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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第三章 モブは魔界の王子様と出会う

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第58話 綺羅星の動機

 暗闇の中へ落ちていく。

 意識が途切れたはずなのに、オレの脳内には奇妙な映像が流れていた。


 それは、クリア後の『イベントスチル・ギャラリー』だ。


 写真しかない、音のない空間。

 鮮やかな色彩を持った四角い写真が、次々と浮かび上がっては消えていく。


 東雲暁の、朝焼けのような眩しい笑顔。

 真昼剛の、勝利に沸く力強い背中。

 夕星律の、窓辺で微睡む横顔。

 暮小路慧の、何を考えているか分からない細めた目。

 宵坂千秋の、やけに色気のある気だるげな視線。


 どれもオレが、いやモブカメラマンが、ファインダー越しに覗き込んだ。

 月下の約束の、攻略対象たちの姿だ。

 そしてその隣には必ず、純白のドレスに身を包み、幸せそうに微笑む月詠がいる。


『グランドウェディングエンディング・回収完了』


 オレは知っている。

 この五人のルートは、全部「ハッピーエンド」を迎える。

 だからオレは、早く月詠を誰かとくっつけなきゃいけない。


 ――カシャ。


 シャッター音が鳴る。

 それを合図に、ギャラリーの写真が歪み始めた。


 幸せな結婚式の写真の、すぐ外側。

 カメラのフレームアウトした領域から、赤黒い「煉獄の色」が浸食してくる。


 暁の写真の端が、反乱の炎で焼け焦げる。

 真昼の写真の裏側から、魔術兵器の爆炎が透ける。

 律の、慧の、宵坂の写真も。


 幸せな笑顔のすぐ外側で、世界がぶっ壊れていく——


 でも、ゲームだからもう一回、もう一回と。


 ――カシャ。


 再び、シャッター音が鳴る。

 パリン、と。


 これまでの五周分の写真が、粉々に砕け散った。


 最後に現れたのは、ひどくノイズの混じった、六周目の写真だ。


 そこにも、幸せな結婚式が写っていた。


 でも、それは一時的なモノだった。


 血のように赤い月。焦げた羽根。


 墨色の髪をした異国……いや、魔界の少年。

 常闇朔の隣で、悲しそうな顔をした月詠が立っていた。


 六人目のルート。

 これだけは違う。

 これだけは、完全に「闇」が届いた。


 だからオレは、やらなければならない。


 月詠は、あいつとだけは、結ばれちゃいけない。


 急がないと。


(……あれ?)


 ふと、違和感を覚えた。


 ノイズだらけの六周目の写真の中で。


 何かが光っている。


 オレの身を焦がす閃光。


 体を焦がし、脳を焼く、特大の光エネルギー。


 光が粒子か波かなんて、知らない。


 その波の部分から何かが聞こえてくる。


『——月下の約束 ~煌めく六つの星と、失われた月の姫~』


 乙女ゲームのタイトル……?


 それはそうか。


 ゲーム世界。ゲームタイトルが出るのは当然だ。


 で、この話って。


 そういう話って——


【システムエラー:致命的な矛盾を検知しました】


 え……?


 バグった!!


【防衛プロトコルを起動。該当データをシャットダウンします】


 ズガッ!!


 強烈な頭痛が、後頭部を鈍器で殴られたように爆発した。


「ッ――あああああ!?」


 オレは跳ね起きるようにして、目を覚ました。

 肩で激しく息をしながら、シーツを力任せに握りしめる。


 すると。


 ツン、とした薬品の匂いが、鼻腔を突く。


 ゆっくりと、ゆっくりと視界のピントが合っていく。


 見慣れた白い天井。真っ白なカーテン。

 ここは、学苑の保健室だ。


 全身が、嫌な汗でぐっしょりと濡れている。


「……はぁ? はぁ……っ!ゆ、夢、か……」


 夢にしては心臓に悪い。

 いや、悪夢だから心臓に悪い。


 オレの脳みそが、いよいよショートし始めたのかもしれない。


 ◇


 オレはベッドの上に上体を起こし、ずっしりと重い頭を抱え込んだ。


「……前倒しだ。どう考えても、早すぎる」


 常闇朔。

 あの異国の黒装束が物語に絡んでくるのは、もっと先のはず。

 だってアイツは一個下の学年。四月に入学するとばかり思っていた。


 でも——


 ズキリと、こめかみが痛んだ。


 オレの頭の中にある「ゲームの知識」は、基本的にイベントスチルだ。

 つまり「写真」の記憶でしかない。


 写真には、音もない。匂いもない。

 そして何より、大事な「日付」が書かれていない。


 背景に桜が咲いていれば、春だとわかる。

 だが、あんな薄暗いスラムの路地裏でのスチルに、季節を特定できる情報なんてあっただろうか。

 オレは、自分が勝手に時系列を並べ替えていた可能性に思い至った。


 背筋が粟立つ。

 今までも、実はこのタイミングであいつは現れていたのかもしれない。


 オレの記憶の順番が、ただデタラメなだけだったら?


