表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第三章 モブは魔界の王子様と出会う

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
66/97

第66話 宵坂教師の青空教室

 七月上旬になった。

 学苑の教室には、初夏の生ぬるい風が吹き込んでいた。

 開け放たれた窓から、微かな青葉の匂いが香る。


 オレは机に置いたカメラを弄りながら、現状を整理していた。


「四月、五月、六月……七月は……まだだから。三か月か」


 四人の学生ヒーローは、個別ルートの一歩手前まで来た。

 王子様の東雲。騎士の真昼。魔術師の夕星。宰相の息子の暮小路。

 誰のルートに入ってもおかしくないほど、月詠との距離が縮まっている。


「この時点で全員がここまで来る。なんて、オレのゲーム記憶と少し違うけど……」


 イベントスチルは、明確なベクトルを持っていた。

 総当たりではなく、一人ひとりの単独ルートで、ウェディングシーンに繋がる。

 何となくだけど、本来なら。誰か一人のシナリオが突出して進行するはずだった。


「個別ルートが複数並列進行。しかも、一つを除いて、だ」


 全員横並びでフラグを立て続けている。

 この状況は確かにおかしいが、


 あの女が言った——


『決めるのは……月詠でしょ。カメラマンのあんたじゃない』


 だったら、何も問題ない。

 並列ルートでも、最後は一つに収束する。


「アイツ以外のルートなら、いい。選択肢が多いに越したことはない」


 そしてオレは。

 実は切り替えられては、いない。全然ない。

 月詠を見ると胸が熱くなる。話すと心が救われるし、鼓動も早くなる。

 ヒーロー達とのツーショットを撮っている時は辛い。

 ただ最近は、状況が非現実的なのでアドレナリンドパドパでどうにかしてる。

 あの溢れる魔力を見ると、モブのオレでは駄目だと諦めもつく。


 とはいえ、精神衛生上悪いから、早く終わらせたい。

 誰でもいいから、早く月詠とくっついて、ハッピーエンドを迎えてくれと切に願う。


 そんなオレの姿を、綺羅星キラが冷めた目で見ていた。

 ピンク色のゆるふわボブが、微風にふわりと揺れた。


「つっくよー」


 長めのカーディガンの袖から覗く指先で、彼女は優雅にティーカップを傾けている。

 マゼンタ系の瞳に浮かんでいるのは、明らかな呆れだった。

 オレが誤魔化すように視線を逸らすと、キラはふっと息を吐く。


「あのね、月詠ぉー」


 そして、向かいに座る月詠へと身を寄せた。

 月詠は真っ白な両手でカップを包み込み、ぽやんとした顔で紅茶を楽しんでいる。

 キラは、その鮮やかなサファイアブルーの髪に顔を近づけた。


 周囲には聞こえないような声で、彼女は小さく耳打ちをする。

 何を吹き込んだのか、オレの席からは全く聞こえない。


 すると、竹取月詠の満月のような黄金の瞳が、ぱっと少し瞬いた。


「え……?」


 彼女は少し驚いたような、それでいて純粋な顔を見せる。

 少しだけ曲がった胸元のリボンを揺らし、そのまま勢いよく立ち上がった。


「私、ちょっと行ってきますね!」


 サファイアブルーの髪が、初夏の光を弾いて美しい尾を引く。


 誰の元へ向かうのか。

 オレは慌ててカメラを構え、ファインダー越しに彼女の背中を追った。


 ◇


 あの綺羅星が何か言った。

 でも、あのアドバイザーは、ただアドバイザーの仕事をしただけだった。


 恐らく、もう無理と判断したのだろう。


 竹取月詠が向かったのは、保健室。

 即ち、最イージーの先生ルートへの道。


 重い扉を開けると、そこには宵坂千秋がいた。

 彼は白衣のまま、気だるげに椅子に深く腰掛けている。

 濃紺の髪が、あいかわらず無造作に流されている。


 オレの足音に気づくと、煙たそうに目を細める。


「……また君か」


 これも相変わらず。

 このまま年の差結婚するくせに——と言っても10歳も違わないわけだが


 そこに、足早な靴音が重なった。


 さっきの今だ。部活の用事で来たわけではないだろう。


 すると少女は唐突に言った。


「先生。連れて行って頂けませんか」


 嫌な予感がしないでもない。

 今回はオレの案内ではなかった。

 彼女は自分から頼む形をとった。


「……その男……いや守部くんがいるが」

「オレは青春の記録ですっ! ほら、もう竹取月詠さんは学苑のアイドルですから」


 オレはファインダーを握る手に力を込め、内心で期待する。


(なんでもいい。綺羅星が何と言おうと、イベントスチルは裏切らない!)


