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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第三章 モブは魔界の王子様と出会う

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第65話 真昼家の隊列式

 六月下旬。

 梅雨の晴れ間の、むっとするような暑い日だった。


 次は——とオレは考える。


 ざわつく教室で、オレは綺羅星に視線を流した。

 彼女はゆるふわボブを揺らして、小さく肩をすくめ、スッと視線を逸らす。


 東雲、夕星、暮小路と、すでに個別ルートが強引に進んでいる。

 やはり気付いているらしい。

 だが、オレを止められないらしい。


 ──流石のアドバイザーも、未来視に等しい力には勝てない


 その余裕を胸に、オレはガタッと席を立って動き出した。

 向かうのは、学苑の端にある剣道部だ。


 因みに、オレには策があった。

 全員が同じ程度の進行度なら、真昼剛だって同じように動かせるはずだ。


 だから、堂々と足を踏み入れる。


 板張りの道場の入口。

 素振りをしている真昼剛を見つけた。

 燃えるような緋色の短髪が、汗で額に張り付いている。

 日に焼けた太い前腕が、木刀を振るうたびに逞しく隆起している。

 風圧で飛びそうになりながら、近づく。


「月詠に話とか、ありませんか」


 オレがストレートに尋ねると、真昼は木刀を下ろして少し考えた。


「ま、てめぇなら分かるか」


 彼は首に巻いた手ぬぐいで汗を拭い、そのまま続ける。


「その通りだ。丁度、月詠に話そうと思ってたんだよ」

「ですよね」


 もう、スムーズに進む。

 彼と二人で、Aクラスへと向かう。


 教室に入った瞬間も。

 綺羅星は、マゼンタの瞳を半眼にしてオレをジロリと睨んだだけ。

 そして、離れる前に月詠の耳元へ顔を寄せ、何かを小さく耳打ちをしただけ。


 彼女はそのまま、すっと静かに退室していった。


 そりゃ、そうだ。

 相手は綺羅星家が選んだ男子だ。


 真昼が近づくと、月詠は席から立ち上がった。


「真昼先輩。行きたいところがあるんですか?」


 ここで、オレは軽く眼を剥いた。


 ……綺羅星、諦めたのか?


 アイツはそんな女か?


 だが、真昼はそんなことには構わずに続ける。


「あぁ。悪いとは思ってるけどよ。ちょっと俺について来てくれ」


 月詠はサファイアの髪を揺らして、小さく頷いた。


「はい」


 アドバイザーからの指示かはさておき


 騎士ルートは順調にスタートした。


 オレはカメラを構えながら、内心で実況する。


(騎士道ルート、やっぱり押しやすそう。でも、行き先が軍部って……大丈夫か?)


 ◇


 今回も同じ。

 学苑の門前に用意されていた馬車に乗り込む。

 ただ車内は、重苦しい沈黙に包まれていた。


 向かいの席に座る真昼も月詠も、ほとんど口を開かない。

 真昼は腕を組んで目を閉じ、月詠は少し緊張した面持ちで、膝の上で手を握りしめている。


 オレは窓の外の景色を眺めながら、内心で思う。


(イベントスチルだと、移動中の会話までは分からないし)


 気まずい空気を誤魔化すように、オレはカメラを構えた。

 窓から差し込む光が、二人の横顔に影を落としている。


 カシャ


 一応、一枚だけ写真を撮った。

 乾いたシャッター音が響いても、二人は動かなかった。


(なんか……変……だよな。緊張している?)


