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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
最終章 モブはこうしてモブとなった

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第80話 トリガーは叩く

 ゲーム……タイトル……?


 って?!


 オレは勢いよく跳ねた。


 寮のベッドで、勢いよく上半身を跳ね起こした。


「夢……?」


 無理もない。

 竹取月詠を追いかけるストーカーであり、

 少年少女の中でカメラを構え続ける変態だ。


「そんな夢くらい見る……か。痛……なんか痛……?」


 頰に、じんわりとした熱。

 これは──


「夢……じゃない? いや いや、そんなわけない。どう考えたって……」


 目を閉じると、そこに黄金の瞳があるような気がする。


 物凄い形相でオレを殺さんとする月詠。


「夢……じゃない……」


 彼女の顔が、手が、前とは違う角度だった。

 頬の裏に、歯の根に、上を辿って、眼球に、瞼の裏に蘇る。


 夢の中から、現実に引き戻された。


 つまり、またやった。


 オレはまた、彼女に引っぱたかれたのだ。


「待って……。待てよ!」


 もはや、言い逃れは出来ないレベルだ。

 時間スキップ……否。

 夢遊病……否。


 自動守部は自覚を持っている。


「この守部っ! 出てこいっ! 」


 オレは両手で顔を覆い、指の隙間から天井を睨みつけた。


 月の光が祝福する、蒼水晶の髪の乙女。

 あまりにも美しすぎる情景だ。


 そこからの、鬼の形相——だ


「お前、あのタイミングで、オレの思考を乗っ取って!」


 間違いない。

 あんな美少女と、触れる距離にいたのだ。


 ってことは、オレの中の別人格はそう。


 守部弥彦! こいつは、絶対に。


「月詠になんて、破廉恥なことをっ!……最悪だ」


 ——思春期だ。


 オレは頭を抱えたまま、たまらず寮の部屋を飛び出した。


 ◇


 季節は十月。

 学苑の木々も、少しずつ紅葉に染まり始めている。


 ビンタされたオレの頰もまた、紅葉の形に赤く染まっている。


「ってか、なんだよ」


 その色鮮やかな景色の中を歩きながら、オレは深いため息を吐いた。

 頭の中で、何度も明滅するように同じ文言が浮かんでいた。


 システムエラー:致命的な問題を検知


 本物の守部弥彦が暴れ出している。


 それが顕著に表れている。そして、実害が出ている。


「よく考えたら、ヤバい。これって、ゲームとしてありえないってことだろ」


 オレはズキズキと痛む頭を押さえた。

 チリチリと熱い頬も抑えた。


 頭のあちことを両手で抱えて、思考を巡らせた。


「二年目の十月。月詠がこの時点で、誰のルートにも入っていないなんて……」


 あり得ない。


 ってか。誰とも結ばれないエンドって、前に考えた竹取月詠死亡エンドと同じじゃね。


 そう思いながら、二年A組の引き戸に手をかけ、勢いよく引いた。


 ガラッ、と戸が開いた瞬間だった。


