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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第三章 モブは魔界の王子様と出会う

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第59話 知らない生徒。卒業式。

 気味の悪い薬品の匂い。

 鼻腔がツンと、刺激を拒否する。


 男子学生はゆっくりと、真っ白なシーツのベッドから身を起こした。


「もう動いても良いだろう」


 すると気だるげな声が、頭上から降ってきた。

 視線を上げると、そこには白衣を着崩した男が立っている。


「守部。起きろと言っている」


 深い青色のグラデーションを描く長い髪。

 顎には、いつもうっすらと無精髭を生やしている。


「……あ、はい」


 年上の余裕と色気が同居する男。

 保健医であり、魔法学の教師でもある宵坂千秋だ。


 生徒の写真を撮る命令なのに、教師を撮ろうとしてるから。


「君には重大な仕事があると聞く。無理しないように」

「あ……ありがとうございます、先生」


 男子生徒は短く礼を言い、そそくさとベッドから降りた。

 すっかり治り、体も軽そうだった。


 重大な仕事


 ――それは勿論、学苑の公式記録係としての役目だ。


「じゃあ、失礼します」


 生徒は逃げるように保健室を後にした。


 それから暫くして。


 静寂が落ちた保健室。

 宵坂千秋は、閉ざされた扉を静かに見つめていた。


 気だるげな笑みが、すっと消える。

 深い群青の瞳が、冷たく濁った。


「……嫌な役目だ。あれを、ボクが」


 誰に宛てるでもなく、ポツリとぼやく。


「彼が何者かも、分からないんだけどねぇ……」


 ◇


 遂に三月になった。

 オレは自室の机に突っ伏して、盛大に頭を抱えていた。


「……最悪だ」


 時間スキップは、オレにとっていつものことだ。

 問題は、そのスキップの前の記憶だった。


 綺羅星が、常闇朔を推すと言ったのだ。


 彼女の家は、常に勝ち組に付き、歴史の節目のたびに星のように空に残ってきた日和見貴族の筆頭。


 一応、そういう設定もち。


 生き残りの技術だけで貴族をやっている。


 その彼女が、本気でそっちに乗ると宣言した。


 ゲームアドバイザー的なポジションのくせに。

 完全に、敵対側に回られてしまった。


 コンコン、と。

 唐突にドアがノックされた。


「どうぞ」


 入ってきたのは、教頭の磯野だった。

 いつものように穏やかで、それでいて逃げられない雰囲気を纏っている。


「守部くん。少し頼みが」

「きょ、教頭? な……何ですか」


 嫌な予感しかしない。

 オレの身構える様子など気にも留めず、磯野教頭は淡々と名前を出した。


「撮影する人物を、一人追加してほしい。常闇、朔くんだ」


 オレの顔が、盛大に引きつった。


「ちょ、待ってください! 帝国を破壊したのは朔の国ですよ! 教頭!」

「あれは天文学的な事故だと聞いている」


 教頭は表情一つ変えない。


「そして、朔の国とは交渉している最中だ。その前に、君は『守部』だ」

「……っ」


 文句を言っても仕方ない。

 教頭はモブだ。そしてオレも、ただのモブカメラマンだ。


 モブ同士のやり取りなんて、物語の大局においては何の意味もない。

 最終的に、システムという名の上の命令に従うしかないのだ。


 オレは渋々、机の上に置いてあったカメラを手に取った。


「だ、大丈夫だ。ま、まだ……確定してない」


 自分に言い聞かせるように呟く。


「お、オレには五人のヒーローがいるんだ」


 東雲暁、真昼剛、夕星律、暮小路慧、そして宵坂千秋。

 みんなナルシストで面倒だが、オレの采配を信じて動いてくれる味方だ。


 磯野教頭は軽く頷くと、静かに部屋を出て行った。

 扉が閉まり、オレは再び一人になる。


 三月の、早い花見イベント。

 そこで何とかするしかない。


 独り言が、自然と口から漏れる。


「イベント中に、自然な会話で印象操作する……。朔の国が悪いってことを、うまく植え付けるんだ」


 五人のヒーローを使う。

 自然な流れで、会話の端々に不信感を混ぜていく。


「みんな、月詠のこと好きだし。オレの話に乗って来る筈だ」


 そうだ。

 あいつらには、それぞれの思惑がある。

 月詠を守りたいという一点においては、オレの目的と完全に一致している。


 だから、うまく話を誘導すれば絶対に乗ってくるはずだ。


「あとは……綺羅星」


 あのショッキングピンクのゆるふわボブヘアが脳裏をよぎる。


「アイツの動き……アドバイザー役だろ? モブカメラマンに勝ち目あるのか?」


 正直、分からない。

 日和見貴族の彼女は、常に勝ち馬に乗る生き物だ。

 今の彼女の目には、あの村を焼くような行動を見せた常闇朔というイレギュラーが、圧倒的な勝ち馬に見えているらしい。


 オレは大きく、息を吐き出した。


「考えても仕方ない。最近、時間スキップが起き過ぎだ。誰も決定的な行動を起こせてないってことだろ」


 オレは首から下げたカメラのストラップを、ギュッと握り直した。

 窓の外に目を向ける。


 三月の桜が、もうすぐ咲く。


 ◇


 オレは部屋を飛び出した。


 意気揚々と、次のイベントを狙う。

 花見イベントに向けて、五人のヒーローを使った印象操作作戦を練り上げないといけない。


 やれる。まだやれる。


 廊下を走り、校門を出て——


 そこで足が止まった。


 校庭に、整列した生徒たちの姿があった。

 三年生だった。

 卒業生たちが並んでいる。


「……は? もしかして……いや」


 そんなに時間スキップはしていない。


 部屋を出る前と、空の色も空気の匂いも、大して変わっていない。

 なのに、目の前は卒業式の会場だった。


「確かに。時間は飛んだけど……」


 目を疑う。

 だが、よく見れば分かる。

 ここにいるのは、メインキャラではない。

 ゲームのイベントスチルに一度も出てこなかった、名もなき三年生たちだ。


「なんだよ、知らないモブたちか」


 オレはスルーしようとした。

 カメラを下げて、通り過ぎようとした。


「写真撮らないの?」


 後ろから声がした。

 明るいトーンの時の、綺羅星だ。

 ショッキングピンクのボブを揺らして、腕を組んでいる。


 奥を見ると、教頭の磯野が立っていた。

 めくじらを立てて、こちらを見ている。


 さらに背後から、別の声。


「確かに、君の仕事だろう」


 宵坂だった。

 教職員代表として、ここにいるらしい。


「……はい」


 オレは渋々、カメラを構えた。


 三年生たちのカラフルな髪色を、ファインダーに収めていく。

 紫、緑、オレンジ、銀。

 知らない顔ばかりだ。

 この極彩色の世界で、オレだけが現実のような地味な茶色の髪をしている。


「こんなイベントスチルは知らない。それはそう」


 思いながらも、シャッターを切る。

 仕事だから。


 その時、壇上に人影が現れた。


 東雲暁だ。

 第一王子の正統継承者である彼が、在校生代表として祝辞を述べるために立っている。

 明度の高いブロンドの髪に、朝焼けオレンジの瞳。

 民衆の前で常に見せている、完璧な笑顔を浮かべている。


「……ここだ」


 オレは即座にレンズを向けた。

 成程、これはイベントだ。

 知っている顔、メインキャラだ。

 イベントスチルに残すべき存在だ。


 カシャ、と。


 オレは勢いよく、シャッターを切った。

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