第一フェーズ 後編
俺が円の上に倒れこむようにして座り込んで数分、桜田と円城さんの集中状態は続いていた。
いまだ相手に動きはない。
身体に力は未だうまく入らず、立てない俺を横目に桜田が声を発した。
「相手のお出ましだ」
「予想通りって言ったらうそになるかもしれないな~。これは・・・・・」
「なんだよ、それ」
俺たちと桜田の間、初めに箒を壊した場所に無数に散ったその破片。
それを纏うように、繋ぎ合わせるように、それは現れた。
身体が半透明に透けた状態で、銀髪の髪をゆらゆらと揺らし、身体の輪郭からは湯気のような白い靄が立ち上る。大人の女性の風貌を形づくり、燃えるような紅眼を持ち、大事な部分だけを隠すような服装の彼女はとても艶めかしく見える。
俺たちを、そして桜田を見た彼女は、
「我が名は、リリス。私の娘に手を出すものは許さない」
「どうやら瑞樹ちゃんのことみたいだよ」
「俺にそんな知り合いはいません!」
「そりゃそうでしょうね」
桜田に返答し、円城さんがそれに同意を示す。
「私の娘に知らない力・・・・・そんなことはさせない」
リリスの手が拳銃を模ったような動きをした。
「いけない」
円城さんの一言とほぼ同時、俺に貼られていたお札が破れた。
「魔力体とはいえ、あまりにも早いね。これは僕も少し油断していたよ」
「魔力体って?」
「このリリスは、あの杖に貯められていた魔力で活動しているってことさ。もちろん今を形づくっているこれも魔力だ」
そう言って、桜田が懐から俺に貼ったものとは違うお札をリリスに貼り付けた。
「これは!!!」
リリスは慌てたような表情になる。
お札には炎と書かれていて、周りに円、その上下に穴が開いていて、出、入の文字。
「確かに強いお札じゃないけど、君の身体には効力絶大だろう」
そのお札は自然に発火をはじめ、リリスの背中の貼られた部分の透明度がさらに増した。
「そのお札はなんだよ」
「これは魔力を炎に変換するお札さ。本当はその機能を利用して攻撃したりするんだけど、今回は相手が魔力だからね。貼ればそれだけで効果が出る。ただ厄介なのは」
リリスの足元に魔法陣が出る。
そして、桜田のお札の発火が止まり、燃え尽きて灰になった。
「相手も似たようなことができるってことだ」
桜田は言いながら走り出し、リリスの左側に回った。
リリスの足元の魔法陣が消え、次の瞬間、先ほど桜田の立っていた場所に炎の柱が上がる。
リリスに幾度かの攻撃を桜田が仕掛けたが、未だ致命傷には至っていないようだ。
しかし、リリスの身体はかなり薄くなってきている。
桜田が言うには、本体ではない上に、顕現した時にその依り代の箒がすでに壊れていたために、本来あってもおかしくないはずの魔力を再度補充する機能が発動していないらしい。
このまま、魔力がなくなれば、おのずと戦いは終わるらしく、俺への影響もなくなるらしい。
「私の娘にまたあの痛みは味わわせない。我が名は、リリス。その魔、もらい受ける」
「うぐ、これは・・・」
「な、どうしたんだよ」
「天体同時詠唱とか聞いたことないんですけれど」
「天体同時詠唱ってなんだよ」
俺の怒鳴るような問いに、桜田が絞り出すように答えてくれる。
「天体には魔術的に基本属性や記号などが当てはめられている。それを使った魔術はかなりの高威力になるが、その分隙もできやすい。それが天体詠唱。その隙を付け居られないように今、リリスは俺たちのこの場所全体に重力魔法を同時に掛けている」
「それってかなりまずいんじゃないの???」
「はい、かなりまずいでしょうね・・・・・・」
円城さんが冷や汗なのか、額から汗が流れていた。
「やはり、これ・・・では・・足りない・・・・・・か」
リリスの紅眼が俺を一点に見つめている。
そしてまたあの時と同じ動き。手を拳銃のようにして俺を撃つ。
俺の眼は確かに見ていた。透明のようで、どこか違う、その弾を。
俺はその弾を避けようとして、俺の時間は瞬間的に止まった。