 やがて、馬車がゆっくりと停まる。

 到着した場所は、帝都の喧騒から少し離れた高台だった。


 そこに広がっていたのは、異様な光景だった。


 真昼が先に馬車を降り、月詠とオレを手招きする。


「こっちだ」


 軍靴の音を響かせる彼の表情は、学苑で見せる普段の明るさとは全く違っていた。


 広大な敷地に、カーキ色の天幕と木造の兵舎が整然と並んでいる。


 それと穏やかじゃないモノも


 磨き上げられた長い銃身の小銃が、規則正しくラックに収められていた。

 それは、ただの銃ではない。

 銃床や銃身には、複雑な魔導回路の文様が刻み込まれている。


 将校たち腰に軍刀を帯び、厳しい顔つきで歩き回る。

 奥には、鉄の塊のような巨大な魔導砲の影が、地面に長く伸びている。


(……あ。こんなだったかも)


 兵士たちが、規律正しく動いている。

 彼らの足音は完全に揃い、無駄な言葉は一切ない。

 ただ、命じられた持ち場へと機械のように移動していく。


 軍務を担当する親を持つ、真昼剛の個別ルートのスチルの背景だ。


 鉄と硝煙、そして微かな血の匂いが風に混じる。

 空気は限界まで張り詰めていて、まるで大戦前夜のような恐ろしい静けさがあった。


(雰囲気は……流石に? 伝わらなかった……けど)


