策略1
七月十四日。
深夜。
別邸。
桜田環はある高級住宅街のとある邸宅に赴いていた。
そこには輪花の姿もあった。
「こないところに呼び出しとは、どういった要件ですかな」
「僕にもそれは本人に聞いてみないとわからないよ」
桜田は笑顔で返した。
それに輪花は、そんなことはないだろうという表情を浮かべながらも
「そうですか」
と、あっさりした返答をした。
桜田と輪花はとある部屋に通され、そこには豪勢な生け花と絵巻が飾られていて、その横に日本刀がおさめられている。
上座に座る若い女性。
落ち着いた雰囲気の漂うその女性は、着物姿で正座している。
その前に正座をしながら並んだ二人は、深々と頭を下げ、
「今日はどういったご用件でしょうか」
と、輪花が最初に口を開いた。
「頭をあげてください」
若い女性は二人にそう言って、
「今日は、あなたたち二人に赴いて欲しい場所があってきてもらいました」
「その場所とは?」
桜田が聞き返す。
「空港です」
「空港? どうしてそんな場所に?」
輪花が怪訝そうな表情を浮かべる。
「二人には事前に回収してきて欲しい代物があります。その代物を持った人物がこの方なのですが」
そう言って若い女性は二人の前に一枚の写真を見せた。
その写真には、ラフな格好をした女性。髪は黒色で、後ろで一つに結んでポニーテールのようにしてあり、少し日に焼けている。
「この女性は誰なんですか?」
輪花さんが聞いた。
「谷崎瑞樹さんの母親です」
「なるほど。そういうことですか」
「はい。さすが桜田さんですね」
「お褒めいただきありがとうございます。しかし、これは少しばかり厄介かもしれないですね」
「どういうことですか?」
「この間様子を見に行かされたから、瑞樹ちゃんの方はそろそろタイムリミット。つまり、そろそろ何か仕掛けてくるだろうとは思っていたけれど、物理的に干渉できる代物を用意してきたということは、その代物にも大体の想像はつく」
「そうです。この代物、残念ながら破壊はできないでしょう」
若い女性は言う。
「代物というのは、”聖杯”ですかね?」
「はい。そう予見しました」
「わかりました。僕もそれなりに準備をしていきましょう」
桜田は立ちあがり部屋から出ていこうとする。
それに続いて輪花も立ち上がる。
その後ろ姿に若い女性は、
「万が一回収できなかったとしてもそれで終わりではありません。たとえうまくいかなくても目覚めさせなければ問題ないのですから」
二人は聞き終わった後、部屋から出て行った。
七月十五日。
月曜日。
海の日。
早朝。
二人は空港にいた。
桜田は詳細についてまでは聞かなかったけれど、聞く必要もないだろうと思っていた。
それもそのはず。
この作戦は失敗に終わると初めからわかっていたからだ。
まず初めに場所が悪い。
空港とはセキュリティーの塊みたいな場所だ。二人が人間である以上、ここで代物を回収するのは至難の業と言えるだろう。
そして二つ目に、女性は帰って来るわけなのだが、桜田はあの家に車を運転できる人間がいないことを知っていた。
つまり、女性の帰る手段として、バスか電車かタクシーのどれかだとは想像に難くない。時間的には電車かタクシーだろうと予想したが、そこでまた問題だ。
どちらにしろ盗めるチャンスはあるだろうが、早朝のこの時間である。人で込み合っているわけではない。気づかれずにと言うのは無理がある。
なので、桜田は違うことを考えていた。
「輪花さん。僕はこの作戦成功しないと思うんですが」
「そんなこと私に言われてもな。私もこれは専門外だ。成功する確率の方が低いさ」
「そうですよね。だから僕としては回収はしますが、すべてが終わってからでいいのではないかと」
「おいおい、それじゃあ、瑞樹ちゃんのことは見捨てるっていうのかい?」
「見捨てはしませんよ。でも助けもしない。そう言っているんです」
「それは主義に反しないのか?」
「依頼を放棄したわけではないですから」
それを聞いて輪花はわかったとばかりに頷いた。




