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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
最終章 モブはこうしてモブとなった

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第73話 ビンタから始まる世界解体

 意識とは不思議なものだ。


 記憶というものは、脳に保存されていると思いがちだ。


 実際、これまでの人生で散々そう言われてきた。

 前世の知識だって、脳みそのひだに刻み込まれているものだと信じていた。

 ひだの中にシナプスがあって、そのシナプスの刺激の組み合わせが、意識として、記憶として作用する。


 そう思っていた。


 だが、どうやら認識を間違えていたらしい。


 頭の中から綺麗に情報が抜け落ちていようと、こればかりは関係ないらしい。

 身体という器。それ自体も情報の受け皿たり得るらしい。


 否応なく、刻み込まれる別の記憶があった。


「……っつ。なんだこれ」


 オレは目を覚ました。

 目覚めたオレは、男子寮の自室のベッドの上で、自らの頬を押さえて呻いた。


「痛いを越えて、熱い……」


 ジンジンと、焼け付く熱さが左頬で、存在感を示している。


 洗面所へ向かい、鏡を見て息を呑んだ。


 オレの顔には、くっきりと赤い手形のようなものが浮かび上がっていた。

 しかも、どう見ても今日や昨日つけられたものではない。


「月詠……?」


 治りかけのような色合い。

 なのに、異常なほどの熱を持って腫れが引いていない。


「……って、え?」


 カレンダーを見ると、九月も下旬に差し掛かろうとしている。

 写真部の部室で強烈な頭痛に襲われ、意識が暗転してから


 ……実に二週間もの時間が経過している。


「オレは、記憶がない間に……月詠に何をやったんだよ!」


 頭を抱えて、ベッドの上をのたうち回った。


「オレは記憶がない間も、おとなしく感情を殺して撮影してるんじゃなかったのかよ!」


 そもそも、自動で撮影されたのか。

 そもそも、オレが無意識に動いているのか。


 まだ、その決着がついていない。


 なのに、この頬のダメージは何だ。

 明らかに、渾身のビンタを食らった痕だ。


 そして何より、頬と眼球が何故か繋がっている。


 痛みという形が、竹取月詠を映し出している。


 黄金の瞳がギラギラと輝き、オレを殺さんと魔法の手を射抜こうとしている。


 あの心優しい月詠が、だ。


「まさか……セクハラ的なことをしたんじゃないだろうな……!」


 無意識の自分が、だ。

 あろうことかヒロインの裾をめくったり、肩を抱いたり


 好き勝手していたのだとしたら。


 羨ま……じゃなくて!


「何してくれてんだよっ、オレのバカ!」


 無意識のオレが良い思いをした……かもしれない。

 後払いで、オレが苦しむとか、ま?



 一人で悶々と、数十分ほど反省会を繰り広げた。


 だが、結局は登校するしかない。


「い、一応……写真撮影は、やんなきゃなんだろ」


 ビクビクしながら、学苑の廊下を歩く。

 歩いていると、最悪なタイミングが訪れた。


 視界に入った。


 鮮やかなサファイアブルーの髪だ。


 彼女は、月下の約束のヒロイン・竹取月詠だ。


 そんな彼女と顔を合わせた瞬間、オレの右頬の感覚が一気に蘇った。

 ビリビリとした魔力のような痛みが走る。


 あの、この月詠が、オレの凄い形相でビンタをした……


 悲しいことに、浮気とかじゃない。友達いないから。

 そもそも、付き合ってないから。


 だったらオレが彼女に罵声を?

 絶対にない。だって、彼女は完璧だ。


 あるとすれば——


「セクハラ……しかない」


 オレは何を……触ったんだ……?


 くっそ。時間スキップのオレ!


 何をしたかくらい、メモを残せっ!


 えっと月詠の——


 髪……肩……手……


 胸……! お腹……! お尻……!


 スカートの中……腿……


 えっと足首……足先……


 ヤバイ! 全部ありそう!


 むしろ、何処も触りたい。


 何処を触っても、あの威力で吹っ飛ばされそう!


 第一、

 そっち系の本能で見ると、彼女は美しすぎて目のやり場がまるでない。


 何してくれてんだよ、自動モードのオレっ!


「……ち、違う。こ、これには」


 オレは反射的に一歩、二歩と後ずさりした。


 ところが、月詠は——


 逃げ腰のオレを見て、怒るどころかむしろ嬉しそうに金色の瞳を細めた。


「守部くんだ! 今日は『あのっ!』守部くんだ!」

「……え?」


 あのっ!ってなんだよっ!

 それは……あれか? やはりオレの無意識的な何かの別名か?


 無意識のオレは、そんなに変態めいていたのかよっ!

 オレは変態じゃない。オレは月詠のストーカーだっ!


「あれ……」


 そうだ。

 オレは若い生徒の前で堂々とカメラを構える変態。

 そして、竹取月詠のストーカーだ。


 時間スキップではなく、自動運転なのは間違いない。

 それは即ち無意識、そして本能。


 七つの大罪……のいくつか


 オレの前頭葉からまろびでた変態性が露出したのだ。


 とんでもないことをやらかして、あのビンタに繋がった——


「守部……くん……?」


 オレの体が、全力で距離を取って怯えた。

 モブがあんなのを二度も喰らって、生きられるとは思えない。

 きっと、二週間。オレは生死を彷徨ったのだ。


 そして、にやけた顔で、魔女が近づいてくる。


「やっぱり、その雰囲気っ! 『あの』守部くんだっ!」


 いつものように無邪気な笑み。

 だが、オレも、『あの』形相を知っている。


「おどおどしてるしっ」


 オレの狼狽っぷりが、彼女には楽しくて仕方ないらしい。


 そしてオレは……ここで殺される……


 生徒がいる前で、公開処刑される……


「はいはい、何やってんのよアンタたち」


 ただ、救いの手。

 救いの声がやってきた。

 ショッキングピンクの綺羅星が、肩をすくめながら現れた。


「あ、キラちゃん。おはよう!」


 あの忌々しいアドバイザーが天使に見えた。

 いや、これもアドバイザーの仕事か。

 確かに、イベントカメラマン抜きでゲームは続けられない。


「おはよ。ほら、行くわよ。朝からなんか騒がしいと思ったら」


 キラは何かに呆れたように、目を瞑り、親指を立てて後ろを示した。


 これから何かが始まる、という彼女のサインだ。


「何かあったみたい。行ってみよっ」


 教室の外が、確かに騒がしい。


 ——さっそく、イベントだ。

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