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.2-6

 鈴島と月名は、以降も廃ビル内の調査を地道に進めていき、既に五階までを終わらせていた。冬の時期に比べれば日は長くなったが、気が付けば外は橙に染まり、その内に茜を孕む程に時間を要していたことを、焼けた空が鈴島達に伝える。

 進捗は滞らず、順調そのものであったふたりは、西日の中、最上階である六階の調査に勤しんでいた。


「鈴島隊長。 もう六階ですけど、屋上とかも調べていきますか?」

「……そうだな。 見落としは避けたいから、行けるのであれば調べておいた方が良いだろうな」

「じゃあ、階段がないか探してきますね!」


 月名は、辺りを軽く見渡しながら真っ直ぐ突き進んでいき最奥まで行くと、やや手狭な階段を見つける。今まで登って来たものとは明らかに作りが違うことから、自然と足を上げてしまう。階段を上がった最奥に取り付けられているドア。建付けは良好であったが内張りがないため、隙間からは僅かに流れ込む外の空気が感じられた。確信した月名は、階段を上ってドアノブを捻って押し開ける。

 柵に囲まれた、何もない屋上。蓋を外されただけの代わり映えしない灰色の世界であったが、彼女には、それが純白に映っていた。

 思わずその純白に足跡を付けていくと、月名は柵越しに街を眺め始める。そして、昨日の夜景とは違う色達に行き場のない思慕が、胸に生じた。もどかしくも風情な肌寒い焼けた風が、そんな彼女を称えるように、心で積もっていた無意識な鬱屈を通り抜けていく。

 仕事中にも関わらず爽やかな心持になった月名は、瞳を閉じ、その身に享ける全てを感じた。


「…………もう、行くね……」


 自分に言い聞かせるように呟くと、月名は屋上を後にするため、焼けた風に背を向けた。


「──────ッ⁉」


 大気を引き裂きながら、音も無く、音より速く、月名の外側からなにかが襲い掛かる。人が生きていく上では、あまりにも場違いで大仰な存在。月名は探さずとも、その正体が大口径の銃弾であることを肌で認識した。月名の永い刹那は、逡巡する。その銃弾が見た目からはかけ離れ、異様に大きく、長い棒状にとしか認識できないことに。

 食い違う、感覚の真偽。だが、月名には解を示すだけの時間は残されていなかった。銃弾が遠いうちから反射的に身体を反らし、姿勢を這う程下げる。そして、横に大きく翻って躱していく。大袈裟にも見える月名の回避。それとほぼ同時に銃弾が突き刺さると、大きな音と共にコンクリート片が飛び散り、煙が捲き上げて廃ビルを貫いた。普通ではない銃弾は、再現不可能な威力と衝撃で廃ビルを揺らすと、発泡スチロールに差し込んだ爪楊枝の如く、六階部分を容易く通り抜ける。


「──ぅああ……ッ!!」


 脳が震える。回避には成功したものの、その時に発した音は絶大で、月名の中では問答無用で反響と増幅が繰り返されていく。感覚が研ぎ澄まされていたことで極限にまで繊細になっていた彼女は、脳髄を引き裂かれるような痛みに襲われた。それはあまりにも刺激が強く、殺人的なもの。月名は堪らずに耳を両手で塞ぐと、息を荒げて蹲る。どれ程の人並外れた力を有する拡張子であろうとも、無力化されてしまえばただの人間でしかない。

 六階にいた鈴島は、咄嗟に身を隠してアサルトライフルを片手に携え、襟元に着いている通信機で月名に状況を確認する。


『敵襲かッ⁉ 大丈夫か月名⁉ こちら鈴島、廃ビル内部での調査中に襲撃を受けた! 繰り返す――』


 月名の索敵に漏れがあったとしても、鈴島はそれを見越して回数を補えるように彼女へ指示していた。だが、そうであったにも拘わらず彼女の敷いた網目が突破されたことで、鈴島の緊張感は固く、絶対となる。彼は穴の開いた方向から敵の位置をある程度絞ると、襲撃の旨をEXT本部へ報告しながら急いで月名のいる屋上に向かう。

