第85話 徒歩での考察
オレは守部の人間だ。
でも、相変わらず守部のことは思い出せない。
「え……そうなの?」
「そうなの!貴族なら常識でしょ」
ゲームだから、月もあんな感じの演出だろうと思っていた。
ゲームだからと何の迷いもなく、一月は結婚式だと考えていた。
「で、守部はあのタイミングで一月に月詠が結婚すると言った。貴族や呪術関係者の目的を考えたら、伝承の姫の生まれ変わりと思われる月詠との結婚は狙うわよね。それを予想することは簡単よ。でも、一月は無理なの。つまり……」
学校行事ではない。
学生結婚なんて、突飛な出来事を予想できるわけがない。
「でも、知ってるって言っていいのか。場面場面の写真を覚えてるだけだから」
キラが顎をくいっと上にあげる。
オレが首を傾げると、キラはあっさりと言う。
「十分すぎるわよ。未来の写真なんて、どうやったら撮れるのよ」
間違いない。
現像できればの話だけれど。
けれど、彼女は自信満々に視線を上げた。
「守部、行くわよ。もう動けるんでしょ」
「どこに」
「月詠のとこ。少しでも早く安心させてあげたいから」
◇
帝都中央大聖堂に向かうらしい。
学校の敷地外なので、オレが知らない場所だ。
知らないってどういう意味だよ、なんて言う暇もなく綺羅星が前を歩く。
「結構遠いわよ。時間が掛かるけど」
あの頭痛は消えた。
多分、大事な何かと一緒に、脳の一部で固まった。
「綺羅星なら馬車を」
オレは自然に馬車を探した。
だがキラはきっぱりと言った。
「馬車はいい。歩いていくわよ。馬車だと御者がいるし、うるさくて話しにくいでしょ」
誰かに聞かれたくない話を、これからするつもりなのだ。
オレに答えられるものなら良いけれど。
歩きながら、キラが聞く。
「ねぇ、守部。 守部家は知っているの?」
オレは首を振る。
ただし、半端に止めた。
「でも、あの自動モードの時は分からないけど」
キラは肩を落とした。
「今のアンタが知らないんじゃ、収穫はなさそうね」
「どういう意味だよ。オレはてっきりあっちが本当の守部……じゃなかったのか」
異世界から転生して間借りをしていたと思った。
でも、オレの体は守部の実家ではないが、オレ自身の意識の実家だった。
「アンタは、その顔もその喋り方もずっと守部。あの無味無臭守部が、詳しく知ってるとは思えないし」
彼女はすでに何かを察していた。
逆に言えば、自動モードの守部は、それくらいおかしかったのだ。
あの優しい月詠が、叩いてでも止めたいほどに。
だが、オレはまだ察していない。
しばらく無言で歩いたあと、キラが唐突に口を開いた。
「どうして六つの結婚写真があるの?」
「今となっては分からないよ。前まではゲームと思ってたからな」
キラは小さく息を吐いた。
「それにアンタの言う未来って、なんていうか本当に起きるって分かるのよね」
「朔の味方だろ」
「さぁね。で、月詠に似た人にあったと」
シルエットだけが重なる。
そして光が降り注いで、オレは死んだ、多分。
「似てたかも……くらい。今、思えばだけど。でも、全然雰囲気違ってるから、別人かもしれない」
「今思えばってのがポイントね」
ショッキングピンクの髪を揺らし、少女は前を歩く。
置いて行かれないようにオレも歩くが
「そこかよ。あん時は何も……」
そこでオレの歩みが止まった。
狙いすましたかのように、キラは振り返った。
「そう。守部、その時の守部は宵坂に封印をされた後。月詠のことを覚えていないのよ」
頭の中がざわついた。
今までは鼻で笑っていた記憶消去。
あれは本当にこれから起きることだった。
だから封印された後のオレは、月詠の存在を知らなかった。
だからこそ、「今思えば」似ている。
でも、それって
オレは頭を抱えた。
「ちょっと待てよ。だったら、オレが浴びた、オレを殺したあの光って」
ポンっ
キラがオレの頭を、軽く叩いた。
「違うでしょ……それは半分」
「半分って」
「今の月詠の力はどう考えても人間のものじゃない」
田舎で生まれた少女は、その力を抑えきれずに、親友に怪我をさせた。
そして、オレも半殺しにされた?
そして——
「守部弥彦の記憶か魂かなんかを、ここに、正確には入学式前に飛ばした。その後、未来の守部は死んだだろうから、半分ってこと」
「……月詠がオレを? 過去に戻すって、そんなんできるのかよ」
キラは呆れたように目を細めた。
「アンタが言ったんじゃん。月詠の魔法は空間も操れるからね。あと、あれでしょ。自身には使えない、とか制約があるんじゃない?」
「んで。なんで、オレなんだよ」
確かに自分自身の魂を過去に送るのは、なんていうか難しそう。
でも、もっと適任がいそうな話。
「——帝都は崩壊してた。それもソース、アンタなんだけど?」
「あ……そうか」
「そ。あたしもきっと死んでる。国中で戦争でしょ」
今は違うけれど、彼女は自分が死ぬ未来を簡単に指摘した。
「一方で守部は記憶を封印されて、その後は万が一を考えて郊外へ。これは予測つくわね」
「なんか、凄いな。未来の出来事の予測って……。で、オレに。あの人は、守れなかったって、言ってたのか」
ちゃんと思い浮かぶ。
長い髪は輝きを失い、あでやかだがボロボロになった服で、彼女はそう言った。
オレが遠い眼をしていると、キラは肩をすくめた。
「今は生き残ってたからってだけって認識でいいわ」
「……あぁ。そうだな」
「そして十月のアレをやった。記憶の封印の脱獄方法を教えた。問題は……」
十月。あの時から時間が飛んでる。
でも、今回は事情が異なる。
彼女のあの一言で、オレはある意味で自動守部から解放された。
「……月下の約束って言葉も、六つの星も。今の月詠の口からも出てたし」
焼け野原で宵坂が言っていた。
封印する条件は多い方がいい。
とにかく力の逃げ道を塞ぐ。
強引に破壊すると
——構造そのものがおかしくなる。
解放っていうか、その破壊ってやつだろうけど。
「そのロールプレイジェイルブレイクを施されたまま、オレは記憶を過去に飛ばされた」
キラは小さく頷いた。
「そうなるわね。もっと話をつめたいとこだけど……先に月詠に顔を見せてあげなさい。大聖堂についたわよ」
見上げると、白い石造りの大きな建物が正面にあった。
帝都中央大聖堂。
夜空にまだ満月が浮かんでいる。
当たり前だけど、当たり前じゃなく、満月が浮かんでいる。
オレは深呼吸をして、キラの後ろを歩き出した。
頭の中はまだぐちゃぐちゃだ。
自分が未来から飛ばされてきた半身であること。
月詠の力がそれを可能にしたこと。
生前のジェイルブレイク。
そして、十月のブレインブレイク。
——でも、お婆ちゃんになって死ぬ前なら、もう関係ないよね
オレの前に現れたのは、まだ二十代の女性だった。
彼女は自分の死期を悟っていたのだろうか。
キーワードは「月下の約束」だ。
それでも、一つだけはっきりしていることがある。
「守部……」
今のオレは、ゲームのモブじゃない。
守部弥彦という人間だ。
ここは本当にある世界なのだ。
「分かってる。月詠のお陰でオレは、助かったんだ」
綺羅星キラは満足げに頷いた。
そして——
大聖堂の扉が、ゆっくりと開いていく。