 オレはカメラを首から下げたまま、その物々しい光景をただ眺めた。


 ……関係ない。


 乙女ゲームの甘いイベントスチルの背景だ。

 月詠と剛がいて、その後ろにチラリと軍事基地の景色が見える。


 月詠が、不安そうに真昼に問いかけた。


「ま……まるで、戦う準備をしてるみたい。真昼先輩」


 真昼が、低い声で答える。


「1月から、いや。準備を考えるともっと前か」


 月詠は、すがるような目で訴えた。


「でも、朔くんも、朔の国の人たちも入学したよ」

「まだ、朔の国と和平を結んだわけじゃねぇ」


 真昼はゆっくりと首を振る。

 月詠が、少し言葉を詰まらせる。


「でも……駄目だよ。争うなんて。真昼先輩なら……真昼家なら、どうにか止められないの」

「分かってる。だが、俺はまだ学徒の身だ」


 真昼は静かに頷く。


「それはそう……だけど」


 月詠は口に手を当てて、瞳を震わせた。

 真昼は、月詠をまっすぐに見据えた。


「まぁ、分かってるさ。俺はその為に来た。その為に、月詠は今日ここへ来たんだ。なぁ、守部」

「……え?」

「え……」


 月詠が突然カメラに目を向けた。

 オレも突然振られて、声が出た。


「おーい、みんな注目だ! 真昼剛様が来てやったぞ!」


 真昼は突然手を挙げた。

 丸太のような腕を振り、腹の底から声を張る。

 何百人という兵士たちの動きが、一瞬でピタリと止まる。


 そして、背景が動き出す。

 訓練場にいた兵士たちの目が、一斉にこちらへ集まった。

 真昼家は、代々近衛騎士団を輩出する軍部の大幹部だ。


 それから──


 彼の隣に立つ、規格外の魔力を無意識に放つ少女にも注目が集まった。


「写真の子だ」

「竹取月詠……さんだっけ」

「ってことは、剛様が、例の聖女を……」


 ざわめきが、小さな波のように広がる。


 オレは心の中で、え? と激しく反応する。

 軍部まで、月詠の顔が知れ渡っているらしい。


 すると真昼が、改まった声で月詠の名を呼んだ。


「月詠……」


 月詠が、凛とした声で静かに答える。


「はい。私は聖女ではありませんが、名は竹取月詠です」


 真昼は、土煙の舞う地面に、月詠の前でゆっくりと片膝をついた。

 そして、何百という兵士たちに向かって、再び声を張る。


「月詠こそが、俺たち騎士が守るべき女神だ!」


 宣言と共に、彼は月詠の白い手の甲に、誓いのキスを落とした。


 カシャ──


 その瞬間。

 真昼の体から、猛烈な朱色の魔力風が吹き荒れた。


 ◇


 炎のような熱波が、周囲の空気をビリビリと震わせていた。


「月詠。今は答えなくていい。だからただ聞いてくれ」


 いつもの雑な気配はない。

 真昼は立ち上がり、真剣な目で少女を見つめた。


「俺についてきて欲しい。俺がお前を守る……。約束したろ?」


 カシャ──


「……うん。ありがとう」


 吹き荒れていた朱色の魔力風が、ゆっくりと収まっていく。

 真昼は肩を回し、大きくため息を吐いた。

 そして彼は、月詠の華奢な肩に手を置いて静かに言った。


「月詠、聖女は先に帰れ。俺は軍の上層部と少し、話がある」


 月詠は不安そうな顔をしつつも、小さく頷いた。


「……はい。気をつけてくださいね、真昼先輩。それと守部くん」

「え? オレ?」

「後のことは、お願いします」


 あとって何?

 オレは何故か残される。

 彼女だけが、来たときの馬車に乗り込んだ。

 御者が鞭を入れ、車輪が石畳を軋ませて、ゆっくりと遠ざかっていく。


「さて……」


 真昼は、その小さな背中をしばらく見送っていた。

 周囲の兵士たちは、まだ整列したまま微動だにしない。

 軍旗だけが、乾いた風にバタバタと小さく揺れている。


 やがて真昼は、オレの方を向いた。


「……守部。どう思う?」

「え? な、なんか、全然穏やかじゃないな」


 オレは溜め息をついて、正直に言った。


 こんな物騒なとこで、告白とか何を考えているんだ、という顔だ。

 軍部の物々しい空気も、さっきの熱すぎる朱色の魔力も、全部が重すぎる。


 真昼は短く息を吐き、鋭い視線を兵士たちの方へ流す。


「死ぬかもしれない。だから、本能って奴だな」

「本能って、何も」

「朔の国がいつ攻めてくるか分からねぇ」


 真昼ルート。後は月詠次第。


 オレは彼のその言葉に、一旦胸を撫で下ろした。


 ……対・朔の国への防衛の備え


 それなら分かる。

 戦争に対する警戒で、実際に常闇ルートに行くとそうなる。


 そして真昼ルートにいけば、そうならない。準備をしているから。


 ただ、真昼の顔は一向にさえなかった。

 歯を見せて笑う普段の明るさは、今の彼にはどこにもなかった。


「ちょっと来い」


 いつか食堂でされたように腕に挟まれる。

 奥に連れていかれる。

 彼は兵士たちに聞こえないよう、グッと声を落とした。


「守部。記憶を失うときの覚悟は……。いや、聞くまでもねぇか」


 また……だよ。


 お前たち、どんだけオレの記憶喪失設定が好きなんだよ。

 オレの頭の中には、記憶があるんだけど?

 お前と月詠の初対面のイベントスチルが、六枚も六周分きっちり残ってるんだけど?


「話しやすくて助かる。あの軍隊。表向きは、朔の国への備えだ……」


 そして、また喋る。

 記憶を失うから、と前置きをしての証言だ。


 真昼は重々しく言葉を区切る。


「だが、あの剣の切っ先が、魔導砲の銃口が、本当に何処を向いてるのか。学徒の俺には、まだ分からねぇ」


 彼は目を細めてスッと視線を流した。

 先ほど、月詠を乗せた馬車が走り去っていった方向だった。


「俺は、竹取月詠と手を取って守りたいんだ。この望月で、絶対に争いは起こさせねぇ」


 熱を帯びた、悲痛なまでの決意。

 真っ直ぐに聞かされたオレ。


「お……起きません。起こさせません。その為にも——」


 一陣の乾いた風が、土煙を上げて吹き抜けた。

 高く掲げられた軍旗を、バタバタと強く煽る。


 ラックに並んだ刀剣と小銃の列。

 それらが風に揺れ、かすかにカチャカチャと冷たい金属音を立てた。


「守部、任せたぜ」


 オレはストラップを固く握りしめたまま、それ以上は何も言えなかった。


 朔の国との戦争への備え。

 真昼の言葉の裏には、それだけではない何かがある。


 ……かもしれない。


 でも、オレが導く。

 アイツのルートを辿らせない。


「騎士ルート、とりあえず前進っと」

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