魔導書 獲得
「やあ、瑞樹ちゃん。僕の登場は少し早かったかな?」
サキュバスにいじめられた俺はその場にへたり込みながら、悠々と通りを歩いてくる桜田にそう声を掛けられた。
片手に古く分厚い本を抱えた桜田は、俺たちを見据えるように立ち止まり
「リリス、君が待っていたものだろう? 受け取りに来たらどうだ?」
そう言った。
そう呼ばれたサキュバスは眉をぴくっと反応させ、何のためらいもなく桜田に近づいて行った。
「私のものだ。返せ!」
「今回の僕の役目はこの本を届けに来た宅配人、そしてアドバイザーだ。それ以外のことはできないし、したくないかな。うまく準備を進めると良い」
「ふん。やはり桜田という男は食えないやつだったな」
サキュバスは本を受け取ると俺の元にまで戻ってきた。
「さあ、瑞樹ちゃん。この本を受け取りなさい」
「え?」
「私の後継たる娘に、そして娘とともに生きる魂の主瑞樹。君にこの色欲の魔導書を託そう」
そう言って半ば無理やり本を掴ませ、抱きしめるようにキスをしてきた。
その瞬間、魔導書と呼ばれたその本が勝手に開き、白紙のページで止まる。
サキュバスは俺が反応するよりも早く、巧みに翼を使い俺の指先に切り傷を作った。
「さ、血の刻印を押して」
俺は言われるがままに指を押し付けた。
なんて不用心な、なんて思うかもしれないけれど、これがその福音書なのだろう。ならばこれも事前準備と言うに違いない。
「血を了承。解析・・・・・・完了。新たなる魔導書管理者、マスターと認めます。衣装を変更いたします」
「ん? んんん???」
「あら、素敵じゃない!!」
髪はすらっとつやつやに。衣装はどことなく制服に近く、蒼いリボンがワンポイント。チェック柄のグレーのスカートは絶対領域が視えそうなほど短く、黒いニーソを履いている。靴は革靴になっていた。
誰ですか。これ???
いえ、私でした・・・・・・
「なんで・・・私、このくらい短いスカートとか苦手だって・・・え?? もう!!」
「この糸は魔力で編まれているのよ。だから魔術防御対策ってわけね。それじゃあ、続けるわね」
「まだあるの?」
「魔女になったのよ。試さないでどうするの」
「試す・・・・・・」
・・・・・・リリン、何をどうするんだ。
・・・・・・魔力操作は魔導書がやってくれるから、使いたい魔術を使ってみればいいんじゃないかしら。
「さあ、私に挑んできなさい。私があなたに贈る最後の贈り物よ」
そう言ってサキュバスは空へと舞い上がった。
「空なんて飛べないけど・・・・・・」
弱音を吐いたが、魔術操作は魔導書がやってくれるんだった。
だから、まずは身体を浮かせるイメージと、浮いている自分を強く想うこと。
すると、徐々に身体が軽くなってきて・・・・・・いやでもこれ、下から丸見えなんじゃ・・・・・・そう思った時には身体が地面に逆戻りしていた。
「いてっ・・・・・・」
「空も飛べないようじゃ魔女にはなれないわよ~」
・・・・・・じれったいわ。私がやって見せてあげるから、か・ら・だ・で、覚えなさい!
頭の中にリリンの声が響いた。
「やれば・・・・・・いえ、当然ね。眠っていた期間が長くとも魔術のやり方は忘れない。うれしいわ。さあ、かかってきなさい」
そして俺はサキュバスに向かって魔術を繰り出し始めたのだった。
そのころ、桜田はというと、
「やれやれ、僕はこの後大仕事だっていうのに、リリスははしゃいでるね~。いいことがあったんだろうね~。はあ・・・・・・あ~もしもし、そろそろ来て下さる?」
「桜田さん。出番ですか?」
「あ~、まだ、なんですけど。一応・・・・・・」
「わかりました」
「ありがとうござます。輪花さん」
輪花さんと電話をしていた。
それから桜田は大きく伸びをすると、顔つきを変えてゆっくりとその視線を上げていった。
「やれやれ、瑞樹ちゃんしっかりこの世界を守ってもらうよ。僕も全力を尽くして守るけどね」
桜田は不断の笑みを静かに浮かべるのだった。
【神社】
ここはあかねの家の隣、その神社だ。
その境内の中であかねとその父、そして春樹さんが座って、あかねの母が淹れてくれたお茶をすすりながら話をしていた。
「春樹さん・・・も桜田さんの仲間ですか?」
「あかねさん、といいましたか? いい目をお持ちのようだ。その通りですよ」
「うちの神社を結界の要にするのはいいがやりきれるのか。春樹さんとやら」
「神主殿。桜田は説明こそ不足しがちですが、彼がここを指定したということはここより良い地がなかったということでしょう。ならばなんとかするしかありません」
「信頼が厚いんですね・・・・・・」
「何をおっしゃる。私は桜田という人間を知りなどしませんよ、彼を理解などできようはずもないですから」
「そ、そうですか」
あかねの父は苦笑いでそれを流した。
当然と言えば当然だろう。桜田のその仲間だと思っていた人物からそんなことを言われれば、どう返していいか、わからないものだ。
「春樹さん、私は、私には何か言うことはないのですか?」
「そうですね。瑞樹さんを心配するならここから出ないでくださいね」
「わかりました。とりあえず、着替えてきます」
「はい」
そう言って、頬を抑えながら神妙な面持ちであかねは境内を後にした。
「娘に、その役目を?」
「ここは、守り巫女の神社。私がやるよりはるかに成功確率は高いですから。大丈夫、私も全力で支えますから」
「娘を頼みました」
そう言って二人も境内から出るのだった。




