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「つ~~き~~な~~! あなた、いい加減本当に起きないと研修明け早々に遅刻するよっ!! 」

「あ~もう! 分かったから!」


 翌朝。午前八時頃の絹川家は騒がしかった。月名は母親である真名に叩き起こされると、慌ただしく二階から降りてくる。

 既に身支度を済ませていた火名は、その様子をリビングのソファから心配そうに眺めていた。


「お姉ちゃん、なんで起こしてくれなかったの~⁉」

「月名ちゃん返事だけで起きなかったでしょ?」


 月名が洗面所に駆け込みながら自分のことは棚に上げて火名に嘆く。すると、その態度を見た真名は怒りのボルテージをひとつ上げた。


「月名も中学卒業してEXTで働くんだから、いい加減自分のことはある程度やれる様になりなさい! どうせ今まで、お父さんに起こしてもらってたんでしょ?」

「――――っ!!」


 寝起きであまり頭が回ってなかった月名は寝癖が着いた髪と格闘していると、真名から数々のありがたい言葉を貰い、スイッチが入ってしまう。


「だってお父さんしかいなかったんだよ! 仕方ないじゃん!」

「そういう問題じゃないでしょ! お母さんは日頃の行いのことを言ってるの! 開き直らないで!」


 ふたりの間で戦いのゴングが鳴り響く。母と娘による言葉の応酬が始まると、それは時間と共に激化していった。自分と瓜二つの顔と声で繰り広げられる、聞くに堪えない親子喧嘩。流石の火名も辟易としたのか、腰を上げると両者の間に割って入り、なんとか制止を試みる。


「お母さん! これ以上は本当に月名ちゃんが遅刻するから、その辺りで勘弁してあげて?」

「……っ! いい、月名? 今の時間ならまだ間に合うからちゃんと準備して。 分かった?」

「……分かってる!」


 真名は火名に免じて怒りを鎮めると、月名へ忠告を済ませてキッチンに戻る。対して月名は釈然としておらず、可愛らしい顔についた眉間の皺は簡単には取れそうになかった。

 火名はぶつくさと文句を言っている月名を洗面台の鏡の前に立たせると、櫛を使って自分の髪のように梳かしていく。きめ細かく、さらさらな髪質こそ姉妹で同じ。だが、月名の髪は地毛とは対照的な色で染まっていて、その部分に関しては姉妹の違いとして如実に表れていた。似合っているはずなのに。なぜか寂しさを感じた火名は、無意識に手を止めてしまう。


「やっぱり、色が気になる?」

「――あ、ごめん」


 月名の姉に対する勘は本日も絶好調であった。火名は月名の言葉で我に返ると急いで手を動かし、いつものツインテールにセットしていく。

 火名のお陰で普段より早く、そして綺麗なセットで月名はダイニングに送り出される。するとそこには、示し合わせたように真名が温め直した朝食を並べてくれていた。


「ほら、月名ちゃん?」

「あ……ありがとう、お母さん……」

「ふふ、どういたしまして。 今度は冷めないうちに食べてね?」


 火名が月名の袖を軽く引っ張って何かを求めた。言いたいことが分かっていた月名は、照れくさそうにして真名に感謝の気持ちを口にすると、その姿を真名と火名がにやついて眺める。

 恥ずかしくなった月名だが、言い返すような雰囲気でもなかったため静かに朝食を取っていくと、以降は淡々と身支度を済ませていった。


「はい、準備できたよ!」


 月名は腰に手を当てて自信に満ちた様子を見せると、火名はリビングのソファから立ち上がった。そして、母親に見送られる中、ふたりは出発する。


「火名、月名、いってらっしゃい! 気を付けてね」

「うん、いってきます!」



「――月名ちゃんは現場向きだから、隊長と一緒に行動することが多くなると思う。 それに今は人手不足だし、初日から当直上等のハードワークかもね?」

「……うえぇ、もしかしてお父さんみたいなことになるの? それは嫌かも……」

「こういう言い方はあれだけど、病室よりはマシだと思うよ? 酷い時は本当に酷いんだから。 この前だって――」


 今日から月名の本格的な活動が始まることもあってか、火名は可愛い後輩のためにロビーやエレベーター内で過去の出来事を交えて様々なアドバイスをしていく。話を聞いていた月名は姉の話がにわかには信じられなかったが、貴重な前例として耳を傾けながらオフィスに足を運んだ。


