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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第三章 モブは魔界の王子様と出会う

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第69話 イベントスチル列車

 ファインダーを覗き込んだ記憶すらない。

 だが、乾いたシャッター音だけが、耳の奥にこびりついていた。

 気がついたときには、向かい合って座る月詠と朔の二人を撮ってしまっていた。


「体が勝手に……」


 今も指先が震えている。

 オレは首から下げた魔導カメラの重みを感じながら、深いため息を吐き出す。


「ほら、守部くん! 早く早く!」


 ピンク色のゆるふわボブを揺らした少女が、満面の笑みで手招きしていた。

 彼女は長めのカーディガンの袖を翻し、隣にいる竹取月詠と常闇朔を二本の指で示している。


「月詠ちゃんとの記念のツーショット、最高に可愛く撮りなさいよね!」

「あ、あの……キラちゃん、ちょっと恥ずかしい、かも……」


 サファイアブルーの髪を揺らし、月詠が困ったように微笑む。

 満月のように大きな金色の瞳が、チラチラとオレの方を見ていた。


「わ、ワシは」

「いいからいいから! はい、チーズ!」


 綺羅星は全く意に介さず、完璧な角度でオレのレンズに視線を送ってくる。

 オレは半眼になりながらも、逆らうことなくシャッターを切った。


 ――カシャッ。


「んもう、朔くん。愛想がないわね。もっとこう、近づいて」

「そ、そんなことは」


 朔は文句を言いながらも、車窓を逆行に月詠に近づいた。

 その間に、オレは周囲を見渡した。


 オレの本当の目的は、ヒロインと常闇朔の微笑ましいツーショットじゃない。


 乙女ゲームの彼以外の五人のヒーローたちと月詠のツーショットだ。

 甘酸っぱい恋愛イベントをカメラに収めることだ。


 だが、肝心のヒーローたちの姿がない。

 三年生の東雲先輩、真昼先輩、夕星先輩は、そもそも林間学校の参加対象外だ。


 じゃあ、残るは二年生以上の二人。

 オレは諦めきれずに、エメラルドグリーンの髪を探した。


「暮小路は……」


 生徒会長である暮小路慧は、二年生。

 この車両に乗ったかもしれない。


 彼と月詠のイベントを狙えばいい。

 だが、いくら探してもあの眼鏡が見つからない。


「……写真っ! カメラマンでしょ」


 オレの視線の意図を察したのか、綺羅星が呆れたように言った。


「生徒会長は忙しいの。二年生の相手をしてる暇ないんだから」

「ここに一年がいるだろ……」


 いや、まだ焦る時間じゃない。

 オレには、引率の教師という最強の「五人目」がいる。


「それより先生は……来ないのか?」


 気だるげに白衣を着崩した、あの没落貴族の魔術師。

 オレはちゃんと五人分のルートを用意した。

 個別ルートの彼なら必ず、この車両に現れるはずだ。


 オレが独り言のようにつぶやくと、月詠が少しだけジト目になって答えた。


「さっきも言ったよ。守部くんとは違う車両に行くって」

「……っ」


 そんな目で見られても、期待するしかない。


 ヒーローは遅れてやってくる。

 そして、遅れてきたのは常闇朔。

 乙女ゲームのイベントとして、定番だ。


 だから俺は、去年あれだけ急いでいた。


「ちょっと。何ぼーっとしてるのよ」


 綺羅星が、マゼンタの瞳を細めてオレを睨みつける。


「ほら。もう一枚っ」

「守部くん。キラちゃんの頼みだから、お願い……」


 月詠は困り眉で笑う。

 綺羅星は、にこやかに、静かに命令する。


「林間学校、最高の思い出を残すんでしょ?」


 執拗なまでの写真撮影の要求が始まった。

 彼女はオレに、余計なことを考えさせないようにしている。


「守部家の仕事は?」

「……撮るって。いちいち言わなくても」


 オレは毒づきながらも、諦めてファインダーを覗き込んだ。


 結局、暮小路も宵坂もいない。

 この状況で、オレにできることはない。


 公式記録係として、ただシャッターを切り続けることだけ。


「……でも、このままじゃ」

「このままじゃ、何?」



 誰かが疑問を口にした瞬間だった。

 そのまま、瞼の裏に鮮烈な光景が浮かび始める。

 次々と、今のオレが知らない記憶が浮かぶ。


(……知ってるよ。これは……イベントスチルだ)


 脳裏に、瞼の裏に焼き付いていく。


 レトロな列車のボックス席。

 窓の外の景色そっちのけで、見つめ合う二人の列車の写真。


 今撮ったイベントスチルだ。


(さっき撮ったやつ。完璧に再現できるとか、オレは天才か)


