第52話 魔術研究部の拡大
二月に入ると、学苑はいくらか落ち着きを取り戻しつつあった。
授業はいつも通り、普通に行われている。
オレは自分の席から、教室の後ろの方へ視線を向けた。
ファインダー越しに覗き込めば、ちょうどいい構図が出来上がっている。
月詠が不安げに眉を下げて俯き、その隣でキラが小首を傾げていた。
「先生に相談しようと思ってるの」
「んー。なになにー? もしかして将来のこと? 恋の悩みとか?」
「キラったら。そんなわけないでしょ」
月詠は小さくため息をつき、真剣な金色の瞳を伏せた。
「街のこと。それから……落ちた月のことを」
オレはシャッターを切る前に、ボランティアのときのことを思い出す。
『月詠に何かあったら伝えてほしい』
そう言ったのは、東雲暁だった。
『そのシャッター音は耳に残る。それで伝えて』
そう短く告げたのは、夕星律だ。
二人とも、オレのこのカメラを「月詠の異変を知らせるアラーム」として扱っている。
だから、オレは自然とカメラを構えた。
ヒロインと、親友キャラのツーショット。
カシャリ、と。小さなシャッター音が教室に鳴る。
その瞬間、キラがこちらを向いた。
ショッキングピンクの髪が揺れ、マゼンタの瞳が怪訝そうに細められる。
「……なんか、変ね。守部の。今のタイミング」
相変わらず、恐ろしいほど鋭い観察眼だ。
オレは適当に視線を逸らして、おどけてみせた。
「……オレは公式カメラマンだからな。気にしすぎだぞ、綺羅星」
◇
授業が終わり、校舎を出たところだった。
案の定というか、見慣れたヒーロー四人が一斉に月詠の元へ集まってきた。
朝日を背負ったように眩しい笑顔の、東雲暁。
堂々と腕を組んで仁王立ちしている、真昼剛。
少し離れた場所で興味なさそうに佇む、夕星律。
そして、完璧な微笑を顔に貼り付けた、暮小路慧だ。
それぞれが違うアングルから、一斉にヒロインへと近づいていく。
「月詠、何かあったのか? 君の曇った顔は見たくないな」
「困ったら俺に言えっつったろ! 誰かに絡まれたのか!」
「……どうした。五月蠅い奴らだな」
「何か、私に話せることはあるかい? 力になるよ」
四者四様のアプローチ。
月詠は困り眉になりつつも、嬉しそうに優しく頷いた。
「うん。そうだね。皆で行こっか」
一行は、別の棟にある保健室へ向かう。
オレも「公式の記録係」という便利な肩書きを盾に、少し後ろからついていった。
そして——五人目のヒーローの居城へ乗り込む。
「宵坂せんせー」
白いカーテンが静かに揺れていて、薬品の匂いが薄く漂っている。
窓から差し込む光が、ベッドのシーツの白さを際立たせていた。
「綺羅星か。一体、なんの騒ぎだ?」
宵坂千秋は白衣のまま机に肘をつき、ひどく疲れた顔をしている。
無精髭の生えた顎を撫でながら、気だるげにため息をついた。
「あたしじゃなくて、愛助手からです」
「愛……。月詠くん、が?」
宝石のような髪が揺れる。
一度息を吐き、その空気が保健室に溶け込む。
「その……前のボランティアは——」
宵坂は気だるげに頷いた。
「——あぁ。そういう話か」
月詠が真剣に相談したのは、帝都の格差についてだった。
帝都は政府組織が近いから、まだ問題が表面化しにくい。
そんな場所で、学生である自分たちがボランティアをやる意味が、本当にあるのだろうか、と。
すると、四人のヒーローたちは一斉に色めき立った。
「僕の家の支援物資を回そう」
「うちの騎士団のルートを使えば一発だろ!」
「……魔術的なアプローチなら、僕が」
「いやいや、制度から変えるなら私の家のパイプが確実ですよ」
それぞれが実家の権力や財力を持ち出し、「月詠を助けられるのは自分だ」とアピール合戦を始める。
オレは思わず目を輝かせた。
(もしやここに来て、個別ルート選択の大型イベント!?)
