
ブゥゥーーン!!
ペンを光らせて刀身を形成する。そして、光るペンを外土に向けて突き刺した。
ガシャーン! フロントガラスが割れて、 外土に光るペンが迫るが、首を横にして回避した。
「くそ! 何者だ!」
外土が叫ぶ。
「狂師よ。あなたたちに殺された部同さんや多くの人に代わって、裁きを下しにきた」
「わぁぁぁぁぁぁ」
後部座席の田善は慌てふためいている。
ギューーン!!
外土がアクセルを吹かせて、車を急発進させた。スピードを出しながら蛇行し、コールマンを落とそうとしている。
「くっ!!」
車に振り落とされないようにコールマンは左手でミラーを掴みながら、光るペンを突き続ける。
シュドドドドド! 空気を切り裂き、光るペンの突きが殺到する。
首と身体を器用に動かしながら、外土が突きを避け続けている。さすがはボディーガードだけあり、避けながらも常に田善の様子を見ていた。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
外山が運転しながら力を込めると身体を光らせた。左手でハンドルを掴みながら右手の拳に気を集中し、突き出した。
「ふん!」
ギィン! 光るペンを弾いた。
「やるわね。でも・・・・・・」
コールマンは光るペンを引くと瞬時に逆手に持ち替える。
「はぁ!!」
ドズン、と鳴り、ボンネットに光るペンを突き刺した。
「こいつ!」
外土が叫ぶ。ボンネットから煙が上がると蛇行していた車が横の林に突っ込んでいく。コールマンはその前にジャンプして車から飛び降りた。
「わぁぁぁぁぁぁーー!!」
ドォォーーン!
悲鳴と衝撃音を響かせて、車が木に激突した。煙が沸き上がり、ボンネットが拉げている。後部座席の田善が運転席に頭を打ちつけ失神。外土はエアバックと座席に挟まれている。
「ぐぐ・・・・・・」
頭から血を流した外土が運転席のドアを開けるとよろめきながら、外に飛び出して地面に倒れ伏せた。
コールマンは這いつくばる外土を仮面越しに冷酷に見下ろす。逆手に持った光るペンを振り上げた。外土が見上げる。
「や・・・・・・やめろ」
コールマンは光るペンを外土の心臓目掛けて振り下ろした。
ドシュン!!
「げぁっ!?」
心臓を貫かれた外山は痙攣するとそのまま動かなくなった。
コールマンはそのまま、後部座席へと歩み寄った。ドアを開け、座席から失神した田善を掴んで引きずり下ろした。
ドチャン、地面に落ちた田善の高級スーツが土で汚れる。コールマンは田善の頬を叩いた。
「!?」
田善が目を覚ます。
「あ・・・・・・あ・・・・・・な、何者なんだ・・・・・・」
コールマンは腰を屈めると左手で田善の胸ぐらを掴んだ。引き寄せて顔と顔を突き合わせる。
「あなたはなぜ、偽装を行ったの?」
「申し訳ありません・・・・・・」
「なぜやったのか聞いているのよ? 会社の為なんでしょ?」
「申し訳ありませんでした・・・・・・」
コールマンは田善を強く揺すった。田善は諦めの顔をした。
「じゃあ、なぜ、偽装を知った人達の殺しを指示したの? 隠すためでしょ?」
「私は指示して・・・・・・ません。役員が勝手にやったんです、役員の行動も会社のトップである、私のせいというのなら、それは解釈のしようでございます」
「何を! 認めなさい! あなたは会社の為に不正に利益を出そうとした。そして、それを告発した人達を事故に見せかけて殺した!」
「それはお宅さんの判断にまかせます」
「いい加減にしなさい! 全てわかってる! この卑劣漢め」
田善の顔が歪み、怒りが噴出した。
「何がわかる! 会社の為にやったことだ! なんら悪いことはしていない!」
「ふざけるな!」
コールマンは田善の胸ぐらを掴んだまま、立ち上がる。田善の足が地面を離れ、吊り上げだ状態のまま、顔を近づけた。
「げぇ!」
「自分のやったことも認めないのね。こんな奴を・・・・・・私の両親はこんな奴の命を救ったのね」
「両親・・・・・・!? まさか!?」
「・・・・・・これも私の責任」
コールマンは右手の光るペンを田善の喉元に当てた。
「まさか、ジェシーちゃ・・・・・・」
コールマンは仮面越しに決意の表情で田善を見つめると光るペンを持つ腕に力を込めた。
バシューーン!! 光るペンが一閃し、田善の首が切断された。首は地面に転がり、切断面から血が吹き出し、仮面を血染めにした。
コールマンは田善の身体から手を放すと、糸の切れた人形のように地面に崩れ落ちた。
コールマンは淡々と田善の首と胴体を木にぶつかった車の助手席に乗せた。次に外土の死体を担いで、運転席に座らせた。
壊れた車体から漏れる出るガソリンを見つけるとコールマンは光るペンをガソリンに振るった。ガソリンが引火し、炎が車体に移ると爆発を起こした。周囲を明るく照らしながら、車体の中の死体が燃えるのを虚しい思いで眺めていた。しばらくして、コールマンは炎に背を向けた。
「さようなら」
コールマンは背後に熱を感じながら立ち去った。
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コールマンがテレビを見ていると吉冬は社長の事故死報道があり、田善ニワカが社長を継ぐということで会見を行っていた。
『これからは亡き父の意思を継いで、誠実な社風と健康で新鮮な・・・・・・』
ニワカが話していると、横に座る役員の一人が青い顔をして突然、マイクを握り話し始めた。
『社長、本当のことを言ってください。何が誠実ですか、利益出すためにダンボールを入れて偽装してるじゃないですか。告発した人まで殺して・・・・・・』
『お前は何を・・・・・・』
ニワカが反論しようとするが、報道陣から集中砲火を受け、会見は中断した。コールマンはテレビを消した。




