第三話 生きる理由
午後2時50分、予定時刻より10分ほど早いにも関わらず、始まりの広場にはすでにざっと数えて100人は超えているであろう人数が集まっていた。
周りはざわついている。今日は初めての幹部戦の日。元の世界に戻るための大事な一歩を踏み出す日。これまでの1週間の経験から言うと、幹部との戦いは確実に熾烈を極めた戦いになる。中には不安で目が泳ぐ者、逆に興奮して落ち着きのない者まで多種多様だ。
春人はというと、昨夜から今日の幹部戦に向けて脳内シミュレーションをしており、若干寝不足である。緊張していたというのもあるが、本番に寝不足というのはいかがなものか。
しばらくあたりを見渡して落ち着ける場所を探していると、春人はボロボロのマントを羽織った娘の姿を見かける。
――彼女も参加するのか。
せっかくなので春人は近寄って声をかける。
「あの……。花澤さんも参加するんだね。今日はよろしく」
他人との距離の取り方をあまりわからない春人は、大胆にも隣に腰かけて話しかける。おどおどしているよりよっぽどマシだが、これではまた不審者扱いされかねない。
しかし、少女の反応は春人の想像しているものとは違った。
「こちらこそよろしく」
少女は優しい表情で春人のほうを向き、軽い会釈をする。その動作がまた美しく、育ちの良さがはっきりと表れている。
「私には夢があるの。小さいころからすっと憧れてた夢。そのためにはこの世界から早く抜け出さなければいけないの。」
大きな瞳で前を見据える少女。その瞳の奥からは強い意志が感じ取れる。
生き抜くという『目標』はあったものの、生き抜く『理由』を持っていなかった春人には、夢という言葉が胸にささる。
少しの間黙り込む春人と真白。この絶妙に気まずい空間に、一人の男が現れる。
「おーい、春人。やっぱりお前も参加するんだな……って、おい!隣の子は……。パーティーになれたのか?」
「いや、たまたま会っただけだよ。それよりもアレンも参加するのか?お前鍛冶屋だろ」
「そうなんだけどよ。素材集めるために魔物を狩ってたら俺も誘われちまってな。断ろうとも思ったんだが、待ってるだけってのも嫌だったもんで、参加することにしたってわけよ」
この世界の鍛冶屋というのは、受け取った素材を合成・錬成して武器にするのだが、アレンの場合はそれに加えて、自ら魔物を狩って素材を集めるらしい。見るからに体育系の見た目をしているし、納得もいく。
「そういえば、ほら。頼まれていた奴だぜ」
「――これは」
アレンはバッグから武器を取り出し、春人に手渡す。春人が2日前に頼んでいた武器だ。
「できるのは明日じゃなかったのか?」
「今日のためになるべく急いで作ったんだよ。感謝しろよ」
「……ありがとな。」
「おう! っと、どうやら始まるみたいだぞ」
広場中央には黒谷とその仲間が立っている。
「集まっていただき感謝する。ここにいるのはみな幹部を討たんとしてくれているものだ。同じ意志を持つ者同士、協力して戦いに臨んでほしい」
「まずは見つけた幹部のことから。幹部は草原の北東にあるアルマ湿原を拠点にしている。敵戦力は数としてはだいたい300程度。そこでこちらは戦力を、幹部を相手するものと周りの魔物を相手する者の2チームに分ける。基本的にレベルの高いものは幹部の相手をすることになる。その中でも特に攻撃に優れているものを前衛部隊に、そのほかをサポート部隊の2つに分ける。基本的な戦略はこんな感じだけど、何か質問のある人は遠慮なく申し出てほしい」
アルマ湿原はぬかるんだ地面にじめじめした空気と環境が悪いため、人はあまり寄り付かない。魔物のレベルも草原地帯の魔物と変わりないため、身をひそめるにはうってつけの場所である。
春人も以前足を踏む入れたが、その時には幹部は発見できなかった。
「じゃあ、一つ質問だ。見つけたと言っていたが、そいつのデータはあんのか。相手の戦い方がわかんねーとこっちとしても戦いづれーんじゃねえか?」
小柄のひげを生やした男が言う。
「残念ながら敵の戦闘データは取れていない。幹部を覆うようにドーム状のフィールドがあって、戦闘することはかなわなかった。うかつに中に入っては戻れない可能性もあったからな」
ドーム状のフィールドが何を意味しているのかは、容易に想像できる。要するに中に入ったら最後、逃亡不可の勝つか死ぬかのバトルが始まるというわけだ、
この情報はこの場にいる者たちにとって、知りたくなかったものだった。人々はざわめき立ち、あまりの恐怖に逃げ出す者までいた。
そんな中、喧騒の中一人の男が声を上げる。
「怖気づいたか? しかしそんな焦ることはない。勝てばいい、それだけのことだ。君たちは常に負けたら死ぬ戦いをしてきたのだろう。だが生きてこの場に立っている。それこそが君たちが強くなっている証明だ。たとえ相手が幹部だろうと、自分を信じれば負けることなどない。」
黒谷の言葉に心を打たれたのか、暗い雰囲気が一転して、みな覚悟を決めたような顔をしている。
「あいつスゲーな。一瞬でみんなをやる気にさせやがった」
アレンは腕を組んで、感心したような目で黒谷を眺める。
「……ああ、そうだな」
「おい、なんだよその反応。なんか引っかかっていることでもあるのか?」
――わからない。
何が引っかかっているのかはわからないが、どうも黒谷の言葉には何か裏があるのではないかと思う春人。黒谷を見ていると、心が落ち着かないというかざわざわするというか、そんな感覚になる。
「――私もあの人からは何か嫌な気配を感じる」
横からそうつぶやいたのは真白だった。具体的に何がそう思わせるのかはわからないが、真白までもがそう感じたということは、裏があると思わざるを得ない。
しかしながら、幹部という強敵を倒すうえで一緒に戦う者への疑心感は邪魔になる。ひとまず黒谷の話を聞き、指示を待つことにした。
◇◆◇◆◇◆
しばらく続いた話し合いが終わり、春人たちはアルマ湿原へと向かっていた。
「いやー、まさかこの俺もサポート部隊とはな」
春人と真白、そして鍛冶屋のアレンもサポート部隊に配属された。皆ソロで行動しているが、レベルはかなり高かったらしい。正直複数人での戦闘に慣れていないから、息を合わせられるか不安ではあるが、それはその場で何とかするしかない。
「お、君は確か春人君だっけ? やっぱり参加してくれたんだな」
背のスラっとした好青年が春人に話しかける。年齢は20歳前後といったところ。
「あなたは……。あの時はありがとうございました。えっと……」
「そっか、そういえば名乗ってなかったっけ。俺は青葉優樹。よろしくね」
青葉と名乗る青年は、以前春人がウルウルフの群勢に襲われていた時に助けてくれた、黒谷パーティーの一人だ。
「こちらこそよろしくお願いします」
「そんなかしこまらなくてもいいって。優樹でいいよ」
「うん。じゃあ……優樹。」
「そそ。それでオーケー!」
黒谷とは違って、裏表のない根っからの善人に思わず驚く春人。
「――元の世界でも常に周りに人がいそうなタイプだな」
小声でつぶやく春人であったが、真白には聞こえていたのか、その表情はマントの内側で少し笑っているように見えた。
「もうすぐ目的地だ。皆気を引き締めろ」
黒谷が真剣な表情で言う。
ここから先は逃げることのできない、命を懸けた戦いが待っている。剣を握りしめる春人の手は少し震えていた。




