魔女の名は、リリス
時刻は放課後に移る。
保健室から戻った俺は、昼食を軽く済ませ、午後の授業は普通に受けた。
ホームルームが終わったところで、クラスのいたるところから数人の仲間内で何やら輪ができ始めた。
これから何か始まるのかと思い、あかねに聞いてみたところ、今は新入生のクラブ紹介中の真っ最中だという。
俺も一緒に行かないかと誘われたが、今日は用事があるから行けないと断わることにした。
あかねは理沙と言う、あの子と一緒に周るらしかった。
俺の用事と言うのはうそではない。
今日初めて登校し、クラスに入った時の賑わいといい、保健の先生の反応はともかくとしても担任の東雲夏凛先生も俺のことを不審に思っているようには見えなかった。
そしてこの日までに考えられていた仮説を、桜田に伝えに行く必要があった。
何も放課後に行くこともないだろうと思うかもしれないが、俺の中で一つの不安要素が生まれていた。
これが生まれたのは健康診断の時だ。
保険の先生が初めは俺のことをからかって襲ってきたが、その後は何事もなかった。
何事もない。
何事もなさ過ぎたのだった。
これは職員室を朝、訪ね、教室に入り、自分の席に着いた時にも感じた。
無事一日を乗り切ったことは誉めてもらいたいところだが、それも当然と言えば当然であるような気がした。
なぜなら、この学園に俺が男だったという痕跡がなかったから。
ならば、どういったところに痕跡があるのか。
それは例えばこんなところ。
健康診断の容姿の性別欄。
一枚一枚手書きで名前を書くわけではなく、一人分ずつあらかじめ印刷されているものであった。
それが間違っていなかった。否、間違っていたのである。
だって”女”になっていたのだから。
また、教室はというと、席の座り方だ。
もとは女子高だったこともあり、やはりまだ女生徒のほうが多いという話はしたと思うけれど、それも教室の席順に表れていた。
俺のクラスは窓、中、廊下側のその三列が女子席だ。
その中席、一番後ろから二番目が俺の席だった。
これも男であるという痕跡がないという一つの証拠だった。
その辺のことを踏まえて、早くあの男を頼った方がいいと俺の直感が叫んでいた。
そういうわけで俺はあかねに「ごめんね」といい残し、一人、あのゲーム会社の跡地へと向かおうと下駄箱で靴を履き替え、校舎から、あの桜並木を早足で抜け、校門から出たところで、俺は登校時に話しかけられたあの女性に再度遭遇した。
いや、待ち伏せされていた。
「また会いましたな。いや、待っていましたよ。が正しいのかな」
「はあ・・・・・・」
「どうでした? 女難には気を付けられましたか?」
「・・・・・・いえ」
そういえば、そんなことも言われたなと思った。
しかし、まさか本当に当たるだなんて・・・・・・・
「そうですか。それでは行きましょうか」
「え。私、これから用事があるんですけど」
「ああ、心配いりませんよ。私は、連れてくるよう頼まれただけですから」
「連れてくるようって誰にですか?」
「あなたが会いに行こうとしていた桜田に、ですよ」
「あなたはいったい・・・・・」
俺が彼女の顔色を窺うように覗き見ていると、
「これは失礼しました。朝にもあったからついうっかり。まだ名乗っていませんでしたね。私は、円城輪花と言います。以後、お見知りおきを」
そう、名乗った彼女は俺の手を引くようにして、俺のことを連れて行った。
俺は途中振りほどこうとしたけれど、その手を振りほどくことはできなかった。
目的地に着いた俺たち。
そして、それを待ちわびていたような顔をしている桜田が、今目の前にいた。
場所は以前桜田とあった部屋と同じだ。
「やあ、待っていたよ。それで、瑞樹ちゃん。学校は楽しかったかな」
「まあ、それなりに」
「それはよかった」
そして、桜田は一拍おいて、声のトーンをおとして。
「それで、何が分かったんだい」
「それは、いろいろと・・・・・・」
「そうか。なら、一つずつ話してくれるかな」
「わかった」
そして、俺は、一つずつ話していった。
学校では俺が男であったという痕跡すらなかったこと。
家族以外、俺のこの現象に不信感を持つ者がいなかったこと。
一通り話終わったのを見計らうように桜田は、