「……こんな事は、あり得ない!」


 クラスの中から、鋭い声が響いた。

 ここは二年A組。ここで会話を聞くのは、あの二人だけ。


 でも、その声は男のモノだ。

 同級生の暮小路慧の声だった。


「……ん?」


 いや、彼だけではなかった。

 他にも、A組では見かけない男たちもいた。

 その奥、薄桃色の輝く髪の女が窓際にいた。

 綺羅星キラが、早速オレの姿を見つけて、目を丸くする。


「ねぇ、どっち?」


 彼女は瞳を揺らしながら、隣にいる月詠の袖を引いて聞いた。

 月詠も長い髪を傾けて、、「どっちかなぁ」と答えを保留する。


 その間に、眩しいほどの金色の髪が、オレの視界に飛び込んできた。


 東雲暁が、深刻な顔つきで口を開く。


「そうだ……伝承と全く異なる」


 その言葉に、緋色の髪の男が顔を顰める。

 真昼剛が、胡乱な目つきで王子様を睨んだ。


「んなこと言っても、三百年前の話だぞ。正確な記録なんて残ってるわけねぇだろ」


 すると、

 薄紫の瞳を伏せたまま、夕星律が静かに続けた。


「真昼家の三百年とは、違うんだ」

「あ? どういう意味だよ、それ! 表出ろ、剣道場に来い!」


 冷たい響きに、真昼がすぐに食いついた。

 一触即発の空気、というより二人はいつもこう。

 そして、教室の隅から呆れたような声が降ってきた。


「全く。お主らのそういうところじゃ」


 異国の黒装束に身を包んだ、常闇朔だ。

 夜より暗い黒瞳を細め、心底面倒くさそうに溜息を吐く。


 そこに、綺羅星が小走りでオレに近づいた。

 ぶつかる、オレの胸ぐらが掴まれる、と思わんばかりの勢いだった。


 オレは終わったと思った。

 月詠に二回もビンタされた。

 一度目のセクハラは、もしかしたら厳重注意。

 だが二度目のセクハラは、完全にアウト。


 もしかしたら、オレを処刑する為に集まったのかもしれない。


「ちょっと守部くん。アンタの守部家に伝わる伝承を話しなさい」


 なんて、少しだけ思った。

 彼らは、オレではなく、窓の外を見ているから、多分違う。


 そして、この質問に意味があるのか分からない。


「守部家の伝承なんて、オレが知るわけないだろ」


 オレが後ずさると、綺羅星はジト目で睨みつけてきた。


「嘘よ」

「嘘じゃないし。ってか、何の」


 この時のオレは、何も気付けずにいた。

 そんなことより、月詠になんて謝ろうか、と思っていた。


 だって、二度目のセクハラを誰も問い詰めない。


 だから、油断していた。


「何言ってんの。アンタ、定期的に帰ってるじゃない」

「え……」


 オレは、ピタリと固まった。


「帰って……る?」


 守部という家があって、オレがその家に、実家に?


 その瞬間、頭の中にノイズが走る。


 あの忌まわしい検閲モードに入っ——


 ――その時。 パチン!!


 乾いた音が、教室に響き渡る。

 いつの間にか、視界いっぱいに青く美しい髪が広がっていた。


 三度目のセクハ……


 いや。


 月詠が突然、オレの頰にビンタを入れたのだ。


 そして彼女は言った。


「あっ、戻った」


 え……?