 次にやってくるとしたら——


 夜の森、林間学校の肝試し。


 二回目なのに、彼女は怯えて。

 朔の袖を強く握りしめる月詠の写真。


(去年は四人でリレーして、それで大失敗したんだっけ……。でも、お陰で? お陰じゃないだろ。オレは——)


 さらに次。

 異界と繋がったことで生まれた魔物のシーン。

 異界の魔物から、月詠を庇うように立つ、朔の写真。


(実質、月詠と朔の為の林間学校だ。このままじゃ、これも——)


 そして、季節は巡る。

 落ちた筈の月が青白く浮かんだ、九月の月見会の夜。

 堕ちた筈の月が見える。本当に月が落ちたわけじゃないことが分かるシーン。

 月で繋がる世界。

 友好の証に、二つの世界の住民が共通の月を眺める会。


 そこで月詠と朔が、互いの体温を確かめるように額をくっつける写真。


(月詠の力の起源は、朔の国にある。だから、これも——)


 更に季節は巡る。

 文化祭の魔術研究部。

 イチャつく二人に、あの宵坂が珍しく本気で困り顔を見せているスチル。


(それでも月詠の魔力は説明がつかない。朔ルートは月詠の力の根源を調べるルートで……)


 その後は、紅葉狩りでの少し色づいた笑顔のシーン。

 前はただのプレゼント交換会で終わったクリスマス。


 朔と月詠二人なら。

 二人は、イルミネーションの光に包まれて、互いに意識をして。


 そして。


 星空の下、不器用な言葉を交わす告白シーン。


(伝承だと、一年くらいで世界が再び離れる……とか。だからここで朔は——)


 純白のドレスに身を包んだ月詠と、優しく微笑む朔

 二人のウェディングシーン。


(月詠と結ばれて、月詠が本来住む世界である、朔の国に連れて帰る)


 祝福の鐘が鳴り響く中での、誓いの口づけ。


(このシーン……。羨まし……じゃなくて。他の五人にも言えるんだけど、月詠の真の力はここから——)


 ウェディング会場に集まった、全員の集合写真。


(男女が結ばれることで、月詠の月の魔女としての力が完全開放される)


 みんなが笑っている。最高のハッピーエンド。


(そして、彼女の夫になる男の力も——)


 幸せな顔、うらやむが二人を祝福する顔が並ぶ。


 ――ザッっ。


(その力は、伝承にあった力。それ以上の力……)


 ひび割れたようなノイズが、脳内に響いた。


 美しいイベントスチルに、ピシリと無惨な罅が入る。

 パラパラと剥がれ落ちた幻の向こう側にあったのは、地獄だった。


(……んで。月の魔女、女神に匹敵するという力が、望月と朔の国を破滅させる)


 煌々と帝都が燃えている。

 近くの光景じゃない。

 ずっと遠くで、街全体が炎に包まれていた。


(そして、世界が破滅……す……る……)


 鼓膜を破るほどの大きな音。

 網膜を焼くような、暴力的な閃光。

 空の彼方まで登っていく、絶望的な黒い煙。


 気がつけば、辺り一面が暗闇だった。


 男は膝から崩れ落ちるように、その場にうずくまった。


「……今、何年だっけ」


 声はひどくかすれ、喉がひび割れるように痛んだ。


(……って)


 世界が狂い始めて、それから何年か経って。

 最後の記憶は、どうしても思い出せない。

 人と人が戦って、みんなが次々と倒れていって。


 大人から子供まで、理由もわからず命を落として……。


 ――いや、思い出したくもない。


 真っ黒い雲が世界を覆い尽くして、太陽が二度と出なくなって。


 すべてがなくなって、そして終わった。


「……世界大戦ってやつか」


 乾いた自嘲の笑みが、男の口から漏れる。

 ゆっくりと、視界が深い闇に溶けていく。


「あっけなく、終わっちま……」


(って、違う! これってオレの……転生前のオレの記憶だっ!)


 慌ててツッコミを入れた。


 そうじゃなくて――


 国中で火が上がった。

 遠くで暮らしていたオレは、えっと。


「モブ……ですけど……え?」


 思考が、ぐちゃぐちゃに混ざり合う。

 前世の記憶と、今見ているビジョンが、全く噛み合わない。

 暗闇の中。むせ返るような煙の中。

 知らない誰かが、オレのそばに来て。


 エンディングで……確か、最後に——


『これは――月下の約束。煌めく六つの星と、失われた月の姫』


 って、教えてもらって……?


 ゲームタイトル……だな。

 

(……じゃなくて、常闇エンドは)


 痛っ!


 痛い痛い痛い痛い。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……


 頭が割れ……る。


(システム……? オレはネタバレとかして……)

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