20 エクスポーズ・ザ・ディスガイズ②
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雨がしとしとと降りつける夜更け、福生区のアパート「黄色荘」がぼんやりとした街灯に照らされていた。パート終わりの部同キョウコは重いレジ袋を邪魔そうにまとめるとアパートの前で傘を畳んだ。溜息をついて疲れた足取りで階段を上った。
「ただいま」キョウコはいつもの習慣でドアを開ける時に声を掛けるが当然、返事は帰ってこない。
半年前、息子のキュウキを失ってから、ずっと一人暮らしをしている。キョウコは夫を事故でなくしてからキュウキを一人で育てあげた。母親思いの優しい息子でキョウコを楽にさせる為に高校を出てすぐに、吉冬に就職した。
入社して三年程経ったある日、キュウキは思い悩んだ表情を頻繁に見せるようになった。キョウコは理由を聞くも初めは答えなかったがついに牛肉の偽装を指示されたことを話し始めた。その半月後、出勤途中で落下した建材の下敷きになり、キュウキが死んだ。
キョウコは事故死だと思っていたが、葬儀の時に新聞記者が話しかけてきたことで一変する。吉冬の社員が不自然な事故で何人も死んでいるというのだ。そう話した新聞記者も落下した看板の下敷きになり死亡した。
キョウコはこの事から証拠は無いものの吉冬が息子を殺したと確信した。警察に訴えるも無視され、逆に名誉毀損にあたると相手にしてもらえなかった。その怒りが吉冬が一週間前のキョウコをパーティー会場への抗議へと駆り立てた。
キョウコは台所で買ってきた食材を袋から出して、夕飯の支度を始める。キュウキを失ってから、食事も無味乾燥になり、世界は灰色になっていた。
『複数の反政府組織、犯罪組織による群馬県各地の武力占拠に対して政府は移動自粛要請を発出致しました。国民に対しては危険地帯として認識を改めて・・・・・・』
ピンポーン、夕食を済ませてぼんやりとテレビを見ていると音声に被さるようにチャイムが鳴った。こんな時間に、と思いながらもキョウコは玄関へと向かう。
「はい」インターホン越しに呟く。外を映す画面には黒い帽子を被り、サングラスを掛けた小太りの男が立っていた。
『夜分遅くにすみません。矢迷値と申します。息子のキュウキさんの件でお伺いしました』
キョウコの頭に血が昇った。
「キュウキの件て何ですか!? 何を知っているんですか?」
『キュウキさんが吉冬に殺された件です』
「!?」
『話しだけでも聞きませんか?』
この男が何を目的にしているかはわからない、もしかしたら、吉冬の差し金かもしれないそれなら、差し違えれば良いだけだ。どちらにしても何も動かないよりはマシだ。キョウコは男を招き入れた。
小さなアパートの一室で、キョウコの対面に腰を下ろしたのは、黒衣に身を包んだ小太りの男、矢迷値。影のように気配を殺し、サングラスの中から眼が暗く鋭い光を放っている。机の上には緑茶と煎餅がおざなりに置かれている。
「部同さん、あなたの息子さんは超常犯罪によって殺されたんです」
矢迷値が突拍子もないことを言い出し思考が止まる。
「超常犯罪? あの不可解な・・・・・・」
「はい。数多くの事件が立証ができない為に事故や変死で処理されています。息子さん以外で死んだ吉冬の社員も同じだと思われます。皆、事故の内容が物の下敷きになって亡くなっているんです」
「・・・・・・それは亡くなった新聞記者の方も言っていました。でも、証拠がない・・・・・・」
矢迷値が頷いた。
「そう、彼らは超人に殺されたんです」
「超人?」
キョウコは息子の不審死についてはわかるが、それと都市伝説の超人とが結びつかなかった。
「すぐに理解はできないでしょう、でも」