 突然の出来事を前に、痛みと恐怖に耐え、這いつくばることで精一杯であった月名。しかし、屋上へ二発目と三発目が、無慈悲にも撃ち込まれる。


「……私じゃ……ない……⁉」


 一発目の時とは違い、建物の破壊を狙った軌道であることに、寸で月名は気が付く。だが、既に回避が間に合う段階ではなかった。碌に対策もできない中、銃弾の兄弟は屋上に穴を追加する。そして、それは再びの轟音と化すと、彼女の肩を押し通り、背を抉り抜いた。


 強いられる苦痛を噛み潰し、必死に抗おうとした月名。しかし、身構えることさえ叶わず、着弾時の風圧をもろに受けた彼女の軽い身体はコンクリート片と共に容易く捲られ、壁に打ち付けられた。

 砂埃に塗れたコンクリートの粉と粒を頭から被らされた月名は、咽ながらも腕を突き立て、上体を起こす。彼女は見えていた肌の殆どに打撲や擦り傷を作っていたが、最新モデルの防弾インナーが功を奏し、致命傷を避けたことで見た目よりは軽傷で済んでいる。しかし、瓦礫が腹部に直撃していたことで内部には無視できない痛みが蓄積していた。

 だが、それは彼女の状態と都合。銃弾を矢継ぎ早に響かせ、轟音を止める理由にはならない。月名の視界の先にある壁から外れた全天の屋上では、彼女が再び姿を現すのを心待ちにしながら弾丸が穴を作り続けていた。


「……何これ、何が起こっているの……?」


 襲撃の規模を目の当たりにして恐怖と困惑が漏れる月名。本能に思考が乱される彼女であったが、せめて身体だけでも安全な場所に移そうと、身体を上手く力が入らない腰ごと壁に引き摺り、立ち上がる。息も絶え絶えで歩くのもやっとの状態。しかし、それでも一々全身に障る衝撃と比べれば些細なもの。月名は襟元で鳴り続けていた鈴島からの呼び出しに応じる。


『……隊長……私は一応無事ですが、相手がどこにいるのかは、まだ分かっていません……』

『了解した! だが無理はするなよ、直ぐそっちに向かう……!』


 報告を終えた月名は、入り口の外壁に身を隠して座り込む。神経を擦り切れ、胸の鼓動に荒さが残りつつも、辺りに犇めく、わかりきった緊張感を前に深呼吸をした。

 なんとしてでも落ち着こうとする月名だったが、それが却って身体に走る激痛を鮮明にしてしまう。思わず蹲り、月名は必死に耐えようとするが、周囲の雑音は容赦なく彼女の隣で騒ぎ立てていく。


「────鬱陶しいなあ────」


 過ぎた痛みは月名に歯軋りをさせ、苛立たせた。目を強く瞑り、自らの髪の毛を力任せに掴むと、痛みや雑音を無視するように息を吐き出していく。月名はあまり健全とは言えない、半ば強引な手段で心に余裕を生んでいた。


「…………良し……って、あれ……?」


 痛みが治まり始めた彼女は暗がる表情でゆっくりと身体を起こすが、その際、いつにも増して髪が重いと感じてしまい、手で掻き上げる。

 綺麗に染められた長い髪の一房。それが解け、重力に垂れて従っていたことに気が付いた。月名は咄嗟に右側の髪留めを触ろうとするが、その手は虚しくも空を切る。周囲を見渡して探してみるも、散々な一帯の中には、姉から貰った髪留めは見当たらない。今は無き大切な思い出の品はその身をもって、文字通りの間一髪であったことを警句として持ち主に伝えてくれていた。


「……気に入ってたのに……」


 名残惜しく、未練があるものの、月名は髪留めのことを諦めて手で髪を流すと、気持ちを切り替えていく。そして、鈴島といち早く合流するため、痛みに耐えながら腰を上げた。


「月名ッ!!」


 鈴島は月名の名前を大きく呼ぶと、筋力にものを言わせてドアを蹴破る。隊員の命が掛かっている状況で形振りに構っていられず、剣幕は声にさえ乗っていた。その証拠に、合流相手であるはずの月名が反射的に後退ってしまっている。しかし、そんなことは露も知らない鈴島を、煙たい屋上が熱を帯びた砂埃と共に出迎えた。