「それ・・・は、・・・だめ」
その弾は俺が少し動いたことで肺の少し下あたり、下腹辺りに当たる。
「あ・・・・」
瞬間的に声が漏れた。
痛みはない。違和感もない。ただそれだけが、違和感だ。
「三つ目なんて聞いたことない」
「ほんと、規格外もいいとこだね・・・・」
桜田と円城さんの驚きとは裏腹に、リリスに変わったところはない。
「これで・・・・おわ・・・・り・・だ」
そうリリスが言った時、俺の身体に急激な脱力感、それに続くようにして燃えるような熱さに襲われた。
「あ・・・・・・ぐうう・・・・んっ・・・・・」
「瑞樹ちゃん・・・・・」
「瑞樹さん、しっかりして」
桜田と円城さんの声が遠くに聞こえるような錯覚。
俺の意識が沈んでいく。
深く沈んでいく・・・・・・・・・・・・
「・・・・・ちゃん。・・・・しっかりしなさい」
「ん。・・・・だれ???」
「私? 私はリリスよ。あなたを撃った、その本人の意識」
「え・・・・・・」
俺は驚いた。
もちろん起きた時の知らない光景にも驚いた。
それとは別に、人間としてのと言えるのかはわからないが、透明ではないリリスが目の前にいたのだ。
そのことにリリスは気づいたようで、
「ここは瑞樹ちゃんの意識の中。私はあなたの意識を借りて存在しているから、ここでは本来の姿で現れているの」
「なるほど・・・・・」
ここで、こんなことを言う必要はないのかもしれないが、言っておくことを強く望みたい。
「どうして、意識の中でも、女の子なんですか!!!」
「それはもちろんね」
そう言ってリリスは微笑む。
「それはそうと、あなたを撃ったことは本意ではないわ。私の魔力体が、本当にごめんなさい」
「え、あ・・・謝ってくれるなら」
「そう言ってくれると助かるわ」
そして、リリスは少し真剣な表情というか、怖い表情になって、
「あまり時間もないし、ここで話し合っていてもダメね。それに、出来損ないにもお仕置きもしたいし、少しあなたに入っている私を借りるわね」
「え・・・・・」
リリスは俺に有無を言わさずに、言わせずに唇に自分の唇を重ねる。
とても柔らかい感触とともに広がる燃えるような熱。
「んっ・・・・・んん・・・・・」
息が苦しくなるほどに長い口づけがやっと終わる。
「ありがとう。とてもおいしかったわ」
俺は意識を失う前からずっと赤面している気がしているが、それでもさらに熱くなった気がした顔を手で押さえた。
「あれ・・・・・」
俺が顔に手を当てて、あたふたしているその一瞬の隙に、リリスから目を離している間に、消えていた。
そして、俺が辺りを見渡し、辺りを見渡した後の瞬きの後で、世界がガラッと変わった。
俺の目の前には、ゲーム会社のあの部屋の光景が広がっていた。
俺が視たその光景の中には、驚いている桜田と円城さん。そして自分の直線状に空いた大人が普通に通れるくらいの穴、それだけだった。
あの魔力体のリリスの姿はどこにもなく、桜田たちが魔術によって何かされている節も見受けられなかった。
「・・・・リリスは?」
その俺の一言でこの場の空気が動き出すように、時間が進み始める。
「いや~。何はともあれ、一件落着ってことさ」
「そ、そうですね。危うく死にかけましたけど」
「一応、終わったの?」
「そうだよ。それに、一段落ってところかな」
「そうなんだ・・・・・」
俺はあのリリスがどうやってやられたのか、知らないから未だ半信半疑だ。
「とりあえず、今日のところは帰って休むといいよ。もうすぐ日も沈みそうだし」
空いた穴から、空を見ると夕日色に空が輝いていた。
「でも・・・・」
「大丈夫、この後のことは僕たちの担当だし仕事だからね。輪花さんは送ってあげて」
「わかっていますよ」
そう言って、円城さんは俺の手を引くようにして俺を家まで送り届けた。
いや、なんで家まで知っているの?????
少しこの人たちの怖いところを見た気がした・・・・・・・・




