第78話 闇から生まれる魔物たち
空から、黒い影が次々と降り注いでいた。
校庭の頭上を覆い尽くすほどの密度だ。
以前、村が襲われた時とも、スラムをが襲われた時とも、比べ物にならない。
月が隠れてしまう程の圧倒的な数だった。
「今すぐ中止を——」
息をのむような光景に、暮小路慧が切迫した声を上げる。
その声に反応し、他のヒーローたちも即座に動こうとした。
「避難すべきだね」
「とりあえず、屋内に皆を避難させるか」
混乱が広がりかける中、俺はカメラをしっかりと構えたまま言い放った。
「避難じゃなくて戦うんだよ、お前たちヒーローが」
いよいよクライマックス。
だってのに、避難誘導とか絵にならない。
すると、オレのその言葉に、月詠がはっとしたように目を見開いた。
その瞳には、ある種の覚悟のような光が宿っているように見えた。
彼女は静かに、しかし力強く口を開いた。
「……うん。魔力が低い人たちもいます。私たちで、対処しましょう」
俺はカメラのファインダーを覗きながら、内心で呟く。
(とはいえ、だ。このままじゃツーショット写真にならない)
だが、ここまで来たらやるしかない。
脳内フォルダを徹底的に再現していく。
そんな本音は口に出さず、声の限り指示を出した。
「月詠を中心に置け! みんな、五角形に分かれるんだ!」
当然、深い意味なんてない。
ただの思いつき。ただのいつものやつだ。
「ふぅん。やるじゃん」
夕星律が、短く息を吐き出す。
だが図らずも、それが魔力の配分として完璧な配置になっていた。
オレの指示を、彼は肯定的に受け取った。
結界を張りやすくするための計算だと解釈した。
「封印の図と同じだね。あとは僕が考える……」
ラベンダーの髪、星形の泣き黒子で、構成を話し始める。
結界と言えば、ということで朔以外の四人は頷いた。
勿論、結界とか魔法陣を知らなくても、そのように動くわけで
月詠を中心に据え、五人が綺麗に五角形の位置につく。
五芒星の配置が完了した、まさにその直後だった。
「東雲、寄りすぎ」
「いや、だが」
「真昼、進み過ぎ」
「なんでだよっ!」
星形が崩れた。
そこにドスンっ!
凄まじい音を立てて、巨大な影の魔物が校庭へ落下してきた。
「……はぁ」
その化け物の目の前。
ポケットに手を入れた、けだるげな白衣の教師が立っている。
夕星律が納得したように頷いた。
「うん。これで完成だね。丁度、元宮廷魔術師家系の宵坂先生もいるし」
「えっ、先生も!?」
月詠が意外そうに目を見開いた。
彼が狙っていた結界術は、五芒星ではなく六芒星だったらしい。
(流石は夕星先輩っ! 流石はイベントスチルナンバーワンっ!)
心の中で叫ぶ。
正直言って、忘れていた。
「やはり食い込むか。あの男……」
教師陣からも一人参戦で、現場が僅かに混乱していく。
それを嫌った彼女が叫ぶ。
「朔くん! 良いところを見せるチャンスだよ!」
綺羅星キラが、朔へ向けて声を飛ばす。
朔は億劫そうに刀の柄へ手をかけた。
「月詠を怖がらせんよう、手加減せねばの」
言葉が終わると同時だった。
頭上から二体目の、巨大な影の魔物が校庭へ落ちてくる。
すうぅぅぅぅ……という音がしたか、しないか。
落下したのは真っ二つになった影だ。
「朔くん、凄いっ」
瞬く間に、朔の刀が一閃した。
「大したことはない」
文字通りの一刀両断。
切断された影は左右に割れ、黒い霧となって消えていく。
暮小路慧が息を整えながら提案した。
「でしたら、やはり私は住民や生徒の引率に回ります」
