14 ア・スチューデント・ウィットネスト・アン・狂師②
高尾木高校の話。13~15まで続きます
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高取は高尾木高校に着くと職員室へと向かった。
「おはようございます」
扉を開け、高取が陰気に呟く。他の教員も挨拶を返した。席に座りPCの電源を付けると今日の授業の準備にかかった。
「高取先生」
後ろから社会担当の田島リキが声を掛けた。
「なんです?」
「新しく入った下関さんと親睦を深めに飲みに行こうと思うんだけど同席してくれないか?」
下関マホは新卒で入った国語の正規教諭である。狭き門を潜り抜けた優秀な女性であり、人当たりも良い。
「わかりました・・・・・・空いている日であれば良いですよ」
「ありがとう。いや~助かるよ。日程は連絡するから!」
そう言うと田島は広くなった自分の額を搔きながら席へと戻る。高取は一時よりも冷静さを取り戻していた。今後も日々は続く、不自然に思われない程度には飲み会に参加しようと考えた。ただ、根底では高校の仕事は人間関係も含め、狂師のカモフラージュとしか捉えないようにしている。
田島リキ、もともと高取を合コンに誘いカヨコとの出会いの機会を作ってくれたのが彼だった。高取は同僚であり同年代の田島を友人と思っていた。だが、カヨコが死に狂師となった今、彼とは一線を引いていた。田島には幸せな家族がいて普通に暮らしている。高取が今までと同じように田島と関わることで彼の幸せを壊すことを恐れていた。田島だけでなく親しい同僚についても同じだった。それでも高取はカヨコの仇を討つと決めた。
キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン
映像が見れるLL教室の前で高取はネクタイの緩みを締め、袖無しセーターの皺を伸ばすと花柄のアームカバーをギュッと伸ばした。教室の中なら生徒が雑談をしている声が聞こえる。高取がドアを開き、教室に入ると静かになった。
「それでは授業を始めます。今日は不思議の国のアリスを見てもらいます、その前に、少しだけ予習をしましょう」
高取は黒板に英単語を書いた。
「今日はこの三つのキーワードを覚えておきましょう」
黒板には英語でラビット、クイーン、ティーパーティーと大きく書かれている。
「まずいきますよ、ラビット・イズ・ザ・キャラクター・フー・リードス・アリス・トゥ・ワンダーランド、そして、クイーン・オブ・ハーツ・イズ・ベリー・アンガリー、最後に、ティー・パーティー・イズ・ア・ヴェリー・ストレンジ・アンド・カオティック・ミーティング」
生徒たちは少し緊張した面持ちでうなずき、やがて照明が落とされ、スクリーンが白く光り始めた。
「それでは始めましょうか」
高取はそう言うと動画を再生した。黒板横の大きな画面で映像が流れると高取は椅子に腰かけて、窓の外に目を向けた。
映像が始まって暫くした時、クチャクチャ、高取の超人として先鋭化した聴覚に微かにガムを噛む音が聞こえた。
昨日のこともあり、苛立ちを抑えられなかった。高取は映像を一時停止し、立ち上がるとガムを噛んでいた生徒、与古井フトシを睨んだ。
「ガム噛んでるそこのにーちゃん! 立ちな!」
高取が言うと与古井は距離があり、気づかれないと思ったのか焦った表情を浮かべていた。高取の肩がピクピクと動き殺気が溢れる。
「人を馬鹿にしたものはいつか・・・・・・しっぺ返しをくらうぞ!!」
高取が大声で一喝した。教室の空気が張りつめた。与古井もその一喝に怯え慌てて、
「すみませんでした」
と言い、ガムを紙に包み座った。高取はそれを見届け、椅子に座り直すと映像を再開した。
キーンコーンカーンコーンキーンコーンカーンコーン
授業が終わると生徒が元の教室に戻る為、教室を出ていった。
「あの先生やばいよね」
「人を殺しそうな目をしてる」
「誰か殺してたりして」
「ハハハハハ、口だけで弱そうだしありえないって」
廊下から生徒の他愛ない会話が聞こえたが、何もが感じなかった。次の授業まで時間がある高取は片付けをして教室を出ると、自販機に缶ジュースを買いに行った。
すれ違う生徒が高取を怖がっているのが伝わる。もともとは優しく生徒に接していたがカヨコを失い、狂師となって以降は冷たく厳しい態度をとり、生徒から避けられるようになった。
高取は気にせず渡り廊下近くの自販機へと向かう。硬貨を入れ「コラコーラ」という炭酸飲料を買うとその場で一気に飲みほした。
「やめてくれ!」
渡り廊下の先にある体育館の裏から弱々しい声が聞こえた。体育館の裏で一人の男子学生を不良学生五人が囲んでいる。
「てめぇーの親父のせいで俺の親父が捕まったんだ! どう落とし前つけてくれるんだ!」
「そうだ! そうだ!」
「父さんは逮捕に関係ない!」
「うるせー! 親父はなー俺たち家族の生活の為にやっただけだ! それを! 警察が悪いんだ!」
高取は柱の影からその様子を見ていた。囲まれているのは二年生の服田ダイスケ。父親がハチオウジ市警の警官をしていた。絡んでいるのは三年の貴地サガルで父親が違法薬物ハピウケの売買をして捕まっている。
「痛い目みせてやる! お前ら押さえろ!」
貴地が言うと拳を構えた。服田は取り巻きに押さえられ身動きがとれない。
「くらいやがれ!」貴地が服田の腹を殴ろうとした。
「ん!?」
貴地の足元に空き缶が飛んできた。
「そこまでですよ。ミスター貴地」
空き缶を投げた高取が彼らに歩み寄る。
「高取だ! 逃げろ!」
貴地たちは体育館裏の奥の通路へと逃げた。服田は安堵したのか壁に寄りかかってしゃがんだ。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫です・・・・・・」
「そうですか」
高取はそう言い、その場を立ち去ろうとした。
「高取先生! ありがとうございました!」
背中越しに服田の声が聞こえ、高取は軽く微笑むがすぐに表情をもとに戻した。
多摩平の雑木林で高取が訓練をしていた。
ドシュドシュドシュドシュ!
