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「――――月名、どっちがいい?」

「良いんですか? ありがとうございます、こっち貰いますね!」


 鈴島はその手に持っていた二本の缶をそれぞれ月名に見せる。コーヒーとココア。今夜は存外肌寒く、月名は迷いなくホットココアを選び取った。冷える両手に握られた、甘くて温かい飲み物。それが彼女に安らぎを与えていく様子を眺めながら、鈴島はコーヒーを堪能する。


「お、来たな」

「来ましたね」


 飲み終えた頃、街灯とは違う光が遠くからふたりを照らしながら近付く。鈴島は腕時計で時間を確認すると月名が飲み終わった缶を貰い受け、ゴミ箱に放り込んだ。

 程なくすると、検証班の車両と護送車、さらにその後ろにあるもう一台を含めた計三台が連なって到着した。


「外灯はあるが照明はいつも通り使う。 配置は任せたぞ」


 拡張子特殊対策機関と書かれたドアを開けて車両から人が降りると、淡々と大きな鞄や機材を運び出し、準備を進めていく。その殆どが鈴島や月名と同じジャケットを着ており、同じ組織に所属している人間であることが、傍から見ても一目瞭然であった。次第に似た身なりの人だまりできると、その中にいた長身でスタイルの良い男が鈴島に近付いてくる。


「どうだ、鈴島。 ランニングは楽しかったか?」

「月名が頑張ってくれたお陰で良い運動になったさ。 橋木(はしき)、これだ」


 鈴島は橋木(はしき)と呼んだ男に対して冗談交じりに受け応えると、先程記録した端末を手渡した。


「…………お前は良いよな、かわいくて優秀な部下ができて。 それに比べて検証班おれたちは一向にむさ苦しい中で徹夜だ」

「安心しろ、どうせ俺達も徹夜だ」


 鈴島と同じく、橋木は車両の状態にきな臭さを感じつつも一通り見終えていく。現場保存や記録等を行う、検証班の班長。その立場にある彼にとって、拡張子である月名の配属は羨ましいものであった。

 そんな橋木の口から月名の名前を聞いたことで、鈴島は研修の件を思い出す。


「――そういえば橋木、月名には話したが研修は今日で終わらせる予定だ」

「……本気か? 月名が拡張子の力を自覚をしたのは、確か今年に入ってからだ。 年度は跨ぐが、来月一杯までやっても罰は当たらないだろ」


 鈴島の唐突な発言に、橋木は思わず動作を止めて難色を示す。しかし、その顔は鈴島の抱えていた心境を如実に表していた。

 立場上仕方がなかった鈴島だが、彼は自らと共感してくれていた橋木の首を縦に振らせに掛かる。


「そうしたかったのは山々だが、生憎、これは所長と代表からのお達しでもある。 互いに言いたいことはあるだろうが、まあ、そういう事だ」

「……成程な、そんなんだと思ったよ。 俺だって所長や代表が決めたことに文句はねぇ。 緊急事態になったらお互いに四の五の言ってられなくなるからな」


 言葉の節々に、どこか世知辛い後ろめたさを感じさせる橋木。彼は心情的にどうであれ、人手不足の現状を鑑みれば致し方のないことだと言葉で割り切りを示した。

 だが、橋木の口振りに憂いを覚えた鈴島。彼は大して意味もない、励ましの言葉を口にしてしまう。


「あの子は想像以上に飲み込みが早い。 大人達(おれたち)の期待や心配なんて、直ぐに飛び越えていくさ」

「だとしても、最悪を想定して実を取りに行く姿勢は相変わらずあの人達らしいな。 よし、お前達は先に上がってくれ。 そろそろ俺も作業に入る」


 鈴島に愚痴を零していたことに気が付いた橋木は気持ちを切り替えると、荷物を手に取り、検証現場に向かっていった。


「――――あれ、月名はどこだ? もう戻ったか……?」


 橋木の背を見届けた鈴島は、月名の姿がないことに気が付く。彼らがいたのは開けた駐車場なため、特段人を見失うような場所ではない。鈴島は先に乗り込んでいると考え、最後尾にある自分達の車両まで足を運んでいった。

 しかし、その道中で鈴島の耳に話し声が流れ込む。


「月名ちゃん、すっかり拡張子として板がついてきたね」

「でしょ! お姉ちゃんもそう思うよね! 私だって結構頑張ってきたんだから!」


 同じ顔、同じ背丈、同じ年頃、同じ声。鈴島に見え、聞こえていたのは一部を除いて数多の要素が酷似した少女達による、仲睦まじい姿と会話であった。

 ロングストレートの少女、火名。月名と同じく拡張子であり鈴島達を後方から支援していた彼女は、月名と一卵性の双子という関係を持つ。しかし、唯一にしてその髪色は月名と違い、仄かな熱を帯びていた。