矢迷値が煎餅を一枚掴むと上へと投げて、右手の人指し指だけ軽くあげた。キョウコは高く上げられた煎餅を興味深く眺めていた。
「はぁっ!」
矢迷値の気合いと共に彼の人指し指が光った。落ちてきた煎餅が光る人指し指に触れると瞬時に粉砕された。
「えっ!?」
キョウコは眼前の光景が理解できず絶句した。
「汚してしまってすみません。私も超人です。このような能力を持つ人間が今回の事件を起こしている」
「そ・・・・・・それで・・・・・・あなたは、私に何を伝えたいんです?」
矢迷値がサングラスの位置を直した。
「同じ能力を持つ私たちなら、あなたに代わり犯人を探して仇を討てます。ただし、無料ではできません。相手の命を奪うことに覚悟を持って頂く為、お代はもらいます」
「・・・・・・」
キョウコはそれを聞き、深く考えるようにうつむいた。もしかしたら、矢迷値はトリックを使ってこの光景を見せているのかもしれない。それでも、自分には暗闇の中に見えた一筋の光のように感じられた。彼の言うことが正しければ、仇を討つチャンスでもある。普段なら冷静さから拒絶するかもしれないが、キョウコは賭けても良いと思い始めていた。
「本当ですか・・・・・・本当に仇を討てるんですか?」
「私と同じ超人の仲間と共に確実に仕留めます。犯人が特定できていれば五十万円。特定できていなければ探索しなければならないので一〇〇万円で請け負います。半金を先に頂き、残りは成功報酬として支払って頂きます。もちろん・・・・・・私たちが返り討ちにあい失敗したら、全額お返しします」
キョウコは目を瞑った。キュウキの成長していく過程、笑顔、優しい声、様々な思い出が甦る。
「あの子は、ただ真実を言っただけなんです」
キョウコの声はかすれていた。
「あの子は工場で牛挽肉に肉汁を漬けたダンボールを混ぜた商品を作らされた。そんな商品に一〇〇%牛肉と書かれたラベルを張ってたんです。さらに期限切れで廃棄する肉も入れていた。吉冬は高級ブランドとして確立していた。それなのにそんなものが許されて良いはずがない。葛藤したあの子はそれを告発した。それだけなのに・・・・・・」
キョウコの瞳から涙がぽたりと落ち、湯飲みの縁を濡らす。
「なのに、帰ってきませんでした。事故なんかじゃない。消されたんです」
矢迷値は無言のまま、キョウコの言葉を最後まで聞き届けた。
「恨みを、晴らしてください」
キョウコは唇を噛み、血の味を感じながら呟いた。
「息子は正しいことをした。その代償を私だけが抱えて終わるなんてそんなの・・・・・・あの子に申し訳が立たない」
矢迷値はゆるりと立ち上がり、窓から夜空を見上げた。雨音がさらに強くなる。
「わかりました、その恨み確かに預かります」
キョウコは嗚咽をこらえながら、両手を畳につけて深々と頭を下げた。
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「部同さんからの依頼は以上だ」
BARヤギのカウンター、米山がターゲットについて話を終えた。コールマンの心の中では困惑と怒りが渦巻き、組み合わせた両手を強く握り締めた。
「実行した超人を探し出すことと吉冬の社長を倒せば良いということですね・・・・・・まぁ社長はただの人間ですが」
コールマンがうつ向いていると横に座る高取が確認した。
「そうだ。できれば向こうを警戒させない為に社長と実行犯は同時に倒す方が良いだろう」
カウンター内にいる後藤が三人を見渡して言った。コールマンはターゲットが田善であるという動揺を見透かされないように毅然としていた。
「二方面の展開になるが米山は情報収集をベースとして活動してもらう。高取は社長を狙え、社長にもボディーガードがいる戦闘になることは想定しろ。コールマンは実行犯を頼む」
「待って」コールマンが声を上げると皆がこちらを見た。
「私が社長をやる」
