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.2-2

 比較的に交通量の少ない湾岸沿いの下道。そこは交差点のあった縦に伸びる商業区から離れており、大きく、そして広く横に伸びた工業地帯の近くであった。


「はぁ……本当にツイてねえな、俺……」


 今現在、護送車を襲撃してから時間は経っていおり、既に警察やEXTの包囲が完成しきる前に突破している。そのため、邪魔は入ってしまったものの護送車襲撃の作戦は成功を収めていた彼らは、追加でひとりを積み、道中で乗り換えた白いSUVと共に我が物顔で走り行く。


「なにがツイてねえな、だ。 元はと言えば、お前が下らねえヘマをしなきゃそれで良かったんだ。 死んでないだけありがたいと思え、殺すぞ」

「そこは嘘でもいいから、命あっての物種とか言ってくれよ……」


 脅されて運転していた被疑者の男にしてみれば、逃げようが捕まろうが、結果に大差はない。それどころか、現時点では命の保証が望める警察やEXTの方が遥かに安全な状況となっていた。抵抗できなかったとは言え、こんなことになるとは露程も考えていなかった彼は、自身の身の振り方を今更ながら後悔してしまう。


「なあ、流石にバレたりしねえよな……?」

「どうだか。 一応着替えてんだから直ぐには分んねえだろ?」


 被疑者の男は警察達の目に怯えながらも見つかることを期待しつつ、後部座席でふんぞり返っていた榎町に不安を零した。

 だが、榎町は彼の発言をまともに取り扱わず、雑な対応で済ましていく。そして、乗り込んだ時から疑問に感じていたことを、隣で座る白コートの男に尋ねた。


「……で、旦那。 結局のところ、そのガキが気に入ったのか?」

「なんだ榎町、妬けたのか? 照れるじゃないか」

「んなわけ……旦那もいい年して変な事言うなよ」


 白コートの男は少年という思わぬ収穫を得たことで、少しだけ気分が良かった。彼はその心情を伝えるように榎町からの問い掛けに冗談で返すと、車窓からコンクリートの山々を眺めながら会話を続けていく。


「――――タイミングから察するに、恐らくあの襲撃によって拡張子の力を目覚めさせている」


 榎町は白コートの男の発言に異があるわけではなかった。だが、少年が揮った拡張子としての力を目の当たりにしているからこそ、その発芽に疑問を呈する。


「……そんな都合良く拡張子になれるもんなのか?」

「なれるさ――――と、言い切りたくもなるが恐らく偶然だろう」

「……偶然?」

「ああ、偶然だ。 だからこそ、雑に撒いた種のうち一輪だけ綺麗な花が咲いてしまい、思わず摘みたくなった…………のかもしれないな」


 世の中には、良くも悪くも偶然で片付けられる出来事が無限に存在する。故に、自分が不測の事態に対応できず、敗北を喫したのも偶然のせいなのかもしれなかった。しかし、個々人の感情的な問題は別として、不可抗力が理解できない程、榎町自身も幼稚な人間ではない。だからこそ、白コートの男の口から出た、歯切れの悪い他人事で曖昧な言葉に上手く反応ができなかったのだ。


「だがな、榎町。 あの場所にいたお前なら分かると思うが、夢や幻でないのなら、欺かれていない限り目の前で起こったことは現実だ。 余り入れ込まず、現象として受け入れろ」


 榎町は現に拳銃で少年を撃ち殺せず、その凶器は握り壊され、小柄であった少年の拳とは思えない硬さで殴り飛ばされている。そのため、白コートの男はまだ若さが残る榎町の心情を慮り、それ以上の所感を語らない。

 一方で、返す言葉がなかった榎町は白コートの男が言うように現象として受け入れ、腑に落とすしかなかった。


「………………っ……!」


 彼らの座るシートの真後ろ。そのトランクに放り込まれていた少年は、彼らの会話と走行していた自動車の揺れにより、人知れず意識を戻していた。身体中から伝わる痛みの中、横に九〇度傾いた世界。リアガラスから見える、遠ざかるように流れていく標識と空。背中越しに聞こえる、男達の声。

