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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
最終章 モブはこうしてモブとなった

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84/88

第84話 十一月になりました。

 今が何時で、何月で、何日か。

 オレには分からない。


 一つ言えるのは、まだ空が綺麗なままであること。

 もうもうと上がる煙も、焦げた肉の匂いを帯びる炎もない。


「あっけなく、終わっちまった……人類……か」


 夕方の空は、赤く沈みかけていた。

 うっすらと目を開けると、視界に入ってきたのは圧巻の光景だった。


 夕暮れの空に浮かぶ、満月だった。


 知ってる天井も何も、紅い空と満月だ。


 ってことは、保健室ではない。


 オレはなぜか、外にいる。


「てか……なんだったんだよ、あれ」


 支離滅裂な文字列と、安全そうな文章がずらりと並んでいた。


「自分でも引くんだけど。アレが守部の呪詛……なのか?」


 あの時の頭痛が消えている。

 全身が訴えていた、物理的な疼痛も消えている。


 綺麗さっぱりと、文字列も消えている。


 ならば、良かった、とはならない。


「傷が治ってるってことは、それなりに時間が経ったってこと……」


 一体、今が何月なのか。

 世界がどうなっているのか。


 それも確かに大事だが、今のオレにとっては、目の前のことが


 いや、目の中のことの方が気になった。


 ——記憶の大部分


 頭の中が消えている。


 脳の一つと言っていいかは分からないが、記憶の一部がごっそりと欠けている。


「相変わらず、守部のことは思い出せないし……なんだよ、これ」


 残っているのは——前世で記憶を封印された後。遠い田舎で過ごした日々。

 そして、その田舎は異世界ではなく、この世界。

 帝国の片田舎で、オレは死んでしまった。


「あの日、あの光の中で……」


 そこまでは、覚えている。


 今のところ周囲に、誰もいない。


 俺は一人、空を見上げたまま、呟いた。


「オレは……この世界で生まれた?」



 考えたこともなかった。

 いや、違うか。


 考えようと思えなかった。

 思考しようとする前に、考えが弾かれていた。


「理由とかは置いといて」


 オレは息を吸って、酸素を脳に充満させて、考える。


 完全に記憶が消えたわけではない。

 脳みその一端がごちゃごちゃになって、固まっている。

 そこが壁になって、思考を阻害していた。


「そのロールプレイジェイルブレイクってのを、オレが勝手にやっていた……」


 完全に消すのは不可能。

 道はどこかで繋がる。

 ごちゃごちゃしている部分を避けて、オレは思考を続けた。


「なわけ……」


 あと、もう一つ。

 この意味が分からなかった。


 何故か、絡まって固定された部分以外の脳に、焼き付いている記憶もある。


「月下の約束のイベントスチルは……覚えてる」


 その言葉を、もう一度噛みしめる。


「え?! 月下の約束の?! イベントスチルが?!」


 耳に届くように、大きな声で叫んでみる。


「……いや、ゲーム世界じゃないんだぞ」


 月下の約束。

 ここを乙女ゲーム世界だと、勝手に思い込んでたってマジ?


