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乙女ゲームのモブ転生~恋の最前線でカメラを構える男~  作者: 綿木絹
第三章 モブは魔界の王子様と出会う

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第52話 魔術研究部の拡大

 二月に入ると、学苑はいくらか落ち着きを取り戻しつつあった。

 授業はいつも通り、普通に行われている。


 オレは自分の席から、教室の後ろの方へ視線を向けた。

 ファインダー越しに覗き込めば、ちょうどいい構図が出来上がっている。


 月詠が不安げに眉を下げて俯き、その隣でキラが小首を傾げていた。


「先生に相談しようと思ってるの」

「んー。なになにー? もしかして将来のこと? 恋の悩みとか?」

「キラったら。そんなわけないでしょ」


 月詠は小さくため息をつき、真剣な金色の瞳を伏せた。


「街のこと。それから……落ちた月のことを」


 オレはシャッターを切る前に、ボランティアのときのことを思い出す。


『月詠に何かあったら伝えてほしい』


 そう言ったのは、東雲暁だった。


『そのシャッター音は耳に残る。それで伝えて』


 そう短く告げたのは、夕星律だ。


 二人とも、オレのこのカメラを「月詠の異変を知らせるアラーム」として扱っている。

 だから、オレは自然とカメラを構えた。


 ヒロインと、親友キャラのツーショット。

 カシャリ、と。小さなシャッター音が教室に鳴る。


 その瞬間、キラがこちらを向いた。

 ショッキングピンクの髪が揺れ、マゼンタの瞳が怪訝そうに細められる。


「……なんか、変ね。守部の。今のタイミング」


 相変わらず、恐ろしいほど鋭い観察眼だ。

 オレは適当に視線を逸らして、おどけてみせた。


「……オレは公式カメラマンだからな。気にしすぎだぞ、綺羅星」


 ◇


 授業が終わり、校舎を出たところだった。

 案の定というか、見慣れたヒーロー四人が一斉に月詠の元へ集まってきた。


 朝日を背負ったように眩しい笑顔の、東雲暁。

 堂々と腕を組んで仁王立ちしている、真昼剛。

 少し離れた場所で興味なさそうに佇む、夕星律。

 そして、完璧な微笑を顔に貼り付けた、暮小路慧だ。


 それぞれが違うアングルから、一斉にヒロインへと近づいていく。


「月詠、何かあったのか? 君の曇った顔は見たくないな」

「困ったら俺に言えっつったろ! 誰かに絡まれたのか!」

「……どうした。五月蠅い奴らだな」

「何か、私に話せることはあるかい? 力になるよ」


 四者四様のアプローチ。

 月詠は困り眉になりつつも、嬉しそうに優しく頷いた。


「うん。そうだね。皆で行こっか」


 一行は、別の棟にある保健室へ向かう。

 オレも「公式の記録係」という便利な肩書きを盾に、少し後ろからついていった。


 そして——五人目のヒーローの居城へ乗り込む。


「宵坂せんせー」


 白いカーテンが静かに揺れていて、薬品の匂いが薄く漂っている。

 窓から差し込む光が、ベッドのシーツの白さを際立たせていた。


「綺羅星か。一体、なんの騒ぎだ?」


 宵坂千秋は白衣のまま机に肘をつき、ひどく疲れた顔をしている。

 無精髭の生えた顎を撫でながら、気だるげにため息をついた。


「あたしじゃなくて、愛助手からです」

「愛……。月詠くん、が?」


 宝石のような髪が揺れる。

 一度息を吐き、その空気が保健室に溶け込む。


「その……前のボランティアは——」


 宵坂は気だるげに頷いた。


「——あぁ。そういう話か」


 月詠が真剣に相談したのは、帝都の格差についてだった。


 帝都は政府組織が近いから、まだ問題が表面化しにくい。

 そんな場所で、学生である自分たちがボランティアをやる意味が、本当にあるのだろうか、と。


 すると、四人のヒーローたちは一斉に色めき立った。


「僕の家の支援物資を回そう」

「うちの騎士団のルートを使えば一発だろ!」

「……魔術的なアプローチなら、僕が」

「いやいや、制度から変えるなら私の家のパイプが確実ですよ」


 それぞれが実家の権力や財力を持ち出し、「月詠を助けられるのは自分だ」とアピール合戦を始める。


 オレは思わず目を輝かせた。


(もしやここに来て、個別ルート選択の大型イベント!?)