「おはようございます」

「おう、ふたり共おはよう!」


 絹川姉妹はドアを開けて挨拶と共に入室すると、そこには既に鈴島を始めとした三人が集まっており、なにやら話をしていた。鈴島は早々に姉妹を話に加え、改めて説明する。


「昨夜、人身売買の容疑で拘束した男には拡張子の仲間がいる可能性が非常に高い。 これを見てくれ」

「……拡張子ですか」

「じゃあ、思ったよりも大事になりそうだね」


 鈴島はその言葉を皮切りに、徹夜でまとめた資料用端末を渡して目を通させる。そこには橋木達、検証班が掻き集めた様々な映像や画像が載っており、非常に細かいところまで注釈が敷き詰められていた。

 火名自身は拡張子に対して行われる作戦行動を幾度も経験している。そのため、彼女は慣れた手つきと視線で資料を読み進めていった。


「……ぇ……ぅん……?」


 しかし、日が浅く、未だに資料の文字量に慣れていない月名はどこを見ればいいのか分からない。迷いに迷い、目が泳ぐ。

 研修上がりの月名には後から個別で説明されることを理解していた火名は説明を妨げる訳にもいかず、隣で指をなぞるだけに留めた。

 姉からの細やかな助け舟のお陰で、月名は辛うじて話についていく。


「──そこで、被疑者である男から主犯格や目的、動機等の手掛かりを聞き出してほしい。 頼むぞ、火名」

「はい!」


 説明が終盤に差し掛かり、鈴島が指示を出すと火名はまじめな表情ではっきりと返事をする。月名は、姉がなにやら重要そうな役割を担っていることに感心しつつも資料で確認すると、そこには、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。という物騒なことが書かれており、新手の拷問を想起して思わず綺麗な二度見をした。

 鈴島はそんな月名を微笑ましく見ながらも、他人事ではないと言わんばかりに、月名に今後の方針と指示を出す。


「研修明け早々で申し訳ないが、取り調べにて首謀者や拠点等の位置が判明した場合、月名には俺と共に現地での調査に行ってもらう。 大丈夫だな、月名?」

「──っ⁉ はいっ! が、頑張ります……!」


 月名は緊張や困惑の連続で、返事をするだけで精一杯であった。説明を終えた鈴島達は既にまとめていた荷物を手に持つと、事情聴取の事前準備のため別棟にある取調室にぞろぞろと向かっていく。オフィスに到着したその足で説明を聞いていた月名は、身も心もろくすっぽ準備ができておらず、自らの荷物を持っておろおろと辺りを見てしまう。すると、千裕が月名の緊張を解くように声を掛けた。


「寝坊はしなかったか?」

「千裕さん……その、頑張って間に合わせました……はい……」


 月名は朝の出来事を思い出し、そのことを申し訳なさそうに白状した。千裕は月名の反応から絹川家の親子のやり取りが容易に想像できたため、彼女を励ますような話をする。


「まあ、昨日は遅かったし色んなことがあったから無理もないか。 今から少しづつ変えていけば大丈夫、月名ならできるよ。 それじゃあ、私達は一足先に取調室に行って準備しているから、着替えたら取調室まで火名と一緒に来て」

「ありがとうございます。 取調室ですね、分かりました」


 千裕は月名の不安と緊張を解すと、オフィスを後にしていく。そこへ入れ違うように、自分の分だけではなく月名の端末も抱えていた火名が廊下から呼び掛けた。


「私達も移動するよ、月名ちゃん」

「あ、待ってよお姉ちゃん!」



 ロッカーでEXTから支給された制服に着替えている途中、月名は姉の体つきに目が行った。一卵性の双子であるふたりの体型は似ているはずだが、どこか違和感を覚えた月名。彼女は自身の体型と比較すると、勝ち誇ったように火名に問う。


「お姉ちゃん、もしかして最近、座り仕事であんまり動いてない?」

「ちょっ⁉ もう、何を言い出すのかと思えば……! 月名ちゃんがこっちに来てからは事務処理が増えたせいで、相対的に運動不足なの!」


 火名は、内心気にしていた些細な変化を妹に言い当てられてしまい、驚きのあまり肩を飛び上がらせてしまう。取り繕うようにシャツで身体を隠して月名を睨みつけるが、既に図星であることは明白であった。

 自分がEXTに加わったことにより姉にしわ寄せがきていたことを知った月名は申し訳なく思い、姉の必死な弁明を前にしても反応が薄いものになってしまう。


「月名ちゃんもそろそろ着替えないと遅刻するよ?」

「……え⁉ もうそんな時間⁉」


 話を振った側の反応がいまいちで、やられ損と感じた火名。彼女は月名に時間を確認させると、不服そうに着替えを終えていく。

 火名に言われて携帯端末の時計を見た月名は予想していたよりも時間が経っていたことに気付くと、慌ててシャツに袖を通していった。



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