「だったらイベントスチルじゃなくて、守部の。オレの撮った写真たちだ……」


 思考が頭の中で、漸く形になる。


 こればかりは、素の守部の力だから、と落ち着いた。


 直後、背後から声がする。


「アレ、起きてるじゃん」


 日和見貴族の声だった。

 俺は振り返りもせずに、ぼそりと返す。


「なんだよ、日和見貴族」


 すると、キラが軽く眼を剥いた。

 すぐにジト目になって、静かに言う。


「人を日和見貴族呼ばわりとは、あんた失礼ね」

「はぁ? 自分で言ってるだろ」


 アドバイザー綺羅という称号は、オレの中から零れ落ちた。

 ここにいるのは、綺羅星キラだ。


「自分で言うのと他人に言われるのとは違うの。……それより、アンタ。月詠に謝りなさいよ」

「月詠……?」


 っていうか、そうだ。

 竹取月詠も実在の人物……か。


 そして——


 月の女神に見出された少女。

 そして強い。オレはほぼ死にかけた。

 最後はなんていうか、呪殺的なやつ——


「月詠、自分の未熟さのせいで、アンタが死んだんじゃないかって。月の力があればって、外に連れ出したんだから」

「え……そう……なんだ」


 呪殺、そんなわけない。

 俺は夕焼けで眩しい空を見上げた。


 確かに


 ——空に、満月が浮かんでいる。


 この光景は確かに、異様だ。


 オレの記憶の中のイベントスチルもとい、守部写真でもずっと不気味にうつり込んでいる。


「あの月の力で。だから、怪我とか消えてるのか。……悪かったな」


 彼女は本気で、おかしくなったオレを助けようとした。

 結果、オレの中で思考の濁流が起きて、意識を失った。


 彼女のせいではなく、条件が悪すぎたって話だ。


「あたしじゃなくて月詠に……って。今、誰もいないし……もしかしてチャンス?」


 ゲームではないリアルなあざと可愛さ。

 リアルにこんな奴がいるのか、とオレは舌を巻く。


「で……あたしの幸せのために、月詠が選ぶのは誰——」

「お、オレ! どうやらこの国で生まれたらしい」


 オレはあざと可愛い少女に動揺して先走った。

 すると少し……時間が止まる。


「何、当たり前のこと言ってんの」


 また、少し。

 今度は、オレの時間が止まる。


「それもそうか」


 世界が変わったわけじゃない。

 オレの認識が変わった、間違っていただけ。


「で……綺羅星が聞きたいのって、未来のこと……だよな」


 するとキラの目が瞬いた。やっぱ


 ——滅茶苦茶、可愛い。


 だが、踏ん張って俺は続けた。


「ろ……六人分の結婚式の写真……そこでオレの記憶は止まってる」


 マゼンダの瞳が半分閉じられる。


「はぁ? 守部の術が解けたのに、何も変わってないじゃん。なーんだ、やっぱり未来視なんて嘘ってことね」

「いやっ!その前にっ! あ……あのさ。月詠が六人全員と同時に結婚するのって、あると思う? 日和見貴族的に」


 キラは大きく息を吐いた。

 不機嫌そうに、舌を打つ。


「あるわけないでしょ。何のためにアンタの記憶を封印するのよ。スキャンダル防止の為でしょ。夫が六人も居たら、世継ぎが誰かってレベルじゃなく国が分裂するわよ」


 俺も、少し冷静になって息を吐く。


「う……それはそうだよな」


 キラが更にジト目になる。

 オレは視線を泳がせて、可能性を探した。


「じゃあ、三人となら」

「あたしを馬鹿にしてる?」


 今度は二人の間で時が止まった。

 ジト目というより、目を細めて睨んでいる。

 キラは興味を失いつつあった。


 そんな顔をされたって——


「じゃあ、さ! なんでオレの頭の中に」

「はいぃ?」


 ドンッ!