オレが密かに盛り上がった。
だが、キラはその顔が気に入らなかったらしい。
いつもの『可愛い親友』の仮面を被り、月詠に向かって明るく手を叩いた。
「凄いじゃん、月詠ちゃん! みんなが助けてくれるって!」
そこへ、宵坂がげっそりとした顔で口を挟む。
「ここは保健室だ。そういう権力自慢は外でやってくれるかい……」
月詠が「ごめんなさい」と素直に従う
「いいじゃないですか、先生」
……としたところを、キラがさっと遮った。
「先生は魔術研究部の顧問でもあるんだし。それに、頼れる大人の先生だし。ね、月詠ちゃん。部活として動くのはどう?」
流れるような提案だった。
そして気づけば、キラの巧みな誘導で話がどんどん進んでいく。
魔術研究部の活動拡大——という名目で、全員が協力する形にまとまり始めていた。
五人のヒーローと、ヒロインの月詠。
そして、親友の綺羅星。
オレの知る完璧な役者が揃ってしまった。
ここに一人、モブカメラマンが残っているのにも拘わらず。
嫌な予感だ。
「守部くんはここにいなくていいよ。 他の生徒の青春も撮らないとでしょ?」
桃色髪がオレの方をちらりと見て、シッシッと軽く手を振る。
その通りの設定ではある。
オレが反抗の目をするも、場所が悪かった。
そも、ここの主人は撮影されるのを嫌う。
「確かに、ね。ボクも教員として、指導する立場だ。それに校長からも聞いているよ」
ヒーローの一人宵坂は、疲れた顔のままで、アドバイザーの提案に同意した。
「少し、撮影の対象が偏りすぎだと。どうしてボクばかり写っているのかと怒られたりもしたしね」
すると、残りのヒーローたちが、思わず笑った。
「先生、どんだけ撮られてたんだよ」
「サボりの証拠写真じゃないですか?」
誰かが突っ込んで、保健室にさらに笑いが起きる。
「確かに僕たちばかり撮られても、問題か」
「ってか、守部。三年を撮ってるとこ見てねぇぞ」
「うぐ……でもそれは」
オレは苦笑いするしかなかった。
「私も報告を受けてます。宰相の息子として、生徒会役員として。偏るのは良くないことですね」
ここには一年と二年のみで、竹取月詠は二年生で学生結婚する。
ゲームの性質上、今の三年はターゲットに入らない。
でも、そう。
卒業を控えた三年を、オレは一枚も撮っていない。
今後のことを考えると、反論の余地はなかった。
◇
無理だった。
精神的にも、物理的にも限界だった。
少し前にも感じた、あの息が詰まるようなプレッシャー。
それが、保健室のドアを閉める直前、何倍にも膨れ上がってオレを襲ってきた。
キャラクターが育ってきたからか。
それとも、シナリオが後半に差し掛かったからなのか。
あの場にいたヒーローたち全員の魔力が、目に見えないレベルで跳ね上がっていたのだ。
月詠を巡るアピール合戦の裏で、無意識のうちに牽制し合っていたのだろう。
ただのモブであるオレには、到底抗いようがない濃密な空気だった。
「……二月は、郊外の村を助けるイベントだ」
歩きながら、内心でこれからの展開を整理する。
魔術研究部の活動拡大という名目で、あいつらは間違いなく動く。
オレはそれを、少し離れたところから記録し続ければいい。
「流れとしては悪くない。前からストーカーと呼ばれてたしな」
自分にそう言い聞かせる。
「ストーカーから盗撮魔にジョブチェンジするだけだ。ドンマイ、オレ」
適度に距離を置きつつ、イベントスチルを回収していく。
重要なのは、竹取月詠を常闇朔に取られないこと。
このままでオーケーだ。
でも、
もう一つの考えが頭をよぎる。
「それにしても、綺羅星のやつ……」
先ほどの保健室での、彼女の立ち回りを思い出す。
見事なまでに場をコントロールし、全員を巻き込んでみせた。
「あいつ、本当に誰か一人を選ばせる気はあるのか?」
ただ面白がっているだけか。
それにしては、動きが手慣れすぎている。
そして、時折見せるあの刺すような視線。
「あいつは一体……何を考えてやがる」