 普段の明るい様子とは打って変わり、眉間に皺を寄せ、険しい表情で銃を構える鈴島。彼が立つ屋上は、見ていなくとも分かる程、変わり果てていた。月名を襲ったと思われる攻撃の着弾点には、直径一メートル程度の穴を覗かせており、周囲には瓦礫が砕けて散らばっている。そして、開けられた穴は、一直線に廃ビルを貫くことで向こう側を見せつけ、直撃は人の死に方ではないことを親切に教えてくれていた。


「隊長……!」


 鈴島に呼び掛け、月名は物陰から壁に手を這わせながら、ゆっくりと鈴島の所へ向かう。月名の声を耳にした鈴島は通信越しで生存は確認できていたが、実際に声を聞くことでそのことをより強く実感していく。逸る足を踏み締めて周囲を警戒しながら隙を窺っていると、鈴島の目に月名の姿が映る。彼は月名のいる方向へ一直線に、その足を解き放った。


「……大丈夫か⁉」


 力強い大きな一歩の連続は瓦礫を飛び越え、最速で月名の許へ駆け付けていく。鈴島は苦しそうに立つ月名の様子を見ると、慌てて彼女の身体を支えた。

 動けてはいるものの、防具込みでこれ程のダメージを受けていることを考えると月名の心身の状態は芳しくなく、調査の続行は現実的ではない。しかし、拠点調査のタイミングで起こった襲撃から、鈴島は事件関係者による証拠隠滅の意図を感じていた。所詮は憶測でしかないが、だからこそ、鈴島は証拠を掴みたかった。


「――撤退だ、月名」


 だが、鈴島は冷静であった。相手の正体が掴めない中、これ以上の一方的な攻撃に身を晒すのは危険と見做し、撤退の判断を下す。月名の身を考えてのことであったが、それは本人に対し、能力の至らなさ故の撤退として伝わってしまう。


「……そんな、ここまで来て撤退なんて……! 仲間かもしれないんですよ⁉」

「…………!」


 腑に落ちなかった月名の心は、ぶり返すように彼女を揺らがせて隊長命令に食い下がる。

 緊迫した状況にも関わらず、場違いの我儘から出た言葉に鈴島は頭を悩ませた。

 僅かだが確かな逡巡が巡り、顔が険しくなっていく鈴島。そんな彼の表情を見た月名は、口に出さなければよかったと申し訳無さに胸を詰まらせてしまう。だが、そこに決断を急かすが如く、廃ビルに向けて弾丸が続々と撃ち込まれていく。


「──隊長、危ない!」


 弾丸は廃ビル全体を無差別に撃ち抜き、轟音が震わせていく。一階から六階まで、容赦なく撃ち込まれ、廃ビルの残骸が沿道にまで飛び散り、原形を保つのがやっとであった。そして、屋上にも止めと言わんばかりに、一発がふたりに目掛けて飛び込んでくる。月名の声を聞いて身体を伏せようとする鈴島だが、彼の反射神経では到底追いつけない速度。鈴島が動くよりも早く、月名は力尽くで身体を引っ張り、伏せさせる。だが、ふたりが地面に伏すよりも早く、弾丸は到達した。

 先程と同様に直撃は免れたが、見切ることができなかった月名は鈴島を庇う形で余波をもろに受け、身体を衝撃とコンクリート壁に挟み込まれるように叩きつけられる。

 砂埃に咽ながら起き上がる鈴島であったが、崩壊が秒読みとなり、足元では廃ビルが不穏に震えて待ち侘びていた。今直ぐにでも撤退を始めるため、鈴島は月名の方へ振り向く。しかし、目線の先では彼女が静かに横たわっていた。


「月名! おい、しっかりしろ、月名!!」


 必死に声を掛けて肩を叩くも、月名からの返事はない。呼吸はしていたが、その意識は完全に失われていた。判断を鈍らせた結果、大切な部下を危険な目に遭わせてしまったことに鈴島は怒りを覚える。だが、EXTが有する対拡張子特殊部隊の隊長としての責務を果たすため、感情を律しつつ背中にあった装備を前に回し、入れ替えるように月名を背負う。下手な装備よりも軽かったのか、鈴島は月名を背負っているにも関わらず、軽快に屋上にある出入口へ駆けていく。