「うん。常闇もなかなかやる。戦いがどれだけ続くかも分からないからね」
東雲暁が同意し、真昼剛が豪快に胸を叩く。
「ま。こっちは大丈夫だ。心配するな!」
見た感じ、もっともな行動だ。
だが、俺は慌てて叫んだ。
「違うってっ! 暮小路はここって言ったろ!」
慧が不審そうに振り返る。
「君は、私の話を聞いていたんですか?」
「撮影範囲が……じゃなくて! 守る範囲が広くなりすぎるんだよ!」
俺のよく分からない意見に、月詠は戸惑いながらも頷いた。
「それは確かに……。一理あるかもしれません」
「でもね、この人数で守るには限界があるわよ」
すると、綺羅星が肩をすくめて息を吐く。
しっしっと、暮小路は行きなさいと手を振る。
綺羅星にとっては、アドバイザーにとっては、たった一人残ればいい。
それでは困る。
そこで朔だった。
漆黒の少年は、次の魔物を斬り伏せながら、淡々と言った。
「ワシはどちらでも構わん。守部には何か考えがあるのじゃろう」
「そう! それな!」
朔。やっぱ、ちゃんといいやつ。
朔ルートの竹取月詠は幸せそうだ。
彼女が選ぶんだ。それはそうなのだ。
「魔物の群れは絶え間なく、落ちてきている」
「暮小路だけじゃ、足りないわね。真昼せんぱーい。皆さんをお守りして―」
でも、そうはさせない。
朔の言う通り、ちゃんと考えはある。
ってか。オレはなんでも知っている。
「この魔物の攻撃は、日が昇る前に終わるんだよっ! ここさえ押さえれば、暫く安全なんだっ!」
未来の出来事が、戦場に響き渡った。
そして全員が動きを止め、驚愕の顔で俺を見つめた。
◇
教師陣に半ば強引に引っ張り出された宵坂先生が、盛大なため息をつく。
「やれやれ。ボクは忙しいんだけどね」
だるそうに愚痴をこぼしながら、他の教職員へ視線を流す。
「でも、ま。子供だけに戦わせるって訳にはいかないか」
宵坂先生が、静かに右手を掲げた。
「シャドウ・ネゲイト」
その声に応ずるように、黒い闇が収束していく。
宵坂が使うのは闇魔術だ。
影の魔物に対して、同質の闇をぶつける。
闇と闇を衝突させ、お互いを相殺させる高等技術だった。
黒い霧のような衝撃波が、迫り来る魔物の影を次々と打ち消していく。
「先生、私も行きます」
そのすぐ隣で、月詠が自身の力を重ね合わせた。
二人の放つ闇が複雑に混ざり合う。
より濃く、より鋭くなった魔力が、群がる魔物を容赦なく削り取っていった。
オレはこの決定的な瞬間を逃さない。
カシャ──
シャッター音が響く。
月詠と宵坂の見事なコンビネーションを
完璧にフレームへ収めた。
「個別ルート、回収……」
内心で熱く呟きながら、俺はすぐさま次の構図を探す。
最前線では、朔が圧倒的な剣技で刀を振るっていた。
巨大な影を容赦なく切り裂いていく。
月詠と望月の人々を守りながら、淡々と魔物を斬り捨てていた。
校庭は黒い影と鮮やかな光が交錯する、激しい戦場と化していく。
その時、校庭に巨大な魔物が現れた。
彼の目の前に落ちた。
オレはそこへ向かう。
◇
真昼剛が大剣を強く構え直した。
巨大な刃が赤く熱を帯び、目眩く輝きを放ち始める。
「俺のそばから離れるじゃねぇぞ」
過激な炎が剣身を這い回り、熱風が周囲の空気を大きく揺らした。
「はい」
月詠は彼の背中側に回っていた。
両手を軽く掲げ、慈しむように魔力を流し込んでいく。
剛の肉体が、一目でわかるほど強化されていった。
筋肉が膨らみ、全身の動きが一段と鋭さを増す。
「行くぞ──灼熱断!」
剛が雄叫びを上げた。
来たっ!
