魔導書 完成
魔術合戦を初めて早々にリリスは雑談を始めた。
「瑞樹さんの魔法は娘から教わったものだと思いますが、その時なにか言っていましたか?」
「おまじないみたいなこと言ってた」
リリスは風の魔法を撃ちながら話しかけてくる。
俺からすれば話しながら戦えるほど戦いなれていないので迷惑極まりないが、リリスはなんだか楽しそうであった。
「おまじない、ですか。魔力は気持ち、威力は願い。今もなお使ってくれていたのね・・・・・・」
「それは」
「これは、私が娘に教えた最初の教育。魔法の天才がしてあげられることなんてほとんどなかったけれど、よかった。私は何かを残すことができていたのね」
リリスは母親のような優しい顔をしていた。まるですべてに満足したかのように殺気がみじんも感じられなくなっている。
いや、そもそも殺気なんて感じられてはいなかったのだけれど。
「娘に変わることはできませんか?」
リリスの唐突なその問いには俺も、俺のうちに居るリリンでさえ驚きを隠せなかった。
・・・・・・いいわ、変わって
俺は頷く
「何、お母さん」
「リリン、なのね。はあ、ふう。話せてよかったわ。そしてもう一度魔法を使っているところを見せて欲しいの。私ももう少しだから」
「わかったわ」
そして再度魔法の打ち合いが始まった。
あれから暫く、風魔法を操りつつ炎魔法で威力を操作し戦況を操っていたリリスと、それを水魔法で打ち消しながら魔法障壁でガードしつつ戦っていたリリンの防衛戦は続いていた。
上空での打ち合いということもあって障害物などもない。
二人して自由に動き回れるわけだから、経験値の差は歴然。少しずつリリンの攻撃の手数が減っていた。
「くっ」
リリンが苦しそうに歯噛みした。
それでも防衛できているのはきっと手加減されているから。俺は中から視ているだけだけど、リリスは大技や威力高めの魔法は使っていなさそうで、その代わりに手数を増やしていると感じられた。
「私の知らない間に魔力コントロールが上がりましたね。それならば魔導書も扱えるでしょう。瑞樹さんを支えてあげなさい」
「お母さんに言われなくてもするって」
「ありがとう、魔法を見せてくれて」
リリスが言い終わると同時に激しい爆発が起こった。
「きゃああっぁぁあああ」
リリンは爆風に煽られて体勢を崩した。
「強力な魔力反応を確認。前マスターと認識。前マスターの命により、新たな魔術を実行。只今より前マスターの記述を開始。・・・・・・・・・・・・完了。魔導士意志として取り込みを開始します」
「え? んん???」
言うが早いか、魔導書は掃除機のように吸引を始めた。
「これどうやって止めるの。えっ・・・ええ!?」
「それは私の命なので止まりませんよ。これには私も驚きました。ただ今なら私もわかるんです。あの人の気持ちが。師匠が私に託したときの気持ちが」
「何言って。これどうなっちゃうの、ねえ。ねえって」
「心配せずとも私が魔導書に取り込まれるだけ。私の経験をすべてあなたにあげるだけです」
「それって、結局・・・・・・」
「死ぬわけじゃないのよ。私はあなたたちとともに歩んでいく。ただそれだけの魔法」
リリンは焦っていた。だけどそれはもうリリスに届くことはなかった。
きっと俺の顔は涙で濡れていることだろう。リリンの感情は俺の中にもすこしずつ流れ込んでくる。
声にならない声でリリンは叫んでいた。もうそれは嗚咽だったかもしれない。ただの絶叫だったかもしれない。心が叫んでいるだけだったかもしれない。
そんな状況で魔導書は、完了の報告をした。
「前マスターの取り込みが完了しました」
・・・・・・リリン、変わって。
・・・・・・うん。
・・・・・・落ち着いたら、また、ね。
「マスターの魔力の再度上昇を確認。お怒りですか、マスター」
「いいえ、私は怒ってなどいません。ただ、魔女になったことを嚙み締めているだけです」
そう言って俺はしばらく上空に浮遊していた。
【神社】
神内のその中央に火がたかれ、ぱちぱちと音を立てている。
その少し離れたところに板が置かれており、そこに巫女服をきたあかねが正座していた。
そしてその後ろに春樹さんが神妙な面持ちで立っており、あかねの前には札が五芒星の形で置かれている。
「なんなの。この衝撃は・・・・・・もう」
「結界は維持できそうですか」
「揺らぎを正すので気がめいりそうです。春樹さんはこういうの慣れているんですか?」
「そうですね。あかねさんほどこちらの分野に精通してませんが結界の維持程度なら・・・・・・この規模は初めてです。私のたくわえが持てばいいのですが・・・・・・」
「この札すごいですね。魔力が入っているんですか?」
あかねは札を手で持ち裏表を確認するようにペラペラとしてみた。
「中央に置いたこの特別な札は魔力を失うと燃え尽きるので何枚か重ねて置いてください。五芒星になった札が各地点の要です。これが結界の維持に必要で、あかねさんにはこれを守っていただきたいってことでしたけど、この魔力操作きっつい」
「頑張ってください。これは守り巫女たるあなたにしか務まらない。私ではこの規模を支えることはできません」
「ああ、もう。戦いを長引かせるように魔法使わないでよね。瑞樹ちゃんに後で文句言っておかなきゃ」
そうあかねが文句を垂れているうちに、次第に戦闘が終わったように結界の揺らぎが無くなった。
「一段落・・・・・・」
あかねはしまっておいたハンカチで汗を拭きとった。