 しかし、向かっている途中に廃ビルが大きく揺れて、長い亀裂が停止線のように走った。鈴島は思わず足を止めると、次の瞬間、屋上部分が大きく崩れ、目の前で出入口が押し潰されるように塞がれてしまう。退路が断たれてしまうも、これ以上足を止めたら廃ビルと心中か、攻撃の的になりかねない。そんな窮地の中、不安を煽るように崩壊による振動がカウントダウンを進める。

 どこを見ても亀裂と瓦礫が散らばる屋上で脱出の道筋を立てるべく、鈴島はその場で見渡した。


「あれはッ⁉」


 すると、襲撃によりできた穴が崩れたことで大きなってたのが鈴島の目に留まる。藁にも縋る思いで近付いて穴を覗くと、五階の床が見えた。床までの高さはおよそ三メートルはあったが、鈴島は一切の躊躇を見せずに飛び込んでいく。

 自慢であったフィジカルにものを言わせて着地する鈴島だが、当然、相応の負荷が彼の足腰を襲う。痺れるような痛みに顔を歪めながら耐え、非常階段の方向へ駆け抜けるも、天井がひび割れると同時にごっそりと目の前のコンクリートが落ちた。一秒でも早く進んでいたら一巻の終わり。一メートル先にあった廃ビルは瞬く間に空に改築され、断面にあった瓦礫が傾斜で階段の役割を担っている。傾いた日差しが鈴島の冷汗を照らす中、彼は外を目指して瓦礫を滑り、下っていく。


「――――直撃は恐らく無し。 どうする旦那? あの感じだと生きているぞ。 どうせならちゃんと準備して、罠や爆弾のひとつでも仕掛けておいた方が良かったんじゃないか?」


 廃ビルから一キロメートル以上離れている高層ビルで呟くふたりの男達。その内のひとりである白コートの男は、用意周到に自らの力で音を閉じ込めて静穏性を確保すると同時に、榎町の力で姿を消すことで足跡を極力残さないようにしていた。


「殺すまでにやりたいことがごまんとある今としては十分な収穫だ。 この辺りで打ち止めとしよう」


 白コートの男の思い付きで始めた、力の詳細が不明な拡張子への対策としてアウトレンジから即死させるという身も蓋もない襲撃。それは、拡張子に対する足切りとしては申し分なく、対処されたとしてもその時点で力量は上澄みと推し量ることを可能とする。だが、方々に物資と人材を散らせたにも拘らず、急遽、自分だけ反転しての攻勢により碌な準備や補給もないままでの攻撃という実態を持ち合わせていた。

 榎町は観測用のスコープを外すと、必要性が見えない勢い任せであった作戦に小言が出てしまう。


「成功か失敗かは一旦横に置くが、結局、旦那は何がしたかったんだよ?」

「……浦出が言っていたEXTにはいないはずの拡張子の小娘がどうしても気になってな。 正直に言って、拠点にまで出向いてくれる熱量があったなら、あんな足手纏いはとっとと見捨てるべきだったか」


 月名という、ふたつ目の想定外。白コートの男はこの短期間で輪だけに留まらず、月名という拡張子にまでめぐり逢った結果、輪に負けず劣らずの興味をその力に向けていたのだ。

 

「少しでも情報を渡したくないから護送車を襲ったんじゃないのか?」

「ああ、そのつもりだったが、小僧達のせいで当初の予定はご破算だ。 振り回して悪かったな榎町、残弾はどんな感じだ?」


 過程が二転三転しているように思えて仕方が無かった榎町は、事の発端でもある護送車襲撃の実態を聞くことができた。作戦の立案者でもある白コートの男でさえ、彼らに状況に振り回されているのだと感じた榎町は、足元に置いていた空の弾薬ケースを白コートの男に見せる。


「何だ、そんな事だったのか……ほら、見ろよ旦那、空だぜ? 俺もう帰りてえんだけど」


 榎町は攻撃手段が碌にないことを知らせると、帰りたい気持ちを微塵も隠さずに口と態度で表して撤収しに掛かる。

 その様子を見た白コートの男は対物ライフルを片手で軽々と持ち上げると、分解して折り畳んでいった。


「――――それと榎町、お前は倉庫の方から調達と準備をしておけ。 近いうちに、もう一度やる」



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