炎を纏った大剣が、頭上から一気に振り下ろされる。
たった一振り。
それだけで、迫り来る影の魔物の群れがまとめて両断された。
黒い霧が激しい熱で弾け飛び、一瞬で消滅する。
宵坂が闇で闇を打ち消す横で、剛は豪快な炎で正面から焼き払ったのだ。
対照的な二つの力が、鮮やかに交差する。
カシャ。
ファインダー越しに最高の1枚を収める。
◇
次は暮小路慧の出番だった。
彼は両手を大きく広げ、風と水の魔力を同時に操り始める。
「この夜が過ぎれば、暫く安全……ですか」
空気が鋭くねじれ、無数の水の刃が層をなして出現した。
「うん。がんばろっ」
月詠がそっと彼の背中に手を当てる。
背中を軽く押すようにして、魔力を注ぎ込んだ。
慧の魔力が跳ね上がるのが、傍目から見てもはっきりと分かる。
「分かりましたよ。──ハイドロ・ブレイク」
慧が静かに呪文を唱えた。
鋭利な風を纏った水の刃が、一斉に戦場を走り抜ける。
影の魔物たちの巨体が、無音に近い速度で幾つにも切り裂かれていった。
削ぎ落とされた黒い霧が、地面に落ちる前に蒸発していく。
剛が炎で焼き払い、宵坂が闇で相殺する。
その隣で、慧は風と水を用いて精密に敵を切断していた。
月詠のサポートを受けながら、それぞれの戦術が花開いている。
カシャ
◇
続いて動いたのは、東雲暁だった。
バランス型である彼は、剣術と雷魔術を同時に使いこなす。
鋭い刃に青白い電光が走り、一帯の空気が緊張で張り詰めた。
「ライトニング・旋風斬!」
暁が閃光とともに剣を一閃する。
雷を纏った激しい旋風が巻き起こり、影の魔物をまとめて斬り裂いた。
「私のを使ってください」
その瞬間、月詠がふと空中で手を翳す。
暁の踏み込みが、明らかに鋭さを増した。
「助かる」
纏う雷の光が一段と強まり、斬撃の到達範囲が爆発的に広がる。
月詠は驚いたように自分の手を見下ろした。
「……輝夜さん、だっけ」
さっきまでとは違う動きだった。
無意識に行っていた、サポートの感覚。
彼女は、少しずつ言葉として理解し始めていた。
オレはその繊細な変化も見逃さなかった。
カシャ
暁の繰り出すド派手な斬撃。
そして、己の力に気付き始めた月詠の表情。
その二つを同時にフレームへと収めた。
◇
夕星律が、静かに手印を結ぶ。
陰陽道を思わせる、洗練された無駄のない動きだった。
周囲の影の魔物が、吸い寄せられるように彼の周りへ集まっていく。
「皆……騒がしいね」
影の魔物は、そのまま透明な結界の内部へと閉じ込められた。
閉じ込められた影たちが、見えない壁に激しくぶつかって暴れ回る。
そこへ月詠が、両の手を真っ直ぐに翳した。
「私の力を授けます!」
月詠の魔力が流入し、律の結界が一気に強度を増した。
「ありがと、月詠。──結界砕」
律が短く唱えた、次の瞬間だった。
閉じ込められていた影の魔物たちが、内側から粉々に砕け散った。
カシャ──
黒い粒子が散らばり、結界の消滅とともに消えていく。
剛の炎。
慧の水風。
暁の雷。
宵坂の闇。
そして、律の結界。
個々の尖った戦い方が、月詠の力を媒介にして完璧に噛み合っていく。
◇
最前線で、常闇朔が静かに刀を鞘へと納めた。
「望月もなかなか……と言いたいが」
短く息を吐き出し、言葉を繋げる。
「月の姫の力を借りてでは……の」
特定の技名は口にしなかった。
だが次の瞬間、恐ろしい速度の抜刀術が放たれた。
刃が鞘から抜き放たれ、視認できない速さで影の魔物を斬り刻む。
驚くべきことに、月詠は彼に一切の力を与えていなかった。
「その程度では、朔の国を生き残れんぞ」
自身の素の力だけで、魔物が消滅していく。
朔は肩をすくめると、他の五人へ向けて胡乱な視線を向けた。
宵坂を除く四人は、それぞれ悔しそうな険しい顔を浮かべる。
その直後だった。
ぐにゃりと、空間全体が大きく揺れた。
周囲が混乱に陥る中、朔が忌々しそうに舌打ちする。
「ち……。仕損じておるではないか」
朔は素早く月詠を振り返った。
「月詠、ワシにも力じゃ!」
月詠は迷いなく力強く頷く。
朔は手を伸ばし、月詠も手を握る。
「うんっ!」
影の魔物は空全体を覆い尽くしていた。
既に生徒も教職員も、その全てが影の渦に囲まれていた。
ハッキリ言って、絶望的な状況だ。
カシャ──
月詠の魔力を受け、朔の刀身が眩いばかりの青白色に輝いた。
「繊月鬼神斬!」
朔は切ったというより、駒のように回った。
極大の飛ぶ斬撃が、同心円状に広がる。
「きさまっ」
「やはり背中を狙ってやがった」
それは校庭にいる人間の体へも向かう。
地上で放たれた同心円の、飛ぶ斬撃だ。
普通に考えて、味方にも当たる。
だが、彼にとって、この地の人間は味方か、敵か。
「ふ……。何も知らぬ、望月の──」
なんて──
「大丈夫だよっ! 朔の飛ぶ斬撃は人間の体をすり抜けるっ! ほらっ!」
尋常ではない、神懸かった業だ。
オレの体を素通りして、
空全体から落ちた圧倒的な黒い影たちが、一斉に砕け散っていた。
「望月の人間も守る……。うん……朔っていいヤツなんだよ、な」