 オレが密かに盛り上がった。

 だが、キラはその顔が気に入らなかったらしい。

 いつもの『可愛い親友』の仮面を被り、月詠に向かって明るく手を叩いた。


「凄いじゃん、月詠ちゃん! みんなが助けてくれるって!」


 そこへ、宵坂がげっそりとした顔で口を挟む。


「ここは保健室だ。そういう権力自慢は外でやってくれるかい……」


 月詠が「ごめんなさい」と素直に従う


「いいじゃないですか、先生」


 ……としたところを、キラがさっと遮った。


「先生は魔術研究部の顧問でもあるんだし。それに、頼れる大人の先生だし。ね、月詠ちゃん。部活として動くのはどう?」


 流れるような提案だった。

 そして気づけば、キラの巧みな誘導で話がどんどん進んでいく。


 魔術研究部の活動拡大——という名目で、全員が協力する形にまとまり始めていた。


 五人のヒーローと、ヒロインの月詠。

 そして、親友の綺羅星。


 オレの知る完璧な役者が揃ってしまった。


 ここに一人、モブカメラマンが残っているのにも拘わらず。


 嫌な予感だ。


「守部くんはここにいなくていいよ。 他の生徒の青春も撮らないとでしょ?」


 桃色髪がオレの方をちらりと見て、シッシッと軽く手を振る。


 その通りの設定ではある。


 オレが反抗の目をするも、場所が悪かった。


 そも、ここの主人は撮影されるのを嫌う。


「確かに、ね。ボクも教員として、指導する立場だ。それに校長からも聞いているよ」


 ヒーローの一人宵坂は、疲れた顔のままで、アドバイザーの提案に同意した。 


「少し、撮影の対象が偏りすぎだと。どうしてボクばかり写っているのかと怒られたりもしたしね」


 すると、残りのヒーローたちが、思わず笑った。


「先生、どんだけ撮られてたんだよ」

「サボりの証拠写真じゃないですか?」


 誰かが突っ込んで、保健室にさらに笑いが起きる。


「確かに僕たちばかり撮られても、問題か」

「ってか、守部。三年を撮ってるとこ見てねぇぞ」

「うぐ……でもそれは」


 オレは苦笑いするしかなかった。


「私も報告を受けてます。宰相の息子として、生徒会役員として。偏るのは良くないことですね」


 ここには一年と二年のみで、竹取月詠は二年生で学生結婚する。

 ゲームの性質上、今の三年はターゲットに入らない。


 でも、そう。

 卒業を控えた三年を、オレは一枚も撮っていない。

 今後のことを考えると、反論の余地はなかった。


 ◇


 無理だった。

 精神的にも、物理的にも限界だった。


 少し前にも感じた、あの息が詰まるようなプレッシャー。

 それが、保健室のドアを閉める直前、何倍にも膨れ上がってオレを襲ってきた。


 キャラクターが育ってきたからか。

 それとも、シナリオが後半に差し掛かったからなのか。


 あの場にいたヒーローたち全員の魔力が、目に見えないレベルで跳ね上がっていたのだ。


 月詠を巡るアピール合戦の裏で、無意識のうちに牽制し合っていたのだろう。


 ただのモブであるオレには、到底抗いようがない濃密な空気だった。


「……二月は、郊外の村を助けるイベントだ」


 歩きながら、内心でこれからの展開を整理する。


 魔術研究部の活動拡大という名目で、あいつらは間違いなく動く。

 オレはそれを、少し離れたところから記録し続ければいい。


「流れとしては悪くない。前からストーカーと呼ばれてたしな」


 自分にそう言い聞かせる。


「ストーカーから盗撮魔にジョブチェンジするだけだ。ドンマイ、オレ」


 適度に距離を置きつつ、イベントスチルを回収していく。


 重要なのは、竹取月詠を常闇朔に取られないこと。


 このままでオーケーだ。


 でも、


 もう一つの考えが頭をよぎる。


「それにしても、綺羅星のやつ……」


 先ほどの保健室での、彼女の立ち回りを思い出す。

 見事なまでに場をコントロールし、全員を巻き込んでみせた。


「あいつ、本当に誰か一人を選ばせる気はあるのか?」


 ただ面白がっているだけか。

 それにしては、動きが手慣れすぎている。

 そして、時折見せるあの刺すような視線。


「あいつは一体……何を考えてやがる」

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