暗い林の中で木に刃を振るう音が谺した。細切れになった木が地面に次々と落ちていく。後藤の求めるレベルには達したがそこに達成感はなかった。
訓練を終えた高取は夕飯を済ますために豊田駅に立ち寄った。豊田駅のロータリーから続く大通り沿を歩くと青い看板の「狂牛丼」と書かれた牛丼チェーン店が見えた。今日は酒よりも牛丼をかけ込みたい気分だった。
『牛やら鶏やらモウ、ケッコー! モウは結構じゃなーい! 今日何食べる? 狂牛丼! 狂牛丼! 狂ったようにうまーい!』
高取が店に入るとうるさい広告が鳴り響いていた。午後九時にしては店内が空いていたので四人席に腰を掛けると店員が水を持ってきた。
「牛丼の肉大盛と豚汁をください」
注文を頼み、携帯端末に目をやると高取は自らが殺した瀬連の記事を見た。すでに日数も経っているので毎日発生する犯罪に埋もれている。そこには瀬連は母親と妹がいて、家族想いの優しい青年と書かれていた。高取が殺した瀬連にも家族がいて生活があった。だが瀬連が殺した紙尾も同じである。高取は携帯端末から目を離した。
「牛丼と豚汁になります」
高取の前に牛丼と豚汁が置かれると思考を振り払い、無心で食べた。
◆
『北アフリカ、サヘル地帯でNEAU連合軍と武装勢力の間で武力衝突が発生しました。現地時間きょう午前四時前後、ニジェール北部の留燃関連施設に対し、複数の武装集団が車両で接近し、外周警備部隊に対して小火器と携行ロケットによる攻撃を開始しました』
テレビの音声を聞きながら、田島はネクタイを整えると溜め息をついた。
「あなた、朝からお疲れのようね」
妻のユウカが気づかうように言うと田島は笑顔で首を振った。
「そんなことないさ。ヨウコとレイコは?」
「まだ寝てるわ。そろそろ幼稚園に行くから起こさないと」
「そうか・・・・・・いってきます」
田島は靴を履き、ドアノブを握った。高校のことを考えると高取のことが頭をよぎった。このままだと高取は孤立してしてしまう。田島は大きく息を吸い込み、いっきにドアを開け、高校に向かった。
高校に着いた田島は職員室で授業の整理をしていた。教頭の安司タテルが薄笑いを浮かべて近づいてきた。
「田島先生、ちょっと良いかな」
安司が田島を応接室へと誘う。安司はソファーに腰を降ろすと高級スーツの皺が気になるのか、ズボンを手で払ってシャープな顔をしかめた。
「君と親しい高取先生の様子はどうかな?」
「様子と言われても、奥さんを亡くしてから私にも心を開いてないですからね・・・・・・なんとか今度飲みに誘いましたから色々と聞いてみます」
「そうか。私は彼が心配で・・・・・・授業はきちんとこなしているようだけど生徒にも心を閉ざしているんじゃないかと思ってね」
田島は内心舌打ちした。この四十代の若くして教頭になった安司は保護者受けばかり気にして、自分の評判が落ちるのを嫌っている。これも高取より保護者の反応が心配で言っているのだろう。田島は心ではそう思いながらも安司に笑顔を向けた。
「高取先生が生徒に厳しくなったという話もありますが、厳しいことを言われる生徒にも問題があります。指導と言う意味では正当なことをしていると思いますが」
「しかしねぇ・・・・・・あまり感情的になるのも困りますからねぇ。田島先生からそれとなく高取先生に私情はなるべく挟まないように言ってくれると助かります」
「はぁ」
その後、取り留めのない会話をして田島は応接室を後にした。白衣の袖を腕まで捲り、廊下を歩いていると服田が窓から外を眺めている。
朝礼で高取から彼が貴地に絡まれたという報告をしてたことを思い出した。
「服田、外に何かあるのか?」
田島が気軽に声をかけた。
「いえ、別になんでもないです」
服田が丸い目を伏せて、頭を下げて立ち去ると彼の後ろ姿を見ながら、思考は高取に向けられた。
カヨコを失う前の高取は辛い過去を持っているにも関わらず明るく振る舞い、正規教諭になるべく必死に勉強していた。感心した田島は彼に勉強を教えたり、飲みの趣味も合うので良く飲みにも行き、彼が結婚してからは家族同士でも交流した。年齢は田島の方が上であったが、いつしか親しい友人になっていた。カヨコを失ってから、彼は心を閉ざすようになり、田島も打つ手がなく苦しい思いに駆られている。
「田島先生」
田島は声をかけられ、後ろを向くと新しく赴任した下関マホが立っている。整った顔で困ったように見つめていた。
「悩んでいることがあって、時間ありますか?」
「ああ、良いよ。放課後でも良いか?」
「はい! では後で!」
マホが軽く頭を下げ、振り返ると長い髪が揺れる。田島はマホの教育係を任されていた。マホは真面目で熱心に学ぼうとしていた。田島は高取のことを頭から振り払うとマホへの教育方法について思いを巡らせた。




