第二フェーズ 前編
桜田は時間が戻ってきたようだと言っていたけれど、俺としてはそんな感覚はなかった。
本当に戻ったのか、と尋ねてみたところ
「亀裂が入ったからそうだと思うよ」
と返されてしまい、桜田が指さしたところを眺めた俺の目にはありえない光景が広がっていた。
ここはCGの世界だったのだろうかと思うような状態で空間に亀裂が入っていた。
亀裂の後ろへと回り込んでみても、見え方は変わらない。
ピキピキと音を立てて崩れていく空間は縦に人一人分くらいまで広がり、そして暗黒が視えたかと思うとバッと亀裂が広げられた。
・・・・・・・・・・・・
俺がその光景に目を疑っていると、ぱちんと指を鳴らしたような音が響いて暗黒が広がっていた空間に銀の扉が出現した。
「なんだよ・・・・・こんなの・・・・・・」
「常識を外れているわ・・・・」
俺の言葉を引き継ぐように母さんは言った。
「さあ、お出ましだ。楓ちゃんとお母さんはこの部屋から避難を。瑞樹ちゃんは僕の近くに。輪花さん、頼みましたよ」
楓と母さんは言われた通りにこのリビングルームから出ていく。
そして輪花さんが気合を入れるように答える。
「ああ、派手に行きますよ」
それとともに重い音を響かせながら扉は開いた。
中から出てきたのは、銀髪の髪、燃えるような紅眼を持ち、黒い布地に赤を基調とした動きやすい服に身を包んだリリスだった。彼女は片手に金属製と思わしき杖を持っている。だが、一番印象的だったのは、その顔だ。整った顔は、可愛いではなく美しいと思わせ、目を引き付けるような白い肌。しかし、なぜか目が座っていて、とても目線を合わせられたものではなかった。
「先手必勝!」
輪花さんが扉が明けきられる前に殴り込みにかかる。
しかし、リリスは何をすることもなくその攻撃をかわしてしまった。
いや、かわしてすらいなかった。
俺の目には、輪花さんはそこに何もないかのようにリリスをすり抜けてしまったのだ。
「愚かな。私はまだ、こちら側には踏み込んでいないのだぞ」
「・・・・・・僕もそのことは話しておくべきだったかな」
桜田も少々苦笑いを浮かべていた。
どうやら、手違いだったようだ。
俺は物理攻撃が全く効かないなんていうチートな相手ではないということで少しほっとしていた。
それも束の間、
「そこにいたのか、我が娘よ。さあ、こちらに来なさい」
リリスは俺の方を見て手招きする。
「ん・・・む???」
動かない俺の足を見てリリスは、
「気に入らんな・・・!!」
杖をこちらに向け、次の瞬間には俺の服が破け散っていた。
「な、なんで・・・・・・」
あまりのことにすっとんきょんな声は出なかった。
「さあ、来なさい」
「私はあなたの娘なんかじゃない」
「ふむ。少し魔力の適正、耐性が上がったと見える。成長しましたね。・・・・・・少々法則を偽ってしまいますが仕方ありません」
そう言いながら、リリスはその足を一歩前に踏み出した。
「ね。必要になったでしょ」
「はっ・・・・まさか!?」
桜田はこのためだけにお札を渡してきたとでもいうのだろうか。
これは使ったと言えるのだろうか・・・・・そんな疑問を抱えながらも俺は桜田に恥じらいを抑えるようににらみを返し、リリスに向き直った。
「これを狙っていたとでも?」
「いや、これで僕たちの攻撃も通るようになったと思っただけですよ」
桜田が言うのと、どちらが早いか輪花さんが後ろから殴りに入る。
しかし、その拳はリリスに届かずに止まる。
空中で、何かに抑えられるように、制止する。
「あなたは達人なのですね。一発目を見て私は思いました。しかし、だからこそ、動きを読みやすい」
「はあ・・・」
拳がダメならと、輪花さんは蹴りを入れるが、それも届かない。
別に何かに捕らえられたわけじゃない。リリスの目の前に壁があるように拳も蹴りも届かないだけなのだ。
「私も我が娘を裸にしたままにはしたくありません。一応隠してあげましょう」
「・・・・・・ふえ!?」
俺の身体にはいつか見た、魔力体のリリスが身に着けていた最低限しか隠されていない服が着させられていた。
「あなたの魔力をお借りしただけですから」
どうしてこんな服を、という俺の目線での訴えに答えるようにリリスは言う。
そう話している間も輪花さんは攻撃を続けていたけれども、届かない。
「固い」
「難い、ですか」
「私頭そんな良くないんですよ・・・・!」
「いえいえ、そんなことは言っていませんよ。ただ、輪花さんには相性が悪いのも事実。ではこんなのはどうでしょうか」
そう言って桜田はリリスと輪花さんを囲むように、長方形に札を床に貼る。
「へえ、そういうことか」
そう言って輪花さんは再度、殴り込む。
「・・・・!?」
今度はリリスの胴体にヒット。
自分の防御を超えてきた拳に驚いた様子で、リリスは言った。
「意識改変・・・あなたはずいぶんとトリッキーなのですね」
「おい、まじかよ。私の拳は効かないってことか」
「いえ、魔力障壁と呼ばれるものですよ。しっかり仕込んでいましたか」
「当たり前です」
・・・・・・ついて行けてない。
そう俺は思いつつも、とりあえず解説を求めてみる。
それに桜田は答えてくれて、
「ごめんね、瑞樹ちゃん。すっかり意識の外だったよ」
「へえ・・・」
こんな感じで今回は大丈夫なのだろうかと思いつつも、先を催促するように、それで? と返す。
「さっき輪花さんの拳と蹴りを受け止めたのは、どこにでもある空気だ。とはいえ、圧縮空気だからとてつもなく固い。それを破るのは困難を極めるだろうと僕は思って、意識をずらす結界を組んで支援したわけだよ。これで大丈夫だよね」
「うん。ありがとう」
「・・・我が娘ながら可愛い表情です。先ほどの強張った顔よりこちらの方がずっといい」
どうやら、リリスの好感度が上がったようだ。
・・・・・・今回はこんな感じで大丈夫のようだと思うきっかけとなる出来事だった。
・・・・・・いやいや、リリスは魔女なんだから侮ったらいけないよね?
そう自分に言い聞かせなければ後々痛い目を見るのは明白だ。
そう俺は、裸にされてすでに痛い目にあったのではないかと思いつつも、そのことを肝に銘じるのだった。




