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「――――浦出(うらで)真緒(まお)。 組織の下っ端を自称する十八歳の男性。 当たり前だが、名前と年齢は免許証通りだな」

「……」


 被疑者の男と被害者であった少年が発見されてから時計の長針が半周した頃、EXT本部では取り調べが始まっていた。

 被疑者の男、浦出(うらで)真緒(まお)。彼から情報を得ようと、取調室にて鈴島は身元に軽くコメントを残しながら何度かの質問を試みる。


「聞きたいことは山積みだが、先ずは俺達が身柄を拘束した日に何をしていたのかを教えてくれるか?」

「……どうせ事前に調べて捕まえに来たくせに、俺の口から言う必要性があるのかよ?」


 鈴島の問い掛けに対して浦出は背もたれに身体を預けると、投げやりな態度で返答を拒否する。道を外れてしまった若者特有の、全てを諦めたような口振りと反抗的な眼差し。そんな浦出の姿に懐かしさを覚えた鈴島は、少しだけ口角を上げて話し続けた。


「大有りだな。 本人の認識は刑の重さに影響するし、何より君はまだ若い。 素直に本当の事を言った方が、今よりも悪化することは無いだろうし、寧ろ生き易くなるんじゃないかと思ってな」

「……何だその上から目線? じゃあ、俺が金に困ってたところを付け込まれて人身売買の片棒担がされた挙句、失敗したからって処分されそうになったって言ったら、納得してくれるのかよ!」


 鈴島は浦出の将来を憂いつつも、悲観はせずに希望を見せた。だが、浦出は自分が子供扱いされていると感じ、榎町達のせいで理不尽な目に遭ってきたことで生じた鬱憤を吐き出してしまう。


「……お、おう……随分と、畳み掛けるな……」

「で? どっちなんだよ⁉ ちゃんと全部言ったぞ!!」


 浦出は語気を強めて洗いざらい話すと、勢いに押された鈴島は思わず困惑してしまう。浦出の態度は不適切であったが、露見した愚直さが鈴島の望んだ通り、本当のことを話させたのだ。


「その素直さでどうして……いや、今は関係ないな。 すまない、ほんの少しだけ時間をくれないか? 真偽を確認したい」

「何したって嘘と本当がひっくり返る事なんてねえのに……最新の嘘発見器でも持ってくるつもりか?」

「……まあ、そんなところだ。 入ってきてくれ、交代だ」


 鈴島は呈しかけた苦言を横に置くと、一言掛けて部屋から出ていく。すると、取調室には鈴島とは入れ替わりの形で誰かが入ってきた。


「流石に嘘発見器呼ばわりはないんじゃない?」

「うわ……あの時のガキかよ……!」


 見覚えのある月名のツインテールと顔を見るや否や、味気ないパイプ椅子に座っていた浦出は嫌な顔を隠そうともせず、挨拶代わりに悪態を吐く。

 月名は三つしか変わらない歳にさして拘ってはいなかったため表情には出さなかった。だが、ガキ呼ばわりには年相応に腹を立てており、椅子に重く座ると挨拶を返す。


「湾岸の旧道でも私いたんだけど、もしかして既に老化が始まってるんじゃない?」


 月名は平静を装って鼻で笑うと、それ相応の態度で浦出と接していく。

 浦出は彼女の生意気な意趣返しに腹を立てつつも相手が女子であるため拳を握り、感情を抑え込む。


「……あの時は何度も死にかけたんだ、人の顔なんて覚えている余裕なんてあるわけない。 そもそも、俺とお前じゃそんなに歳は変わんねえだろ」

「なんだ、ちゃんと分かってるじゃん。 じゃあ、ガキ扱いは止めてよね。 そういうの普通に傷付くんだから」


 月名は浦出の口振りから一定の反省の意思を感じると口調はそのままに声色を和らげ、取り調べ用の端末をテーブルに置く。

 だが、昨夜の一方的な制圧によって月名に苦手意識があった浦出は、その温度差に裏を感じてしまい、警戒を緩めることができないでいた。


「お前は俺の言ったことが本当かどうか、確かめに来たんじゃないのか?」

「え、もうしてるけど? もしかして機械でも使うと思った?」

「…………え、もうしてる……? じゃあ……お前、もしかして今までの会話で――」

「うん」


 いつ、どこから。月名のことを喧嘩だけは強い子供の拡張子だと高を括っていた浦出。彼はそんな月名に全てを見抜かれていたという、気味の悪さと得体の知れなさに背筋が凍る。

 視線移動や息遣い、声の抑揚。そういったものが一瞬で変わり果てた浦出の所作から、彼が読み取られていることを自覚したのを確認した月名。説明する手間を省けた彼女は、もう一度端末を手元に戻すと、記載内容に目を通していく。そして、取り調べには不必要であった不安を取り除こうと、雑談染みた会話を織り交ぜて浦出とコミュニケーションを図っていった。