「そうか。もうそこまで」
「そういう言い方ってことはわかっていたのか?」
「まあ、大体はね」
「・・・・・・・・・・・」
「そう気落ちするなって」
円城さんに背中をバシッと叩かれた俺は、小さく身もだえする。
「前にも言ったかもだけど、この手の魔法には、術者もしくは発動した環境によって、影響が異なってくる。時間間隔の話はしたと思うけど、物は何も変わらない。でも、時間は物にも積み重なっているんだ。だから、作り変えることは可能なんだ」
「作り変えるって何を?」
「例えば、女という字から男という字を。また、例えばクラスの席順を。まあ、今回の相手はその辺、得意分野だからね」
「ちなみに、一応聞くんだけど、まさか俺の身体も???」
「そう、言えなくもないね」
桜田は苦笑いで返した。
「よし、それじゃあ、これからの本題に入ろうか」
「本題??」
「そう。今日の本題はこれからだ。瑞樹ちゃんに調べてもらった情報と僕が個人的に調べたことを踏まえて割り出した相手のことだ」
そして桜田は話し出す。
「結論から言おう。僕たちの相手は”リリス”という魔女だ。彼女は後にサキュバスとなるんだけど、サキュバスになる魔女というのは色欲を研究していることが多い」
「魔女に限らず、魔法、魔術を扱うものは、この世の現象、想像を知る必要がある。どうして火は水をかけると消えるのかとかが現象。どうしたら火を炎にできるのかが想像だ」
「そしてそれらを研究してまとめたとされるのがテーマだ。このテーマはたくさんあるんだけど、それをさらに大きくまとめたのが、よく出てくる七つの大罪だね」
「それは聞いたことある!」
「欲望を言い表したって言われたりするけど、あれらはそれだけじゃないんだ。今回は必要部分だけ使うけれど、色欲の中には錬金術だったり、生命だったりと命をテーマにしたようなものが多い。瑞樹ちゃんが言っていた痕跡がないと言うのは、きっとこの錬金術が使われたからだろうね」
「それが使われるとどうして痕跡がなくなるんだよ」
「錬金術は等価交換が絶対の掟だからさ。ないものがあることになるのではなく、あるものがあるようになるだけ。つまり、健康診断の紙は性別の男にあった丸を女の方に、席の方も同じように弄られたんだろうね」
「そんな簡単にできるものなのか???」
「そうでもないよ。それだけ、瑞樹ちゃんと魔女との繋がりが深くなってきているんだ。だから少なからず急いだほうがいいかもしれない」
「そんなに緊急事態なのか!?」
「今すぐどうこうではないけれど、この後の展開がうまくいったとしても、後遺症みたいにその姿がどの程度続くのか、悪いけれど僕には大まかにしかわからないんだ」
「ちなみに今だと???」
「三か月程度かな」
それを聞いた俺は意外と短いんだなと思ったが、この姿でいる方がおかしいはずだから短いわけもないのかもいしれない。
「とりあえずは、というか今日のところはここまでかな。これ以上の説明はあってもなくても同じだからね。する時が来たらまたしようと思うよ」
「そんなんで大丈夫なの」
と、俺は心配したが桜田は黙ったままだった。
途中から円城さんが話に入ってこなくなったと思っていたが、俺の隣にはすでに誰もいなかった。
まさかのホラー現象の様に影も形も残っていなかった。
あの人は一体・・・・・・・
「ちなみに瑞樹ちゃんは縛られるの好きなの?」
「え、そんなの好きじゃないよ???」
「今日、楽しそうにしてたからさ」
今日楽しそうにって・・・・・・・
まさか、保健室のことかと思ったけれど、あそこには誰もいなかったはず・・・・・・
いなかったはず・・・・・・・・
「まさか、保健室の?」
その質問に桜田は笑みを返すだけだったが、それだけで俺の顔は青ざめていた。
まさか見られていたなんて・・・・・・
「明日はここで実行かな」
そんなことを桜田は言っていたけれど、俺の頭はその言葉を右から左へと流していた。
「瑞樹ちゃん明日は朝からここに来れるかな」
「ふえ、ああ。うん」
半放心状態だった俺は、いきなり呼ばれたときのような、そんな生返事を返してしまう。
「それじゃあ、今日はこれでお開きだ。また明日だね」
「はい・・・・・・」