 宵坂は小さく肩をすくめて、長い溜め息をついた。


「……仕方がない。来なさい」


 ◇


 行きは、三人で馬車に乗る。

 車内は、息が詰まるほど黙ったままだ。

 宵坂も月詠も、硬い表情のまま車窓から景色を眺めている。


 オレは内心で思う。


(ん-。馬車って代り映えしないな。いまいちだけど)


 一応、カメラを構えて一枚撮る。

 やはり、宵坂は嫌がった。つられて月詠もオレを軽く睨んだ。


 これもいつものこと。


 やがて、馬車が止まった。


「おりなさい」

「はい……」


 宵坂が女子生徒を連れて行ったのは、何もない荒れた場所。

 街道まで戻れば馬車を拾えるが、好き好んで近づく場所じゃない。

 人気のない場所に、大人の男と女子高生。


 やはり、危険だ——が仕方ない。

 く……あんなことやこんなこと


 イベントスチルに……は残ってないからまだ——


 い……いや、流石にそういうのは残らない……とかかもしれない……


「先生、あっちに」


 オレが苦悶する中、イベントは始まった。


 降り立った場所は、十二月に月が落ちた焼け野原だった。

 オレは記憶を引っ張り出しながら、周囲を見渡す。


 異界同士がぶつかり、無惨に抉られた大地。

 だが、同時に隆起も起こして、歪な尖った山も出来ている。


 でも、特筆すべきはそこじゃない。


 クレーターも山も、はっきりと境界線が走っていた。

 明るめの土地と灰色の土地。

 ここまでが望月、ここからが朔と分かる、明確な境界線だ。


 勿論、オレは知っている。


 でも、こうして目で見るのは初めてだった。

 イベントスチルにはあるけど、やっぱりオレの手でもおさめたい。


 ……で、確か、ここの構図って後ろからだっけ。


 足音を殺し、宵坂と月詠の後ろに回る。

 すでに、二人の会話は始まっていた。


「アレを消す……とは。消すというのは、どうすれば」


 月詠の声が、少し震えている。

 異界との衝突場所、向こう側は異界だ。

 異界を見つめながら、彼女は言った。

 宵坂はどこか虚無を孕んだ、大人の笑みで答えた。


「複雑に絡み合った世界だよ」

「……はい。ある程度、想像はつきます」

「消すのは簡単じゃない。無理といっていい」


 月詠は堪えきれないように、宵坂にぐっと近づく。


「無理……。だったらっ!」


 宵坂は焼け野原と異界の方を見ながら、タバコを取り出そうとする。

 しかし、ピタリと動きを止めた。


「君はこの臭いが嫌いだったね」


 月詠は申し訳なさそうに頷いた。

 そして顔を上げた。


「はい……すみません。それより……」

「君が謝ることじゃない。で、そうだね」


 宵坂は気だるげな視線を戻す。


「朔の国、そして月の力。消滅させるのは、ほぼ無理だ。やるとすれば、封印くらいだね」

「封印……?」


 御伽話や英雄物語で登場しそうな話が聞こえた。

 強大な力に対して、例えば怨霊や怨念、魔王に対して、魔神に対して。


 よく使う言葉、封印。


「封印術式だね。複雑な工程だが、術式を組んでその道を封鎖をする。封印する条件は多い方がいい。とにかく力の逃げ道を塞ぐ。強引に破壊すると」


 黄金の瞳が瞬いた。


「は、破壊って。そんなことしたらっ!」

「そんなことはしないよ。構造そのものがおかしくなる。それくらい入り組んでいる。だから封印するしかない」


 オレはカメラを構えながら、二人の後ろ姿を撮る。

 最イージーの先生ルート。やっと本格的にフィナーレに近づいた。


「その……封印が破られることは」

「破られないように、丁寧にそして幾重にも術式を施すんだよ」


 構図を探しつつ、耳に残った言葉を反芻する。


(朔の国の破壊。もしくは封印……。確か、宵坂は封印術の専門の魔術師だったな。月詠も最初は自分の力についてで、相談に行ってて……)