 オレは立ち尽くした。

 それを見て、綺羅星が心底呆れたように肩をすくめた。


「叩けば直るって……月詠ちゃん、守部くんを機械か何かだと思ってない?」


 痛みはその後やってきた。

 頰を押さえて悶絶する。

 頭痛は治まったのか。頬の痛みが勝ったのか。


「守部。今、何時か分かるかい?」


 そんなオレに、夕星律が歩み寄り、冷静な声で問う。


「……え? いきなり、何? 授業前だから……朝の、九時前だろ」


 薄紫の瞳がガチ恋距離で瞬く。


「で、今この状況で、おかしな点は?」


 長い睫毛が閉じて、彼はオレの前から横にズレた。

 オレの視界にはさっきの教室風景が広がるわけで。


「本来なら……。バラバラの学年のメインキャラたちが……ここに? みんなが二年A組にいる……こと」


 オレはそう答えた。

 すると教室全体から、深すぎる溜息が漏れた。


 ぱちくりと周囲を窺った。

 他におかしな点を、瞳が迷う。

 すると桃色の髪がくるりと靡いた。


 彼女は窓際に立った。


「ねぇ。アンタ、一体どこまで知ってるの?」


 彼女のマゼンダの眼差しは、さっきの月詠と同じくらい鋭い。

 その近くで、さっきオレをビンタした美少女が、苦笑いを浮かべていた。


 つまり——


「……え、ネタバレしていいんだっけ」


 あの後のことは、時間スキップ守部しか知らない。

 スキップして、思春期に見られがちな奇行をやった……かもしれない。


 どのみち、綺羅星の目は知っていると言っているし


 オレは言葉を濁しながら、恐る恐る口にする。


「どこまで知ってるか……」


 綺羅星の息を呑む音が、なんとなく聞こえた。

 多分、彼女以外の全員から。


 一瞬だけ、酸素が薄くなるように


「つ、月詠が結婚するとこまでだけど」


 その瞬間、教室の空気が完全に凍り付いた。

 綺羅星が親指を立てて、背後の窓の外へクイッと指を差す。


「アレを見ても、何にも思わないわけ?」


 促されて視線を向けた窓の外には。


 オレが知っている光景が浮かんでいた。


 そう、ゲーム通り。


 朝の九時前だというのに、赤黒い煉獄の色の大きな月が、不気味に浮かんでいた。


 ◇


 朝の光を覆い隠すように、窓の外に浮かび続けている大きな月。

 その異常な光景に、クラスの生徒たちはざわめきを隠せずにいた。


 でも、オレは知っていた。


 何度も、何枚も見てきたから。


 暮小路慧が伊達眼鏡の位置を直し、落ち着いた声で言った。


「月詠さんが結婚……。そんなことは、私たちも分かっています」


 彼は黄昏色の瞳を細めて続けた。


「私たち。それから政府の中でも、既に決まっています」


 その言葉を聞いて、月詠がむず痒そうに顔を伏せた。

 夕星律が、窓の外の月を見つめたまま、もう一度オレに問いかける。


「月を見て、本当に何も思わないのかい?」


 オレは首を傾げた。


「変とは思うけど? でもさ。前にも話した通り、あれは異界の帰り道で……っていうのは話しただろ?」


 東雲暁が、眩しい金髪を揺らして静かに首を振った。


「こんな怪異的な現象なら、どれほど誇張されようと伝承に残るはずだ」


 立ち上がり、鷹揚に腕を掲げた。


「いや、それは……。オレに言われても困るって」


 すると、常闇朔が腕を組んだまま、じろりとこちらを睨んだ。


「先日、グランドクロスの話をしたのはお主じゃろう。星々が偶然、並んだとも」


 魔力を孕むときだけ、紅く光る瞳。

 そして、紅く光っている。


「そう、それ。オレも詳しい設定はよく知らないけど、丁度並ぶんだと」

「……それが、ずっと続くものなのじゃろうか?」


 朔の言葉に、オレはあっさりと頷く。


「うん。暫くは続くんじゃね?」


 イベントクリアするまで、背景は固定だ。

 月詠は二年生で結婚するから、そんな長く続くわけじゃない。


 月詠が結婚した後は——


 オレは内心でそう思いつつ——


 ——首から下げたカメラを構えて、明るく声を張り上げた。


「えっと……皆さん、おそろいで! ここは記念に、写真でもいかがですか!」


 パチンっ!!


 酷く痛かった。


 魔力の頂点に立つ、月詠の一撃だった。


「えっ……!? 今、オレ! 何も触ってないってっ!」


 目の前には、手を振り抜いたポーズで立つ月詠がいた。


 あの怖い形相の……


 やっぱり……


 オレは竹取月詠に、厭らしいことをしたんだ。


 だから彼女は、オレのことを殺したいほど憎んでいる。


「す、すみませんっ! 月詠……さん。これにはふかーいわけがっ」


 ここには花婿候補が五人もいて、五人ともが凄まじい力を持っている。


 そして、オレのゴールはクリア後の人生だ。

 生き残るために、生き残るための言い訳を探した。


「オレは、オレの本能がっ! どうしても下半身と繋がってしまって、つい……」


 すると


「え……え?! も、守部くん、何を言っているの?」


 月詠はきょとんと首を傾げた。

 そして、純度百パーセントの善意の笑顔で言う。


「守部くんが、おかしくなったから叩いただけ……だよ?」

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