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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第三章 モブは魔界の王子様と出会う

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68/88

第68話 二回目の夏

 二年目の八月が来た。

 本格的な夏が到来した。二度目の林間学校イベント初日の朝。


「……いない。やっぱりいない」


 帝都の駅は、いつものように荘厳。

 レトロモダンな姿を誇っていた。


 だが、石造りの広大なプラットホームは、異様な光景に包まれていた。


 令嬢たちが差す純白のレース日傘。

 そして、朔の国の生徒たちが纏う、深い黒の装束。


 二つの対極の色が、波のように混じり合っている。


「三年生は将来の仕事の為の活動して……って。ここが将来の為だろ」


 石畳と外のアスファルトが熱を吐き出し、遠くの景色が陽炎でぐにゃりと歪んで見える。

 ひぐらしの鳴き声すら掻き消すような、密集した生徒たちの喧騒。

 百数十人という人間の体熱が、じっとりと纏わりつく。


「後は、どうにか暮小路を……って、それにしても」


 黒装束に着物、そして頭から立派な角を生やした、朔の国の生徒たち。

 対する望月側の生徒たちの中にも、負けじとカラフルな髪色がいる。


 ただ、魔力の総量の関係なのだろう。

 モブであるオレの目線からだと、彼ら以外の一般生徒は影が薄く見えた。


 首筋を伝う汗。

 オレは手の甲で乱暴に拭い、深いため息を吐き出す。


「ここは地獄行きの列車かよ……」


 その視線の先に彼がいる。


 ひときわ目を引く黒衣の少年だ。

 常闇朔の左右に、綺羅星キラと竹取月詠が立っていた。


 新しい汗が背中を滑り落ちる。


 その時。


「皇華高等学院一年生の皆さん。二年生の指示に従って、速やかに列車に乗ってください」


 制服の硬い襟が湿って、首筋に不快に張り付いていた。

 喧騒を切り裂く、よく通る凛とした声がした。


 プラットホームの高い位置に彼が見えた。

 エメラルドグリーンの髪が、熱気を含んだ風に揺れていた。

 生徒会長の暮小路慧が全員に向けて真面目に告げている。


「慧も暑そーね、月詠ー」

「うん……」

 

 彼の声すらも、圧倒的な熱気の中に少し溶けて、ぼやけてしまう。

 オレは周囲をぐるりと見回しながら、ぼそりと呟く。


「暮小路はやっぱり別行動かよ。先生はどこだ」


 生徒会長の暮小路は、やはり多忙。

 頼みの綱の宵坂は、どこにいるのか姿も見えない。


 隣で、綺羅星が優雅に扇子を広げた。

 桃色の髪が靡く。

 顔をパタパタと仰ぎながら言う。


「暑いからいこっか。一年ぶりの林間学校は楽しみだね。月詠っ!」


 月詠は真っ白な両手で大きな鞄を抱えていた。

 親友の言葉に、満月のような金色の瞳を細めた。


「うん。そうだね。朔くん、こっちだよ」


 純粋無垢な笑顔で、彼女は優しく微笑んだ。

 その和やかな空気に、彼は小さく吐き捨てた。


「……早く乗れ。ワシは立ちたくないんじゃ」


 血色の薄い白い肌に、夜より暗い黒瞳が苛立たしげに細められている。

 綺羅星はそんな態度など気にも留めない。

 悪戯っぽく唇を吊り上げて続ける。


「月詠。朔くん、帝国列車が楽しみだって」

「わ……ワシはそんなことは……」


 朔は、即座に否定の言葉を口にする。

 しかし、月詠の黄金の瞳が星のように輝いた。


「うんっ! 分かるっ! 私も去年、凄く楽しみだったの。じゃあ、いこっか」


 月詠は屈託のない笑顔を向け、弾むような足取りで歩き出す。


「チッ……」


 常闇は小さく舌打ちをしながらも、されるがままその後ろをついて行った。

 優しい先輩と、文句を言いながらも付き合う可愛い後輩だった。


 二人は並んで、重厚な帝国列車へと乗り込んでいく。


 その後ろ姿を見送っていた綺羅星が、ふいに柔らかい笑みを後ろへ向けた。

 即ち、オレを見つめた。


「カメラマンさん、よろしくお願いします」


 長めのカーディガンの袖を口元に当て、

 彼女はマゼンタの瞳を妖しく光らせた。

 完全に、何かを企んでいる顔だった。


 オレは半眼になり、ジト目で彼女を睨みつける。


「ね、守部、写真っ!」


 綺羅星は楽しげに笑ったまま、有無を言わさぬ声で促す。


(くそ……オレの反応を面白がってやがる)


 オレは心の中で毒づきながらも、体に染み付いた癖でカメラを構える。

 ファインダーを覗き込み、


 カシャ——


 月詠と常闇の背中を捉え、静かにシャッターを切った。


 乾いた音が、駅の喧騒に吸い込まれていく。


 綺羅星が軽やかな足取りで列車に乗り込み、オレも重い足取りでその後に続いた。


 ◇



 帝都・中央駅のプラットホーム。

 黒々と油光りする特別列車が、けたたましい汽笛を鳴らしている。


 オレは列車の外に視線を向け、人混みの中をじっと探っていた。

 エメラルドグリーンの髪は目立つ。

 生徒会長の暮小路慧の姿はまだ、プラットフォームにあった。


 鋭い細目で、生徒たちの動向を監視している。

 どうやら彼は、最後に乗るつもりのようだ。


(そのまま、こっちの車両に来てくれないか……?)