「まあ、隊長とのやり取りの時点で取調室の外から確認していたし、こうやって話す必要性自体なかったんだけどね」

「……はあ、何だそれ? じゃあ、結局何しに来たんだよ、お前は」


 完全に月名のペースで会話が進んでいき、嘘も吐けない状況であった浦出。彼は事実上、月名に首根っこを掴まれた状態であったが故、彼女の歩調に合わせることを余儀なくされていた。


「強いて言うならお話かな? だって、逃げられる状態だったのに現場で被害者の男の子の面倒を見て大人しくしていた時点で何か変だし、訳ありかもしれないって思ったんだよね」

「……いや、それは……」


 浦出は月名の指摘に言葉を詰まらせると、見透かされていると分かっていたものの俯いてしまう。

 世渡り下手。社会経験は殆どない月名であったが、彼の言動の節々から滲み出ていたものに、その言葉が思い浮かんだ。


「あなたは多分、こういう事ができる程器用じゃないタイプに見える。だから、これっきりにした方が良い、絶対損するよ」

「……あ、ああ」


 意気消沈。自らがガキと言い放った少女に優しく見透かされ、立たせる腹もプライドも失った浦出。彼はどこにも目を向けられないまま、空っぽな返事しかできなかった。


「どうせ自分なりに思う所があるんでしょ? だったら、ちゃんと他の人でも受け答えしてよね? じゃあそういう訳で私は交代するから」


 浦出の性格や人間性が理解できた月名は、警察での取り調べと内容が一致していると結論を固めると席を立つ。そして、報告内容を頭の中で整理しながら鈴島と交代して取調室から出ていった。



「――――天ヶ音(あまがね)(りん)君。 中々に不思議で、興味深い子だ」


 EXTの研究所に運び込まれた少年、天ヶ音(あまがね)(りん)。彼は度重なる戦闘の果てに、味気無いベッドの上で身体に何本もの線を貼り付け、意識を沈ませている。その線は床を後ろ手に這いながらも途中で束となり、数メートル先にある鉄箱のような機械を根元とした。そして、絹川姉妹の父親であり、EXTの拡張子研究所で所長を務める絹川(きぬかわ)大地(だいち)に数値とグラフで脳の状態を赤裸々に教え続ける。


「お父さん、何か分かったの?」

「ああ、色々とね」


 同じく検査室にいた火名は父である大地の発言が気になり、意図を聞き出そうとした。

 奇跡的な生存。偶発的な発芽。潜在的な素質。大地は輪に取り巻いていた謎をそういった表現で噛み砕きつつ、解き明かそうと思考を動かしていく。だが、その片手間でもあったため、火名の問いに反応こそしたが口から答えを出そうとしない。

 人命を優先した結果とは言え、ほぼ無許可で検査しているのが現状でもある。どの段階の憶測まで話すべきか。大地は実の娘とは言え、第三者である火名に話せる内容は慎重に取り扱わなければならなかった。そのため、機材が置かれたデスクに一度戻ると腰を下ろし、モニターの前で暫しの間、黙り込む。


「その感じだと、まだ言えないみたいだね」

「はは、面目無い……」


 火名の何気ない指摘が図星であった大地は、モニターから顔を離さずに乾いて笑う。それでも、今の段階でも確定していることが大地にはひとつだけ存在していた。


「火名、もう少しだけ彼を調べてみるから、それが終わったら手伝って欲しい。 頼めるかな?」

「……うん、分かった。 じゃあ、取調室(むこう)の様子を見に行っても良い? 月名ちゃんが上手くやれているか心配だから」


 黙々とモニターに噛り付く大地の背を見て、邪魔をするのは悪いと考えた火名。彼女は月名とは反対に、父である大地と共にした時間が短かったこともあり、ふたりだけの空間を上手く過ごせず窮屈に感じていた。そういった背景から火名は咄嗟に妹の月名を理由に使ってしまい、爪先を部屋の出入口に向けていた。


「ありがとう、火名。 月名の事を頼んだよ」


 火名の取った行動と、その原因を作った自分に引き目を感じていた大地。彼は今更遅いと理解していながらも娘達のことを想い、振り返る。そして、無理に引き留めることはせず、慣れないながらも言葉で娘の背を撫でた。


「――っ!」


 火名はドアノブを握ったまま開けることもせず、動きを止める。もっと早くに欲しかった。大地から貰ったありふれていた言葉に、火名は思わず心の中で不満を零す。しかし、父が自分を省みてくれたという事実を無碍にはできない。彼女は心音の峰が作っていた荒波を静めるべく、胸に手を当てて静かに息を整えた。


「お父さん……また何かあったら呼んでね。 私、直ぐに戻るから」

「頼りにしているが無理は禁物だぞ? お母さんに怒られたくないからな」

「それはお互い様でしょ? じゃあ、今度こそ行ってくるね!」


 火名は硬さの残る笑顔を大地に見せると、部屋を後にしていく。

 職業柄、家を空けていることが大半であった大地は家族愛こそ持っていたが、その実態はお世辞にも伴ってはいない。大地は家庭での会話が壊滅的であったことを、火名との会話で再認識させられてしまった。


「――――例え好かれなくとも、少なからず、嫌われないようにはしないとな……」



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