 前倒しじゃなくて、オレの前提が間違えていただけなら。


「……オレは、一体何を知ってるんだ?」


 自分の記憶の足元が、ぐらぐらと崩れていくような感覚だった。


 その時だ。

 ガラッ、と保健室の扉が開いた。


 入ってきたのは、一人だけ。

 ショッキングピンクのボブの可愛らしい女子。

 日和見貴族の筆頭、綺羅星キラだった。


「よかったねぇ、弥彦くん。運ばれた時はどうなるかと思ったけど」


 心配で心配で眠れないという顔だった。

 彼女はベッドの横まで歩いてきた。

 そこでニコニコ、腕を組んだまま見下ろしてくる。


 いつもなら彼女がいる。

 でも、今の綺羅星の隣に月詠の姿はない。


「あ、あぁ。心配かけた……な。オレはただの貧血だから……」


 引きつった笑いを返しつつ、肩に手をやる。

 するとズキリ、と鈍い痛みが走った。


 月詠の治癒魔法で傷口は塞がっているはずなのに、奥のほうがまだ熱い。


「……で、どうしてオレがここに」


 キラは小さく息を吐き、説明を始めた。

「あの後、全員で月詠ちゃんを探したの。逃げてきた人たちから『サファイアの髪の女子生徒に助けられた』って話を聞いてね」


 彼女は肩をすくめる。


「そこに向かったら、あんたが倒れてたわけ。月詠ちゃんのお願いは断れないから、仕方なく運んであげたのよ」

「そ……そうか」


 オレは肩を回してみる。

 痛みは残っているが、動ける。

 それから、常闇の顔がよぎった。


「ほ、他に誰いなかったか?」


 キラは一瞬、目を細めた。


「君のいうヒーロー五人、月詠と君だけ……ね。うんっ!」


 その言葉に、オレは内心で深く安堵した。


 常闇朔の名前が出なかった。


 少なくとも、表向きは誰も認識していない。


「でもねぇ。あの子も優しすぎよね。いずれ記憶を失う君を、放っておけばいいのに……」


 キラの声が、少しだけ冷たくなる。

 可愛らしい顔で、妙な事を言う。


「はぁ……またその話か。つーか記憶を失うのは」


 あの話。

 そのセリフを言うのは、主人公・竹取月詠だけじゃなかった。


 ふわふわとしたカーデガンとスカート。

 彼女はゆっくりと腕を組んで、そして指を立てた。


「記憶を失ってまで、得るものがある……」

「あのさ。お前は何を言って……。だいたい、綺羅星はアドバイザーとして」

「そして身を挺して月詠を守った……」


 オレは少しだけ息を呑んだ。 


 記憶を失う人間が、覚悟を見せる。

 彼女からも、同じことを言われた。


「違う。記憶を失う? それは、お前たちの」


 キラは、そこで俯いた。

 ピンクのボブが、顔を隠す。


「……常闇朔」


 オレの目が、大きく見開かれる。

 月詠を身を挺して守ったつもりはない。


 だが、


 月詠ならそう言う——


 そして


「は? さっき、他には誰もいなかったって」


 キラが顔を上げた。

 マゼンダの瞳が怪しく光る。

 ピンク色の口角が上がる。

 綺羅星キラは、ニヤリと笑っていた。


「ふん……所詮は守部ね。その反応で月詠の話の裏がとれたわ」


 その瞬間、気配が変わった。

 魔力的なプレッシャーが、柔らかな衣服から漏れ出る。


 オレは全身を凍りつかせた。


 でも、キラは続ける。


「五人の貴族の誰かと月詠を繋ぐ……。守部の裏に誰がいるか、まだ分からないけど」


 アドバイザーが妙な動きをしていた理由。

 彼女が怪しんでいたのは、オレというよりオレの背後。

 守部の後ろ……って。


「あるわけないだろ。オレに裏とかいない! 常闇と月詠が繋がったら、世界がっ!」

「決めた。あたしはその常闇朔って子を応援する」


 キラの纏う空気が、ふっと変わった。


「な……何を言ってんだよ」


 魔力のプレッシャーが消える。

 それでも、オレの喉はどんどん乾いていった。


「朔の国……。三百年に一度の厄災で、国が混乱する。それは明白よ」


 綺羅星キラは、クラスメイトの竹取月詠の、主人公の恋愛をサポートする。

 だがその視線は、ただの同級生のものではない。


「朔の国は世界を破滅させ……。ぐぅ……」

「あらあら。まだ、傷が治ってないの?」


 システムの制限。

 頭が割れるように痛い。


 オレに構わずに、キャラクターは続ける。


「で、そう言うように、学校に依頼された……? そんなわけないわよね」


 綺羅星の言葉遣いは、とっくに変わっていた。


「さ……撮影の依頼をされた。それだけ」

「綺羅星家が、三百年もかけてようやく掴んだ有望株の男子を……ね?」


 オレは息を呑んだ。

 ショッキングピンクの髪を軽く弄り、キラはベッドに近づく。


「次代の生徒。 他にも沢山いるのに、なぜか守部家が知っていたの?」


 マゼンタの瞳が、真っ直ぐにオレを射抜く。

 オレの眼球を見ているのか、焦りを見ているのか。


 それとも、脳そのものを見ているのか。


「あたしはね、ずっと疑念の目を向けていたのよ」


 彼女の声は、静かな拒絶を含んでいた。

 オレの体調とか、オレの考えとか。


「だから、守部と敵対する道を選んだわ」


 彼女にとって、オレの全部が、どうでも良かったのだ。


「そん……な……」

「守部の思い通りになんてさせない」


 これは完全な、オレのミスだった。


「オレの後ろには……誰もいないって」

「誰の後ろとか関係ない」


 綺羅星家が、キラが知っている情報を、オレが先に踏んだから。

 つまり、モブの方が先に動いたから。


「綺羅星家の未来の為に、あたしは月詠を朔の国に嫁がせる」


 これが綺羅星キラの動機だ。


 今までアドバイザーとして動かなかった動機。


 そしてこれから、アドバイザーとして動く動機。

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