 一縷の望みを懸けて、オレは彼を観察していた。

 だが、その期待は呆気なく打ち砕かれる。


 ぐいっ、と。


 突然、横から強い力で腕を掴まれた。


「ちょっと。通路で立ちっぱなしとか、マナー知らないの?」


 振り返ると、あざとい顔の綺羅星がいる。

 暑そうなカーディガンの袖を捲り、そこから覗く細い腕で、オレをがっちりとホールドしている。

 彼女はマゼンタの瞳を細め、呆れたように言い放った。


「もう二年生なんだから、少しは自覚持ちなさいよね」


 やはり別格の魔力。

 モブには抗えない。


「あ、いや……」


 反論する隙も与えられず、オレは客車の中へと引きずり込まれる。

 暮小路への監視任務は、こうして強制終了させられた。


(くそ、生徒会長は無理か。なら……)


 オレは気を取り直し、次に前を向いて車内を見渡す。

 気だるげな白衣の男を探す。

 宵坂を探す。


「宵坂先生をどうにか……」


 無意識に、独り言をつぶやいた。

 すると、すぐそばから声が返ってきた。


「先生なら、ここには来ないよ」


 サファイアブルーの髪が横に揺れる。

 竹取月詠がオレを見上げていた。

 満月のような黄金の瞳をすっと細め、ちょっとジト目で言う。


「去年、酔ったとこを撮られたから、違う車両に行くって」

「そういえば……って、マジかよ」


 背筋に冷たい汗が流れる。

 去年のスクープ写真が、ここに来て最悪の形で裏目に出た。


 最イージーの先生ルート。

 そちらの希望も絶たれてしまった。

 オレは重く息を吐いて、指定された車両の奥へと進んだ。


 ぎぃ……


「あたし、去年思ってたことやっちゃお」


 綺羅星が座席の下に足を入れていた。

 そして、レバーを踏んだ。


「ちょ……お前」


 時すでに遅し。

 アドバイザーは、手慣れた様子で座席をくるりと回していた。


「はい、これでよし、と」


 ファミリー席のような空間。

 向かい合わせの、見事な四人席が完成する。


 オレは、その座席配置を見て絶望した。


 オレの目の前は、綺羅星キラ。

 オレの右隣は常闇朔。

 オレの右前、つまり常闇の目の前は竹取月詠。


(嘘だろ……)


 勝った、勝ったと思っていたオレをぶん殴りたい。


 個別ルートは大事だが、他にもやることがあったのだ。


 どうやるかは別にして、東雲の権力と、真昼の腕力と、夕星の洞察力を利用すべきだった。

 学校の校則、行事そのものを捻じ曲げるくらい、できたかもしれない。


「座って。月詠から言った方がいいかなぁ」

「え……? えと、守部くん……も座ろっ?」


 アドバイザーが無能だった、なんて思っていた。 

 そんなオレが突きつけられたのは、悪夢のような座席配置だった。


 五人ルートを確保した。

 朔のイベントはまだ発動させていない。


 ただ、そう思い込んでいただけ。


「お主も座れ。通路の邪魔じゃろう?」

「さーすが、朔の国の王子様っ! 守部、座りなさい」


 なのに、気がつけば月詠と朔が真正面で見つめ合う形になっている。

 鋭い観察眼を持つキラと、面倒くさそうな朔に挟まれる。


 そして極めつけは、斜め前の無邪気な笑顔の彼女だった。


「守部くんも、朔くんも、林間学校楽しみだねっ!」

「……ワシは、別に楽しみなどでは……」


 朔は顔を背け、夜より暗い瞳でそっぽを向いた。

 だが、月詠は無自覚に、ピリピリとした空気をふんわりと和ませてしまう。


 朔の面倒臭そうな態度も、月詠の底抜けの天然によって弛緩される。


(……常闇の目的は月詠だ。ここで突っぱねる理由はない。っていうか、さ)


 オレが文句を言おうとすると、目の前のキラと視線がぶつかる。

 彼女は優雅に頬杖をつきながら、オレを冷静に観察している。


 マゼンタの瞳が妖しく瞬く。

 トントンと指で小さく合図を送る。


『撮りなさい』


 声に出さずとも、そう告げていた。


 ――カシャッ


 乾いたシャッター音が、車内に響き渡る。


「は……?」


 気づいたときには、向かい合う月詠と朔の二人を撮ってしまっていた。

 オレの体が、思考より先に反応していた。


 指先が、微かに震える。


 首から下げた魔導カメラが、やけに重く感じられた。

 見えない糸に操られているかのような感覚があった。


 オレは血の気が引くのを感じながら、震える声で呟いた。


「なんで、だよ……」

「そういう仕事でしょ」


 ガタン、と列車が大きく揺れて、前進を始める。


 規則正しい車輪の音が、重く響いた。

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