「それに隊長も今日で研修は終わりだって言ってたよ!」

「……そっか、隊長がそう言っていたなら大丈夫だね。 でも、明日から大変になると思うから今まで以上に気を引き締めてね?」

「うん、分かってる!」


 未だに興奮が冷めないのか、月名は研修の終わりを嬉々として報告すると、火名は微笑ましくその話を聞いていた。程度の差はあれど、隊長である鈴島はふたりの関係を把握している。故に、姉妹の仲に割って入るのは無粋と考え、一足先に車へ戻っていった。

 すると、鈴島は運転席にいた女性から、姉妹にも負けず劣らずな可愛らしい声で話し掛けられる。


「あれ? 鈴島、あの子達は来ないの? もう結構遅いんだけど」

「……え、千裕(ちひろ)、もうそんな時間か?」


 腰辺りまである大きな三つ編みをふたつ下げた、童顔で小柄な女性、千裕(ちひろ)。鈴島は彼女に言われて時間を確認すると、時計の針は夜中の入り口を示していた。未成年である姉妹達の刻限。鈴島は大人としての責務を果たすべく姉妹の会話に割って入り、乗車を促す。


「ほら、ふたり共! そろそろ戻らないと千裕(ちひろ)に怒られるぞ!」

「鈴島、あんたねぇ……」

「――あ、ごめんなさい隊長! 今行きます!」


 鈴島が姉妹に呼び掛けると、ふたりは思い出したかのように会話を切り上げ、小走りで車に駆け込んでいく。横で聞いていた千裕は頬杖を突き、鈴島の言い草に不服を申し立てて姉妹を待った。


「すみません、千裕さん!」

「大丈夫だよ、月名。 でも、もう遅いから話は帰ってからしてね?」


 慌てて謝罪する月名であったが、千裕は彼女の気持ちを汲み取って優しく注意する。そして、準備を整えた彼女は通信で橋木に一言だけ入れると、現場の後処理を警察や検証班に任せて車を出した。



 夜も深まりつつある都内に一際目立つ敷地がひとつ。そこは三メートルを超える塀にひたすら囲まれ、連なっていた。照明が並び立つ塀に沿って道を進んでいくと、複数の施設が奥から顔を覗かせる。

 千裕は特に気にも留めず正面ゲートまで車を進めると、ドアウィンドウを下げて顔を出す。その瞬間、ここぞとばかりに夜風が流れ込み、千裕は荒ぶる前髪を抑えた。


「結構な風でしたね」

「うん、今夜は思ったより冷えるかも。 月名達も風邪引かないようにね」


 警備員に開門してもらったためドアウィンドウを上げて敷地内を進んでいく。しかし、オフィスまでは依然として距離があるため、道中では外から見えていた施設の全貌が露わになっていった。

 シンプルに巨大な箱型の訓練施設、特殊車両やヘリの格納庫、拡張子の研究所や試験場等が併設されており、政府の協力により設立した、拡張子特殊対策機関、EXTの規模の大きさと、その片鱗が伺える。

 そんな敷地内に聳え立つ高層ビルの根元で、千裕は車を駐めた。


「もうこんな時間だし私が家まで送っていくから、火名達は帰りの支度してきて。 私はここで待っているから」

「ありがとうございます。 なるべく早く戻りますね」

「……あ、千裕さん、ありがとうございます……!」


 火名が千裕に感謝の言葉を伝えると、先に降車した月名がその姿を見て慌てて感謝を述べた。少し気が緩んでいた月名に小言を言いたくなった火名だが、今日だけでも色々なことがあった妹の気持ちが理解できることもあり、特に言及はしない。

 鈴島もふたりに続くように助手席から降車すると、本日最後の一仕事のために姉妹と共にオフィスへ向かった。


「…………」


 二時間もすれば明日になる。静かになった車内で独り、千裕は薄い桜色の腕時計を見ながらそんなことを考えてしまう。



 上昇を続けたエレベーターから降りてオフィスに戻った鈴島達。既に深夜帯ということもあり、当然のように部屋は暗く、そこはかとなく冷たさを感じる。しかしながら、このオフィスは上層に位置するため、都内の夜景を一面ガラスに良く映えさせていた。


