17 ア・フレッジリング・超人②
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昭島区の壁に囲われた広い芝生のグラウンド。そこに人が十数人程いる。各々、特殊な訓練をしていた。
「料亭行きたい!!」
十数人の一人、檜町が叫び、右手を横に一閃させる。的になっている鉄板が横に裂けた。さらに、
「ANW乗りてぇー!!」
高級車ANWの名を叫ぶと左手を縦に一閃。鉄板が縦にも裂けて四つに分かれた。
ここはブカツドーの訓練施設である。檜町は似非原の説明で自分が超人に覚醒したことを知った。似非原は民間軍事会社「ブカツドー」の指導教官であると共にフシモリに所属する超人だった。フシモリは覚醒した超人を世間の排斥から守り管理しており、進化した超人こそが人類を導く存在であると確信している。だが、その数はまだ少なく危険もある。そこで企業力を活かして超人を重要なポジションに配置し世界を変えようとしているのだ。檜町はその為に協力すると誓った。
原済商事の大量殺人は企業秘密を狙うテロでありハイテク兵器で行われたと隠蔽。檜町は殺人のあった時は外回り中で事件のショックにより原済商事を辞めたことにされた。そして、フシモリの息のかかった民間軍事会社「ブカツドー」に所属し力の使い方を訓練している。
「いいぞ! その調子だ! 自分の望みを叫ぶことがお前の力を引き出す! もっと叫ぶんだ」
似非原が檜町を誉めた。白髪で穏和な顔をしているが檜町の力ではまったく歯が立たない。訓練施設には檜町と同じように覚醒した超人が訓練を受けている。
「ありがとうございます」
「努力を続けるんだ。どんな能力でもとことん極めれば卓越した能力の世界が待っている」
そう言うと似非原は壁に立て掛けた細長いバックを開ける。そこからゴルフのアイアンを取り出した。
「私はゴルフが好きでね。これも努力を続けた成果だ」
似非原がアイアンを右手で持つとヘッドを上に掲げた。
「檜町、私に攻撃を仕掛けろ」
「えっ!? わかりました」
檜町が手刀を構えた。
「料亭行きたい!!」
手刀を横に振ると真空の斬撃が空気を切り裂いて似非原を襲った。
「メイドフォーユー!」
似非原はアイアンを振り回すとキィン! という高い金属音をさせて斬撃を受け止めた。
「どんどん来い!」
「はい!」
檜町は深呼吸をし、
「ANW乗りてぇー!」
手刀を似非原に向け振りかぶり、真空の斬撃を放つ。
「料亭行きたい!」
手刀を横に切り裂いて、真空の斬撃を放つ。
「ANW乗りてぇー!」
「料亭行きたい!」
空気を切り裂く激しい音をさせながら縦の斬撃、横の斬撃が次々と放たれた。檜町の額から汗が飛び散る。
「メイドフォーユー!」
高い金属音を響かせながら、次々と迫る真空の斬撃を正確に気で強化されたアイアンを振り回すことで弾いていく。
「ANW乗りてぇー!」
「メイドフォーユー!」
縦に構えたアイアンが真空とぶつかる。
「料亭行きたい!」
「メイドフォーユー!」
横に構えたアイアンが真空とぶつかる。
ビュォォォーッ! 二人の攻防が激しい風音を巻き起こす。似非原はアイアンを持つ右手で防ぎながら、真空の途切れた瞬間を見逃さなかった。
「はっ!」
似非原はアイアンから手を放す。ひとりでにアイアンが似非原の前で回転し、真空の斬撃を弾く。
「ヒャクエン!」
と叫ぶとアイアンが檜町に向かって、真っ直ぐに高速で発射された。
「!?」
風を切る音をさせてアイアンが迫る。檜町まであと一歩の距離に近づいた時、アイアンが軌道を変えて上に向く。
「ぐわぁぁぁぁ!」
檜町の顎を下からヘッドが捉え、アッパーのように振り抜かれた。そのまま、背中から地面に落下した。芝生が抉れて芝と土が舞う。
上昇したアイアンが円を描くようにひとりでに似非原のもとに戻る。右手で掴むとビュッ! 振りかぶる音と共にアイアンを檜町の鼻先に突きつけた。
「どうだ? お前ももっと努力すればさらに強くなれる。どうやれば良いのか? 何事も考えて、考えて、考え抜け!」
似非原は涼しい顔でアイアンを鼻先から引くと手を差し出した。
「二十代は何でもやれ、何でも吸収しろ」
「ハァ、ハァ、ハァ、あり・・・・・・がとうございます」
荒い呼吸で檜町は似非原の手を握ると身体を起こされた。似非原は檜町の肩を叩き、別の訓練生のもとへと向かった。
訓練を終えた檜町はロッカールームで着替えていた。
「檜町さん、俺も訓練が終わったんで一緒に帰りましょう」
「そうだね」