「先生、もう少し——」

「月詠。もっと近くに」

「……はい」


 く……


 月詠が頑張ってつま先で立ち、宵坂が身をかがめる。

 顔と顔とが、重なる。


 レンズの先で、宵坂と月詠のシルエットが重なった。

 シルエットだけだと、キスをしているように見える。


 カシャ——


 オレの脳が溶けずに済んだのは、前後がズレていたから。

 頬と頬を重ねる。ほっぺに……いや、それはもうアウトだろっ!


 完全にガチ恋距離を越えている。


 ……でも。


 焼け野原の向こう。

 話す二人の姿の背景に、もう一人の自分が安堵する。


(朔の国の封印……だぞ。やっぱりちょろヒーローが大正義じゃん)


「耳元で囁き合いやがって、……いや、これは必要な事で」


 二つの心と戦いながら、オレは思い切り近づいた。

 いっそ、決めてくれ。絶対に、決めるな。


 正面からの決定的なメロ写真を求める。

 シャッターに指がかかる


「え……守部……くん?」


 そこで、バチッと月詠と目が合った。

 彼女は驚いた顔をして、逃げるように走って行った。


 馬車が偶然走っていて、月詠は偶々見つけた馬車を拾って、一人で帰って行った。


「……イベントスチルにはないシーンだし……それはそうか」


 ◇


 だから、今回も何故かアフタートークが始まった。


 月詠が馬車で一人帰った後のことだ。

 宵坂が、いつもの気だるげな声で言った。


「守部くん。君も帰りなさい」


 ただ、いつもの四人とは違った。

 帰りたくても帰れない。

 魔導カメラは守部マークのカメラケースに仕舞う必要がある。


 すると宵坂が近づいてきて、オレを見下ろした。


「……守部家の家紋か。守部。奇妙な家だ。そして君も」


 生徒に手を立つお前も、な。

 ちょろヒーローだから、こうしてるだけだ。

 オレだって早く帰りたい。


「……そして君は知っているんだろう?」


 オレは首を傾げた。

 そんなオレに宵坂は肩をすくめて、言葉を続ける。


「三百年に一度だ。君はこのことを記録する、そういう役目を負ってるんだろう」


 イベントスチルを撮る仕事、か。

 オレは納得して頷いた。

 宵坂は乾いた笑いを浮かべる。


「歴史的大イベントを記録に残す。確かに重要な仕事だ」


 彼は焼け野原に視線を流しながら、愉快そうに言った。


「そして月詠は特別だ」


 悔しいが、宵坂ルートが濃厚に思えた。

 そもそも、竹取月詠の方から近づいたのだ。


「彼女がボクの傍に居てくれたら。君の肩の荷もおりることだろう」


 全くもって、その通り。

 イベントスチルの仕事は、ウェディングシーンで終わり。

 そして、世界滅亡の危機も去る。


 一度、戦争で死んだオレの、第二の人生がやっと始まる。


 そこに月詠はいないけれど——


「では、また。 君もあと少しだ。頑張りたまえ」


 そう言い残して、宵坂は馬車に乗り込む。

 車輪が石を噛み、そのまま走り去っていく。


 オレは、それを見送った。


 竹取月詠は二年生の時に、学生結婚する。

 今が二年生の七月だから、本当にあと少しだ。


 世界はリアルだし、ゲームが終わっても世界は続きそうだ。


「あれ。オレは……」


 焼け野原に一人残されていた。

 抉られた大地と、歪な尖った山。

 あの境界線が、静かに横たわっている。


 オレは天を仰いだ。


「でも、いいか。順調だ。アドバイザーが敵になった時はどうしようかと思ったけど」


 たらたらと、帰り路を歩き出す。

 もうすぐ、世界は救われる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