「……うわぁ! きれ――」


 初めて見る光景に、月名の瞳と心は夜景に負けない程煌めきを見せる。だが、鈴島と火名には見慣れた景色のため、いつもの癖で風情もなく照明を点けてしまう。

 趣のない光がオフィスを隅々まで満たしていく。すると、燦燦と煌めいていた月名の瞳と心は現実へ引き戻され、忽ちに輝きを失った。

 火名は目に見えて気を落とした月名を慰めていると、既に書類作成の準備を進めていた鈴島が入り口付近まで不思議そうに戻ってくる。


「ふたり共、何かあったのか?」

「これ」

「……あ!」


 火名はオフィスの照明スイッチを指し、その後、夜景が映る一面ガラスにも向けていく。火名の主張を察した鈴島は手を合わせて月名に頭を下げると、気が利かなかったことを謝罪する。自身の我儘に申し訳なさを感じた月名は慌てて鈴島の頭を上げさせ、各々は気を取り直して準備を進めていった。

 月名は制服から着替えるために更衣室に行き、その間に火名と鈴島は自分のデスクで手を付けていない書類に囲まれながら今回の報告書を作成しに掛かる。だが、作業量に対して火名の時間はあまり残されていない。そこで火名は、自らの分を明日に回し、今は鈴島が必要とするであろう書類を優先することにした。

 

「お姉ちゃん、準備出来たよ?」

「……うん」

「もう、全然聞いてないじゃん……」


 それから数分が経ち、月名が着替えを終えてオフィスに戻った。だが、火名は振り向きもせずに空返事で済ませると、切りの良い箇所まで作業を続ける。そんな仕事熱心であった姉の背を前にした月名は、興味本位で後ろから覗く。すると、そこにはモニターを埋め尽くさんとする勢いの資料と文字の中で行われる作業という、絶望的な絵面が広がっていた。将来的に自分も()()をやらされるのかと思い、月名は後悔よりも恐怖が上回ってしまう。

 十中八九来るであろう未来に打ちのめされそうな妹の気配を感じながら作業を終えた火名。彼女が漸く送信に漕ぎ着けると、それを受け取った鈴島は火名に対して軽く手を挙げ、無言で感謝の意を伝えていた。


「……ふう、待たせちゃってごめんね。 じゃあ隊長、お先に失礼します」

「お、お仕事頑張って下さいね、隊長。 応援してますから……!」


 小さな一息を付き、徐に立ち上がった火名は帰る準備を秒で済ませる。そして、既に徹夜を決め込んでいる鈴島を心配する月名と共にオフィスを後にした。



 姉妹としての仲は決して悪いものではなく、第三者の視点からは良好と言えた。しかし、約十年振りの再会と、そこから一年も経っていない年頃の姉妹。ふたりにしか伝わらない合言葉のような摩擦が、廊下を歩く僅かな時間でさえ窮屈に感じさせてしまう。

 そんな姉妹を乗せたエレベーターは、一時の夜景を見せてくれた。


「きれい……!」


 光がオフィスでの続きを見せんとばかりに月名を求め、瞳に流れ込む。すると、月名は包み隠さずに童心を見せた。

 流れる空気が鉛のように重く感じていた火名。彼女は妹の純粋な横顔に思わず手を引かれ、一歩、また一歩と近づいていく。火名自身、何百、何千と飽きる程見てきたはずだが、不思議と妹の隣で見る夜景は、初めて見た時のような煌めきを持っていた。

 ふたりの空白を、地上の星々が輝きに変えていく。


「……うん、本当にきれいだね」

「――っ⁉」


 火名が零した言葉を聞いた月名は、いつの間にか隣にいた火名に驚いて、気恥ずかしくなる。すると、その様子を眺めていた火名は、揶揄うように優しく笑んだ。


「ふふ、月名ちゃん、この景色を忘れないでね」


 いつも自分に投げ掛ける言葉には裏や含みを感じていた月名だが、姉にしては珍しく真っ直ぐで、どこか慈愛に満ちていた言葉を無意識に噛み締める。その結果、月名は反応が示せず、沈黙する形となった。

 普段の調子なら一言か二言は可愛くないことを口にするはずの妹が見せた、見たこともない反応。それを前に、いつもと変わらない言葉を掛けたつもりであった火名は戸惑ってしまう。

 数多の人の心に触れることができる拡張子であったため、却って人と接することに重きを置くようになった火名。彼女は月名の心を覗けば真実は容易く真実を知ることができたが、それを良しとせず、堪えていた。

 火名自身、それを人としての弱さの根源とも捉えている。しかし、臆病な一歩でも誰かに寄り添えると信じていたいからこそ、彼女にとっては、拡張子である自身の答えでもあったのだ。


「うん、忘れないよ」


 月名はその一言の後、遅れてやってきた照れ隠しに頬を軽く染める。意識して姉に素直になること。それがこれ程までに気恥ずかしくなるとは知らず、後悔したのだ。

 しかし、その真っ直ぐな言葉は火名の臆病な心から戸惑いを押し退け、強く抱きついていた。妹の言葉に救いを感じた火名はそっと抱き返すように慈しむと、もう一度笑む。

 月名は、今までにはなかった温もりを姉から感じ取った。



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