 拉致。少年はその僅かな情報だけで、自分の身に起きている状況を感覚で理解する。


「――もう少ししたら到着するな。 旦那、そのガキはどうする?」

「しばらくは手元に置いてモルモットにするつもりだが、どうせ悪趣味な連中に買われるのが関の山だ」

「金になるだけマシかもな」


  時間もなければ手段もない。幸か不幸か、白コートの男達の会話を背中越しに聞いてしまった少年はそのことを悟り、トランク内を見渡していく。だが、脱出に役立つような目ぼしいものはなにも見つからず、自分の身と、ただの壁としてリアゲートが閉ざしていた。打つ手無し。一見するとそう見えたが、彼には唯一の手段が残されていた。


「――!」


 少年は両足で、リアゲートを力任せに蹴り抜いたのだ。



「――――湾岸の廃ビル。 恐らく一〇年ぐらい前にあった大規模な区画整理による再開発と、それに伴う埋め立ての時に生じた名残といったところか……」


 鉄と石と潮に満ち溢れた、大規模な湾岸線。その中にある都内に架けた一本を、対拡張子特殊部隊が有する紺色の仰々しい大型トレーラーが走っていく。


「月名の調査がなければここまでスムーズには事を運べなかったと思うから、あの子には感謝しないとね」

「はい、きっと喜びますよ、月名ちゃん」


 対拡張子特殊部隊が保有する特殊捜索用大型トレーラー。それは、月名の捜索によって割り出された移動範囲と、火名の視た継の記憶。そのふたつは時間と空間が異なりつつも、湾岸部に符合している箇所が存在していたことから要請されている。故に、現在は火名と千裕を始めとした隊員や検証班が乗り込み、湾岸部の埋め立て地に向けて高架上を走行していた。


「それにしても、流石最新型の大型ドローン。 しっかり着いてきますね」


 上空ではトレーラーに追従して道路に大きな影を落とし続ける一機。火名はトレーラー内に設置されたオペレーター室でドローンから送信されるリアルタイムの映像をモニターを眺めながら、その性能を実感した。

 すると、千裕はトレーラーが湾岸線を中心に方々へ放出した複数のドローンから送られている映像を火名に見せる。初めの内はひとつを映すには持て余す大きさのモニターであったが、次第にマス目上に分割されて映像が隙間なく並んでいき、そのサイズの有効性を火名に示していった。


「まあ、こんな感じで上空から高精度且つ広範囲を調べられるし、鈴島や月名も動いているから見つかるのも時間の問題だとは思うけど、火名も映像を遡って探してみる?」


 千裕は、本格的な役割が残されている火名を誰でもできるような雑務で浪費したくはなかった。だが、本人の気質を理解しているため無碍にはできず、心身共に負担にならない程度の仕事を持ち掛ける。

 

「私なら大丈夫です、やらせて下さい」


 上空からのドローンと同時に、鈴島と月名には別働で湾岸方面へ向かってもらっている。火名は少しでも隊員達の負担を減らそうとオペレーター用のシートに腰を据え、ドローンから送られてきた映像記録を遡って手掛かりを探し始めた。


「――七瀬(ななせ)さん、鑑識の結果が出ました」

「待ってました、教えてくれる?」


  七瀬(ななせ)千裕(ちひろ)。彼女は新たな報告が上がるまでの僅かな間を使い、事前に検証班に調べさせていた、現場では特定できていなかった血痕の結果を班員から聞いていく。


「はい。 携帯端末や銃弾、路面や液晶パネルに付着していたものは現場からの報告と同じく、全て一致しています」

「思ったより広い範囲だけど、同一人物と見てまず間違いはないか……」


 現場から採取したものの完全には特定できていなかった血痕。それがひとりの人物であることを示された千裕は、目配せで隊員に鈴島宛の報告を任せると話を続けさせた。


「因みに、血痕の時間差は?」

「新しい血痕と古い血痕の経過時間は思ったよりも差が無く、五分から一〇分程度だと判明しています」

「思ったよりも短い……でも、その時間と行動範囲が本当なら、現場で何かしら行動していた可能性があるんじゃない?」


 千裕は火名の作業風景と記録映像を瞳に取り込みながら、質問を率直に投げる。


「ダメもとで聞くけど、彼は今も生きていると思う?」

「実際のところは何とも言えません。 仮に攻撃性の高い拡張子に拉致されたのであれば、死亡率は未知数になるでしょう。 ですが、血が付着した弾丸の数に対して血痕の数や量が少ないことや火名の報告を合わせると、その時点で生存している可能性は高いと考えています」


