第82話 頭に浮かんだ文字列
月の宝物を取るゲーム。
まさかの強制イベントの発動だった。
「満月が沈まないことで、ゲームが進む……?」
オレはそわそわと落ち着かなくなった。
「そんなイベントがある……のか。でも……」
月詠は、席に座ったままで行こうとしない。
そこでオレはこう判断した。
ツーショットが撮れない。
だから、イベントスチルとして記憶にない。
「いや。だとしても、だ」
でも、これは乙女ゲームなんだし、公式記録係として見届ける義務がある。
オレはそう自分に言い聞かせて、彼らについていこうと足を踏み出した。
ガシッ。
「グエッ」
だが、軽率なオレのその首根っこは、綺羅星に力強く掴まれた。
「アンタは呼ばれてないでしょ」
制服のカラーが首に食い込み、オレは無様に咳き込んだ。
オレはすかさず、文句を言おうと振り返る。
「その前に、守部。誰が月詠ちゃんと結ばれるか、言いなさいよ」
すると綺羅星はオレに、ジト目で聞いた。
「んだよ。そういうのは、アドバイザーの役目だろ」
オレが文句を言うと、彼女はさらに目に力を込めた。
「いいから! 答えなさい」
オレがチラチラと教室の隅を見ると、綺羅星が溜息をつく。
「別にいいでしょ。月詠ちゃんも、聞きたいって顔してるし」
そうは見えない。
だが、ゲームも最終イベントだろうし。
視線の先で、月詠が不安そうにこちらを見つめているし。
仕方なく、オレはオレの知っている未来を語った。
「東雲……」
オレが口にすると、月詠と綺羅星が顔を見合わせる。
「真昼……」
二人は、ピンとこないように同じ反応をした。
「夕星……」
二人とも、小さく首を傾げた。
「暮小路……」
月詠がそわそわと身をよじり、綺羅星はジト目になる。
「宵坂……」
「てか、アンタ。思いつく男を、全員言ってない?」
綺羅星があきれ果てた声を出した。
「それに、先生はないわね。ありえない」
そして、彼女は探るような目でオレを見た。
「で。朔くんは……?」
オレは、慎重に言葉を選んだ。
「朔は……い、イイ奴だよ。でも……」
大丈夫。
今回は思春期守部は来ない。
「綺羅星。そして月詠……」
きっと最終話くらいだ。
「今からオレは……! ネタバレをするぞっ!」
そろそろ、ちゃんと言うべきだ。
じゃないと、本当に洒落にならない。
「月詠と朔が結ばれると……」
ヒロインに向かって言っていいのか。
正直言って分からなかった。
ここで意識を失って、またベッドで目が覚める……
なんて考えた。
「世界が滅亡するっ!」
でも、そうはならなかった。
ってか、言えるんじゃん!
やっと、言えた。
オレは心の底から安堵した。
胸が擦り切れるくらい撫で下ろした。
だが……まだ分からない。
守部は所詮、モブだ。
モブの発言が、今の彼女に受けいれられるかは、別問題だ。
だから、ペナルティがなかったってことかもしれない。
そして予想通り、あの桜舞う三月の再現が行われた。
月詠はすぐさま立ち上がり、青く輝く髪を横に振ったのだ。
「嘘よ。朔くんは、そんなことしない」
彼女は、そう言う。言うに決まってる。
まだ、朔の国が襲ってきたと思われていた三月。
街が破壊されても、彼は悪い人じゃないと庇ったくらいだ。
でもオレにとっては、ラストチャンスに等しい。
ヒロイン本人に直接、警告を伝えられるのだから。
「するとか、しないとか、関係ない。6人のルート中、ただ一つのバッドエンド。それが朔ルートなんだからな」
しかし、綺羅星が食い下がってくる。
「朔くんは、あたし達を助けてくれたのよ」
綺羅星は常闇朔を推すと宣言した。
オレはちゃんと警戒していて、答えを──
「ねぇ、守部。 朔が世界が終わらせるって、どんなふうにするわけ?」
用意……していた……筈
だが、オレは何故か言い淀んだ。
「それは、その……すっごい何かが起きて、だな」
何故か、うまく説明できない。
間違いなく、世界は終わった。
イベントスチルが壊れて、それで……
「それって……私も一緒に、世界を破滅させるってこと……だよね?」
オレは眼を剥いた。
オレを見て、月詠が静かに続けた。
「朔くんと一緒になって私が……」
その瞬間。
頭の中に、ノイズと共に女の声が響いた。
『ごめんなさい……』
ガサッ……ガサッ……
「私のせいで……」
月詠の声に、別の声が混じる。
混線して、それともダブって、雑音が響く。
『世界が……』
パチンッ!
鋭い音で、オレはハッと気がついた。
「守部、大丈夫?」
綺羅星が指を鳴らしたのだ。
彼女は肩をすくめて、あっさりと質問を変えた。
「でも何か怪しいのよね、アンタ。ま、いいか」
彼女は、オレの戸惑いを無視して、怪しく笑った。
いつもの日和見貴族風の顔になる。
「綺羅星的には、一番マシな家を見つけるしかないわね。で、誰を選んだら、一番裕福になるの? あたしが」
実に綺羅星らしい発言だった。
そんな打算的な親友の言葉をよそに、
月詠がぽつりと言った。
「未来の私は……幸せな顔をしてるって、言ってたよね……」
オレの心を抉る、鋭すぎる言葉。
月明かりに照らされた彼女に、オレが伝えた未来。
「いや……それは、結婚式の写真で……」
「って、あたしは? あたしはどうなってるのよ」
オレが答えかけると、綺羅星が割り込んできた。
何故か、救われた。
そんな気がした。
なんで……?
「綺羅星もだよ。月詠の幸せを心から祝福してる。すげえいい笑顔だっ」
「だから、その後の話を聞いてるんだけど」
未来をこいつは聞いてくる?
それは、綺羅星家の未来のためだ。
綺羅星キラはそういう設定だから……
設定ってなんだよ。
「結婚式のその……後は知らない……」
そこでゲームが終わるんだよ。
「朔くんの先の話は知ってるのに?」
え……
そう……なのだ。
そこでゲームは終わる。
朔ルートのその後は……でも知っている。
その瞬間、頭の中に、またしても何かが浮かび上がってきた。
オレの意思とは関係のない、強固なシステムの壁のような何か。
オレは口を開いた。
「それは………」
浮かんだ文字列を、
オレは何故か、そのまま口にしていた。
「それは──危険な思想です。もっと違う話をしませんか」