後ろから同じ訓練生の招雄ショウが声をかけた。招雄は檜町と同時期に入ったが十八歳と年が若く檜町を慕っていた。
「見ましたよ、似非原さんとの訓練すごかったですね。檜町さんの能力も格好良いなぁ」
招雄が逆立った髪を気にしながら服を脱いで言った。
「僕なんて、まだまだだよ」
答えると檜町は照れを隠すようにタオルで汗を拭った。着替え終わると檜町は招雄と共に昭島区中神の寮へと帰った。
檜町は原済商事を辞めて、ブカツドーに入ると実家を出て、用意された寮で生活するようになった。両親もブカツドーで仕事ができるならと快く送り出してくれた。檜町は似非原の指示で両親にはブカツドーの事務仕事をしていると伝え、超人のことも黙っていた。ブカツドーは福利厚生の一環として実家の町工場も関連会社を通じて、支援してくれるという。これで少しは親孝行できたと誇らしく思えた。
檜町は寮に着き、テレビを着け部屋で横になると町は天井を見つめ、しみじみと感じ入った。ブカツドーに入ったおかげで良い上司と同僚に巡り合った、本当の居場所がようやくできたような気がしていた。
『・・・・・・犯罪にテロと身の危険を覚えることが多いかと思います。そこでこの度、フシモリさんの協力のもとご家族でも安全に扱える護身用の銃、ハッピーガンをご用意致しました。通常品には小さなお子様が触れても作動しないセーフティー機能を搭載。さらにお子様用のキッズ用もご用意』
テレビショッピングの音を聞きながら檜町は心地良い眠りに落ちていった。
「こんなこともできないのか!」
「すみませんでした」
「ハハハハハハ! バーカ!」
「すみませんでした」
「すみませんじゃなくて、申し訳ございませんだろ!」
「申し訳ございませんでした」
「申し訳ございません? 檜町・・・・・・」
檜町は原済商事にいた。目の前には首の無い宮木、両断され左半身だけの事務員、ズタズタに切り裂かれ血まみれの同僚にとり囲まれていた。震えている檜町を宮木たちが徐々に近づいてくる。
「殺しておいて、申し訳ございませんで済むと思ったか!」
「申し訳ございません! 申し訳ございません!」
宮木たちが檜町を押し潰してくると目の前が真っ暗になった。
「!?」
檜町が汗だくになって、目を醒ます。天井が見える。寮に帰って横になった時に疲れて寝ていたのだと気付いた。奴らは死んで当然、奴らは死んで当然、奴らは死んで当然、檜町は念仏のように同じことを考え続けた。
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ブカツドー第三指導課室内。似非原の机の前で檜町は緊張した面持ちで立っていた。横には髪を後ろで束ねた中年の梅風ケンタロウが立っている。
「梅風、檜町、お前たち二人に任務を命じる。まずはこれを見ろ」
「はい!」
似非原は机の上にある薄いディスプレイをタッチすると顔写真が現れた。短髪の目の大きい男が写っている。
「こいつはフリーランスの傭兵で要人警護を専門にしている安黒ダンだ。超人ではないが戦闘用サイボーグ改造を受けている。この男を始末するんだ」
「その男が何かしたんですか?」
「何かしたか? 檜町、我々はその是非を判断しない。全ては世界に平穏を持たらす為の一歩だと思え。お前が任務をこなしていけばいずれわかる。フシモリにはエイトプリンスという威力部門がある。そこまで力を発揮して登りつめてみろ」
「わかりました!」
「うむ。梅風、先輩として檜町を頼むぞ」
「了解しました」
梅風が低い声で答えた。檜町はついに任務を与えられるだけ認められた嬉しさと緊張で足が震えた。
三鷹区の雑居ビル三階、窓ガラスには「安黒サービス」と書かれている。向かいのビルの屋上から檜町は目出し帽を被り、様子を伺っている。事務所では中央に坊主の男、安黒が座り、その正面に中年の女性事務員二人が向かい合わせに座っていた。
檜町は意を決して手刀を放った。
シュバァーン! 空気を切り裂く音が響いた。
「二人とも机の下に隠れるんだ!」
中で安黒の叫ぶ声が聞こえた。安黒が机の下へ隠れた。激しい音がして応接スペースの窓ガラスが割れ、さらに向かいの壁が斬撃により横に亀裂が入った。
「キャァァァー」
机の下で事務員が悲鳴をあげる。割れた窓からはガラスの破片と風が吹き込んでくる。安黒は机の下にあるショットガンを掴み、顔を出すと窓に狙いをつけた。
檜町はビルから飛び上がると、窓の桟に着地した。すぐさま、安黒がショットガンを発射。
バァァーン! バァァーン! バァァーン!