「コールマンがターゲット選定に異を唱えるとは珍しいね」
米山が言った。後藤がコールマンを見つめる。
「わかった・・・・・・コールマンが社長を狙え。良いな高取」
「ええ、構いません」
高取が頷く。コールマンは無表情で後藤を見つめ返した。
打ち合わせが終わり、高取と米山が帰路についた。残ったコールマンは後藤と向かい合っていた。
「後藤さん、余計なことはしないで」
コールマンはジンの入ったグラスを握りながら言った。自分はあくまでも狂師だ、例え知り合いがターゲットになったからといって逃げる訳にはいかない。
「余計なこと?」
「ええ、最初の振り分けだけど、私が田善さんと親しいから実行犯に振り分けたんでしょ? 普通なら高取の力を着ける為、彼を実行犯の担当にしたはずだわ」
後藤が頷く。
「コールマン、あくまで成功の可能性が高い方を提示しただけだ。お前が田善に情をかけた時に、ボディーガードに殺されたら依頼は失敗する。お前と田善の関係性で判断したわけではない」
コールマンはジンを飲みグラスをまた握る。
「私は両親を殺され、無力だった時に誓ったのよ。理不尽に人を殺す者がいるなら私がその者を裁くって。あなたはそうして私の両親の仇を討った」
後藤が黙って聞いている。
「だから、その相手が・・・・・・例え、両親が救った命でも、優しくしてくれた人でも容赦しない!」
パリン、音を立てコールマンの握っていたグラスが割れ、破片とジンがカウンターに広がる。
「いいか、その覚悟は忘れるな」
後藤が言うと布巾でカウンターを拭いた。
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新宿区にある「吉冬ビル」の高層ビル最上階、朝の光が差し込むガラス張りの会議室。
長い会議テーブルを囲むのは田善、その息子であるニワカ、数名の役員たち。空気は重く、どこか腐敗したような匂いが漂っていた。
「新製品の国産黒豚肉まんだがね。要求量の国産黒豚が足りんな。黒豚を少しにして、後は普通の豚といつも通りにダンボールを混ぜて販売しろ。黒豚の肉汁にダンボールを漬けれるぐらいはしても良いぞ。利益も出るし良いだろ? 皆、そう思わんか?」
田善は低く、冷たい声で役員を睨む。田善が指示するのではなくあくまでも役員が肯定したことで進めようとしていた。
「どうなんだ?」
息子のニワカが役員を急かす。ただ黙って座っているだけではない、田善の意を汲みさらに役員を追い詰める。
「それで良いと思います」
年嵩の役員が意を決したように言った。
「じゃあ、お前の意見と言うことで現場に指示を出せ、黒豚の肉まんもダンボール肉まんも消費者はわからん」
田善は年嵩の役員に冷酷に言い放った。
「はい」年嵩の役員が頷く。役員たちは全員、恐怖に顔をこわばらせ、誰も口を開けない。
「おい、何を黙ってるんだね。皆、良いか、これは全て会社の為を思ってのことだ。皆の給料を払うためだ。わかったな?」
田善は中年の役員に目を向けた。
「後、そうそうお前の発案だったな、この前のパーティーに乱入した女の処理もそうだ。これから発展していくために必要なことなんだ」
「はい」役員達が答えた。田善とニワカ、二人の冷酷さが、会議室全体を圧迫した。
会議が終わった田善は社長室に戻ると、PCでメールをチェックした。
「社長、いつになく嬉しそうですね」
影の様に田善に付き添う外土ハントが尋ねた。田善の秘書兼ボディーガードをしている、がたいの良い超人である。
「ああ、娘のように思っているジェシーちゃんと最近やりとりが増えてね」
田善は笑顔で言った。外土も笑顔で頷いた。
「そうそう、今度、ジェシーちゃんと食事に行くんだ。下恩方に隠れ家イタリアンがあるみたいでね。車を頼むよ」
「わかりました」