 班員は依然として不明瞭な点が存在することから明確な回答を避けつつも、疑問点に沿った形で千裕の論調に理解を示す。そして、彼なりに思うところがあったのか、続けざまに個人的見解を述べ始めた。


「それに千裕さん、端的に言って、二、三回は死ぬ発砲に耐えているであろう存在を殺せるのは、少なくとも大口径の銃火器や兵器の類か、即死性や致死性の高い凶悪な拡張子の力のどちらかが必要になると思います。 仮に生存を願うのなら犯人達の手段の有無に関わらず、土壇場で拡張子にでも目覚めてもらうしかないかと」

「…………結局のところ、手っ取り早いのは同じ土俵に上がって殴り合う……か。 ある意味でEXTの理念に沿ってはいるけど、身も蓋も無い話ね」


 毒を以て毒を制す。拡張子(かれら)の力にはそんな例えしかできず申し訳ないと思いつつも、千裕はその必要性を強く再認識する。


「拡張子による本格的なテロ行為。 それを止める具体的な術を我々が現時点で持ち合わせていないのは、組織として致命的なのかもしれませんね」

「……はあ、耳が痛い……」


 班員は互いの個人的見解が近い場所にあることを読み取り、EXTが抱えている問題点を改めて述べていく。すると、隣で聞いていた千裕は溜め息を吐いて苦い反応を示した。


「この車……さっきも見たような……」


 ふたりの会話を背に黙々と作業に準じていた火名。彼女は一台の車両に疑問を感じると、全体の映像を遡らせていく。別のドローンが残していた一〇分前の映像には同じ車両が映っていたが、それだけなら大して珍しくもない。しかし、火名が見ていたのは昨年に開通したことで旧道となった湾岸沿いの下道。そこは高架下の区間が長いことで上空からの観測が難しくなっており、発見され難かった可能性も浮上していく。


「偶然……じゃない……?」


 あまりにも都合が良いと感じた火名は、直ぐに端末で道路を調べる。すると、事件現場となった交差点の近くから湾岸の埋め立て地までを繋げており、移動距離と経過時間も事件発生から逆算すると大方一致していたのだ。

 火名は直近で映っていた映像を拡大し、サーモグラフィーに切り替えて確認していく。運転席にひとり、後部座席にふたり、そして、荷室にもひとりの計四人がその車両に乗っていることが確認できた。彼女はその異常性に気が付いて即座にカメラの状態を戻すと、解析できそうであったリアガラス越しの車内に焦点を当てて映像を切り替える。


「これだ……この白い車……!」


 するとそこには、継の記憶にもあった詰め込まれた人物と同じ服装の少年がトランクで横たわっている姿が映り込んでいた。そして、犯人達が使用している逃走車も、継の記憶にあったものとドローンが映し出していたものとで完全に一致しており、火名は犯人と被害者の特定を確信する。


「千裕さん、犯人と逃走車両が特定できました! 湾岸沿いにある旧道になった下道です!」

「去年開通した時のやつだな! 早速鈴島達に報告するよ!」


 千裕は火名の横に身を乗り出すと、通信用のスイッチに触れて鈴島と月名に繋げる。


「――私だ。 千裕だ、鈴島。 たった今、犯人の車両を特定した。 目標は去年の開通で旧道になった湾岸沿いの下道を走行する、白のSUVだ」

『了解した、幸い湾岸沿いの旧道ならここから近い、直ぐに向かう! 月名も心の準備をしておいてくれ、戦闘になる可能性が高い!』

『了解です、隊長!』

「ふたり共、任せたぞ」


 指示を聞いた鈴島達と通信を終えた千裕は一呼吸置くと、声を張り、トレーラー内に響かせた。


「これより犯人の追跡と拘束、そして拉致されている民間人の救出作戦を決行する! トレーラーはこのまま湾岸線を進行して工業区に向かいつつ、ドローンは航続距離を考慮して残量が少ない順に随時回収! 残量に余裕があるものは目標方面に向けてルートを変更! 現在よりも高度が下げての追跡になる。 風や建物の影響に細心の注意を払うんだ!」

「――了解!――」


 鬼気迫る報告により緊張を走らせていたトレーラー内は、千裕の指示で慌ただしさを隠さなくなっていった。



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