 オレは、一歩前に踏み出した。


「六人分のウェディングシーンの写真があるんだよっ!」


 キラは、そのまま目を閉じた。

 そしてゆっくりと人差し指をオレに向けた。


「あたしに言われても知らないわよ。っていうか、化けの皮が剥がれたわね。やっぱり適当言ってたってこと。それか妄想ね。世界滅亡の話もどうだか……」


 最初から信用は無かった。

 だから、諦めムードの空気。


 でも、そこだけは譲れなかった。


 オレは静かに、低く


 しかし、はっきりと返した。


「それは本当だよ」

「あんたね。自分の知ってる男の名前を挙げて、朔くんを排除しようとしたのよ」

「だからさ。オレはここで生まれた……。で、ずっと田舎の方にいて、そこでも戦争が起きた。それは確実だ。ハッキリ覚えてる」


 記憶をごっそり奪われたとはいえ、あの光景は残っている。

 寧ろ、その辺りは前よりも鮮明に思いだせた。


「へぇ……」

「へぇって。帝都はかなり前に崩壊したって聞いた。その後でオレは誰かに、凄い光を撃たれて、死——」


 言葉にすると、更に光景が浮かんだ。


「し……なに?」


 そう、あの時。

 オレは訳が分からなくなってて


「死んだ……と思った」

「死んでないの?」

「分かんないよっ! 気付いたら、高校生になってた。正確には入学式前だった……」


 うん。分からない。

 考えもまとまっていない。


「って言われても、意味不明だよな。もう少し整理してから」


 いったん寝よう。

 一旦持ち帰ろう。


 次の瞬間——


 ガン、と腕を掴まれた。

 綺羅星キラの顔が、オレの目の前まで近づいてきた。


「詳しく」

「え……?」

「く・わ・し・くっ!」


 流石はレギュラーキャラ、ではなく綺羅星だった。

 それか、真昼剛の護身術か。腕を掴まれただけで、体が硬直した。

 彼女がくるりと体を捻ると、オレの体は簡単に宙を舞った。


 ドンっ!


「痛ぇぇ」

「はいはい。弱い弱い。で? そこんとこ、詳しく聞かせなさい」


 夕日が落ちて、一層存在感を増す満月。

 オレは満月を見つめながら、溜め息を吐いた。


「オレは間違いなく、戦時下にいた。で、なーんでか。乙女ゲームのカメラマンになってた。あーもう。意味が分かんねぇよ。夢だよ夢」


 するとキラが、満月を見て言う。


「あの月詠よ。月に愛されし姫」


 そして怪しく瞳を輝かせる。

 魔力が膨れ上がる。


「守部、それ夢じゃないわね」

「とっ! ……突然、なんだよ。あんだけ疑ってて」


 オレが眼を剥く間もなく。

 元・アドバイザーは、したり顔でこう言った。


「いい?あたしね。悔しいけど認めてるの」

「そうは見えなかったぞ」

「細かいことはいいの。とにかく。アンタが未来を知ってるのは間違いないって思ってる」


 自信満々に言った。


「そうじゃないと説明つかないことばっかだし」


 俺は少し考えて、辺りを見回した。


「月詠は来ないわよ」


 するとキラは、あっさりと状況を説明した。


「月詠は打ち合わせで外出中。だからあたしが頼まれたの。嫌々ね」

「打合せ……?」

「今の状況を教えてあげる。一度しか言わないからね」


 十月のあの日、オレは意識不明の重体だったらしい。

 まぁ、起きたことを考えると、それは間違いない。

 その後、治癒魔法やら、魔法軟膏やらで手当てが施された。

 体の傷は癒えているし、自発呼吸もしていた。

 宵坂はその状況を、脳は死んでいないが覚醒にいたる何かが足りないと診断した。


 月詠が自分のせいだと思い詰めるのも納得だった。


「足りないのはおそらく魔力。月詠はそう考えてあんたを毎日毎日、ここに」

「でも、オレは月の姫に選ばれていないから」

「でも、ちゃんと目覚めたでしょ。月詠は凄いんだから」


 益々強くなる月詠の魔力。

 モブのオレの体なら、あのまま死んでいてもおかしくなかった。


 もしくは……


「あの子、こういうとこで運がないわね。寄りにもよって打ち合わせの日に目覚めるとか」

「あ、結婚式のか。……確かに全員、同じ背景だし」


 すると

 キラはぐいっと顔を近づけた。


「そ。それよ」

「一月の結婚式。そりゃそうだ。今が十一月ってことは」


 細腕でオレを持ち上げて、ひょいと立たせる。

 彼女はオレの体の治り具合を確認して、桃色の髪を横に振った。


「守部も貴族の端くれでしょ」

「そうらしい……けど」

「あたし達は……いえ。殆どの大人たちにとっては突然の結婚式」


 ゲーム的には一月といえば結婚式だった。


 それが覆されたのだ。


「普通に考えて、学生結婚なんて無理だし、学生結婚ったって、国のトップの式よ。貴族連中も参加するのよ? あまりにも準備期間が短すぎる」


 勿論、覆されたのはオレの中だけの話だ。


 だから、彼女の認識で正解なのだ。


 ——オレはゲームではなく、この世界の未来を知っている。

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