耳をつんざくような轟音を響かせて散弾が檜町に襲いかかる。
「料亭行きたい!」
檜町が手を横に振って、真空の斬撃で散弾を破壊。動じることなく安黒は即座に手榴弾のピンを抜き、改造された左腕の力をフルに使って檜町に投げつけた。とっさに横に真空の斬撃を一閃させるが、
「!?」
手榴弾の飛んでくるスピードが想像を遥かに越えており手前で斬撃が両断した。
ボガァァァーン! 激しい音と共に手榴弾が爆発。
「うわぁぁぁー」
その衝撃で檜町は窓から外に吹き飛ばされて地面に落ちた。
「ぐぅ!」
檜町は頭を振り、爆発の衝撃から立ち上がる。
「うぉぉぉーー!!」
安黒が叫ぶ声が聞こえる。
「あぁぁ!?」
檜町が上を向いた。安黒が爆炎を纏いながら、飛びかかってきた。機械化された左腕からアーミーナイフが展開、手首の下で固定された。ナイフが檜町に迫る。
「暴力弾!!」
突如、大声が響く。水の塊が拳状になって安黒に迫っていた。
「なっ!?」
安黒の脇腹に水の拳が衝突した。
「ぐわぁぁぁー」
安黒が叫び声を上げながら、水の拳に殴り飛ばされると横にある街灯に激突した。鈍い音がして、そのまま地面に落下した。
向かいのビルの屋上には目出し帽の梅風がいた。梅風は中が濡れたコップを持っていた。
「やれ!」
梅風が叫ぶ、檜町は街灯の下で起き上がろうとしている安黒に目を向ける。
「ANWに乗りてぇぇー!!」
檜町が手刀を振り下ろすと真空の斬撃が放たれた。
「うがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
風を切り裂く音がして、安黒が頭を上げた時にはすでに安黒の左肩から斜めに切断され、背後の街灯も切断されていた。
ドガァン! 左肩から斜めに切断された安黒の上半身と標識が後ろに倒れる。残された半身からおびただしい量の血が吹き上がった。
檜町は呆然と眺めていると、いつの間にか梅風が横にいて肩を叩いた。
「いくぞ」
呟くと檜町は我に返ったように振り向くと、二人は駆け出した。
「お疲れ様!」
檜町と招雄が乾杯した。檜町はジョッキのビールを半分まで飲み干す。
「かぁー! うまい!」
檜町は叫んだ。招雄は二十歳前だが慣れた手付きでジョッキを持つとビールを飲む。
「うまいですねー」
檜町と招雄は昭島駅前にある「和王」というチェーンの居酒屋で飲んでいた。檜町は任務を無事にこなせた喜びがあり、招雄を飲みに誘った。
「前も聞いたけど招雄くんはどうして超人に覚醒したことを教えてくれないのかな?」
飲み始めてから時間も経ち、檜町は気になってたことを酒の勢いを借りて聞いた。
「うーん・・・・・・なんか自分としては話しても地味で・・・・・・檜町さんは劇的じゃないですか。嫌な会社でパワハラにあって超人に覚醒して、復讐を果たしましたよね」
「そういう捉え方もあるか・・・・・・」
「俺は・・・・・・そうだ! 俺が任務を成功させた時に話しますよ!」
「招雄くんなら成功するよ! 似非原さんも評価してたし。その時に聞かせてもらおう」
「わかりました! その時は飲みを奢ってくださいよ!」
「当たり前じゃない、ハハハハハハ」
檜町は心の底から笑った。




